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魔法世界の掟破り  作者: 野兎守茜
プロローグ
1/3

プロローグ

また1から書き直します、お付き合いして頂けるとありがたいです。

 夢をみた。

はっきりとした意識があるわけではないけど、あぁこれは夢だな・・・。

そんな風に感じる、ゆったりとした夢。


その中を浮いていくような、沈んでいくような、不思議な浮遊感を感じながら、だんだんと

色が濃くなっていく世界を眺めていた。


色以外何も変わらないそんな世界の中を、ただただ流されて・・・。

どこかでかすかに声が聞こえた気がして。

その方向に、意識を向けようとしてーー


ガタンという音と背中を打った痛みのせいで、俺の意識は覚醒した。


 「いっ…たぁ…」


打った背中をさする。

寝起きから自分のせいとはいえ情けない。

ベットの横に置いてある時計を見ると今はまだ明け方、ようやく太陽が昇り始めてきたといったところだろう。

ゆっくりと体を伸ばし、窓を開けるとまだ涼しい風が頬を撫でた。


 「このままもう一回寝ても仕方ないしなぁ…」


さて、今日は何をしようかな…。

そんなことを考えながら、俺は部屋を出た。


**********************************


 朝日が完全に上り、だんだんと家の外が活気づいてきた。

窓の外からは楽しげな話し声や自動車やバイクの音が途切れ途切れに聞こえて来る。

そんな音を聞きながら、いつものように紅茶を飲んでいた。


「人が働きに出ていく中、優雅に飲む紅茶ってなかなか乙だよなぁ…」


誰に言うわけでもなく、そうつぶやく。

実際普段なら俺自身あの声の中に紛れて学校に行っている時間だ。

今は長期休暇中だからこんなにゆっくりしているわけだが。


そんな物思いにふけりながら紅茶をすすっていると、部屋の外、二階につながる

階段からトントンとリズムよく足音が響いてきた。

だんだんと近づいてくる足音は部屋のドアの前で止まり、その足音の持ち主はドアを開け部屋へと

入ってきた。


「おはよ、レイにぃ」


「ん…。おはようカイト。今日はずいぶん早く起きていたんだな」


まだ眠たげな眼をこすりながら、ゆっくりとした足取りでソファに向かうレイ。

長身で整った顔、一瞬女性かと思うほどの黒髪と、それと同じくらい黒い目。

落ち着きのある声と、まぁどこをとっても完璧だ。

身内びいきをなしにして見ても、どこかのモデルに見えるほどの整った容姿。

正直、兄弟でここまで差が出るというのは納得いかないが、自慢の兄。

それが俺の兄だ。


「レイぃも紅茶、飲むでしょ?」


「お願いするよ。カイトは朝食はすましたか?」


「まだだけど…。何か作ろうか?」


「いや、それなら俺が作っておくよ。その間に部屋の掃除をしてもらえないか?」


「はいよー」


途中まで用意していた紅茶の準備をレイにぃに引き継ぎ、二階へと向かう。


「さっき自分の部屋は軽く掃除したし、レイにぃの部屋だけでいっか」


自分の部屋はスルーし、廊下の突き当りにある部屋へと足を向ける。

ドアを開け中に入ると、何となく予想のついていた光景が目に入った。


「まぁそうはいってもレイにぃの部屋、片すものも特にないんだよなぁ…。」


そう、とにかく部屋の中に物がないのだ。

寝るためのベット、机、椅子。

