鉄腕少女2=五条大橋の決闘=
天才格闘少女・山根舞子と相棒のトラブルメイカー汐海葵のコンビが、小学生空手チャンピオン・真田一平、孤高のキックボクサー・沢村大輔らを巻き込んでの格闘コメディー小説の二作目です。ご好評頂けましたら、さらに三作目も掲載させて頂きますので、是非ご意見、ご感想をお願いいたします。
十月も終わりに近付き、いよいよ待ちに待った修学旅行まで、あと一週間と迫っていた。
若葉小学校六年一組では、六時間目の授業を変更して、修学旅行のための学級会の真っ最中である。
「それじゃあまず、班を決めます。そうねえ…、適当に好きな人と組んでみましょうか。それから、先生が調整するわ」
担任の宮崎明美先生が、笑って言った。二十八歳の優しい先生だ。クラス全員で、一斉にイス取りゲームでも始まったような騒ぎになった。山根舞子は、自分の席を動かなかった。今動けば、人の渦に飲み込まれてしまう。親友の汐海葵と眼が合った。葵が、二ッと笑ってVサインを送ってくる。
「舞ちゃん、他にも誰か誘う?」
教室のあちこちに少人数の固まりが出来始めて人の波が収まってくると、葵が舞子の席へきて、大きな眼をクリクリさせながら言った。ショートカットで、ズボンなんか穿いていると、ちょっと美形の男の子に見える。
「あたし達と、組まない?」
クラス一の美人、河合麗奈が、吉本鈴香と一緒に声をかけてきた。麗奈は、頭も運動神経も良いスーパーウーマンで、クラスで一番の美人だ。思った事は何でもストレートに口に出すのが、長所でも短所でもある。鈴香は、ぽっちゃりとした大きな子で、眼鏡を掛けていて大人しい。優しくて、クラスで一番絵が上手い。何度か、朝礼で表彰されたこともある。
「うん。一緒の班に、なろう」
舞子は、笑って答えた。舞子だって、麗奈に負けないくらい可愛いとされている。勉強は、上の下くらいだ。百四十九センチ、三十二キロ。色白で、ロングヘアー。みんな、舞子はいつもニコニコ笑っている、お嬢様タイプの女の子だと思っている。ただし、一部の生徒を除いてだ。
舞子には、秘密があった。物心がつく前から、変わり者の父に格闘技を教え込まれて育った、格闘技の天才だ。強くなると、人間はつい腕力にモノをいわせて解決しようとしてしまう。実際、舞子もそれで失敗した事があった。小学三年生の頃だ。
それ以来、ずっと強さを隠して猫を被り続けてきたのだが、最近になって分った事がある。強いから、恐れられたり嫌われたりするのではなく、暴力を振るうから嫌われるだけなのだ。それを教えてくれたのは、同じクラスの四人の男子だった。舞子の秘密も、もちろん知っている。その四人が教室の端に集まって、嬉しそうにはしゃいでいた。同じ班を組んだのだろう。
「みんな、班ごとに固まって!」
宮崎先生が、大声で叫んだ。教室の中は、みんなのはしゃぎ声で大賑いだ。ざわざわと、思い思いの場所へそれぞれが固まった。
「あら、多い少ないが出ると思ったけど、きれいに四人ずつ分れたわね。じゃあ、女子四人男子四人で、八人の班に分かれてもらおうかしら。男の子から誘ってあげてね。女の子は、恥かしがり屋さんだから」
宮崎先生は、そう言ってウインクした。全くこの先生、いつもよけいな事を言う。よけいに恥ずかしいじゃないか。どうも、わざと言っているようなところがある。
「おーい、そこの悪者四人組み!あたし達と組もうよ」
葵が、杉山英樹に向かって大声で叫びながら手をふった。
「誰が悪者だよ、汐海」
杉山がむくれた顔で言うと、隣にいた真田一平が、大声で笑った。前田タケルは「またかよ」と言う顔で、頭を掻いている。麗奈のことが好きな相沢竜一は、同じ班に誘われたので緊張しているのか、顔を真っ赤にして直立不動になっていた。
「いい加減、その悪者って言うの、やめろよ」
「あら、分り易くて、いいじゃない前田君。それに、誰も本気で思っていないんだし」
「そんな問題じゃあ無えだろう?旅行先の街中で、汐海の奴が大声で俺達に叫んだら、俺達いい笑い者になっちまうじゃねえか。山根。こいつに、何とか言ってくれよ」
麗奈に抗議していた杉山が、途中で舞子に矛先を向けた。確かに、葵ならやりそうだ。聞いていた周りのみんなが、ドッと笑った。
杉山、前田、相沢の三人組は、クラスの嫌われ者だったのだ。乱暴で、怖がられてもいた。でもそれは以前の話で、今はクラスのムードメーカー的な存在だ。
一平は、二学期になって転校して来た。毎年テレビで中継される、有名な空手大会の小学生チャンピオンで、ちょっとした有名人だ。すっかり三人組と仲良くなっている。その四人が、舞子たちに加わった。結構楽しくなりそうな予感がして、舞子はワクワクしてきた。クラスは、八人グループで三つの班に分かれた。
「班が決まったら、班長と副班長を決めてね。男の子の代表と、女の子の代表。どっちが班長でもいいわ」
「おい、班長だってよ。真田、お前やれよ」
「えー?俺、そんなの向いてねえよ。河合が一番向いてると思うけど」
「あたし?駄目よ。うちの班、わんぱく坊主ばかりじゃない。力で押さえ込める、真田君がいいわ」
「バカ言え、河合。集団行動くらい、ちゃんと守るさ」
前田が、麗奈に抗議した。
「だったら舞ちゃんが…」
「あたしが、何で押さえ込むって?」
しゃしゃり出ようとした葵が、舞子の一睨みで慌てて口をつぐんだ。麗奈と鈴香は、舞子の秘密を知らない。
「山根。お前がやれよ。別に、力で押さえ込まなくていいからさ」
「そんなもので押さえ込んでたまるか!」
舞子が怒鳴ると、みんなが笑った。真田のバカ。よけいな事を。
「じゃあ、副班長は真田君がやってよね」
「何でそうなるんだよ、河合?」
「だってあなたと舞ちゃん、お似合いじゃない」
ワッと、ひやかしの歓声が上がった。一平も舞子も、真っ赤になった。葵が一番はしゃいでいる。ふと、視線を感じて舞子が顔を上げると、加藤美保と眼があった。美保は、一平のファンなのだ。舞子は、そっと眼をそらした。全くやりにくい。
「じゃあ班長さん、前に出てきてちょうだい。いまから、修学旅行のしおりを配ります」
葵に背中を押されて、舞子は前へ出た。他の班の班長は、武田誠と船越隆だった。武田はクラスのリーダー的存在で、勉強もスポーツも得意。しかも、ルックスもなかなかイケている。麗奈と並ぶとお似合いだ。相沢の、ライバルという事になる。船越は小太りで背が低く、眼鏡をかけている。勉強もスポーツも、あまり得意ではないが、誰にでも親切で人望があった。
「山根班と、武田班と、船越班ね。じゃあ、これをみんなに配ってちょうだい」
宮崎先生は、それぞれの班長にしおりの束を渡した。修学旅行まで一週間。しおりを見ると、さらに実感が沸いてきた。
十月二十九日水曜日、朝六時三十分。舞子は、いつものように四年生の弟・翔太郎と一緒に、公園へ来ていた。家から走って、十分の距離だ。一平も、やはりいつもの様に、鉄棒の横で腕立て伏せをやっていた。舞子たちを見て、笑いかけてくる。
翔太郎が、地面に三本の線を引いた。反復横とびの準備だ。毎朝百回飛ぶのが幼い頃からの習慣で、やらないと調子が狂うようになってしまっていた。
「やるわよ、真田君」
用意が終わると、舞子は鉄棒の横にいる一平に声を掛けた。一平は腕立て伏せを終え、屈伸運動をやっていた。
「おう。よーし、今日は三分切ってやる」
一平が、スポーツタオルで汗を拭きながら、舞子たちの方へ歩いて来た。
一平は、転校して来る前の町でも、トレーニングは毎朝やっていた。なにせ、空手のチャンピオンだ。引っ越してきてこの公園へ来る様になり、舞子たちと偶然一緒になったのだ。それ以来、毎朝一緒にトレーニングする様になっていた。一平ファンの美保にばれたら、多分恨まれるに違いない。
舞子と一平は、反復横とび百回を三分三十秒以内に飛ぶが、翔太郎は五分とちょっとかかる。それでも凄いものだ。普通は、百回続けて出来るものではない。
「いよいよ、明日からだよなあ」
トレーニングを終えた一平が、荒い息を吐きながら言った。そうだ。明日から、修学旅行なのだ。
「明日、トレーニングどうするんだ?駅に八時集合だろう?」
「さすがに、やめておくわ。まあ、雨が三日続くと思う事にするわよ」
「やめろよ、縁起でもない。本当に降ったら、どうしてくれるんだ」
「男のクセに、つまんない心配しないの。翔太郎!あんたはサボっちゃ駄目よ」
言われた翔太郎が、首をすくめた。逆らうと、ゲンコツが飛んで来る。
「はいはい」
こいつは、サボるな。舞子は思った。元々練習が嫌いなのだ。まあ、いいか。たまにはサボっても。あたしみたいに、やめられなくなるよりいいかもしれない。
明日から、いよいよ修学旅行だ。
「うおー!新幹線だよ、新幹線!」
ホームへ入って来た新幹線を見て、前田が大騒ぎをした。乗った事が、無いのだろうか?こういうアホウが興奮してホームへ飛び出さないために、新幹線のホームには白線の変わりに柵が張ってある。上手く考えたものだ。
「さあみなさん、扉が開いたら、ホームと車両の間に気をつけて乗ってください。車内では、他のお客さんの迷惑にならない様にする事。いいね」
カンカン帽を被り、真っ白なジャケットを着た教頭先生が、JRの職員のような注意をした。白いジャケットは、金色に光るボタンが付いていて、ポケットだけがグリーンだ。おまけに首には、レモンイエローのスカーフまで巻いている。迷惑なのはあんたの服装だと舞子は思った。お笑い芸人のステージ衣装じゃああるまいし…。
鉄柵のドアが、プシュッという音と共に、自動で開いた。ぞろぞろと、スポーツバッグを提げた大量の小学生が、新幹線に飲み込まれていく。車両の連結部分は、ちょっとしたパニック状態だ。車両の座席は、決まっていない。二車両が貸し切りで、一組全員と二組がそれぞれの車両に乗り、三組だけが半分に分れて乗せられた。
「舞ちゃん、こっちこっち。ここにしよう」
葵が、車両の真中辺りに陣取った。席を一つ、クルリと回して、四人掛けで向かい合えるようにする。通路を挟んで、一平たちが、同じ様に向かい合わせで座っていた。小学生の団体の乗車に予定より時間を食った新幹線は、慌ててドアを閉めると、京都へ向けて出発した。
「葵ちゃん凄いバッグね。自分が入れそうじゃない」
「へへー。普通のバッグに、入りきらなかったのよ。これ、お父さんのなの」
麗奈の言葉に笑って答えた葵が、バッグのファスナーを開いた。三分の一を、お菓子が占領している。
「ちょっと。こんなに持って来て、どうする気?」
「何言ってるの、舞ちゃん。みんなで食べれば、あっと言う間よ」
「あなた、いつ食料調達係になったの?」
麗奈が呆れたように言った。
「さあ、トランプ、トランプ。ねえ、あんた達もやらない?」
葵が隣に声を掛けたが、前田と杉山は窓にへばりついて外を見ていた。
「ああ。入れてくれよ」
前田たちの様子を見て、車内でのおしゃべりが期待出来ないと思ったらしい一平が言った。
「俺も、やるぜ」
相沢も、カジノのディーラーのようなポーズをつけて言った。ババ抜きだ、ババ抜き。ポーカーをやろうとは誰も言っていない。
「おい前田!」
葵は、窓にへばり付いている前田を大声で呼んだ。振り向いた前田に、まるで飼育係のように、スナック菓子の袋を一つ放った。前田はエサを投げ与えられたサルのように、ぱっと空中で袋を掴んだ。
「サンキュー、汐海!」
「熊と二匹で食べるんだよ」
「秀樹が熊で、俺はサルかよ?てめえは、いちいち何か言わねえと気が済まねえのか」
前田と葵があっかんべーをし合うと、いつも大人しい鈴香が楽しそうに笑った。
六人で、ババ抜きをやった。一平の札から、一枚引いた相沢が「アウチッ」とアメリカ人のような声を上げた。ババを引かされたのが丸分りだ。その相沢から麗奈が一枚引こうとすると、相沢の顔が真っ赤になって硬直した。忙しい男だ。
一番最初に鈴香。次に葵が上がった。残った四人から笑顔が消え、真剣な顔つきになった。顔に出ない方が、有利だ。葵は表情豊かだが、わざと作れるところがある。小さな頃からお芝居をやっているのだ。鈴香はもともと冷静で、顔には出ない。一見冷静そうな麗奈が、実は簡単にムキになる性格なのだと舞子は初めて知った。それが証拠に、三番目に上がった麗奈のガッツポーズはかなり派手だった。四番目に一平が上がった。残るは二人。舞子が二枚、相沢が一枚。
相沢が引く番だ。舞子の手札の頭を、相沢が人差し指で交互に触った。舞子の顔を、じっと見つめながらだ。さっさと引け。表情を読まれまいとしている舞子を、葵が肘で突ついた。
「舞ちゃん、出てる出てる」
コメカミに浮き出た血管など、どうしようも無かった。相沢は、ババではない方のカードを一指し指と中指の二本で挟み、格好をつけて取った。ちっ。舞子は心の中で舌打ちをした。
「悪ィな、山根」
相沢は、カジノの大勝負に勝ったイタリア人のギャンブラーのように、カードにキスをしてニヤリと笑った。バカかこいつは。ビリ決定戦だっちゅうの。まあ、ビリになったのは、舞子だが。
みんなで騒いでいると、三時間くらいあっと言う間に過ぎてしまった。
「あと三十分で、京都に着くわよ。みんな、そろそろ荷物をまとめて、いつでも降りられるようにしましょうね」
宮崎先生が、車両の通路を歩きながら、生徒に声をかけていった。三十分後、新幹線は無事京都駅に到着した。若葉小学校の六年生が、ぞろぞろと新幹線から吐き出される。
「さあ、各班まとまって、改札を出た所で一度整列するぞ。班長が先頭、副班長は班の一番後ろに並んで改札を出るように」
三組担任の川村栄治先生の言葉に従って、舞子たちも一列に並んで改札口を出た。駅のロビーへ行って、舞子はウンザリした。先に出ていた教頭先生が『若葉小学校』と大きく書かれた一メートル四方はありそうな黄色い旗を大きく振っていたからだ。そんなマネをしなくても、あんたの服装は充分目立つ。
「今からバスに乗って、京都の映画撮影所を見学に行きます。着いたらお弁当を配りますので、そこからは班ごとに自由行動とします」
教頭先生の言葉に、みんなワッと歓声をあげた。いきなり、今回の旅行の目玉とも言える場所へ行くのだ。明日は退屈なお寺巡りが待っている。
