side:girl-06
別れた翌日のバイトには、少し早めに出勤した。
前日に散々迷惑をかけてしまったから、とお菓子の差し入れを持って出勤すればすでに勤務中のチーフに鬼の霍乱と笑いながらからかわれたのには参ってしまうけれど。
多分チーフなりの気遣いということにしておく。
「そういえば、昨日王子が来てたよ。」
「あー…」
制服に着替えていると少し遅れて更衣室に入って来たこのバイトを紹介してくれた友人にそう教えられた。
元カレのことを高校から知っている彼女は昔から王子とあだ名している。彼女はとてもイケメン好きだけど、イケメンは観賞用に限ると言ってはばからない。
だから私が元カレと付き合っている時も変な関係性にはなり得なかったのだけど。
あのメールを送られてさすがに焦ったのか、バイト先に押しかけていたのか。
今更ながら早退していてよかったと思う。
ここで修羅場とか、恥ずかしくてバイト続けられなくなる。
「なんか王子、様子おかしかったけど、大丈夫?」
「いや、昨日別れた。」
「は!?」
「さー、今日もお仕事頑張りましょうー。」
ばたん、と貸し与えられているロッカーの扉を閉めて更衣室の出口に向かう。バイト開始10分前である。
「ちょ、あー、もう。終わったら、聴くわよ!」
「いや、別に話すことでも」
「聴かせなさい」
「いえす、まむ」
にっこり、黒いオーラを背負って私の二の腕を掴む彼女に勝てるはずもなかった。
***
バイトを終え、着替えて近所のイタリアンに入った。
「いらっしゃい、おや、久しぶりだねー。」
いつもの店長の挨拶に私は小さく会釈を返す。
安めで朝まで営業のこの店はバイト先のスタッフが事ある毎に使うので長く勤めている人間はもれなく常連扱いだけど、バイト終わりにいつもの元カレが迎えに来ていた私は友人に比べると来店回数が少ない。
「個室空いてますか?」
「空いてるよ。でも通路の突き当たりで、トイレの横だけと大丈夫?」
「うーん…じゃあ角のテーブルでもいいんですけど。」
「逆の角の個室があと30分で終わるコースだから、終わったら声かけてあげるよー。」
「ありがとう、店長さんさっすがの気遣い!できる男!」
いつもながら、友人のヨイショはやり過ぎと言うか、いっそネタレベルだ。
素直に褒めることを恥ずかしがらないことは長所かもしれない。褒められて悪い気はしないし、次も助けたくなる。
人の良いところを見て、モヤモヤしてしまう自分はまだ器が小さいなとため息が出る。
「ため息つく前に私に話しなさいな! ま、テーブルじゃ話しにくいだろうからとりあえず何か飲もう!」
テーブルの上のメニューのアルコールページを差し出される。
とりあえず私はハウスの白で、と友人はすでに注文してしまった。大して考える時間も与えられずに私もとりあえず同じものを頼む。
ワインとお通しの白和えが出て来たところで友人が先の移動が終わってから出して欲しいと前置きしつつ何品か料理を注文していく。
テーブルではその日のバイトの話や、高校時代の思い出話しなどの当たり障りのない話で時間が過ぎていく。
こういう穏やかでいられる話でどうにか流れて行かないかなぁという目論見は、角の個室に移動した後で友人が容赦なくストレートに話を向けるため無理だと悟った。
「え、王子、浮気したの?」
「浮気、とまで言うほどなのかはわかんないよ」
「いや、彼女でもない女抱きしめるのはギリアウトでしょ」
「まぁ、そうだよネ。」
頼んだ料理が出揃って、ちまちまとつついている最中にあらましを語り終え、2杯目のワインを飲み干した。
「やー、あの王子が。ベタ惚れだと思ってたけどなぁ。」
「いやいや。デートも発表会もあわやドタキャンが何度あったことか。」
「まぁ、高校時代から頼み事断らない人だったよねぇ。」
「うん、頑張り屋だったよ。」
「あんたも昔っから、王子のことそう言ってたよね。」
「そうだっけ。」
私が彼の事を意識したのは同じクラスになって2年目になってからだ。同じクラスになった当初、今目の前にいる友人がキャーキャーとイケメンに騒いでいた時はそこまで意識もしていなかった。
へぇ、確かに綺麗と言うか、恵まれた容姿だなと思う程度。
「まぁ、王子にアンタは勿体無かったって事よね。」
「ん? 逆でしょー。」
「王子が何で王子って言われてると思う?」
「あの容姿でしょ?」
「違う違う。王子は褒め言葉じゃないの。言い出したのも男の妬みからだし。」
「どう言う事?」
「王子さまのイメージ通りを皮肉ってるのよ。」
「もっとわかりやすく」
「みんなに優しい、都合のいい女ならぬ都合のいい男、って意味。まぁ、その意味で言ってた人間は女側だと半分くらいなもんだけど。」
「…わぁ、辛辣。」
確かにと思ってしまった分、返答が遅れてしまった。都合のいい男。そうかもしれない。頼まれたら断れないお人好しはその容姿を皮肉って妬まれて王子と言われていたのか。
でもだからと言ってやっぱり私の方が釣り合っていないと思う。
納得していない事を感じ取ったのか、友人は2杯目の赤ワインで唇を湿らせてから話し始める。
「そりゃ、アンタは化粧っ気もない、オシャレにも疎いから容姿こそ中の中。だけど昔からちゃんと人を見て、人がやりたくない事をちゃんとやるし、人のために動くんだもの。なかなか居ないのよ。」
「貶して褒めるスタイルに変えたの?」
「照れ隠しとはいえ可愛くないぞぉ」
「可愛くない…」
確かにその通りではあるけれど、今の私には突き刺さる言葉だ。
「何、今そこ地雷なの?」
「うん、ガッツリど真ん中。」
「そうやって、王子の前でも傷ついてやればよかったのに。」
「やだよ、そんな嫌な女になりたくない。」
「そ」
「うん。」
追加の飲み物はビールにして、来た瞬間に半分一気に飲んだ。
「私別に強い子なんかじゃないのよ。」
「何? そんなこと言われたの?」
「そんな感じのことを。」
「王子、無いわぁ。」
友人は苦笑いだ。私寄りの立ち位置だからこそではあるだろうけれど、それでも女に言っていい言葉では無いよねと。
「でも、アンタ王子の事、別れて良かったと思ってるの?」
「今は正直良いも悪いも分からないかな。ただ、このまま付き合ってても同じことが起きるかもしれないと思ったら…耐えられる気がしないし。」
「…ふぅん。まぁ、とりあえず今日はもう少し飲もう!」
「そうする」
カチン、とグラスとジョッキを合わせてからお互いに飲み干した。