本棚も一応あるにはあるが、ほとんど本は入っていない。


正直掃除、と言われても喚起して掃除機をかけるくらいしかすることがないのだ。


「まぁちゃっちゃと片付けるかなぁ…。」


窓をあけ掃除機をかけながらもう一度部屋を見渡してみる。

机の上にあるカレンダーを見ると数か月前のまま、放置されていた。


「こういうとこ割と忘れっぽいよなぁ…。」


今日の日付に変えて、掃除を終わらせる。

廊下に出るとかすかにいい匂いが一階から漂ってきていた。


少し駆け足気味でリビングに戻ると、机の上にはいくつかの料理が並んでいた。


「もう掃除終わったのか。悪いな」


「別にいいよ。レイにぃの部屋何もないから掃除するって言っても軽くだしね」


椅子に座り手を合わせてから、料理を口に運ぶ。

他愛もない会話をしながら食事を勧め、最後の一口を…。と手を伸ばした時、そうだ、とレイにぃが

いう。


「この後、予定はないよな?」


「ん?ないへほ?」


口に物を入れながらしゃべる俺を見て、レイにぃは苦笑いを浮かべていた。


「食べ終わってからでいい…。予定がないなら、そろそろ墓参りに行こうと思うんだが…」


「ん、そういうことね。了解、そしたら着替えておくよ」


「少し休んだら声をかけるから、それまでに準備しておいてくれ」


食べ終わった食器を下げ、キッチンまでもっていく。

皿洗いはレイにぃがやってくれるらしいから、そのまま部屋へと向かった。


「そういえばもうそんな時期かぁ・・・」


寝間着を着替えながらつぶやく。

さっきレイにぃが言っていた墓参りは、俺たちの父親と母親の墓参りのこと、らしい。

らしいっていうのは当時の記憶が俺にはないからだ。


レイにぃの話だと、俺がまだ小さいときに交通事故に巻き込まれて…ということらしい。

俺の記憶がないのもその事故の影響だとかで、正直言われてもそうなのかー、程度の、言ってしまえば他人事のように感じるのだ。

だから家族といえる人はレイにぃただ一人だけだ。


ちなみにその時の影響はレイにぃにもあるみたいで、レイにぃは常に左手に手袋をはめている。

本人は大したことはないよ、と言っていたものの怪我の跡が深く残っているんだろう。

たまに左手を抑え苦しんでいる兄の姿を、俺は何度か見たことがあった。


「準備完了、と…」


動きやすい格好に着替えると、下からレイにぃの声が聞こえてきた。

階段を降りると、いつ着替えたのか先ほどとは違う装いの兄がそこにいた。


「ずいぶんと時間がかかったな?何かあったか?」


「何もないよ。待たせてごめん」


「いや、気にしてないさ。それよりほら、行くぞ」


先に玄関から外に出た兄を追い、ドアに手をかける。

ふと思い立ってゆっくり、顔だけ振り返りながら俺は言った。


「いってきます」


誰の答えが返ってくるわけ度もないけれど、何となくだ。

ドアの外に出ると、お昼前の強い日差しが迎えてくれた。


**********************************


 春先から夏にかけてのこの季節の日差しは容赦なく体を照らすわけで。

つまりは何が言いたいかというと…。


「アッツイなぁ…」


そう、暑いのだ。

まだ春先だし、薄手の上着でちょうどいいだろうと思っていた自分がばかだった。

ちらりとレイにぃのほうを見るが、兄は全くと言って動じていない。

どちらかというとレイにぃのほうが厚着に見えるんだけどなぁ…。

 

