before・side:boy
「優しくされたいから付き合うの?そういうのも、ありかもしれないけど私は良くわかんないなぁ…」
彼女を意識したのは、そんな言葉からだった。
頼みごとは断れない、ノーと言えない日本人。
そんな代名詞がつきそうなほどに都合よく使われる自分。
自覚はあるものの、そうそう性格というものは変えられるわけもなく、小中高、果ては大学に入ってもポジションは変わらず。
性差が出始めた頃から、自分の容姿は恵まれて居るらしいと人から言われることが増えた。異性からも、同性からも。
その上優柔不断な性格から、影で王子なんて言われて居ることは薄っすらと知っていた。
そんなあだ名は嬉しくもなく、むしろほんの少し苦く感じる複雑な感情を抱いていたくらい。
優しく、綺麗な、童話のような王子。
そんないいものではない。
ただ、断れないだけなのだから。
凛とした彼女の声は、少しばかりざわめきの残る教室でもよく響いた。
「掃除当番代わってくれない?」
「ごめん、私も予定入れてるから。」
「そっかー。じゃあ仕方ないや。ちょっと彼氏に連絡してくる…」
「なんだ、デートなの。じゃあ今度の私の当番と交代してよ。それなら私が予定調整するから。」
「もっちろん!ありがとう!」
「インハイ勝ったお祝いするって言ってたもんね、楽しんでおいで。」
「もうもうもう!かっこよすぎだよ、大好きだよー!」
「彼氏の次によね、知ってる。」
女子特有のノリで抱き合う二人。
友達の子とバッチリ目があってしまったが、逸らすのも不自然なのでへらっと笑っておく。
「おおう、王子スマイルヤベェ。鼻血でそう」
「ちょっと、王子はどうでもいいけど、私の制服汚さないでよね。」
「そういうさっぱりしたとこほんと好きだわー。」
「あんたは好きを安売りしすぎ。」
「だってさー、王子だよ。あんな優しい人なら付き合いたいでしょ、ときめくでしょ。」
「優しくされたいから付き合うの?」
「んん?」
不思議そうに首をかしげる友人に、若干の冷めた目を向ける彼女。自分の話についつい聞き耳を立ててしまうのは人間の性だと言い訳させてほしい。
「私は好きな人には優しくしたいかな…」
「ちょ、そんな可愛いこと言っちゃって!しかも言って自分で言って自分で照れて真っ赤とかほんと可愛すぎか。」
「ばか、彼氏待たせてるんでしょ、早くいきな。」
「おっと、そうだった、ありがとー!今度の当番代わるからねー!」
ダルそうなポーズで手を振っていた彼女の言葉が引っかかって、気になり始めたのが、多分最初。
好きな人には優しくしたいかな
そんな風に思ってくれるあの子はどんな奴と付き合うのだろう。
どうでもいいと言われたことに少なからずダメージを受けながら、用もないのに居残ってもなと思い、教室を後にした。