「あたし、このためだけに来たみたいなもんだからね」
葵は、観光バスに乗り込みながら、いきいきとした顔で言った。
将来、女優になるためにお芝居やダンスの稽古をやっている葵にとって、映画の撮影所は憧れの場所に違いない。
一番最後に、教頭先生がくるくると旗をポールに巻きながらバスに乗り込んできた。まさか、集合の度にあの旗を振りかざすつもりではあるまいか。舞子の不安や葵の期待を乗せて、観光バスは映画撮影所へと向かって出発した。
「舞ちゃん『影の男』って言う番組、知ってる?」
「知ってるけど、見た事ないよ」
「俺、毎週見てるぞ。江戸の町の平和を乱す悪党を、殿様の命令で影の部隊って言う忍者の軍団が退治するんだ」
舞子と葵の会話に、後ろの席にいた前田が割って入った。
「そのドラマのロケがあるんだよ。主演の千葉真吾も、相手役の山咲ななこも来てるんだって」
葵が眼を輝かせて言った。二人共、最近人気が出てきた若手スターだ。千葉真吾は、愛川アクションクラブという、小さなプロダクションのスター第一号だった。
主役をやるのは初めてで、影の部隊の中で一番格好の良い役をやっている。
山咲ななこは元々グラビアアイドルだったのだが、最近人気が出て、コマーシャルやドラマなどにも出るようになった。こちらもヒロイン役は初めてで、影の部隊の千葉真吾に思いを寄せているお姫様の役をやっているのだ。
「千葉真吾に、サインもらえるかなあ?」
「色紙、持って来たの?」
「マジックだけ。サインもらえるなら、ここに書いてもらうの」
そう言って葵は、白いトレーナーの胸の部分を両手で広げた。そのために白い無地のトレーナーを着てきたのだろうか。だとしたら、相当な意気込みだ。
「間もなく、映画撮影所に到着いたします」
バスガイドの『おねえさん』と言うにはいささか年配のおばさんが、マイクを使って言った。駅から三十分も走っていない。
本当に間もなく、観光バスは撮影所の駐車場へすべり込んだ。広い駐車場は、ガラガラに空いていた。やはり平日の午前中だ。荷物はバスに置いたまま、みんな外へ出た。葵は大きなバッグの中から、慌ててカメラを出していた。
「それでは、今からお弁当を配ります。中へ入ったら、午後四時まで自由時間とします。ゴミはゴミ箱へ捨てる事。必ず、各班ごとに行動する事。四時にここへ集合する事。いいですね」
入場ゲートを入った所の大広場で、お弁当とお茶をもらって教頭先生の演説を聞かされていたが、解散の合図と共に、みんな鎖から解き放たれた犬のように広場から散って行った。
撮影所は、大きく分けると四つのエリアに分れていた。公園のように芝生がある大きな広場。時代劇の撮影に使う、江戸時代の町をそのまま再現した町のセット。お土産や食べ物の売店がならんだ所。そして、撮影所の奥にある大きなスタジオ。
建物の中は資料館にもなっていて、撮影現場の写真や使われた道具等、様々なものが展示されている。他にも、撮影した映画のフィルムを繋ぐ作業をする所、役者さんの更衣室、控室、その他にも色々な作業をする部屋があるらしい。
舞子たちは、芝生の広場でお弁当を食べる事にした。
「ゲッ!幕の内弁当!」
配られたお弁当を開いて、葵が言った。舞子もそうだが、子供は大抵幕の内弁当があまり好きではない。焼き魚、天ぷら、ウインナーは許せるが、野菜の煮物と豆の煮物は許せない。コウヤ豆腐など、もってのほかだ。
おそらく、教頭先生がまとめて注文したに違いない。全く、年よりはなぜ幕の内弁当などを好むのだろう?それでも舞子は、コウヤ豆腐と豆以外は全て食べた。葵など、野菜の煮物にも手をつけていない。
「山根、お前コウヤ豆腐食わねえなら、俺にくれよ」
杉山は舞子の弁当箱に手を伸ばし、コウヤ豆腐を指でつまみ上げた。
「野菜もちゃんと食べなきゃ駄目よ。女優になるんなら、身体が資本でしょ?」
麗奈が、葵に向かって年より臭い小言を言っている横で、鈴香がご飯に付いていた梅干の種を、空っぽの弁当箱に「プッ」と吐き出した。
葵は、下唇を突出してから、タケノコの煮物を、口に押し込んだ。
「そうそう。横のシイタケも、ちゃんと食べるのよ」
麗奈は、にっこり笑って上品にウインナーを口へ運んだ。葵が舌を出す。
お弁当を食べ終えて、町のセットを見に行く事にした。芝生の広場とセットのエリアの間には人工の川が流れていて、赤く塗られた木の橋が架っていた。手すりの柱に『五条大橋』と書いてある。
「へぇー。これが有名な、五条大橋か」
「これも撮影用のセットなの。今じゃ本物は、車がバンバン走ってるわよ」
「うるせえな。そんな事、分ってるよ。誰が本物だって言ったよ?」
杉山と葵の言い争いを聞きながら丸みのある橋を渡ると、向こう岸には昔の町並みが広がっていた。まるで、江戸時代の町にタイムスリップしたような気分だ。
「すげえな、ここ。本物の昔の町みたいだ」
「じゃあ、写真撮るわね」
他の班のみんなも、あちこちで写真を撮っていた。
油問屋の前に女子四人が並び、一平が撮ってくれた。次に、葵が代って男子四人を撮る。そうやって、順番に交代しながら質屋、居酒屋、宿屋などの前で次々に写真を撮り、あっと言う間にフィルムが一本終わった。
建物の中へ入ってみたが、中はがらんどうで少しがっかりした。外側だけが、本物そっくりなのだ。
「お客様にお知らせいたします。ただいまから、町のセットを使った『影の男』のロケを行います。セットの中は一時立ち入り禁止となりますので、スタッフの指示に従って、セットからお出になってください」
スピーカーから流れた案内に、みんな大声をあげて喜んだ。生で芸能人が見られるのだ。
「はい、みなさん。このロープからこっちへは立ち入らないでください。見学される方は、スタートがかかったら音を立てないように。また写真を撮られる時は、フラッシュはご遠慮ください」
金色の文字で『影の男』と書かれたトレーナーを着た、一目でスタッフと分るお兄さんの誘導で、みんなロープの外へ出た。ほとんどが若葉小の生徒だった。いよいよスターたちが出てくる。
町の通りの真中に、折りたたみ式のディレクター・チェアや、照明器具、巨大な鏡やマットなどが運ばれてきた。小さなトランポリンまである。カメラがロープの周りを取り囲むと、本格的に撮影現場らしくなってきた。
「うお!千葉真吾だ!山咲ななこもいる!」
前田が、叫んだ。黄色い歓声を掻き分けて、二人のスターがロープの中へ入った。
「見て見て、舞ちゃん!千葉真吾だよ!」
葵が、千葉真吾に眼はクギ付けのまま、隣にいた前田の首をしめた。
「ぐるじい…ジオビ…ぞんなごど、じてるばあいが?」
「あ、そうだ!写真、写真!」
葵は前田の首から手を離し、慌ててカメラを構えた。たて続けにシャッターを切り始める。他のカメラを持っている生徒たちも、同じように撮っていた。
いよいよ撮影が始まった。町娘の格好をした山咲ななこを、見るからに悪党面の浪人五人が取り囲む。
「町娘の格好をしても、俺達の眼はごまかせんぞ。ええ?姫君」
今すぐ飛び出して、顔の真中に右ストレートをブチ込みたくなるほど憎らしい顔で、浪人の一人が言った。悪党面にもほどがある。姫が逃げようとする所を、手下らしいサンピンが二人で前をさえぎった。「待て!」と言う声が聞こえ、浪人たちが一斉に同じ方向の空を見上げ、そのまま静止した。
「カット!よし、ОK!」
監督が声をかけると、緊張していた場がふっと和んだ。さっきまで、恐怖に引きつっていた山咲ななこが白い歯を見せて笑っているのを見て、舞子は不思議な気分になった。
次のシーンが始まった。カメラは、三台とも油問屋の屋根に向いている。スタートの声が掛かると、屋根の上に忍者スタイルの千葉真吾が現れた。今まで、屋根の上に隠れていたのだろうか?
千葉真吾は、いきなり高さ四メートル程の屋根から飛び降りた。もちろん、地面には巨大なマットが敷いてある。千葉真吾は、マットの上にドサリと倒れるように着地した。カットの声がかかる。再びスタートの合図で、千葉真吾は小さな台の上から浪人たちの真中へ飛び降り、ポーズを付けて言った。
「きさまら山犬どもも、姫に一本指もだろう…?」
悪党面の浪人たちも山咲ななこも、いきなり笑い出した。カット。台詞をトチッたらしい、千葉真吾が照れ笑いをした。
再びやり直し、千葉真吾は「きさまら山犬どもには、姫に指一本触れさせんぞ」と言う台詞を、無事に言い終えた。
アクションシーンも繋ぎつなぎで、トランポリンを使ったりマットを使ったりして、何度もくりかえし撮っていた。あっと言う間に二時間近くが過ぎ、撮影は休憩に入った。もうすぐ二時三十分だ。
「それでは今日はお客様も少ないので、今からご希望の方は、千葉真吾と山咲ななこがサインをいたします。どうぞ、こちらへ並んでください」
スタッフのお兄さんの言葉に、大歓声が沸き起こった。
「やったね葵ちゃん。サイン、もらえるよ」
「うん。用意して来て良かった!」
さっそく舞子たちも、行列に並んだ。若葉小学校の生徒が三十人くらいで、他のお客は十人くらいだ。舞子たちより五人ほど前に、宮崎先生と例のド派手な格好の教頭先生が並んでいた。まさか、あの白いジャケットに山咲ななこのサインでも書かせるつもりかと思ったが、手にはちゃんと色紙を持っていたので、舞子は少し安心した。
「舞ちゃん、色紙持ってるの?」
「みんな用意しているのかなあ?」
周りを見ると、ほとんどみんな色紙を持っていた。どうやら売店で売っているらしい。
「あたしは、いいや。どうせ、良く知らないし」
「えー、もったいないよ舞ちゃん。じゃあ、スカートに書いてもらえば?」
葵は、舞子の薄いピンクの無地のスカートを指して言った。冗談じゃない。そんな物穿いて、外なんか歩けますか。舞子は慌てて首を振った。
「いい、いい。あたしはホントにいらないから。葵ちゃん、もらいなよ」
葵は、まるで自分の事のように「もったいない」を連発していたが、やがて自分の番がくると、眼を輝かせて言った。
「あたし、大ファンなんです。『影の男』も毎週見ています。それから、さっきの撮影も格好良かったです」
「ありがとう。これからも、応援よろしくね。サインは、何に書けばいいのかな?」
色紙を持っていない葵に、千葉真吾がニッコリ笑って聞いた。近くで見ると、さすがに格好良い。白いトレーナーの胸の部分を引っ張って見せた葵に、千葉真吾は笑って頷いた。
「名前は、なんて言うんだい?」
「はい。汐海葵です」
「汐海葵ちゃんか。可愛い名前だね。よし、それじゃあ書くよ」
『汐海葵ちゃんへ!影の男・千葉真吾』と胸に大きく書いてもらった葵は、満面の笑顔で千葉真吾にお礼を言った。
「あたし、大感激。よーし、あたしもデビューして、今に千葉さんと競演するわよ」
さっきまで『千葉真吾』だったくせに、サインをもらったとたんに『千葉さん』ときたもんだ。舞子は、ちょっと肩をすくめた。
「じゃあ、スタジオを見学に行こうか」
舞子たちの班は、ロケ現場を後にスタジオの建物へと向かった。
スタジオの中にも、色々なセットが組んであった。家の中のセットがあるのは聞いていたが、町の一部や、室内とはとても思えない野原のセットまであった。
「すごい!入ってみたいなあ」
葵は、眼を輝かせて言いながら次々に写真を撮っていた。セットがある部屋は、壁がガラス張りになっていて、廊下からでも見えるが中へは入れないようになっていた。杉山たちは退屈そうにしていた。セットの中に入れないのが、おもしろくないらしい。
「じゃあ、二階へ行ってみようよ」
「えー?ここ、つまらねえよ。外のセットの方が面白ぇぞ。外へ行こうぜ」
「せっかく来たんだから、一応全部見た方が、いいんじゃない?」
二階へ行くのを面倒がる杉山に、鈴香が言った。
「じゃあ、俺達ここで待ってるからさ。お前ら行って来いよ」
「だって、班ごとって言われてるじゃない。はぐれたら、あたしの責任なのよ」
「大丈夫。俺だって副班長なんだぜ。ここで動かずに待ってるよ。俺が、ちゃんと責任持つからさ」
そこまで言われては仕方がない。舞子は一平を信用する事にした。
「じゃあ、十五分で帰って来るから、絶対ここで待っててね。裏切ったら許さないからね」
誰がそんなおっかないマネするもんか。男子四人は全員思ったが、口には出さなかった。
二階へ上がると、廊下の奥をさえぎるようにロープが張っていた。奥が役者の控え室になっているらしい。
「千葉真吾が、帰って来ないかなあ」
「駄目よ、葵ちゃん。役者さんは、建物の外についている階段で上がって来るのよ。建物の中は通らないの」
「麗奈ちゃん、どうして知っているの?」
「だって、これに書いてあるじゃない」
麗奈は、撮影所のパンフレットを出して葵に見せた。
「じゃあ、千葉真吾はもう控え室にいるかも知れないわね」
葵の眼に、お星様がキラキラと輝いた。良からぬ事を思いついたに違いない。
「駄目だよ、葵ちゃん。入ると叱られちゃうよ」
「大丈夫、大丈夫。だって、こんなチャンス、滅多に無いんだもん。写真を撮ってくるだけよ」
舞子が止めようが、鈴香が止めようが、こうなったら止まらない。麗奈など止めようともしなかった。もしかすると、宮崎先生でも止められないかもしれない。
葵は、ロープをくぐって廊下の奥へ入って行った。角を曲がった所に、役者専用のトイレがあった。そこから更に進むと『控え室』というプレートが貼ってあるドアがあった。その奥が、更衣室。葵は思いきって、控え室のドアをノックした。返事は無い。
「こんにちは…」
小さな声で言いながら、葵がドアを空けた。誰もいない。おまけに、中は真っ暗だった。
葵はがっかりしたが、役者の控え室など見る機会もあまり無さそうなので、真っ暗な室内に向かってシャッターを切った。フラッシュを焚けば、多分写るだろう。バシッと音がして、フラッシュが室内を一瞬明るく照らした。
おや?と、葵は思った。誰もいない室内の奥に、フラッシュで照らされた一瞬、人の姿が見えたような気がしたのだ。葵が、カメラを向けてもう一度シャッターを切ろうとした時、ものすごい怒鳴り声が聞こえた。
「こらー!ここは、立ち入り禁止だぞ!」