「どうしたカイト。そんなに汗かいて」


「暑いんだよ、服間違えたなぁ…。レイにぃは暑くないの?」


「気にならないけどな…」


さも涼しげな顔をしている…。

わが兄ながら、いったいどんな感性をしているのやら…。

なんとなしにスマホの画面を見ると25度を指していた。


「それにしてもこの時間は人少ないよなぁ」


平日の、それもお昼前になるとこの辺りに人はいなくなる。

みんな仕事なり学校なりで出払っているんだろうなぁ…。


「カイトは学校に行く予定はないのか?」


「まぁね。しばらくずっと家にいる予定だよ」


そんな俺の意図を察してかレイにぃがそんなことを聞いてきた。

俺の学校はほぼ自由登校っていうちょっと変わった学校らしく、この長期休暇っていうのも半ば自主休校みたいなものだ。


「そんなんで勉強は大丈夫なのか?」


「その辺は安心してよ、これでもそれなり勉強できるほうなんだからさ」


「本当かー?信じるからな」


薄く笑いながらレイにぃはまた黙って歩き出す。

どうにもうちの兄は俺に対して過保護な部分があるんだよなぁ…。


そうこう話していると、目的地の墓地についた。

ここにもやっぱりは人はおらず、静まり返った墓地の雰囲気は独特で不思議な感じがした。

いくつも並んだお墓の前を歩いていても、この下に自分の親が埋まっているといわれても何となく納得がいかなかった。


「悪いけど水とかいろいろ持ってきてくれるか?きれいにしておかないと父さんたち悲しむからさ」


前を歩くレイにぃからそういわれ入り口のほうへと戻る。

確かこっちのほうに桶とか蛇口とかいろいろあったよなぁ…、なんて思いながら向かうと、先ほどまでは誰もいなかった墓地の入り口に、真黒な服を着た人が立っていた。


なんていうんだろう、そう、ゴスロリとか言われる類の服。

それが一番近いと思う、墓地には場違いな服装のその人影はこちらの足音に気が付いたのかゆっくり振り返った。


肩くらいまで伸びた黒い髪、髪や服とは逆にすごく白く透き通った肌のその少女はこちらを見るとあら、と小さく漏らし、紫色の瞳を楽しそうに細ませた。

にっこりと笑い、こつこつと足音を響かせながらこちらへと近づいてくる少女に軽く会釈を返し、桶を…。と手を伸ばした。

が、その手は先ほどの少女に遮られ、半ば無理やり少女のほうへと引っ張られた。


「お久しぶりですわねカイト君。お元気でした?」


「え?えーっと、まぁはい…?」


その答えにくすくすと笑う少女は俺の手を取りながら、ゆっくりと顔を近づけてきた。


「そうですか。それは大変喜ばしいことです。それでしたら…」


そういい手を離した少女は差していた日傘をたたむとーーー


「では、死んでくださいませ」


先ほど見せた笑顔のまま、俺の肩をとん、と軽くたたいた。

その瞬間天地がひっくり返り、体中に衝撃が駆け巡った。

ぐるぐると視界が回り、ようやく回転が止まった時には瞬きすら忘れていた。


痛い、痛い痛い痛い!!!

体のあちこちから激痛が走り、呼吸はうまくできない。

手を動かすことも、立ち上がることもできず、少しかすんだ視線の先にはにじむ少女の姿。

先ほどのきれいな笑顔は、今じゃ悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「な…にが…」


かろうじて絞り出した声が聞こえたのか、少女はくすくす笑いながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「あら、まだ生きていましたか…。私としたことが少し手を抜きすぎましたわ」


先ほどまで持っていた傘をすて、その手に巨大な刃物を握った少女。

あれは多分鎌、だろうか。どう見ても少女の体には似つかわない大ぶりの、何かのファンタジーかと言いたくなるほどの大きな鎌を地面にこすりながら、だんだん近づいてくるその人影に、頭は早く逃げなきゃと警鐘を鳴らしていた。


