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物語の始まり
「それでは、おかねトリオのお笑いライブ、第一回が始まります!」根元正義の声が朝の満員電車に響き渡る.乗客たちはいっせいに顔を上げ、その軽薄そうな若者をにらみつけた。「今日は暑い中お集まり頂き、誠にありがとうございます!」小野田武も声を張り上げる。乗客たちは「お前らのために集まったわけじゃない」と、心の中で突っ込んだに違いないのだが、小野田の相方であるところの根元は突っ込みを入れない。このコンビは両ボケなのだ。というよりも、なんの打ち合わせもせず、その場のノリで始めてしまっただけなのだが、少なくとも乗客たちの注目を集めることはできた。神山実は目の前のサラリーマンらしき頭頂部の禿げあがった男の尻ポケットから財布を抜き取った。目の前の男はいかにもおどおどしていて、不運の神様を背負っているような雰囲気すら感じられたものだから、神山は同情した。