葵が、弾かれたように声の方へ振り返ると、髭面のおじさんが葵をにらんでいた。
「ごめんなさーい!」
葵は、大慌てで控え室の入り口から逃げ出した。角を曲がり、ロープを飛び越え、舞子たちの所へ一目散に走った。
葵が逃げ去ったあと、髭面の男が控え室に入ろうとすると、中から山咲ななこが、飛び出してきた。
「うわっ!」
驚いて声を上げた髭面の横を、山咲ななこはスルリと抜けて、廊下の更に奥にある女優用の控え室へ駆け込んだ。
「おいおい、まさか」
言いながら髭面が控え室の電気を点けると、部屋の奥に千葉真吾が申し訳無さそうに立っていた。
「千葉!お前、控え室に山咲ななこを引っ張り込んだのか?おいおい、誰かに見られたらどうするんだ?お前は、やっとウチから出たスターなんだ。頼むぞ。ここでスキャンダルでも流された日にゃ、ウチは潰れてしまうんだからな」
「申し訳ありません…」
千葉真吾は、シュンとした顔で頭を下げた。
「まあいい。さっきの子が、週刊誌の記者でなくてよかったよ。部屋も真っ暗だったし、見られていないだろう」
髭面は、そう言ってにっこり笑った。どうやら葵のフラッシュ撮影は見ていなかったらしい。
髭面は、愛川アクションクラブの社長、愛川五郎だった。愛川五郎は、日本一のアクションクラブ『ジャパン・アクションズ』の元トップスターで、五年前に引退し、愛川アクションクラブを創ったのだ。
他には、専務の吉本大吉と、マネージャーの大岩三平がいる。どちらも、元はアクション俳優だった。
役者を募集し、色々な武道や芝居のレッスンをさせ、コツコツと営業をやって、抱えているアクション俳優候補も大人六人子供十五人となり、やっとデビューしたのが千葉真吾だ。つまり今、千葉真吾がスキャンダルで潰れてしまうと、今までの苦労が、水の泡になってしまうのだ。
「それが、社長。誠に言いにくい事なんですが…」
「なんだ千葉?言ってみろ。まさか、さっきの子に控え室でのラブシーンを写真に撮られたなんて、言い出すんじゃあないだろうな。ワッハッハ」
「その、まさかなんです…」
愛川社長は、ハの口のまま顔が固まった。そのまま後ろへ倒れそうになるところを、千葉真吾が慌てて抱きとめた。
「この大バカモン!お前はウチを潰す気か!」
社長が大声でわめいている所へ、マネージャーの大岩三平が入ってきた。
「何事ですか、社長?廊下にまで聞こえていますよ」
「大岩、良い所へ来た。大変なんだ」
「何ですか、血相変えて。まさか、千葉が何かスキャンダルでも起こしたなんて言わないで下さいよ。ハッハッハ」
「千葉のバカヤロウが、山咲ななことこの部屋でキスしている所を写真に撮られた」
大岩マネージャーの顔は、やはりハの口のまま固まった。それほど大変な事なのだ。
「写真週刊誌ですか?」
「ちがう。小学生が、団体で来ているだろう?その中の一人だ」
「そんな事言ったって、七・八十人いますよ。どんな子ですか?」
鼻息を荒げている愛川社長と大岩マネージャーの会話に、千葉真吾がオズオズと割って入った。
「あのう…その子、汐海葵ちゃんって言う子で、白いトレーナーの胸に大きく俺のサインが書いてあります。その子の名前入りで」
「何?そんな目印があるんなら、こっちも大助かりだ。大岩!すぐにその子を捕まえて、カメラとフィルムを取り上げろ。いいか、手段を選ぶなよ」
命令を受けた大岩マネージャーは、控え室を飛び出して行った。
「社長、一人じゃ無理です。俺も…」
「バカモン!人気スターが、小学生のカメラを取り上げる気か?一発で、ばれちまうだろうが。それより俺たちに任せろ。幸い、今日は特別練習の日だ」
そう言って、愛川社長は部屋を出て行った。再びガランとなつた控え室に、千葉真吾は忍者の格好のまましょんぼりと立っていた。
特別練習。つまり、デビュー前の練習生たちがこの撮影所に集まり、スターである千葉真吾と一緒に稽古が出来る日なのだ。今日は平日だが、子役の卵たちはみんな学校を休んで集まって来ている。
愛川社長は、建物の外側に付いた階段を駆け下り、一階の体育館へ飛び込んだ。
「なんだ、なんだ?どうしたんだよ?」
慌てて階段を駆け下りて来た舞子たちを見て、一平が驚いて言った。
「聞いてよ真田君。葵ちゃんったら、立ち入り禁止の場所へ入って撮影所の人に怒鳴られたらしいの」
麗奈が息を弾ませながら、ウンザリした顔で言った。葵がデヘヘと笑った。普段あまり走らない鈴香は、まだしゃべる余裕も無さそうだ。
「立ち入り禁止って、何か面白い物でもあったのかよ?」
杉山が、ちょっと興味ありげに聞いた。
「控え室があったけど、真っ暗だったの。誰もいないと思って写真を撮ったら、フラッシュの光で、一瞬人がいたような…まあ、はっきり分らなかったんだけど」
「誰か、いたんじゃねえのか?」
「確かめようとしたら、見つかって、大声で怒鳴られたのよ。ビックリしちゃった」
「なんだ、つまんねえの」
面白い話を期待した杉山は、ガッカリして口を尖らせた。
「ここ、あんまり面白くねえよ。見学人もいないじゃんか。外へ行こうぜ」
一平が言った。確かに入ってきた時は、他の生徒や観光客のおばさん達も何人かいたが、今はガランとしていてだれもいない。舞子たちは、建物の出口へ向かった。
「舞ちゃん、今何時?」
「三時ニ十分よ。充分間に合うわ」
舞子は、ストップウォッチ付きの腕時計を見ながら答えた。
「お土産見る時間、あるかなあ?」
「十分くらいなら、大丈夫よ」
出口の分厚いガラスのドアに手をかけながら、麗奈が言った。
「あれ?このドア、開かないわよ」
「そんな訳ねえだろ?どいてみな」
杉山が押しても、ドアはびくともしなかった。
「閉じ込められちゃった。どうしよう?」
「とりあえず、係員を呼びにいくしかないわね。二手に分かれましょう」
麗奈の提案で、男子二人女子二人の四人づつで探す事にした。葵が、持っていたメモで簡単なクジを作って二手に分かれた。舞子・鈴香・杉山・前田と、葵・麗奈・一平・相沢という組み合わせだ。
舞子たちは二階を、一平たちは一階をそれぞれ探し、係員が見つかっても見つからなくても、出口のドアの所へ十分後に集合することになった。
「ガランとしていて、よく見るとなんだか気味が悪い所ね」
一階のフロアを歩きながら、葵が言った。
「いくら平日でも、お客が一人もいないってちょっとおかしいぜ。閉館するには、まだ早いし。マジで、誰かに閉じ込められたんじゃねえのか?」
相沢が言ったとたん、歩いていた廊下の曲がり角からいきなり忍者が三人現れた。背格好からすると、自分たちと同じくらいの子供だろう。顔は分らない。
「うわっ!なんだ、お前ら?」
相沢が、ダンサーのような決めポーズで忍者に人差し指を突き付けて叫んだ。問答無用で、忍者は迫って来た。
「なんだか分らないけど、とりあえず逃げましょう」
麗奈の言葉に従い、四人が廊下の反対側へ逃げようとすると、そちらからも忍者が二人出てきた。こちらへ向かってくる。
「このドア、開いたわ!」
横にあったドアに葵が思わず手をかけると、さっきは鍵が掛かっていたドアが、あっさりと開いた。四人は、慌てて部屋へ飛び込んだ。大きな室内に、外にある昔の町が半分くらいの大きさになったセットが組んである部屋だった。四人を追って、五人の忍者も飛び込んできた。一平が五人の前に立ちはだかった。
「何者だか知らないけど、相手になってやるよ」
拳を構えた一平に、忍者の一人が殴りかかった。一平は、右に身体を振ってかわし、左足で、忍者の脇腹へ回し蹴りを放った。蹴りを食らって、忍者が膝をついた。後の四人に緊張が走った。
「こいつ、空手の真田一平じゃねえか?」
「マジかよ。ちょっと、手強いぜ」
忍者が、顔を寄せ合ってささやきあった。再び一平に向き直った忍者が、背中に背負った刀を抜いた。それを見た葵は、ギョッとして叫んだ。
「ヒトゴロシー!誰か、タスケテー!」
「多分ジュラルミンの偽者だと思うけど、とにかく危ないのに違いはないわ。真田君、逃げましょう」
麗奈が、場違いな冷静さで逃げることを進めた。まあ、刀はたしかにジュラルミン製の偽者だが、殴られれば、棒より痛いのは確かだ。
「俺が食いとめる。お前ら逃げろ!相沢、二人を頼むぞ!」
「ОK!さあ、来るんだ!」
ウェンディを窓から誘い出すピーターパンのような仕草で、相沢が葵と麗奈に手招きをした。
一平の横を忍者が二人駆け抜けようとした。葵たちを追うつもりらしい。一平はとっさに蹴りを放ったが、忍者はその足の上を見事な飛び込み前転で飛び越え、葵たちを追った。それを追いかけようとした一平を、今度は三人の忍者が取り囲んだ。
いきなり刀が横薙ぎに飛んで来た。一平は上体を反らせてかわした。横から別の刀が突き出て来た。身体を反転させてそれもかわし、刀を突出した反動で前のめりになった忍者のコメカミへ、左の肘打ちを叩き込んだ。二人と向き合う格好になった時、肘打ちを食らった忍者は、地面にのびていた。
刀。上から振り下ろしてきた。前へ踏み込み、刀を持っている手を左の上段受けで止め、同時に右のストレートをみぞおちへ突立てた。グウッと唸って、忍者はうずくまってしまった。
いきなり背中に痛みが走った。最期の一人に、後ろから刀で殴られたのだ。本物だったら、背中を切られて死んだ事になる。痛みを堪えて一平が振り向いたところへ、返しの刀が横から飛んできた。一平は踏み込んで脇腹でワザと刀を受け、そのまま右脇で刀をはさみ込んだ。開いている左の拳を、目の前の忍者の顔面に力一杯叩き込む。忍者は刀から手を離し、地面にべちゃりとのびてしまった。
一平は、倒れた忍者に眼もくれず、セットの奥へ葵たちを追っていった。
一方、葵たちは奥に有った別のドアから、すでに隣のスタジオへ飛び込んでいた。ここはどうやら武家屋敷のセットらしい。
「今のうちに、どこかへ隠れた方がいいわ」
「それより、麗奈ちゃん。なんとか舞ちゃん達に知らせないと」
「よし。俺が、ここを出て二階へ行ってくる。お前ら、そこの押し入れにでも隠れていろよ」
「今出て行っちゃ、危ないわよ」
麗奈が言うと、相沢は顔を真っ赤にして言った。
「ありがとう。でも俺の事はいい。必ず助けを呼んで戻ってくるから、ここでいい子にしてるんだ」
相沢はセットの押入れの戸を開けると、麗奈の背中をそっと押した。麗奈は、大人しく押し入れにもぐり込んだ。
「でも、あんた一人じゃ本当に危ないよ」
そう言った葵の頭を押さえつけ、まるで古新聞の束でも押し込むように押し入れに放り込んで、相沢が言った。
「つべこべ言わねえで待ってろ。見つかっちまうから、口きくんじゃねえぞ」
「何なのよ、この扱いの違いは!」
葵はブツブツ言いながらも、大人しく押入れの戸を中から閉めた。相沢は武家屋敷を出ると、さっきの町のセットと反対の廊下へ出るドアを開けた。
「ワオ!」
ドアを開けたとたん忍者の一人と鉢合わせになり、驚いた相沢がマイケルジャクソンのようなポーズで、声をあげた。慌てて逃げる相沢を、刀を振りかざして忍者が追いかける。廊下の角を曲がると、階段があった。
「誰だ、お前!」
ちょうど階段を下りてきた杉山がそれを見て、忍者に向かって言った。
「英樹!助けてくれ!」
階段を走り下りる勢いをそのまま利用して、杉山の巨体が忍者を跳ね飛ばした。小型トラックに跳ねられたようなものだ。
忍者はひとたまりもなく、廊下の反対側まで吹っ飛ばされた。
「なんだ、こいつは?」
「分らねえ。いきなり俺達を襲ってきやがった。向こうで真田が、何人か相手に戦ってるよ」
「葵ちゃんと、麗奈ちゃんは?」
後から階段を下りてきた舞子が、相沢に向かって聞いた。
「セットの押入れに隠れてる。早く、助けに行ってくれよ」
舞子は階段を駆け下りかけ、途中でひらりと飛び降りた。
「杉山!吉本さんを、お願いね!相沢、案内してよ!」
「舞ちゃん、すごい…」
走り去る舞子と相沢を見送りながら、吉本さんがポツリと言った。
「なんだよ、英樹。なにかあったのか?忍者がのびてるじゃねえか。誰だよそいつは?」
最期に階段を降りてきた前田が、廊下の端でのびている忍者をみて驚いたように言った。
武家屋敷の押し入れの中で、葵と麗奈は息を殺していた。冷静な麗奈も、やはり怖いようだ。
「大丈夫だよ、麗奈ちゃん。きっと、みんなが来てくれるよ」
「分ってる。真田君、大丈夫かしら」
「もう、やっつけちゃってるかもよ。なんたってチャンピオンだもん」
二人は気を紛らわせるために、声をひそめて話をした。シッと、麗奈が小さく言った。誰かが部屋へ入ってきた気配だ。
「ようし、お前は隣の部屋を探せ。俺は、この部屋を探す」
「よし。いたら、合図しろよ」
忍者だ。一人が部屋から出ていく気配があった。もうひとりは、この部屋を探す気だ。押し入れの扉を開けられるのは、時間の問題だろう。二人は覚悟を決めた。飛び出して、戦うしか無いのだ。暗闇で手を握り合う事で、お互いの意思を伝え合った。
葵が、扉の前にしゃがみ込み飛び出す準備をした時、押し入れの扉がガラリと開いた。
「それ!」
飛び出した葵が、そのまま忍者の足にタックルをした。両腕で、忍者の両足を抱え込む。
「うわ!てめえら!」
驚いた忍者は、よろけながらも声をあげた。飛び出した麗奈が体当たりすると、両足を抱えられている忍者は、あっさりと後ろ向きに倒れた。麗奈が忍者に馬乗りになったが、忍者は麗奈の腕を引っ張り込み、反対に麗奈を押さえ付けて馬乗りになろうとした。
「きゃあ!」
麗奈の悲鳴と、花瓶の割れる音が重なった。麗奈が目を開けると、白目を剥いた忍者が麗奈ちゃんに向かって倒れてきて、そのままゴロリとのびてしまった。
「大丈夫、麗奈ちゃん?」
割れた大きな花瓶の残骸を持ったまま、葵が言った。この部屋の床の間に置いてあった、高そうな花瓶だ。
「大丈夫よ、ありがとう。取っ組み合いなんて何年ぶりかしら。小さい頃よくやったけど」
麗奈は、そう言って笑った。さあ、ぐずぐずしてはいられない。二人は手をつないで、武家屋敷を飛び出した。
「そこまでだな」
屋敷のセットの前で、忍者が五人待っていた。次から次から、まったく何人いるのだろうか?