震える足で何とか立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。

先ほどまで遠くに見えていた少女はもう目と鼻の先なのに、体が言うことを聞かない。

ここで死ぬのかな…なんて漠然と、目の前に迫っている死にどこか現実味を失いながら、かすむ目を閉じる。


ひゅんと鎌が風を切る音が聞こえた。


「レイにぃ…。ごめん…」


最後にそう言い残し、降りかかる鎌の凶刃は俺の体を真っ二つに裂いてーーー

あぁ、どこかからレイにぃの声が聞こえるな…。


「おい、おい!大丈夫かカイト!おい!」


ゆっくり目を開けると、少し涙を浮かべながらこちらをのぞき込む兄の顔があった。


「あれ、なんで…」


「よかった、間に合った…!まだ生きてるな、本当に良かった…!」


普段のレイにぃからは想像できないほど焦った顔をくしゃくしゃにゆがめながら、ゆっくりと抱きかかえていた俺を地面に下す。


「ごめんなカイト、痛いよな。そのまま少しじっとしていてくれ」


そういうと左手を俺の体にかざすレイにぃ。

その手の少し下、何もない空間に、薄緑色の何かが浮かび上がり、小さな光の玉がゆっくりと体に振ってくる。

その光が触れると、ほんの少しずつ体の痛みが引いてきて、だんだんと体の感覚が戻ってきた。


「これって…」


光がきえ、ゆっくりと起き上がりながら尋ねると、レイにぃは少し困った顔をした。


「お前にはいつか言わなきゃならないと思っていたんだけどな。すまない、もう少しだけ待っていてくれ」


少しだけ微笑んだ兄は振り返ると、いつになく真面目な顔をしながらくすくすと笑う少女と向き合う。


「まさか、こんなに早くここがばれるとはな…。いや、もう潮時だったのかもしれないな」


「ようやく、ようやく見つけましたわ、私の愛しいレイ様。この時を私、ずっと待っておりましたの」


「そうかよ。こっちはあのままあきらめてくれりゃよかったのにと思ったんだがな」


「御冗談はよしてくださいな、レイ様。さぁ、早く私のもとへ…。ともにまいりましょう?」


「悪いがそれはできない、なっ!!」


まっすぐに少女へと突っ込んでいくレイ。

それを鎌を構え迎撃しようとする少女。

振り下ろされた鎌に体を裂かれる、その一歩手前で、レイの手に握られた槍がそれを阻んだ。


金属と金属がぶつかり合う、甲高い金属音が響く異様な光景。

その光景に俺だけが取り残されていた。


「うふふふふ、楽しいですねレイ様!誰も邪魔することのできない殺し合い!存分に楽しみましょう!?」


「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」


踊るように槍と鎌が交差し、ぶつかり、響く。

普段とかけ離れた言葉使いと動きをするレイにぃの姿は、現実味を失っていた。

一層大きな音が響き、レイと少女の距離が開く。


「レイ様、カイト君には何もお話ししておりませんのね?」


「…だとしたらなんだ」


「意地悪ですのね、お父様やお母様のこと黙っておられるなんて」


「どういう、こと…?レイにぃ、あいつ何を言って…」


「…」


俺の視線から顔をそらし、うつむくレイにぃ。


「まぁいいですわ。そうなりますとカイト君と私は、初対面ということになりますのね」


手にした鎌を地面に突き刺し、ひらひらと揺れるスカートのすそをつまみながらお辞儀をする少女。


「私はクラウ。あなたの兄であるレイ様の婚約者ですの。あなたにとっては義姉ということになりますわね」


「何を…いってるんだ…?」


目の前の少女、クラウは何て言ったんだ…?

