ブラッキー・ウェンズディ
「知ってましたー。どうせわたしなんて要らない子なんですぅー」
オレたちの目の前で、ガチャ妖精のウェンズディが「ぶーっ」と膨れ面になりながら地面を蹴りとばした。
めっちゃグレていらっしゃる。
オレたちのほうはというと、
「(おい、あれどうすんだ)」
「(どうするって言われても……不運だぞ?)」
ひそひそと顔を寄せ合い、真剣な表情で話し合っていた。
なにせ、この世界ではガキの頃の付き合いが血よりも濃いのだ。知り合いの栄達は他人事じゃない。
日本風に言うと、親が身元保証人にも連帯保証人にもなってくれないので、金がないときに頼れるものは友達だけなのだ!
「(そりゃあ、普通に考えたらチェンジだろ)」
言ったのは悪友のバラバ。
というのも、呼び出した妖精と相性が合わなかったときの救済処置として、ガチャ妖精は5回までなら再召喚可能なのだ。
「――というわけでチェンジお願いします」
オレが言うと、ウェンズディは「にこーっ」と笑みを浮かべた。
「え? すいません聞こえませんでした。もう一度お願いします。
あなたはわたしと契約してくれますよね? はい、いいえでお答えください」
「いいえ」
「え? すいません聞こえませんでした。もう一度お願いします。
あなたはわたしと契約してくれますよね? はい、いいえでお答えください」
「いいえ」
「え? すいません聞――「あー、神様? ガチャ妖精がチェンジに応じてくれないんですが……」
この世界にはステータスウィンドウというものがあって、その端っこに『神様に通報』という項目がある。
ちなみに悪用すると死ぬ。
オレが真顔でステータスウィンドウを操作し始めると、
「わーわー! やめてください! 神様に告げ口するのは勘弁してください!
だいたい、いったいわたしの何が不満だっていうんですか! ほら! わたし、超可愛いじゃないですか!?」
「いや、なんでっていわれても……なあ?」
「不運はちょっと……」
オレたちが口々に不満を言うと、ウェンズディは腰に手を当てて人差し指を横に振った。
「チッチッチ。これだから人間さんは……。
いいですか? 例えばピックアップガチャで欲しいものがあるとしますよね? でも、あなたには100万KPしかないとします。10連ガチャ1回分ですね?
さあ! あなたならどうします?」
大きな身振りでバッと指さされたのは、三歳年下の少年。
「えっと……。神様に祈って引く?」
「ノンノン。違います。欲しいものがあるなら運などに頼らず、己の力で切り開くべきなのです。
いまの問いの答えは『黙ってモンスターをハントし、KPを稼ぎに行くこと』。
そう! 100回ガチャッてもダメなら1000回、いいえ! 1万回試行すべきなのです! ガチャ道とは修羅の道と見つけたり! わたしと契約するということはそういうことなのです!」
「いや、それはダメだろ」
「ぐぬぬ! いまのは「いいハナシダナー。よし契約しよう」ってなるところだったでしょう!?」
オレが真顔でツッコむと、ウェンズディは拳を振り回した。なんて賑やかなやつ……。
「ならねーよ! よーし、チェンジ! チェンジすることに決めたから!」
「あああああ! 助けてください! もう餓死寸前なんです!」
ウェンズディの最後の手段は泣き落とし。
ぐすぐすと目頭を押さえながら必死で訴える。
というか、
「餓死? え? ガチャ妖精って餓死すんの?」
村に在住する妖精たちは大地からマナっていうファンタジーパワーみたいなの吸い取って生きてるから、てっきりそういうのとは無縁だと思ってたんだけど。
「はい。ガチャ妖精はガチャったときの1割を掠めて……じゃない。マージンとして頂いて生きてるんです!
ちょっと前にわたしと契約してくれてた最後の人が死んじゃって……。
ううう……草を齧って生きていくのももう限界なのです」
「……どれくらいで死ぬんだ?」
「いまから3時間後です。いえーい☆」
キラッ☆と笑顔でポージング。
ずいぶん元気のいい餓死寸前だこと。
「な の で 契約しましょう!
いまならなんと! おまけでウェンズディちゃんのスマイルを0KPでご提供ですよ!」
さて、ここでオレはどう対応すべきなのか。
その選択権はオレにあり、ガチャとは違って運頼りってわけでもない。
(考えるまでもないな)
オレは苦笑した。
「ったく、しゃーねーな……」
「おい、ナバル! ほんとにこんなのと契約するのか!? 考え直せ!」
バラバが慌てて言うが、オレはにやりと笑って首を横に振り、「落ちつけ」とその鼻頭を押さえた。
「この世界に生まれて15年。オレには常々(つねづね)思っていたことがある」
「うん?」
「オレはすごい冒険者になりたいんだ」
いきなり何を言い出すんだ、とでも言わんばかりの表情を浮かべるバラバ。だけど、オレは構わず言葉を続ける。
「ガチャってさ、引いてみるまで何が出るかわからないんだぜ?
10万KPをカキンしてもクズしか出ないかもしれない。100万カキンしても欲しい物が出るなんて稀だ。
だっていうのに、世の中の冒険者ってのはそんなものに人生を預けて、この世界を冒険してるんだ。
それってすごいことだと思わないか?」
オレは言葉を続けながら、ウェンズディの頭を撫でてやった。
「冒険者たちにとって、ガチャっていうのは『出るか出ないか』じゃなくて、『出すか、出さないか』なんだ。
不運のなかにあっても嘆くことなく、それでもなお自分を信じ、己の力で道を切り開いていくのが冒険者だっていうなら、オレもそういう冒険者になりたい。
だからここで可愛い女の子を見捨てるって選択はなしだ」
「な、ナバルさん……っ!」
オレの演説に感動したように、じーんと目を潤わせるウェンズディ。
対して半眼でじとーっと見るは我が幼馴染たち。
「で、本音は?」
「こんなに可愛い子にどうしてもって言われちゃ断れねーじゃん」
「うん、いつものナバルだな」
失敬な! いまのは「いいハナシダナー。さすがナバルだな!」ってなるところだっただろ!?