「どうしてあたし達を襲うの?あなた達、一体誰よ?」
麗奈が、毅然とした声で言った。
「おい、そこのチビ。お前が持っているカメラを渡しな。フィルムも全部だ。そうすりゃ、逃がしてやるよ」
忍者の一人が、言った。
「カメラ?どうしてそんな物欲しがるのよ。あんた達、ひょっとしてストーカー?」
「つべこべ言うな。大人しく渡さないと、痛い目を見るぜ」
五人の忍者が、二人にジワリと近付いてきた。絶対絶命だ。
その時、バタン!と、スタジオ入り口のドアが開いた。舞ちゃん。葵は、祈るような気持ちでドアの方を見た。しかし、ドアの所に立っていたのは、新しい忍者だった。しかも、赤い忍者。これで、敵は六人という事になるのか。しかし、その忍者は他の忍者と気配が違っていた。
獲物を追い詰め、余裕のある他の忍者と違い、明らかに怒っている。赤い覆面の頭の部分から、湯気が出ているように葵には見えた。
「誰だ、お前は?邪魔をする気か?」
忍者の一人が、赤忍者に向かって叫んだ。舞ちゃんだ。葵は、はっきりと確信した。
赤忍者は、無言のまま忍者たちに向かって歩を進めた。忍者たちも、身構える。
一人が殴りかかった。赤忍者は軽く頭を振ってかわし、左ジャブと右ストレートをほとんど同時に叩き込んだ。ワン・ツーだ。食らった忍者は、ひとたまりもなく、セットの壁まで吹っ飛んだ。他の忍者たちが、慌ててジュラルミンの刀を抜いた。
赤忍者は、軽くステップを踏んで四人の忍者を見据えていた。二人同時に切りかかった。赤忍者はバックステップで刀をかわし、自分に近い方の忍者の下腹を左足で蹴った。ウッと前かがみになった顔面を、左の蹴り足をそのまま跳ね上げてもう一度蹴り上げた。
蹴られた忍者は、後ろへ伸び上がるようにして倒れ、そのまま動かなくなった。赤忍者がくるりと向き直ると、残りの三人は逃げ腰になった。そして赤忍者が一歩踏み込むと、背中を向けて逃げ出してしまった。
「どうも、ありがとう。おかげで、助かりました」
お礼を言った麗奈に軽く手を挙げると、赤忍者は風のように走り去ってしまった。
「誰かしら、今の。すごく格好良かった」
麗奈の顔を見て、葵は慌てた。赤忍者が走り去る姿を見送る麗奈の瞳が、憧れの男の子を見るようにウットリとしていたからだ。
「誰でもいいじゃない。それより、早くここを出ましょう」
葵は、麗奈の腕を引っ張ってスタジオから廊下へ出た。
「おーい!鍵が開いているぞ!」
出口の方角から、前田が叫びながら走って来た。
「みんな無事だったみたいだな。さあ、早く出ようぜ」
葵が振り返ると、一平が笑って立っていた。隣のスタジオから、舞子と相沢も出てきた。
「他の三人は?」
「吉本なら、英樹とタケルが先に外へ連れていったぜ。やばい!集合時間だ」
相沢が、時計を見ながら言った。みんな、慌てて出口へ向けて走り出した。
スタジオを出てもやはりお客はあまりいなかったが、それでも観光客らしいおばさんたちが五・六人、しゃべりながら歩いていた。他にも、ちらほらとアベックがいたりする。八人とも、どこか不思議な世界から、元の世界へ戻って来たような気分だった。
「さ、早く行こうよ」
舞子が走り出すと、全員舞子の後を追いかけて走った。周りでも、他のクラスの生徒が何人か走っていた。集合時間まで、あと五分だ。
「お土産、買えなかったね」
「仕方ないよ葵ちゃん。他にもお店はいっぱいあるわよ」
「そうだよ、汐海。面白い体験が出来たじゃねえかよ。忍者と戦ったんだぜ俺達。まあ、俺にかかりゃあイチコロだったけどよ」
「へえ、杉山君やるじゃない。どうやって倒したの?」
「それがね、麗奈ちゃん。階段を走り下りて、そのまま跳ね飛ばしちゃったのよ」
「うそ!その忍者、死んじゃったんじゃあないでしょうね?なんせ、サイに跳ね飛ばされたようなもんでしょ?」
「てめえ、汐海!言いやがったな!よくも、俺様の勇姿を…」
葵の走るスピードが、上がった。杉山が、地響きをたてて追いかける。サイとは上手い事を言ったものだ。鈴香は笑う余裕もなく、息を弾ませて走っていた。
集合場所では、派手なジャケットを着た教頭先生が、やはり大きな旗を振っていた。舞子はそれを見て、遅れてきて良かったと思った。
「さあ、みんな集合しましたね。楽しかったですか?それでは、これからバスに乗って旅館に向かいます」
若葉小のみんなが、撮影所のゲートを出て駐車場のバスに乗り込むのを、ゲートの影から見ている者がいた。愛川社長と大岩マネージャーだ。
「うーむ、あいつら失敗しおって」
「しかし、社長。ウチの生徒たちがあっさりやられるとは、こりゃあお金で買収するしかありませんよ」
「何を言っとる。絶対に、知られちゃイカンのだ。幸い今の子供達は、どうして襲われたのか分っていない。あの子達がどこの旅館に泊まるのか、ちゃんと調べたろうな?」
「もちろんです。それで、どうなさるつもりで?」
「ウチの、三強にやってもらう。あいつらはデビューが近いから、なるべくこんな事はやらせたくなかったが、仕方がない」
「沖田と十兵衛と弁慶ですか。まあ、あいつらなら大丈夫でしょうが」
「とにかく奴らを呼べ。他にも、なるべく出来る奴を五・六人だ。それから、マイクロバスのキーを持って来い」
「かしこまりました」
大岩マネージャーは、スタジオの練習場の方へ、駆けて行った。
旅館は、撮影所からバスでたった四・五分の距離にあった。なかなかの旅館だ。見た目は少し古いが、瓦ぶきの屋根の木造旅館で、いかにも京都という風情があった。玄関も立派だった。大木をななめに輪切りにしたような、年輪が浮き出た大きな木のプレートに『松木旅館』と金色に塗られた字が浮き彫りにされている看板が掲げてある。
紫色ののれんをくぐると、和服姿の仲居さんが、六人ならんで出迎えてくれた。教頭先生には、別の仲居さんが飛んできて「いらっしゃいませ」と言ったところをみると、どうやら若葉小学校の先生には見えなかったらしい。
木造の古い階段は、よく磨かれて黒光りをしていた。靴下を穿いた足が滑って、上りにくいほどだ。板敷きの廊下もよく磨かれていて、ツルツルとよく滑る。男子が何人か「ひゃっほう!」などと奇声をあげながら、スケートのように滑って遊んでいる。我が班の代表選手は、もちろん前田だ。
部屋割りは、クラスごとに男子用と女子用の二部屋づつだ。一組の女子は『もみじ』の間という、二十畳の部屋だった。グループごとに荷物を置いて、とりあえずみんな大の字に寝そべった。さすがに疲れたのだ。しかし班長・副班長は、いつまでものんびり出来ない。これから、ミーティングがあるのだ。
「舞ちゃん、そろそろ行きましょう」
武田班の副班長、山口小百合が声をかけてくれた。岩本、麗奈、武田に続いて勉強がよく出きる。趣味は編物だ。夏休みの自由課題は、綺麗なサマーセーターを編んできてみんなを感心させた。
「さやかちゃんも、行こうよ」
舞子は、船越班の副班長・上本さやかに声をかけた。麗奈が美人派の代表なら、さやかは可愛い派の代表だ。しっかり者だが、ちょっと皮肉屋なのが玉に傷だった。
三人で、男子のいる『つばき』の間へ行った。廊下の一番奥の部屋だった。『つばき』の間は、部屋中大騒ぎだった。みんなはしゃぎ回って、そこここでプロレスごっこをやっている。
「うおー!」
動物のように吠えた杉山が、船越と岩本を二人まとめて投げ飛ばした。その杉山に、明るいスポーツマン、加島健太が後ろから飛びついた。その向こうでは、ギターが得意で普段はクールな小泉裕二が、自慢のロングヘアーを振り乱してチビの前田を逆さ吊りにしていたし、窓際では一平と武田に、蒲団で巻き寿司みたいにされた相沢が、「ノオー!」と叫び声をあげていた。
「ほら、ミーティングが始まるよ、武田君」
「船越君、置いて行くわよ。ちょっと、いい加減にしなさいよ」
小百合が言おうが、さやかが言おうが、全く処置無しだ。舞子のコメカミに血管が浮き出た。このバカども。全員ブッ飛ばして大人しくさせてやろうか。
「舞ちゃん、どうしたの?うわ、何じゃコリャ?」
葵がやってきて、部屋の大騒ぎに目を丸くした。
「ちょうど良かった、葵ちゃん。このバカ男子ども、あたし達が言っても止まらないのよ。なんとかならない?」
「ОK。任して」
葵は『つばき』の間に一歩踏み込んで、一度大きく深呼吸をした。
「クォラー!このバカタレども、いい加減にしろ!」
おっさんのような怒鳴り声に『つばき』の間は一瞬シンと静まった。葵は舞子の方へ振り向き、指でОKのサインを作って見せてニッと笑った。さすが我が親友、頼りになる。
「なんだよ、汐海。ビックリするじゃねえか。どこかの雷親父かと思ったぜ」
「なに言ってるのよ杉山。野生動物丸出しで、人の注意も聞こえなかったくせに。ミーティングよ、ミーティング」
葵に言われて、一平たちは慌てて廊下に出てきた。葵の方が、班長に向いているような気がした。
「ところで葵ちゃん、こんな事態を予想して来てくれたの?」
「まさか。ご飯まで退屈だから、杉山たちでも誘って遊ぼうかと思ってさ」
葵は、チラリと舌を出して見せた。
ミーティングは、今夜の予定と明日の予定を教えられただけだった。六時三十分から、食堂で夕食。その後、七時三十分から九時までが自由時間。お風呂もその間に入らなくてはならない。蒲団は各自で敷いて、九時三十分に消灯。しおりに書いてある通りだ。わざわざミーティングなど、必要無いように、舞子は思った。
『もみじ』の間へ帰ると、舞子の班は集まってトランプをやっていた。またババ抜きだ。麗奈と相沢の、シ烈な最下位争いが展開されている。
一平は、ミーティングが終わると『つばき』の間へ帰った。杉山たちがここに居るのはすぐ気付くだろうが、一応呼びにいってやろうと舞子は廊下へ出た。
「ごめんなさい。あなた、しおり持ってる?」
廊下の途中で、見知らぬ女の子に声をかけられた。六年生全員を知っているわけではない。眼に特長のある可愛い子だが、舞子の記憶には無かった。
「うん。持ってるよ」
「ちょっと、見せてくれない?あたし、何処かへ失くしちゃったみたいなの。格好悪くて、クラスのみんなに言えないの」
女の子は、ポケットからメモ帳を取り出しながら言った。
「いいわよ。はい」
舞子は、二つに折ってお尻のポケットに入れておいたしおりを、女の子に渡した。女の子は、廊下の隅にペタンと座り込むと、せっせと行動予定を写し始めた。
廊下の向こうから、一平が歩いてきた。
「よう、杉山たち『もみじ』へ行ってないか?」
「来てるわよ。今、呼びに行こうと思っていたの」
写し終えたのか、女の子は立ち上がって舞子にしおりを差し出した。
「ありがとう。助かったわ」
「ううん。いいのよ」
舞子が笑うと、女の子はニッコリ笑っておじぎをし、廊下を階段の方へ向かって歩いて行った。
「なんだい、今の子?」
「ああ。しおりを、失くしたんだってさ。写させてあげたのよ」
「ふうん」
二人はそれきり女の子に興味を失い、『もみじ』の間へ向かった。
さて、今の女の子。名前を島村エリカと言う。もちろん、若葉小学校の生徒では無い。愛川アクションクラブの、デビュー目前のタレントだ。
身長百五十一センチ、体重四十キロ。小学生に見える体格だが、中学一年生だ。空手と機械体操を得意としている、愛川アクションクラブの未来のスター候補なのだ。
エリカは旅館を出ると、別に慌てた様子もなくしばらく歩き、大通りの交差点を右に曲がった。そのまま大型スーパーの、駐車場へ入っていく。駐車場の隅に、愛川アクションクラブのマイクロバスが止めてあった。もちろん、バスの車体に社名など書いていない。
「どうだ、エリカ。手に入ったか?」
運転席で、髭面の愛川社長が言った。
「チョロいもんね。はい、この通り」
エリカは、社長にメモ帳を差し出した。社長が、そのメモに目を通す。
「ううむ。明日は寺巡りか。平日とはいえ、じいさんばあさんが参拝に来ているから、あまり目立ったマネは出来んなあ」
「そうね。だって、かなり手強い連中が汐海葵の周りにいるんでしょ?大立ち回りなんて、出来ないでしょうね」
愛川社長は、ううむと唸って考え込んでしまった。
「方法は、あるぜ」
目つきの鋭い男の子が、エリカのそばへ来て言った。
「なによ十兵衛。偉そうよ、年下のくせに。で、どんな方法よ?」
八木十兵衛。もちろん芸名だ。空手も剣道も得意で、剣道は同じ愛川アクションクラブの、沖田俊介の次に強い。口が悪いのが欠点だった。
「弱い奴のカメラを、片っ端から奪うんだよ。それなら、てこずらねえだろう。出来るだけたくさん集めて、今度はお前がその汐海葵って奴に、呼び出し状を持って行くのさ。集めたカメラ全部と、そいつのカメラやフィルムを交換させるんだ」
「なるほど、いい考えだ。よし、それで行こう。さっそく襲撃方法を考えるぞ」
愛川社長は、急に元気になった。
そんな事はまるで知らない舞子たちは、旅館での自由時間を楽しく過ごしていた。旅館では、『もみじ』の間で男女対抗マクラ投げ大会の真っ最中だった。
「うおー!」
杉山が、丸めた蒲団を振りまわしながら突進して来た。チビの葵と佐久間妙子が、二人まとめて吹き飛ばされた。
「集中放火!」
小百合の号令と共に、マクラが杉山に集中した。
「ワッハッハ!効かねえよ、そんな…ぐおっ!」
得意げに笑う杉山に、普段大人しい鈴香が蒲団を抱きしめたまま、横から体当たりした。体格では杉山に見劣りしない。すかさず麗奈が、倒れた杉山に蒲団を被せた。
「今だ、行けー」
葵を筆頭に、次々と六人の女子が飛び乗った。
「みんな、英樹を助けるんだ!」
タイタニック号の甲板で、乗客を誘導するレオナルド・デカプリオのようなポーズで叫んだ相沢が、加藤美保に座布団でぶっ飛ばされた。部屋のあちこちで、マクラ投げというより、蒲団を持っての殴り合いが繰り広げられていた。蒲団にくるめられて、押しつぶされている者もいる。
「とおりゃー」
身のほどを知らない運動音痴の船越が、丸めた蒲団で舞子を攻撃してきた。簡単にかわし、とりあえず座布団でぶっ飛ばした。
騒ぎは一層大きくなり、収まりそうな気配も無かった。その時、襖が開いて宮崎先生が入って来た。
「こらー!『つばき』の間に誰もいないと思ったら、自分達だけ楽しんで!先生も仲間に入れろ。えい!」
叱られると思ったら、なんと宮崎先生はマクラを拾って投げ、前田の頭に命中させた。一瞬の沈黙の後、ワーッと歓声があがって、男子のマクラが宮崎先生に集中した。
「こらー!ずるいよ、一人狙いは。女子も、何やってるの。先生を援護しなさい!」
再び、『もみじ』の間は戦場と化した。まったく何と言う担任だ。
「こら!消灯時間は、過ぎておるぞ!おわっ、宮崎先生!なんですか、一緒になってはしたない!」
教頭先生の怒鳴り声で、『もみじ』の間は終戦を迎えた。女子は、葵と小百合。男子は、杉山と前田と岩本が、それぞれ蒲団です巻きにされていた。船越と相沢がのびていたのを併せると、女子の優勢勝ちと言えそうだ。
部屋を出る時、宮崎先生は教頭先生に見えないように、生徒に向かって笑いながら舌を出してみせた。
「夜は、まだまだこれからね」
男子も全員部屋へ帰ったあと、葵は眼をランランと光らせて言った。徹夜でおしゃべりに付き合わされるかも知れない、と舞子は思った。
目が覚めた。時計を見ると、六時ちょうどだった。習慣とは恐ろしいものだ。みんな、まだ眠っている。
昨夜は、葵、麗奈、鈴香と舞子の四人で、消灯の後遅くまで蒲団の中で、声をひそめておしゃべりしていた。他のみんなも、班ごとに蒲団を並べて同じようにしゃべっていた。一番先にダウンしたのは麗奈で、次が舞子だった。一時前までは覚えている。その後は分らなかった。
もう一度眠ろうとしたが、眠れそうもなかった。舞子は、みんなを起こさないようにそっと蒲団から這い出し、服を着替えた。音を立てないように、バッグの中からハンドグリッパーを取り出す。握力を鍛える器具だ。それをポケットに突っ込んで、静かに部屋を出た。