義姉…?頭の中がごちゃごちゃしている。


「本当に何も教えていないのですね。かわいそうに…」


「お前には関係ないことだ。…悪いカイト、詳しくは今は話せない。でも必ず話す。だから今は、すまない…」


そういうと、レイにぃは左手をかざした。

かざした手の先に紫色の渦のようなものが現れ、だんだんと大きくなっていく。

そうして現れた渦は人一人を飲み込めるほどの大きさになった。


「これは…?なんだよこれ、どういうことなんだよレイにぃ!!」


「すまない、本当のことを隠していたのは俺のエゴだ。必ず全部を話す。だから今はそれに飛び込め!」


「でもレイにぃは!?あいつはどうするんだよ!!」


指さした先のクラウは、くすくすと笑いゆっくりと鎌を構えなおしていた。


「あいつは俺が止める。その間にいいからいけ。必ず追いつく!」


渦の中に強引に押し込まれ、手が飲み込まれる。

引きずり込まれるような力を手に感じながら、顔だけ振り返るといつものようにやさしく笑う兄の顔があった。


「もう持たないか…。さぁ、行け!!」


再び体を押され、完全に渦の中に体が飲み込まれる刹那。

最後に見たのは不思議な光をまとった左手に深い青色の槍を構えた兄の姿と、それに向き合うクラウ。

そしてひび割れて崩れ行く空だった。


**********************************


 光すら吸い込まれそうな深い深い黒の上に、存在を主張するかのように光る星たちが空を埋め尽くしていた。

ほぼ満ちている月の光が、その場所を照らしていた。

森の中の、知っている人しか知らないその場所は、私のお気に入りの場所だった。


透き通る水が満ちた湖に、私はゆっくり入っていく。

まだ少し冷たい水の温度に顔をしかめながら、一歩、また一歩と進んでいく。

湖の中央につくころには、私の体は肩まで水につかっていた。


こうしていると、自分の体が水の中に溶けて一つになっているかのように思ってしまう。

風に揺れる木々の音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じてーーー。


その時、近くの茂みががさがさと揺れる音がした。


音のなるほうへ意識を向け、何かあった場合対処できるように構えると、茂みの中から大きな影が現れた。

木陰に隠れ、見えなかったその影は月明かりに照らされて、徐々にその姿をあらわにした。


「狼…?それにしては大きい…」


森の中には狼が生息しているのは知っていた。

だけどこの森の狼はここまで巨大化するようなものではないはず…。

そう思っていると、その狼は湖のすぐ近くまで来るとゆっくりとその体を伏せた。


「あれって…」


急いで湖の中から狼のもとへと向かう。

さっきまでは木陰に隠れ見えなかったが、狼の体には人が乗っていた。

私が近づくと狼はその人をゆっくりと下し、私のほうを見つめていた。


「あなたが、ここまで連れてきてくれたのね」


そう声をかけると、ゆっくりとうなずいた、ような気がした。

そっと顔に向けて手を伸ばし、頭をなでる。

じっと、目を細めながらそれを受け入れた狼は少しするとゆっくりと立ち上がった。


「ありがとう、あなたはいい子なのね」


もう一度顔をなでると、狼は短く一声吠え森の中へと消えていった。


「見たことない人…。このあたりの人じゃないわ」


珍しい、黒色の髪。

意識を失っているのだろう、心臓の音は正常に鼓動を刻んでいた。

着ている服はあちこちすり切れていた。


「とにかく、ここじゃ危ないわね…」


脱いでいた服を急いで纏いながら、そうつぶやいた。


**********************************


 声が聞こえた。

兄の声だ。どこか焦っているようなその声は、聴いたことのない兄の声だ。

その声とは別に、ささやくように、かすかに聞こえる笑い声。


その声が近づいてきて、ギラリと光る鎌が、兄の体をーーー。


「レイにぃ!!」


勢いよく起き上がったその場所は、見たことのない場所だった。

心臓がどくどくと、いつもより早く鼓動している。

はぁはぁと荒い息を整えて、ゆっくりと回りを見回してみる。


「ここ、どこだ…?」


寝かされていたベットの上から起き上がり、近くにあったドアを開ける。

ドアを開けると、そこに広がっていたのは広大な草原だった。

空を見上げると満天の星空に、大きな満月。

普段ならきれいなその星空に見とれていただろう。


「今は、そんな場合じゃないよな…」


とにかくここがどこなのか、それが気になった。

一歩進むと足にちくりと痛みがはしる。

さっきまでは部屋の中だから気が付かなかったが、靴を脱がされていたみたいだ。


「俺の靴は…あった」


捨てられているかとも思ったが、意外にもきれいに並べられてドアの横に置いてあった。

ここまで運んできた誰かは、少なくともこちらを害する人物ではないみたいだ。


「にしても、どこなんだここ…」


靴を履き、とりあえず道のようになっている場所を下っては見たものの、答えは見えない。

今さっきまで自分が寝ていた場所が小さな家で、少し小高い丘の上にあるということしかわからない。

下りながら回りを見てはいるものの、建物の明かりどころか建造物すら見当たらない。

右も左も森だ。


「人に聞こうにもこれじゃあなぁ…」


いったん家に戻るか…なんてことを考えていると、少し先の分かれ道に看板のようなものを見つけた。

すこし駆け足気味にその場所へ向かうと、見たことのない、記号のようなもので何か書かれていた。


「うわ、読めない…。どうするかな…」


看板は二つに分かれていて、一つは森のほうを指している。


「どっちに行くかな…。あ、そうだ…」


近くにあった木の枝を地面に立て、そっと離す。

昔レイにぃが道に迷ったとき、これで道決めてたんだよな…。

カランと音を立てながら枝がさしたのは森の方向。


「よし、行ってみるか」


地面の木の枝を蹴飛ばし、森へと入る。

木と木の間から、かすかに差し込む月明かりのおかげで照明がいらないのは助かった。

風に揺れる木々の音に混ざって、かすかに甘い香りがしたのは森に入って少ししてからだった。


「花の匂いかな、これ…」


嗅いだことのない匂いだ。

匂いのする方へ進んでいくと、だんだんと道の先が明るくなっていく。

その方向へ走っていくと、急に木々が晴れ、月の光が視界を刺した。


ほんの一瞬目がやられ、慣れてきた俺の視界に飛び込んできたのは地面を覆いつくすほどの色鮮やかな花だった。

どれもこれも見たことのない、嗅いだことのない匂いを放ちながら、風に揺られている。


ゆっくりとその花畑に足を踏み入れると、一層強い風が吹き、花弁が夜空に舞い上がった。

その花びらを目で追った俺の視線は、その花びらが舞い上がった夜空ではなく、ある一点で止まった。


花畑の奥、少し小高くなったその場所に、満天の星空と、満ち満ちた満月を背にしーーー。

金の髪を風に揺らした妖精が、そこにいた。


**********************************


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