音をたてないように、階段を下りた。一階では、すでに仲居さんたちが朝ご飯の仕度を始めていた。何段も重ねたお膳をもって、忙しそうに食堂と厨房を往復している。舞子が靴を穿いていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、三組の沢村大輔が立っていた。
沢村は、三組のボスで、小学生にはめずらしくキックボクシングをやっている。夏休みに、一平が優勝した空手の大会に白帯をしめて出場し、準決勝でついクセになっている肘打ちを使ってしまった。それで相手を病院送りにしてしまい、反則負けになったのだ。一度舞子と戦って、苦しめた事もあるほど強かった。
「よう、こんな所まで来て早朝トレーニングかよ。さすがだね」
「目が覚めちゃったのよ。そう言うあんたは、トレーニングウエア持参じゃないの」
舞子は、ピンクのジーンズにピンクのトレーナーという格好だが、沢村はトレーニングウエアの上下を着ていた。
「まあ、習慣だからな」
二人で旅館の外へ出ると、一平が屈伸運動をやっていた。
「よう。なんだ、おそろいかよ」
一平は、出てきた二人を見て笑いかけてきた。こいつも、トレーニングウエア持参だった。
三人で、旅館の周りを五周走った。反復横とびは五十回で切り上げ、ハンドグリッパーも、左右五十回で切り上げた。一平も、腕立て伏せはいつもの半分しかやらなかったようだ。
二人が、舞子のハンドグリッパーに興味を持った。
「ずいぶん固そうなヤツ、握ってるじゃねえかよ。ちょっと俺にも握らせてくれよ」
舞子が差し出したハンドグリッパーを握ろうとした沢村が、低く呻き声をあげた。
「お前、なんて握力してるんだ。あのパンチ力にも、これで納得したぜ」
一度だけ戦った時、沢村は舞子の右ストレートを食らって失神したのだ。
「どれどれ…。うおっ!なんだよ、こりゃ」
沢村の手からハンドグリッパーを取った一平も、握ろうとして驚いた。とても握れた物では無い。
「これを握れるようになりゃ、お前ともう少しいい勝負が出来るってわけだな。なあ、これ何処で買ったか教えろよ」
「売ってないわよ、特注品だもん。さ、そろそろ起床時間だよ。もう、行かなくっちゃ」
舞子は一平からハンドグリッパーを取り上げると、指でくるりと回してジーンズのポケットに突っ込み、旅館ののれんをくぐった。沢村と一平は顔を見合わせ、互いに肩をすくめた。
班ごとに食堂に集合し、テーブルに着いた。朝ご飯は、塩鮭と生卵と海苔。それと、豆腐の味噌汁だった。葵は寝不足で食欲が無いらしく、海苔だけでご飯をチビチビと食べていた。
「何時に寝たのよ?」
「二時半。吉本さん、夜型だったんだね」
「あたし、よく遅くまでイラスト描いたりするからね」
鈴香が笑って言った。杉山の食欲は、朝から凄まじいものがあった。ご飯を塩鮭で二杯、海苔で一杯、今は四杯目に生卵をかけている所だ。
「すごいね杉山。そりゃあ、太るわ。本当はあたし、朝はパンしか駄目なのよね。」
葵が、自分の鮭の皿を杉山の方へ押しやりながら言った。
「おっ。もらっていいのか?」
「その方が、焼かれた鮭の霊も浮かばれるってものね」
麗奈は笑ってそう言うと、味噌汁を上品に啜った。杉山は、卵かけご飯をかき込むと、自分で五杯目をついだ。
朝ご飯が終わると一度部屋へ戻り、小さな手荷物だけ持って旅館の前に集合した。旅館の前には、すでに観光バスがエンジンをかけて待っていた。
最初に向かったのは金閣寺だ。旅館を出てから、十五分くらいで着いた。黄金色に輝く金閣寺は、生徒たちに歓声をあげさせるには充分過ぎる美しさだった。
「おい、スゲーな、この寺。何百年も建ってるってのに、全然さびてねえよ」
「違うよ、杉山君。鹿苑寺は、昭和二十五年に放火にあって、一度全焼したんだ。それから五年後に建て直されたんだよ」
一度授業で習った事を、岩本君が杉山に教えてやっていた。
「俺は、金閣寺の話をしてるんだよ」
と言うのが、杉山の答えだった。金閣寺はただの呼び名で、本当の名前は鹿苑寺だというのはもちろん分っていない。
葵と一平が交代で、池に映った金閣寺をバックに写真を撮ってくれた。
「これ建て直すの、いくらかかったんだろう?」
「まあ、二億や三億じゃあないでしょうね。あたしも知らないけど」
前田の子供らしい疑問に、麗奈がお母さんのような口調で答えている時、どこかから悲鳴が聞こえた。
「何だ、今の悲鳴?」
「さあ。真田君、ちょっと見てきてよ」
「俺も行くよ」
一平と前田が、騒ぎのあった方へ走って行った。舞子たちは、残った六人で固まって待っていた。二人は、五分ほどで戻って来た。
「うちの生徒が、引ったくりにあったらしいぞ」
三組の生徒が写真を撮っている時、いきなりカメラを引ったくられたと言うのだ。ケガは無かったようだ。相手は同じくらいの年の男の子で、大きなマスクをしていたらしく、顔は見えなかったらしい。
「嫌ね。せっかくの旅行だっていうのに」
麗奈が、顔をしかめた。
「とりあえず、バスに戻ろうぜ」
そろそろ集合時間だ。舞子たちは、バスへ戻ることにした。
駐車場へ向かう途中で、岩本が泣いていた。その横に船越と渡辺孝貴が、頭とお腹を押さえてうずくまっていた。
「何だ、どうしたんだよ?」
一平と杉山が、二人を抱き起こした。
「ああ、杉山君。そこで写真を撮っていたら、いきなり三人組が現れて、ぼくらを殴って岩本君のカメラを取り上げて逃げたんだ」
「お前らの班の、女子は?」
「吉村君と一緒に、先生を呼びに行ったよ」
船越と渡辺に、杉山と相沢がそれぞれ肩を貸してバスへ向かった。舞子は拳を握り締めた。ペキペキと音がした。
バスに乗る前に臨時集合があり、教頭先生からの注意があった。
「みんなのお友達の中に、引ったくりに遭った人がいます。犯人は君達と同じくらいの子供で、一人じゃあないそうです。マスクをしていたので、顔は分りませんでした。私は、警察の人が来るまでここで待っていますので、みなさんは予定通りこれからバスで銀閣寺へ向かって下さい。それから、こんな事はもう起らないとは思いますが、くれぐれも気を付けて、団体で行動するようにして下さい。いいですね」
バスの中では、船越班は質問責めだった。カメラを盗られた岩本はさすがに元気が無かったが、船越や渡辺は殴られたショックから完全に立ち直り、事件の事を興奮気味にしゃべっていた。
犯人は子供で、全員マスクで顔を隠していた。舞子は、昨日の忍者たちを思い出して、少し嫌な予感がした。
銀閣寺、八坂神社と無事に巡り、清水寺で昼食になった。例によってお弁当を配られたが、中身はやはり幕の内弁当だった。
八坂神社で教頭先生も合流し、八坂神社や清水寺を彩るもみじの紅葉を見て、何度も感動を言葉に表していた。八坂神社を参拝した後、「みなさん、心が洗われるような気がしましたね」などと言っていたが、カメラを盗られた岩本にすれば神も仏も無いに違いない。
舞子たちの班は、大きなもみじの木の下に敷物を敷いてお弁当を広げていた。
「なんだ、あいつ?」
前田がお箸で指した方を見ると、鼻血をたらした男の子が脇腹を押さえて苦しそうにしている男の子に肩を貸して、早足で出口の方へ歩き去って行った。
「おいおい。また誰かやられたのかよ?なんか、物騒な修学旅行だよな」
一平が、ウンザリした顔で言った。
「ウチの班は大丈夫だよね、麗奈ちゃん。すごく強い用心棒が、いるんだもん」
「そうね、葵ちゃん。なるべく真田君から、離れないようにしなきゃね」
葵は、舞子を横目で見てニタリと笑った。男子四人が、笑いを堪えるのが分った。舞子が葵を睨む。
「どうしたってんだ、お前ら。まさか、真田一平をねらったんじゃあないだろうな。やつらは後回しだって言っただろう」
マイクロバスに戻った二人に、愛川社長が言った。そうだ。さっき、舞子たちの前を通った、鼻血の男の子だ。もう一人は、まだ脇腹を押さえている。肋骨にヒビでも入っているらしい。
「いや、全然違う奴ですよ。でも、とんでもなく強い上に狂暴な奴でした。こいつ、何発も膝蹴り食らって。肋骨が折れているかも知れません」
「もしかしたら、撮影所に出た赤忍者かもしれないわね。ところであんた達、よく捕まらなかったわね」
エリカが、救急箱のフタを開けながら言った。
「ええ。十兵衛さんと沖田さんが助けに出てきてくれて…」
話を、十五分ほど戻そう。沖田と十兵衛は、手下二人を連れて適当な獲物を探して清水寺を歩いていた。もちろん普通の格好でだ。
「おい。あいつら、三人だ。お前ら行って来いよ」
もみじの木の前にいた三人連れを指して、十兵衛が言った。そして、二人の手下は出て行った。
もみじの前にいたのは、沢村だった。同じ班の女の子二人に頼まれ、もみじをバックに写真を撮っているところだったのだ。他のみんなが、トイレへ行っている間の事だった。
ファインダー越しに、女の子が自分の後ろを見て驚いているのに気付き、沢村は気配を頼りに前にいる女の子の方へ転がって逃げた。沢村の頭があった位置を、蹴り足が通過した。沢村は一回転して立ち上がり、二人と向かい合った。二人とも、大きなマスクで顔を隠している。
「ほう。お前らが、うわさの引ったくりか。金閣寺からわざわざ追って来たって事は、若葉小を狙ってるらしいな」
二人は答えず、姿勢を低くした。
「俺を狙うとは、ついてねえな」
自分の後ろに隠れた女の子に持っていたカメラを手渡し、沢村はゆっくりと構えた。
二人同時に、飛びかかってきた。沢村は、左に大きくサイドステップしてそれをかわした。慌てて沢村に向き直ろうとした一人の顔面に、右ストレートをぶち込む。吹っ飛んで倒れた男は、マスクに鼻血をにじませた。怯んだもう一人の懐に踏み込み、左のボディーで動きを止め、頭を両手で抱え込んで、脇腹に左右の膝蹴りを続けざまに叩き込んだ。
マスクを剥がそうとしたところで、もみじの大木の陰から別な二人が出てきた。沖田と、十兵衛だ。二人ともマスクをしていて眼しか見えないが、明らかに手下の二人とは気配が違っていた。沢村は、二人に向き直り、ゆっくりとファイティングポーズを取った。
十兵衛が、踏み込んだ。早い。目の前に出されたパンチを、沢村はかろうじてよけた。次の瞬間、脇腹めがけて蹴りが飛んで来た。とっさに沢村は、左の肘でそれを受けた。ウッと声をもらし、十兵衛の動きが一瞬止まった。沢村のローキック。左足をずらして、かろうじて急所を外した。
沢村は、踏み込んで左のショートアッパーを十兵衛の腹へ打ち込み、右のショートフックを、顔面へ持っていった。十兵衛は、後ろへ飛んでそれをかわした。更に追う沢村の脛を、十兵衛は前蹴りで小さく蹴った。小さい分沢村はよけきれず、思わず動きが止まった。横から、もう一人のパンチが来た。沖田だ。沢村は頭を振ったが完全によけきることが出来ず、パンチが頬を掠めた。
「沢村君!」
女の子の一人が叫んだ。
沢村が少しよろけた隙に、二人はくるりと背中を向けて走り去ってしまった。さっき倒した二人も、沢村が戦っている隙にいつの間にか逃げてしまっていた。
二人はその後、ほうほうの体で、ここへ逃げ戻って来たのだ。エリカが、二人の手当てをしていると、十兵衛と沖田が、バスに飛び乗ってきた。
「社長、早くバスを出してください」
「おお、二人ともよく帰ってきた。よし、じゃあこの辺で切り上げよう」
愛川社長はそう言って、バスを発車させた。
「なんか、また強い奴がいたそうね」
「ああ。まあ、木刀が有ればそれほど手強いとも思えねえがな」
「いつまで、こんな泥棒のマネをするんだい。俺達は、窃盗集団じゃあ無いんだぜ」
マイクロバスの一番後ろに座っていた大男が、ウンザリした様に言った。
山代弁慶。もちろん芸名だ。小学校六年生で、すでに身長百七十センチ、体重七十四キロ。怪力無双の、正に弁慶だ。六尺棒という、長い棒術を得意としている。本物の刀でやり合えば、沖田や十兵衛が勝つかも知れないが、ケンカになったら、二人掛りでも手に負えないだろう。なにせ、木刀で殴られてもビクともしないタフネスなのだ。もっとも、意味無くケンカなどするタイプではないのだが。
「安心しろよ弁慶。終わりさ、これで」
沖田が、ポケットからカメラを四つ取り出した。
「逃げる途中で、手当たり次第に手に入れたのさ。まあ、俺と沖田が組めばこんなもんだ」
得意そうに十兵衛が言った。弁慶は、プイと顔をそむけた。
「これで終わりなんだ。ガマンしろよ、弁慶。愛川アクションクラブの、みんなの将来がかかっているんだ。俺も十兵衛も、それから社長も、やりたくてやってるんじゃないんだぜ」
「分ってるさ、そんなこと。すまんな、お前らの気持ちも考えずに」
「いいってことよ」
十兵衛が、笑って言った。
「後はエリカ、お前が汐海葵を呼び出すだけだ。ぬかるんじゃ、ねえぞ」
「十兵衛。あんた、年下でしょ。生意気言ってると、バスから蹴り出すわよ」
マイクロバスが、笑い声で賑やかになった。ケガをした二人も、笑っている元々、悪い子たちでは無いのだ。愛川アクションクラブのために、やりたくもない事をやっているだけだった。
「ごめんよ、お前たち」
愛川社長は、心の中で何度もつぶやいた。
若葉小学校のみんなは、夕方五時に旅館へ帰り着いた。教頭先生は、元気が無かった。今日一日で、六人の生徒がカメラを盗られ、四人が殴られたのだ。もちろん沢村は申告しなかったので、数には入っていない。
清水寺での被害は、警察には届けなかった。盗られた生徒が、全員やめてくれと言ったのだ。せっかくの修学旅行を、こんな事件で台無しにしたくないというのが、全員の意見だった。舞子たちが忍者に襲われた事を誰にも言わなかったのも、旅行が中止になってしまうかも知れないと思ったからなのだ。
盗られたカメラは、岩本のカメラ以外は使い捨てカメラばかりだったし、殴られた生徒たちも、たいしたケガはしなかった。
教頭先生が、カメラを盗られた生徒たちに、新しい使い捨てカメラを買ってくれた。でも、それまでに撮った、大切な思い出の写真は盗られてしまったのだ。それでも生徒たちは、旅館へ着くころには元気を取り戻していた。まだまだ旅行は続いているのだ。それに、旅館で友達と過ごす夜も、旅行の大きな楽しみの一つだった。
夕食を班ごとに終え、舞子たちはそれぞれの部屋へ一度帰って、女子四人でお風呂に入った。
『もみじ』の間には、武田班の男女が集まって、トランプをやっていた。
「キャハハハ武田君、またビリだー」
廊下まで聞こえてくる声を、部屋の外で聞いている女の子がいた。エリカだ。
「武田君。ちょっと、いいかな?」
武田が部屋の入り口を見ると、見なれない女の子が顔を覗かせ、手招きしていた。
「あの子、だあれ?」
「さあ?ちょっと、行ってみるよ」
武田は、とりあえず部屋の入り口まで行った。
「葵ちゃん、いないの?」
「え?ああ。風呂へ行ったよ」
もちろん、葵がいない事を確認してから来たのだ。旅館の廊下に立っていても、エリカに注意を払う者などいなかった。
「ちぇっ。まあいいや。じゃあ、帰ってきたら、これ渡してくれない?」
エリカは、手紙が入った可愛らしい封筒を、武田に差し出した。武田は、それを受けとって頷いた。
「ところで、君は何組?汐海に渡す時、誰から預かったって言えばいいのさ?」
エリカは、武田の肩をピシャリと叩いて笑った。
「ショック。武田君、あたしの事知らないんだ。あたしは、ちゃんと知ってるのに。教えてあげない。あたしに興味があったら、葵ちゃんに聞いてみるのね」
そう言ってウインクすると、エリカはさっさと廊下を階段の方へ向かって、歩いて行ってしまった。
「誰だったの、今の子?もしかしてラブレター?」
加藤美保が、ニヤニヤしながら武田に聞いた。渡されたのが一平なら、大騒ぎしているところだ。武田は、まるで相沢のように肩をすくめてみせた。
「汐海、これ」
お風呂から帰って来た葵に、武田が、預かっていた封筒を差し出した。
「あら武田君、あたしに?麗奈ちゃんへの間違いじゃないの?」
葵がわざとらしく、必要以上に女の子っぽい声で言いながら、武田に流し目をくれた。女の子が差出人だという事は、封筒を見れば一目で分る。
「バ、バカ!違うよ。預かったんだよ」
「誰から?」
「それが何組の誰だか、俺の知らない子だったな。知りたきゃ、汐海に聞けってよ」
「ふうん。で、知りたいの?」
「別に、知りたくないけど、何となく気になってさ」
葵ちゃんの目つきが、段々悪そうになってきた。
「その子、可愛かったんでしょ?」
「バ、バカ!そんなんじゃ、ないよ」
どうやら、図星らしい。葵は、カッカッカと笑った。
「ごめんごめん。武田君、ありがとう」
葵は、お礼を言ってウインクして見せた。武田はそそくさと、逃げるように自分たちの班の方へ戻って行った。
舞子たちが帰って来たので、小百合たちは入れ替わりに、お風呂の用意を始めた。
「さやかちゃんたちは?」
「男子の部屋で、班で集まってるみたい。じゃああたし達、お風呂へ行くわね」
「じゃあ、俺たちも部屋へ戻るか。杉山たちも、風呂から戻っているかもしれないし」
武田班のみんなが部屋から出ていくと、『もみじ』の間は、舞子たちだけになった。
葵が手紙の封を切ると、可愛い便箋の手紙が二枚と、写真が一枚入っていた。
「げ!舞ちゃん、ちょっとこれ見てよ!」
葵が差し出した写真をみて、舞子はあっと声をあげた。金閣寺をバックに、Vサインで笑っている船越君と渡辺君が写っていたのだ。カメラはその後、盗られているはずなのだ。
「これって、もしかして…犯人から?」
「早く手紙を読んでよ、葵ちゃん」
麗奈にせかされて、手紙を読んだ葵がまた声を出した。
「やっぱり、そうだよ舞ちゃん」
差し出された手紙には、こう書いてあった。
『=親愛なる汐海葵様=あなたの持っているカメラとフィルム全部を、あたしが持っている若葉小のみんなのカメラと、交換しませんか?もしお望みなら、今夜十一時に撮影所のスタジオまでお越し下さい。夜遅いので、一人で来いとは申しませんが、くれぐれも先生や、他の大人たちにばれないようにお願いします。もし、そのような気配を感じた時や、交換に応じていただけない時は、カメラは焼却させていただきます。=忍者=』
「あたしのカメラって、どうしてかしら?」
「葵ちゃん。あなた、何かマズイ物でも撮っちゃったみたいね。心当たりないの?」
麗奈が、探偵のような口調で言った。
「マズイ物って言われても…」
「撮影所よ、多分。だって、忍者は撮影所で襲ってきたんだから」
「あたしも、そう思うわ。ほら、葵ちゃん立ち入り禁止の場所に入って、誰かに怒鳴られたんでしょ?その時、なにか撮らなかった?」
麗奈と吉本さんは、なるほど理屈の通った事を言う。横で黙っていた舞子のハラワタは、煮えくり返っていた。
どんな理由か知らないが、せっかくの修学旅行にケチをつけた奴らだ。交換に来いと言うなら、ありがたい。行って、どいつもこいつもまとめてぶっ飛ばしてやる。
「舞ちゃん、聞いてる?」
拳を握り締めて、怒りに震える舞子のコメカミに、血管が浮き出ていた。それを見た鈴香が、思わず息をのんだ。
「え?ああ、聞いてるわよ、もちろん。ハハハ…」
慌てて我に返った舞子だったが、コメカミの血管は、消えなかった。
「めずらしい。舞ちゃんが怒るところ、初めて見たわ。」
鈴香の言葉を聞いて、葵は思わず吹き出しそうになった。そんなもの、ちっともめずらしくない。
「とにかく、どうする?」
「どうするって、行かなきゃ仕方無いよ。本当の狙いは、あたし一人だったんでしょ?みんなの思い出の写真を、犠牲にするわけにいかないじゃない」
「でも、夜の十一時なんて無理よ。先生だって、見回りに来るよ。抜け出したのがばれたら、それこそ大騒ぎになっちゃう」
鈴香が、心配そうに言った。確かに昨日の夜も十二時頃に、一度部屋を覗かれた。舞子たちは、足音を聞いて、慌てて寝たフリをしたのだ。宮崎先生はちゃんと見抜いていて、「早く寝るのよ、明日もあるんだから」と、ささやき、笑って出て行った。話の分る先生だ。
「みんなに、協力してもらうしか無いわね」
「みんなって?」
「クラスのみんなよ。全員の協力が無いと、とてもじゃないけど無理よ」
「舞ちゃん。その顔は、何か思いついた顔ね。いいわ、みんなに集まってもらいましょう」
麗奈は、そう言って部屋を出て行った。『つばき』の間へ、みんなを呼びに行ったのだ。
「もう一人、協力してほしい奴がいるんだけどな。葵ちゃん、呼んできてくれない?」
「誰よ?あっ!まさか…」
「そう。その、まさかよ」
葵は、ニッと笑って、手でОKサインを出し、部屋を飛び出して行った。
二十分後に『もみじ』の間に、一組全員が集まった。みんなの前で、葵が犯人からの手紙を読み上げると、部屋中にどよめきが沸いた。
「それで、俺たちは何をやればいいんだ?」
クラスのリーダー、武田が口を開いた。
「大勢で、旅館を抜け出すわけにはいかないでしょ?だからあたし達が抜け出した事が、ばれない様に協力して欲しいの」
「ちょっと待てよ、山根。どうして、別のクラスの奴がいるんだ?」
部屋の隅で、腕組みをして座っている沢村を指して、杉山が言った。
「ああ。あれは、対忍者用の秘密兵器。まあ、あたしの用心棒ね」
「ちぇっ。何だよ汐海、『あれ』ってのはよ。全く、好き勝手言いやがって」
沢村は、ゴロリと壁際に寝そべった。
「で、誰が行くんだ?」
「あたしと、葵ちゃんと、真田君。それに、助っ人の沢村君の、四人よ」
「何だよ、俺達は置いてきぼりかよ」
「仕方ないでしょ、前田。本当は、あんた達にも来てほしいわよ。でも、なるべく少ない数じゃないと、ばれちゃう危険が大きくなるわ」
「だったら、山根。汐海は、行かなきゃ相手が出て来ないってのは分るけど、お前より杉山にでも行ってもらった方が、いいんじゃないか?」
舞子の強さを知らない武田が、もっともな意見を述べた。身にしみて知っている、杉山たちは、当然なにも言わない。舞子が言葉につまり、葵が横から助け舟を出した。
「だって、別にケンカに行くわけじゃないのよ。まあ万一の時は、あたしは沢村君に守ってもらうとして、真田君にも守るべきお姫様がいるじゃない。杉山じゃあ、守る気しないでしょ?」
『もみじ』は、爆笑と冷やかしの歓声で、大騒ぎになった。とんでもない助け舟だ。まあ、とにかく舞子が行く理由は、うやむやになったのだが。
葵は、舞子を見てニッと笑うと、チラリと舌を出して見せた。
「大丈夫、誰もいないよ」
廊下を覗いて、葵がささやくように言った。女子全員は、蒲団から頭だけ上げて心配そうに見ている。舞子と葵の蒲団には、それぞれ荷物に蒲団を被せてカムフラージュしている。
「二人とも、気をつけてね」
蒲団の中からささやいた麗奈に、舞子は親指を立てて見せた。麗奈が笑い返す。
舞子と葵は、そっと廊下へ出た。両手に片方づつ靴を持ち、コソドロよろしく、足音を殺して『つばき』の間へ急いだ。
「よう。準備はいいぞ」
豆電球しか点いていない薄暗い部屋へ入ると、相沢が小さな声で言った。二人を部屋へ入れると、秘密組織下っ端のような仕草で、一度廊下を見まわしてから入り口の襖を閉じた。
沢村はすでに来ていて、開いた窓の前に一平と立っていた。杉山を入れた男子八人が、綱引きが始まる前の格好でロープの端を握っていた。
「よし、行くぞ」
窓から外を見まわして、誰もいないのを確かめた一平が窓際で靴を履き、ロープの端を外へ垂らした。
「よし、みんな気合入れろよ」
杉山が小さな声で言うと、八人はロープを握る手に力を込めた。一平が、ロープを伝って窓から旅館の外へ降りた。続いて、沢村も簡単に降りる事が出来た。元々この二人に、ロープなど必要ないのだ。三メートルくらいの高さなら、平気で飛び降りるだろう。
次は、舞子の番だ。舞子は、そっと窓の外へ出た。その時だ。
「おい、誰か来るぞ!」
入り口で、廊下の足音に耳を澄ませていた見張り役の相沢が、小声で叫んだ。舞子は、慌てて窓枠の外壁にへばりついた。ロープが引っ込められ、みんな蒲団に飛び込んだ。葵も、開いている蒲団にもぐり込んだ。
ガラリと戸が開き、三組担任の川村先生が部屋へ入ってきた。
「お前ら、今慌てて蒲団にもぐり込んだだろう。俺には、ちゃんとお見通しだ。消灯時間なんだ。早く寝ろよ」
出て行こうとした川村先生が、ふと窓を見て立ち止まった。
「ん?なんだ、窓が開けっぱなしじゃないか。窓くらい、ちゃんと閉めろよお前ら」
そう言って、窓をしめようと近付いた川村先生が、更に怪しい物を見つけた。ロープだ。
「どうして、ロープなんかあるんだ?おい、お前ら。さては、旅館を抜け出して遊びに行くつもりだったな」
そう言って、川村先生は部屋の電気を点けた。マズイ。一平は、もう下へ降りてしまっている。おまけに蒲団の一つには、葵がもぐり込んでいるのだ。どちらがバレても、大騒ぎになること請け合いだ。
「今から点呼を取るぞ。いいな、呼ばれたら返事をしろ」
窓の外にへばりついている、舞子の心臓か高鳴った。こうなったら、部屋に飛び込んで川村先生をノックアウトするしか、方法は無さそうだ。
「相沢、石山、岩本、小泉…」
川村先生に呼ばれ、みんな順番に返事をしているのが、窓の外の舞子に聞こえた。もうすぐ、一平の順番だ。舞子は覚悟を決めた。
「真田」
万事休す。しかし、なんと葵が返事をして、蒲団から一瞬顔を出した。
「はい!…うわっ眩しい。急に、電気なんか点けないで下さいよ」
葵は、男の子の声色でそう言うと、すぐにスッポリと蒲団にもぐり込んでしまった。
「ああ、悪かった。すぐに終わるよ。次、杉山!」
「はい!」
「武田!」
「はい!」
何事も無く、点呼は進んでいった。一平が二学期に転校してきて、まだ顔をよく知られていないのと、川村先生が他のクラスの担任だった事と、葵がボーイッシュで男の子の声色を使えるという、三つの偶然が産んだ奇跡だ。
窓枠に両手をかけ、部屋へ飛び込む寸前だった舞子は、その姿勢のままへなへなと座り込みそうになった。
「ようし、全員いるな。本当は、点呼なんてやりたくないんだぞ。窓からロープなんか垂らしていたら、先生だって驚くさ。まあ、すぐに寝たくない気持ちは分るよ。少しくらいは大目にみてやるから、あまり騒ぐなよお前ら。一応、電気は消しておくぞ。なんたって、消灯時間だからな」
川村先生は、笑って電気を豆球に切り替えて部屋を出て行った。なんだかんだ言っても、物分りのいい、良い先生だ。ぶっ飛ばさなくて良かったと、舞子は窓の外で胸をなで下ろした。
しかし、困った事が一つある。物分りのいい川村先生も、さすがにロープだけは持って行ってしまったのだ。舞子は飛び降りればいいとして、問題は葵だ。足でも挫いたら、大変だ。しかし、窓から下を見た葵はあっさりと言った。
「しゃあねえ。飛び降りるっきゃないか」
「ちょっと、葵ちゃん。大丈夫?」
「下に、頼もしいのが二人もいるじゃん。受けとめてくれるでしょ、奴らなら」
舞子の指示で、沢村と一平が窓の下で身構えた。二人とも、葵より緊張している。葵の、このクソ度胸が無ければ、さっきの奇跡は起こらなかったかもしれない。
「行くわよ」
窓の外へ出た葵は、躊躇すること無く飛び降りた。
二人が、慌てて葵に飛びついた。一平が、葵の両足を空中で捕まえて、沢村の方へ倒れ込む。沢村は倒れてくる葵を抱きとめ、そのまま自分がクッションになるように、後ろへ倒れ込んだ。
「おお、やっぱスゲエな、あいつら」
杉山が、小声で感心した。
「じゃ、後をお願いね」
「おい山根、大丈夫なのか?」
舞子は、心配している武田にОKサインを出して見せ、外へでてから自分で窓を閉めた。ひらりと、旅館の外へ飛び降りる。
「じゃ、行くわよ」
四人は、急いで撮影所へ向かった。
「お前、カメラ持ってきたのか?」
旅館を少し離れてから、一平が口を開いた。葵は、腰に巻きつけたウエストポーチを指した。
「一応、この中にね。でも、フィルムは抜いてきたわよ。代りに、何も写っていないフィルムが三本入ってるよ」
「相手の要求は、お前が撮った写真なんだろう?」
「交換の時、現像するわけじゃないもんね。だって、大切な思い出だよ?本当は、カメラだって大切なんだけど、カメラは安物だし、またお年玉ででも買うわ。写真は、二度と手に入らないんだもん」
「心配すんな。そのカメラも、渡しゃあしねえよ。そいつらを、ぶっ飛ばしに行くだけだ」
沢村が、前を向いたまま言った。舞子も、沢村と同意見だった。
夜の十時を大きく回っているが、街には車がたくさん走っていた。舞子たちは、大通りを撮影所に向かって歩き続けた。撮影所は、京都の名所だ。そこら中に、看板が出ている。
「歩くと、結構遠いね。バスだったら、五分もかからないのに。あと、どれくらいかかるのかなあ」
「さっきの看板に、撮影所・ニキロって書いてあったじゃない。三十分くらいで着くよ」
「げー!まだ、三十分も歩くんだ。何だって、こんな目に遭わなきゃなんないのよ、全く」
葵は、しばらくブツブツ言っていたが、ダンスの練習もやっているだけあって、へばらずにちゃんと付いて来た。やがて『撮影所ココ曲がる』の字と、案内の矢印が描かれた看板が見えた。
舞子は、時計を見た。十時五十分。どうやら、間に合ったようだ。四人は、大通りからそれて矢印に従って歩いた。大通りをそれると、五分もかからずに撮影所の前へ着いた。撮影所は、夜の闇にそこだけ明るく、ボウッと浮かび上がっていた。
「さ、入ろう。とりあえず、離れないように固まって行こうぜ」
一平は、撮影所の鉄柵の扉に手を掛けた。扉はギギギ、と必要以上に不気味な音をたてて、ゆっくりと開いた。
入り口のゲートをくぐった舞子たちは、芝生の広場の前を通り、町のセットへ向かった。目指すべきスタジオの建物は、その奥に建っている。並んだ売店の閉じられたシャッターが、街灯の明かりを反射して鈍く光っている。華やかな昼間の面影は、まるで無かった。
「なんだか、無人の世界に迷い込んだみたいね。ちょっと気味が悪いな」
「確実に敵がいるんだ。無人じゃねえさ、怖がるな」
「無人の方が、マシじゃない」
葵と沢村がそんなやり取りをしている間に、『五条大橋』に差し掛かった。四人は、橋の真中まで来た所で立ち止まった。向こう岸に、人影が現れたからだ。
「お出ましか。ひい、ふう、みい…。おい、七人いるぜ」
「あの真中に立ってる子。旅館で、あたしにしおりを見せてくれって言った子だわ」
「ああ、俺も憶えてるよ。どうやら相手はかなり計画的らしいな」
橋の上で、四人と七人が睨み合う格好になった。敵の女の子が、口を開いた。
「ようこそみなさん。夜の撮影所も、なかなかステキでしょ?」
「まあ、昼間と違った雰囲気ではあるね。」
一平が、答えた。
「手が込んでるわね。しおりを見せた時は、本当にうちの学校の子だと思ったわ」
「あら。あたし本当は、中学一年生よ。まあ、あたしの演技力なら小学生に化けるくらい、簡単な事だけど」
「なによ、あたしだったら男の子にだって化けてやるわよ」
葵が、突っかかった。確かに葵なら、おっさんにでも化けられるかも知れない。
「カメラとフィルムは、持って来てくれたの?」
「あたしの、ウエストポーチに入っているわ」
「じゃあ、ここで渡してもらうわ」
「だめだ。お前らが盗んだカメラと、引き換えのはずだぞ」
沢村が、会話に割って入った。
「現像してみて、本物だったら返すわよ。もしかしたら、なにも写ってないかも知れないでしょ?」
葵はギクリとしたが、顔には出さず涼しい顔で言い返した。
「じゃあ、交渉は決裂ね。交換じゃなけりゃ、盗られたカメラはみんなに諦めてもらうわ。元々、あたしのカメラじゃないもんね」
エリカは、明らかにギクリとした。さすが葵だ。駆け引きでは、一枚上だった。舞子だったら、こうは行かない。
「いいわ。でも、条件があるわよ。あなたが持って来たフィルムを、現像して確かめさせて」
「あたし達、明日帰るのよ。そんなの、無理じゃない」
「ここは、撮影所よ。フィルムの現像くらい、すぐに出来るわ。もちろん、あなたも一緒にきてもらっていいわよ」
「俺達も行くぜ」
「あなたは、駄目。それから、真田君も遠慮してもらうわ。一人が怖いなら、その子に一緒に来てもらうのね」
エリカが、舞子を指差して言った。よりによって、最悪のババを掴んだ事になる。葵は、心の中で悪魔のような笑い顔を浮かべた。もちろん、エリカに気付かれないようにだ。
「…どうする、舞ちゃん。怖かったら、やめてもいいんだよ」
葵は、思いきり心配そうな顔を作って舞子に言った。この子の性格が、よく掴めない。舞子は、黙って首を振った。葵のように、演技など出来るはずもない。
「決まりね。じゃあ、行くわよ」
エリカの声を合図に、後ろの六人の忍者たちが道を開けた。
「じゃ、行ってくるね」
葵は、沢村に軽くウインクすると、軽い足取りで忍者の間を通り抜けた。舞子も、慌てて付いて行く。二人が通ると、忍者が二人、再び道を塞いだ。後の四人は、舞子達の後を追ってセットの奥へ消えていった。
「なんだよ、俺達が付いて行っちゃあ、マズイんだろう?女の子二人に忍者が四人も付いて、俺達二人にはお前らだけかよ。じゃあ、通っちまうぞ」
「通れるもんならな」
「ははあ。お前ら、昼間の二人だな」
「なんだよ、沢村。知ってるのか?」
「ああ。俺も、狙われたんだ。まあ、被害にゃ遭わなかったけどよ。ちょっとばかり、借りがあるんだ」
「ふん。そりゃ、お互い様さ。お前とは、もう一度やりたいと思っていたんだ」
「行くぜ、真田!」
沢村が叫ぶと同時に、二人は橋の出口を塞いでいる忍者に向かってダッシュした。二人の忍者は、もちろん沖田と十兵衛だ。
沖田と十兵衛はとっさに身構えたが、一平と沢村は目の前でいきなり消えた。沢村は右の手すり、一平は左の手すりにそれぞれ飛び乗ったのだ。あっと言う間に、二人は向こう岸へ飛び降りた。橋の上は、戦うには狭すぎる。
「チッ」
舌打ちをした十兵衛が、振り返って沢村を追った。一平は、舞子たちの後を追うように、セットの奥のスタジオへ向かったので、そちらは沖田が追っていった。
居酒屋や油問屋が並んだ辺りで、沢村は立ち止まった。ゆっくりと、振り返る。
「さあ、続きを始めるか」
「ふん。おびき出したつもりか?助けは来ないぜ」
十兵衛は、ニヤリと笑って背中の刀抜いた。もちろん造り物だが、それでも月明かりを反射して、キラリと光った。
「俺は元々、剣の方が得意なんだ。お前も武器が欲しいなら、何か持つまで待ってやるぜ」
「俺自身が、武器さ」
沢村も、ゆっくりとファイティングポーズを取った。十兵衛の構えは剣道のものではなく、まるでテニスの選手が、ラケットを構えている様に見えた。
ジリジリと、二人の距離が縮まって行く。十兵衛の顔から、笑みが消えた。
張り詰めた糸を切り払う様に、十兵衛が刀を横薙ぎに振った。沢村は、少し身体を後ろへずらして、それを避けた。距離が、少し開いた。四メートル。
沢村が一歩踏み出した時、十兵衛は刀を真上に振り上げた。そのまま、頭を目掛けて振り下ろす。フェイント。刀は軌道を変えて、サイドステップで左へ飛ぼうとした、沢村の左の膝に飛んで来た。
沢村は、咄嗟に走り高跳びのバーを飛び越える様な格好で、身体をひねって刀を飛び越えた。刀は、足の下を通り過ぎたが、沢村は背中から地面に倒れ込んだ。仰向けの沢村に、刀が叩きつけられて来た。沢村は転がってかわし、その反動でたち上がった。
「こいつは、驚いた。大した反射神経だな」
十兵衛はそう言うと、今度は極端に姿勢を低く構えた。沢村は、カカトを少し浮かせて構えた。そうすると、前後左右に動き易い。
いきなり右足で踏み込んで来た十兵衛が、今度は斜め下から刀を振ってきた。右下から飛んで来た刀を、沢村は左へまわり込んでかわしたが、通り過ぎた刀がくるりと反転して、今度は左から、コメカミを目掛けて飛んで来た。
頭を下げて刀をかわすと同時に、沢村は左足を前にして、大きく踏み込んだ。右のパンチと右のローキックを、同時に放つ。刀を両腕で持ったまま、十兵衛は腕でパンチを止めたが、ローキックはまともに決まった。一撃で、十兵衛が膝をつく。
沢村は間髪入れず、自分の腰の高さにある十兵衛の顔面へ、左の回し蹴りを放った。しかし、十兵衛はその蹴りを刀で止めた。沢村は、思わず呻き声を上げた。造り物でも、金属で出来ている刀だ。それをスネで蹴ったのだから、たまらない。
沢村は、右足でケンケンをする様に後ろへ飛んだ。十兵衛も、左足を引きずりながらたち上がった。
「なんてえ蹴りだよ。素手でやったら、お前の方が強えかも知れねえな」
「お前が刀持ったって、俺の方が強えさ」
「そいつは、どうかな?」
十兵衛が、今度は身体の前で抱くように、刀を立てて構えた。まったく、変った構えの好きな奴だ。
ジリジリと、二人の距離が近付く。二メートル。刀の間合いに入ったが、十兵衛は顔の前に刀を立てたまま、攻撃して来ない。こちらの攻撃を刀で受けて、ダメージを与えようという戦法だろう。刀を蹴った左のスネは、まだ痛み続けている。しかし、あちらから来ない以上、いつまでも待っていられるほど沢村は気が長くない。
いきなり沢村が踏み込んだ。十兵衛は目の前だ。沢村が出した左のパンチを、十兵衛は刀で払った。激痛が走った。左の手首の内側を刀で払われた沢村は、そのまま左回りに回転し、左の肘を振り向きざまに十兵衛の鎖骨へ叩き込んだ。
「グウッ」
十兵衛は、左の膝をついてうずくまった。沢村は、手首の激痛に耐えながら十兵衛の顔面に、右の回し蹴りを放った。
片膝立ちのまま、十兵衛は沢村の左の軸足目掛けて、右手一本で持った刀を振った。まともに蹴りを食らった十兵衛の顔が吹き飛ぶのと同時に、金属の刀でまともに打たれた沢村の左の足首に、激痛が走った。相打ち。
沢村は、しゃがみ込んで呻き声をもらしたが、それでも右足だけでなんとか立ち上がった。
「まだ、テン・カウント、入ってねえよな」
沢村は、ゆっくりともう一度、ファイティングポーズをとった。左の手首と足首には、おそらくヒビが入っているだろう。十兵衛は倒れたまま、ピクリとも動かない。
「誰か、呼んできてやるよ。じゃあな」
沢村は、左足をひきずりながら、セットの奥のスタジオへ向かって歩き始めた。
「おいおい。女の子達の後を、追いかけるつもりじゃなかったのか?」
スタジオの建物に入ると、武家屋敷のセットの部屋へ入った一平に、沖田が言った。
「ああ。あいつらだったら、心配いらないんだ。それより、お前とさっきの奴をなんとかしなくちゃ、カメラを取り戻しても、ここから逃げにくそうなんでね」
「汐見葵が、心配じゃ無いって?付き添いは、女の子が一人だぜ。まあ、あの子達に怪我をさせるつもりは無いけどね」
「一緒に行った忍者の方に、怪我人が出るぜ」
「どう言う事だよ?」
言いながら、沖田が刀を抜いた。
「さあね」
一平も、笑いながら右足を前に出して構えた。
沖田が抜いた刀は、金属が途中で途切れ、先の方はゴムで出来ているようだ。おまけに先の部分が、丸くなっている。
「へえ、変った刀だな」
「俺の技は、金属の刀じゃあ使えないんだ。下手すりゃ、殺しちまうかも知れない」
「ふん。そいつは、物騒な話だな」
武家屋敷の庭で、二人は向かい合った。まるで、昔の御前試合といったところだ。沖田の構えは、右足を前にしたごく普通の正眼の構えだ。刀の先が、軽く上下に揺れている。
沖田が、いきなり踏み込んだ。早い。面。一平は、真後ろへ下がってかわした。沖田の刀が、くるりと小さく回って、前に出した一平の右手首を狙って飛んで来た。一平は、右手をくるりと内側に回して刀をかわし、そのまま右の裏拳を沖田の顔面へ持っていった。
沖田は後ろへ下がってかわすと同時に、斜め下から刀をすり上げて来た。今度は下がらずに、踏み込んで右手で沖田の刀を持った腕を止め、左の正拳を沖田の顔面へ突出したが、沖田はとっさに後ろへ飛んで、それをかわした。
「さすがだな、チャンピオン。今のは、ヒヤッとしたぜ」
「ふん。まだ、余裕が有りそうだな。その余裕を、まず消してやるよ」
一平が、今度は左足を前にして構えた。手も左が前だ。頭へ切りつけて来ようが、胴体を狙って来ようが、左手で止めて利き腕の右のパンチを叩き込んでやるつもりだった。
一平の狙いは、沖田にも伝わった。沖田の顔から、笑みが消えた。構えは変らないが、明らかに気配が違っている。飛び込もうとした一平は、思わず足を止めた。
ジワリ、と沖田が前に出た。再び、空気が張り詰める。
いきなり、怪鳥のような気合と共に沖田が踏み込んで来た。突き。一平は、ステップバックした。しかし、沖田は刀から左手だけ離し、右手一本で持った刀を更に突出してきた。
一平は、とっさに左腕でノドをかばったが、一平の左腕をすべって刀は左の胸に突き刺さった。もし、金属の刀だったら、いくら造り物の刀でも間違い無く死んでいただろう。しかし、ゴムとは言っても硬質ゴムだ。木の棒で突かれたのと変りはない。
一平は、左胸を押さえてうずくまった。更に、追い討ちが頭を目掛けて飛んで来る。地面を転がってそれをかわした一平は、転がった反動をつけて立ち上がった。
「言っただろう。金属の刀だったら、俺は人殺しになっちまうって」
「二段突きか。なるほど、良い勉強になったよ。突きは真後ろによけちゃいけないって事だな」
「まだ、やるつもりか?」
「もちろん。これが試合ならお前の勝ちだけど、ケンカはこれからさ。あんまり好きじゃあ無いけどね」
一平は左胸の痛みを堪えて、もう一度左足を前に構えを取った。沖田は、相変らず正眼の構えだ。ここから、突きが飛んで来る。沖田が、ジワリと前へ出てきた。
沖田の踏み込み。一平は、右へサイドステップでかわし、左の蹴りを飛ばしたが、沖田は踏み込みの勢いのまま、一平を通りすぎて行った。振り向いた所へ、真上から刀が襲ってきた。一平は、左の上段受けで、刀をもろに受けとめた。腕を打たれたようなものだった。
「グウッ」
呻き声をあげながらも、一平はそのまま踏み込み、右の正拳を沖田の左胸に叩き込んだ。沖田は両足を地面に付けたまま、後ろへずるりと滑った。
左腕の痛みで、一平のパンチには本来の威力が無かった。沖田が地面を蹴って、一平の左手側を、ダッシュで走り抜けた。擦れ違いざま、沖田の刀が一平の脇腹を打った。抜き胴という、剣道の決まり手だ。
一平は、ガクリと膝を付いた。どうやら、あばら骨にもヒビが入ったようだ。
「勝負、有りだな」
沖田が、一平を見下ろして言った。一平は、額に脂汗を浮かべたまま笑って見せ、よろよろと立ち上がった。
「すげえな、剣道の技ってのも。けど、欠点も見つけたぜ。今度は、空手の技を見せてやるよ」
立ち上がるとめまいがしたが、一平はそれを堪えて、武家屋敷の壁を背にして構えた。これで、ダッシュの勢いのまま、自分を通り過ぎる事は出来ない。真上や横から刀を振り下ろすのも、壁が邪魔をして、かなり難しい。
沖田の構えが、濃い気配に包まれた。突きだ。この位置で、他の技はかなり出しにくいはずだ。沖田の踏み込みの早さは尋常ではないが、突きが来ると分っていれば、一平の反射神経なら、かわす事は出きるはずだ。
一平は、後ろにした右足に重心をかけ、前にした左足を軽く浮かせて構えた。猫足立ちと言う構えだ。沖田を包んでいる気配が、一層濃くなった。
沖田の気合。踏み込み。突いて来た刀の切っ先を、一平の左足が蹴り上げた。蹴り足に弾かれた刀は、一平の顔の左側を通りすぎ、後ろのハリボテの壁に突き刺さった。蹴り上げた左足を一瞬引き、空中でそのまま跳ね上げて、沖田のアゴを蹴り上げた。
思わず刀から両手を離した沖田が、目の前にアゴをさらけ出した。一平は左足で踏み込み、がら空きのアゴに、渾身の右正拳を叩き込んだ。同時に、一平のヒビの入ったあばらにも、衝撃で激痛が走った。
グシャリと鈍い音がして、沖田は二メートルほど後ろへ吹っ飛び、大の字に倒れて動かなくなった。一平の頭が、クラりとした。
「『二段蹴り』じゃないぞ。『二枚蹴り』って技さ。まあ、聞こえねえか」
沖田は、倒れたままピクリとも動かない。一平は、めまいを堪えて武家屋敷に背を向け、セットの外へ向かってよろよろと歩き始めた。
舞子たちが案内された『編集室』は、二十畳ほどの広さで、色々な機械が並んでいた。撮影したフィルムを、切ったり繋いだりする機械らしいが、舞子も葵もどの機械がどう言う役目を果すのか、もちろん分らなかった。
「さあ、葵ちゃん。カメラとフィルムを、渡してちょうだい」
エリカが、葵に向かって微笑んだ。
「なに言ってんのよ。みんなから盗ったカメラ、出しなさいよ。交換に決まってるでしょ?」
葵は、ポシェットを手で押さえて反論した。舞子は、黙ったままだ。
「あなたが持って来たフィルムを現像して、本物だったらって言ったでしょ?乱暴はしたくないの。さあ、大人しく渡してちょうだい」
「いやよ。第一、みんなの写真が無事かどうかも分らないじゃない。あたしをおびき出すために盗ったんだったら、もう必要無いでしょ?」
エリカは、少し考える顔をした。いつまでもグズグズしているより、交換した方が話が早そうだ。現像して確認するまでは、この部屋に閉じ込めておけばいい。どうせ、女の子が二人だけなのだ。
「いいわ。じゃあ、交換といきましょうか」
エリカが、部屋の入り口を塞いでいる四人の忍者に合図をすると、その中の一人が腰にくくり付けていた風呂敷を外して、エリカに差し出した。
「これよ。さあ、確かめて」
「今時、風呂敷包みは無いでしょ?まあ、忍者なんだから、しょうがないか」
葵は、風呂敷の包みを受け取り、部屋の真中に置かれた大きな作業台の上に、中身を広げた。岩本の一眼レフが、ゴトリと音を立てた。他に、使い捨てカメラが五つ。現像された二十枚ほどの写真。写真には、船越班のみんなが写っていた。例の、金閣寺での写真だ。
「間違い無いわ、舞ちゃん」
葵は、ウエストポーチの中身を作業台の上に全部出して、代りに使い捨てカメラ五つと、写真の束を詰め込んだ。一眼レフは、さすがに首からぶら下げた。
「確かに受け取ったわ。じゃあ、これ置いて行くわよ」
葵が、作業台の上に固めて置いたフィルムとカメラを指して言った。
「駄目よ。現像が終わるまで、この部屋から出す訳にはいかないわ」
エリカは、もう一度微笑みを浮かべて言った。やっと、舞子が口を開いた。
「ゴメンね。それ、何も写ってないの。騙して悪いけど、元々悪いのはそっちだもんね。あたしもあなたに騙されたし、一発くらい引っ叩いてやりたかったけど、これでチャラにしてあげる。」
「あら。いきなりバラしちゃうなんて、どう言うこと?偽物と分ったからには、大人しく出られると思う?」
「大人しく出ようなんて、思ってないわ」
舞子は、ポキポキと両手の指を鳴らした。女の子のエリカはともかく、忍者共にはクラスメートが殴られているのだ。ただで済ませるつもりなど、始めから無い。
四人の忍者のうち、二人がドアの前を塞ぎ、二人が迫って来た。舞子は、別に構えもせずに、捕まえようと手を伸ばしてきた忍者の下腹を、左足でいきなり蹴り上げた。舞子の強さなど知らない忍者は、全く油断していたために、その蹴りをまともに食らった。
身体を、くの字に曲げて倒れた忍者をみて、エリカは一瞬絶句した。残りの三人の忍者が、身構える。
「よくも、あたし達の修学旅行に、ケチ付けてくれたわね。覚悟は出来てる?」
舞子は、作業台を挟んで三人の忍者と向かい合った。忍者たちは、葵に構っている余裕など失くしている。
いきなり舞子は、作業台の上へ飛び上がった。両端の忍者は、とっさに左右へ飛んだ。逃げ遅れた真中の忍者が慌てて刀を抜こうとしたが、舞子の前蹴りが顔面に炸裂する方が早かった。忍者は、真後ろに有った入り口のドアをブチ破って、廊下へ転げ出た。
「葵ちゃん、先に行って!」
叫んだ舞子が、作業台から飛び降りた。葵も作業台を乗り越えて、舞子の後に続いた。左右の忍者は、刀は抜いたが出入り口を挟んだ位置で構えたまま、動けない。
「舞ちゃん、お願いね!信じてるわよ」
葵は、舞子の横を走りぬけ、廊下へ飛び出して行った。今度は、舞子に出入り口を塞がれ、忍者が後を追えない格好だ。
「なにビビってるのよ、アンタ達!さっさとその子を、どかせなさい!」
「だって、エリカさん…」
「バカ!」
思わずエリカの名前を言った忍者が、慌てて口を押さえる格好をした。
「ふうん。エリカって言うんだ。名前を知られたくなかったみたいね。まあ、カメラ泥棒の仲間なんだから、当たり前か。でも、エリカさん。こんな忍者、何人いてもあたしをどかせるなんて、無理よ」
「どうやら、そうみたいね。あなただったのね、赤忍者の正体。いいわ。アンタ達、どいてなさい」
エリカが、左足を前にして構えた。やる気のようだ。他の忍者とは、明らかに違うオーラが出ている。
舞子も、左足を前にして、エリカと向き合った。エリカが、先に踏み出した。左のパンチ。舞子は、軽く頭を振ってそれをかわした。舞子が左のパンチを返す前に、エリカは横の作業台へ飛び上がった。舞子は、思わずエリカを眼で追った。
ふいに、エリカの後ろにいた忍者が、刀を振り下ろしてきた。作業台の上から、エリカの蹴りも同時に飛んでくる。舞子は、とっさに後ろへ倒れ込んで蹴りをかわし、上から来た刀は、右足を蹴り上げるように出して、スニーカーの裏で止めた。左の足のカカトで、忍者のスネを蹴る。
忍者の動きが、一瞬止まった。反対側にいた忍者が、倒れている舞子の頭目掛けて刀を振り下ろして来た。舞子は転がって作業台の下を通り、反対側へ出た。刀が床を打つ音が、部屋に響いた。
反動をつけて立ち上がった舞子の目の前に、エリカが飛び降りて来た。
「あたしに任せて、後を追うのよ!」
エリカが叫ぶと、二人の忍者は、フリーになった出入り口から廊下へ飛び出して行った。舞子は、慌てて作業台へ飛び乗ろうとしたが、それを塞ぐように、エリカの右回し蹴りが飛んで来た。舞子は、左腕でそれを止め、後ろへ飛んでエリカと距離を取った。
後を、追わなければ。舞子はエリカに背を向けて、作業台を出入り口の方へ回り込もうとした。エリカは作業台の上を飛び越えて、出入り口の前に立ち塞がった。
女の子を殴りつけるのは気が引けるが、こうなったら、仕方が無い。舞子は、エリカに向かって鋭く踏み込んだ。
左のジャブ。エリカが、舞子の右側へよけた。右の、ボディーへのパンチ。左腕でそれを止めたエリカが、右のパンチを返してきた。舞子は、そのパンチを下から左手で取り込み、左回りに身体を回しながら、同時に右手でエリカの右脇を抱え込み、自分の背中にエリカを背負い込んだ。エリカの両足が、宙に浮く。
一本背負い。エリカは、『編集室』の床にまともに叩き付けられた。もちろん手加減したが、エリカが動けなくなるには充分な威力だった。
「ごめんね。でも、顔面にパンチもらうより、マシでしょ?悪いけど、これも返してもらうわよ」
「うう…」
エリカは気を失ってはいないが、とても返事が出きる様子ではなかった。もちろん、動く事など、しばらく無理だろう。舞子は、作業台の上にあった葵のカメラを取ると、『編集室』を飛び出し、葵を追ってスタジオの出口へ向かった。
舞子が階段を下りようとすると、下から沢村が手すりにつかまりながら、よろよろと上がって来ようとしていた。左足を引きずっている。
「沢村。あんた、やられたの?」
舞子は、慌てて沢村の所まで階段を駆け下りた。
「バカ。俺が、負けるかよ。汐見は無事だぜ。真田と一緒に、スタジオの出口で待ってるよ。あのチビ、自分のカメラを置いて来たって言うからよ」
「あんた、それを取りに来たの?ボロボロのくせに」
「誰が、ボロボロなんだよ。まだまだ忍者共の五人や十人、片付けてやるよ」
「はい、これ。葵ちゃんに渡してあげなよ」
舞子は、葵のカメラを沢村に差し出した。
「お前、これ。…何だよ、あるんならそれでいいじゃねえか。お前が渡せよ」
「いいから、いいから。じゃあ、ここに置くわよ」
舞子はカメラを階段に置くと、沢村を置いてさっさと一階へ駆け下りた。
「まてよ、おい。山根!」
沢村の声が、背中に聞こえた。
一階へ下りて、廊下を出口の方へ曲がった所に、忍者が二人倒れていた。さっき、『編集室』から、葵を追って行った奴らだ。どうやら、ここで沢村と鉢合わせして、片付けられたらしい。あのバカは、本当にまだ五人や十人は片付けられそうだ。
「舞ちゃん!」
出口の扉の前で、葵が手を振っている。一平も一緒だ。舞子は、ホッと胸をなで下ろした。
「真田君、どこか怪我したの?」
一平は笑っていたが、近くで見ると顔が青ざめていた。
「大した事ないよ。まあ、かなり手強い奴だったけどね。沢村と遭わなかったか?」
「すぐに来るわよ。あいつ、ボロボロじゃないの。足を引きずっていたわよ」
「おぶって来てあげれば、良かったじゃない。置いて来ちゃったの?」
「だって、王子様が女の子におんぶされてちゃ、サマにならないでしょ?」
「あ、来たぜ。沢村だ」
沢村が、足を引きずりながら廊下を歩いて来た。葵にカメラを差し出す。
「わあ!取り返してくれたんだ。ありがとう、沢村…いや、大ちゃん!まるで、王子様みたい」
「バ…バカヤロウ!誰が、大ちゃんだよ!いいから、早く取れよ」
葵の言葉に、沢村は真っ赤になってしまった。三組のボスも、葵にかかっては形無しだ。
「さあ、新手が来る前に、早くここから出ましょう。真田君、沢村を背負える?」
「何言ってんだ。真田も、あばらと手首にヒビが入ってんだよ。俺は、一人で歩ける。心配するな」
「ごめん。知らなかった。じゃあ、あたしが背負うわ」
「いいの、舞ちゃん。大ちゃんは、あたしが肩を貸すわ。いいわね、大ちゃん。恥ずかしがってる場合じゃないんだから」
「だから、大ちゃんっての、よせよ」
葵は、沢村の言葉に構わずに沢村の左側にまわり、脇の下にもぐり込んだ。四人は、スタジオの建物を出て町のセットを通り抜け、五条大橋へ向かった。
「やっぱり、このまますんなりと帰れそうにないようね」
舞子が、橋の入り口で立ち止まって言った。橋の真中に、大きな人影が月をバックに立っている。手に長い棒を持ち、地面に立てるようにして静かに立っているだけだが、闘気がここまで伝わってくる。弁慶だ。
「どいてろ、汐見」
沢村が、葵を押しのけて前へ出ようとした。一平も、黙って橋に足を踏み入れた。
「やめた方が、いいぜ」
振り返ると、肩を押さえた十兵衛が立っていた。となりに、沖田も立っている。二人とも、顔が倍位に腫れていた。
「お前ら、確かに強いよ。けど、俺達相手に苦戦しただろ?あいつは化け物だ。俺達とは、レベルが違う。諦めて、フィルムをよこせよ」
しゃべっているのは、十兵衛だ。沖田の方は、口がきけないようだ。二人とも、戦える様子ではなかった。
「聞いたでしょ?それに、そんな身体でどうしようって言うの?あたしに任せて」
「そんな事出来るかよ。あいつ、かなり手強いぜ」
「三対一ってのは気が乗らねえが、考えてみりゃ元々は九対三なんだから、別に構わねえだろう」
舞子のコメカミに、血管が浮き出した。
「邪魔だって言ってんの。これ以上、あたしと葵ちゃんに面倒かける気?」
舞子が睨むと、二人は思わず後ろへ下がった。百人の忍者より、舞子の方が遥かに怖い。
「おお、おっかねえ。おい、真田。ポンコツは邪魔だってよ」
「へいへい。じゃあ、大将にお任せしますか」
それを聞いて、十兵衛が慌てて言った。
「おい、待てよ。女に相手させるつもりか?言っただろ、あいつは化け物なんだぞ」
「心配無用。こっちだって、化け物が相手よ。まあ、こっちの化け物は、見た目は可愛いけどね」
舞子が睨むと、葵がペロリと舌を出した。舞子は葵に「イーだ」をしてから、弁慶の方へ向き直った。五条大橋を渡って行く。あと、十メートル。闘気が、段々濃くなってきた。五メートル。そこで、舞子は立ち止まった。
弁慶は、忍者の格好ではなく、まるでお坊さんの様な格好をしていた。覆面も付けていない。身体から出ている闘気とは裏腹に、どこか悲しそうな眼をしていた。
「お前が、相手だと言うのか?なめるな。あいつらは、なぜ来ない。沖田と十兵衛に勝った奴らなんだろう」
「あの二人は、大怪我をしているの。よけいな心配は、要らないわ」
「ふん。沖田と十兵衛相手に、勝っただけでも大したもんさ。どうだ、ここで諦めて、フィルムを渡す気はないか?でないと、俺はお前達を通す訳には行かないんだ」
「力ずくで、通ってみせるわ」
舞子は、ゆっくりとファイティングポーズを取った。舞子の構えを見て、弁慶の目つきが変わった。構えを見ただけで、舞子の強さを見抜いたようだ。やはり、只者ではない。
弁慶が、両手で持った棒をゆっくりと構えた。左手で棒の端、右手で真中辺りを持って、振り上げるような構えだ。
舞子はステップを使わずに、ジリジリと前へ出た。三メートル。いきなり、弁慶の棒が唸りを上げて振り下ろされて来た。舞子は、左へサイドステップしてかわした。橋を打った棒が、反動をつけて斜め下から襲って来る。舞子は、手すりの上へふわりと飛び上がった。
長身の弁慶を、舞子が手すりの上から見下ろす格好になった。橋の手すりは、直径三十センチほどの赤い丸太で出来ている。
弁慶が、舞子の足を払う様に、手すりと平行に棒を振った。舞子は髪をなびかせて、弁慶に向かって飛んだ。左の蹴り。弁慶は、頭を振ってそれをかわした。弁慶の顔の横を、舞子の足が通り過ぎ、お互い背中併せになるように橋の上に着地した。
振り向いたのは、舞子の方が早かった。左回し蹴り。弁慶は、とっさに棒で止めた。一瞬引いた棒を、弁慶が突出して来た。舞子は勘を頼りに、真後ろの手すりに再び飛び上がった。髪が、ふわりと舞い上がる。
目標を失った棒は、手すり越しに橋から突き出たようになった。手すりと弁慶の手が、棒の端をそれぞれ支えたような格好だ。舞子は棒を左足で踏み込み、右の蹴りを弁慶の顔面へ叩き込んだ。顔が、後ろへ吹き飛んだ。
弁慶は、後ろへよろけて反対の手すりに背中をぶつけたが、棒は離さなかった。着地した舞子は更に飛び込み、弁慶の腹へ右ストレートを叩き込んだ。弁慶は、グッと声を上げたが、うずくまりはしなかった。殴った舞子の腕の付け根にも、痛みが走った。
舞子は普段戦う時、衝撃吸収材で出来た手袋をしているのだ。修学旅行へ来てまで戦うとは思っていなかったので、当然持って来ていなかった。手袋を付けずに思いきりパンチを打つと、拳や腕の付け根に、自分のパンチの衝撃がモロに響くのだ。
弁慶が、雄叫びをあげて棒を振りまわした。タフな奴だ。普通の攻撃では、倒れてくれそうもない。
棒が、真上から振り下ろされて来た。舞子は下がらずに、前へ踏み込んだ。棒を持った、右手。それを狙った。頭の上で、クロスさせた両腕で棒を止めると同時に、舞子の左の蹴りが、棒を握った弁慶の右手の指に決まった。自分の棒と、舞子の蹴り足に挟まれた弁慶の指が、鈍い音を上げた。
「グオッ」
思わず声を上げた弁慶が、右手を離した。しかし弁慶は怯まず、左手一本で持った棒を、舞子目掛けて横薙ぎに振ってきた。
舞子が飛んだ。髪が、鳥の翼のように舞い上がった。空中で左回りに回転した舞子が、その勢いのまま、左足のカカトを飛ばした。飛び後ろ回し蹴りだ。狙ったのは、弁慶の耳だった。舞子のカカトが耳にめり込んだ。弁慶は、ついに肩膝を付いた。普通の相手なら、今すぐ病院直行だ。
しかし、弁慶は呻き声を上げながら、なんとか立ち上がろうとしていた。立たせると、面倒だ。舞子は、右の回し蹴りを弁慶のアゴへ叩き込んだ。弁慶の顔が、ガクリと横を向く。しかし弁慶は、そのままゆっくりと立ち上がった。
「すげえ。なんて奴だ」
「見たかよ。あれが、弁慶だ」
呆然としてつぶやいた一平に、十兵衛が言った。弁慶は右手を横に広げ、左手に持った棒を橋に立てるようにして、橋の真中に立ちはだかった。死ぬまで、立ち上がるつもりかもしれない。舞子は、これ以上攻撃するのをためらったが、倒さなければここを出られない。
舞子が、ジワリと前に出た。
「やめて、舞ちゃん!もういいわ!」
葵が、舞子に向かって叫んだ。その時、スタジオの方から愛川社長と千葉真吾がこちらへ向かって、駆けて来た。
「もう、やめてくれ。悪いのは、俺なんだ」
「いや、違います社長。俺が軽率だったんです」
舞子と弁慶の間に割って入った、愛川社長と千葉真吾が、舞子の前で土下座をした。
「たのむ。許してくれ。君達のカメラを盗ませたのも、葵ちゃんをここへおびき出させたのも、全部俺の命令なんだ。この子達は、仕方なくやっただけなんだ」
「違う。元はと言えば、全て俺のせいなんだ。みんな、俺を庇おうとしてくれただけなんだ」
大人二人に、いきなり土下座で謝られた舞子は、呆気に取られた。しかも一人は、人気スターの千葉真吾だ。
「どう言うことよ?ちゃんと、説明してくれなくちゃ、何がなんだか分らないわ」
舞子の質問に、愛川社長が答えようとした時、葵が悲鳴を上げた。
「きゃー!この人、立ったまま死んでる!」
葵の一言で、橋の上は再び大騒ぎになってしまった。なんと、弁慶は立ったまま気絶していた。それを見た葵が、死んでいると思って悲鳴を上げたのだ。
全ての事情は、スタジオの中にある医務室で聞いた。愛川アクションクラブ専属の医者が、みんなの手当てをしてくれた。
「結局、その写真だけが目当てだったんでしょ?言ってくれれば、返してあげたのに。みんなのカメラ盗んだりするから、話がややこしくなるんじゃない」
「本当に、すまない。君達のような良い子だとは、限らないだろう?会社や、みんなの将来を守る為には、他に方法が思いつかなかったんだ」
「お金で解決するとかさ」
葵が、時代劇に出て来る越後屋のような顔で、ニヤリと笑った。舞子が、頭をペシッと叩く。
「葵ちゃんも、悪いんでしょ。立ち入り禁止の場所に入ったんだから」
「はい、そうでした」
葵が、ペロリと舌を出した。みんながドッと笑って、医務室の中がパッと明るくなったような気がした。
帰りの新幹線の中では、撮影所の戦いを、葵が身振り手振りで、面白おかしくしゃべり、みんなが回りに群がって、興奮しながら聞いていた。ただ、犯人の正体もカメラを狙った理由も謎のままにしておいたし、舞子の秘密を守るために、エリカと戦ったのは一平、弁慶と戦ったのは、沢村と言う事に造り変えて話していた。
「俺達には、後で本当の事を言えよな」
みんなに聞こえないように、杉山が舞子の耳元でささやいた。まあ、こいつらには言うしかないだろう。
一平は、みんなから離れた所に座って、居眠りをしていた。加藤美保が、隣にぴったりと寄り添っている。沢村も、自分のクラスの車両で、居眠りでもしているだろう。問題のネガは、後で葵が送り返してあげるようだ。
愛川社長は、舞子たち四人を愛川アクションクラブにスカウトしたいと言い出した。もちろん、四人共辞退した。女優になりたいはずの葵が断るとは思わなかったが、葵に言わせると目指す所が違うらしい。ただ、芸能人の友達が出来て、葵は嬉しそうだった。色々あったが、楽しい修学旅行だった。舞子は、背もたれを倒して眼を閉じた。
帰りの新幹線は、葵の一人舞台で終わりそうだ。駅に着いたら、教頭先生がまた例の旗を振りかざす事を思うと、舞子は少しウンザリした。
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