魔王ラゴス《人間とはオ――》
とある世界の北方にある一年中雪が降る白き森。そこには一匹のウサ――
俺様はウサギなどではない!それにウサギは「匹」ではないだろう!正しくは「羽」だ!全く無知な……これだから人間という奴は愚かだ。
雪が降る森の中、魔王の俺様は目覚めた。いや、もう魔王ではなく“元”魔王か。正確には人間や配下の魔物達が俺様を勝手に魔王と呼び始めただけで……いやそんなことはどうでもいいわ。
少々冷えるがこの毛むくじゃらの身体のお陰か然程寒くは無い……こういう時だけはこの身体にしてくれたことを――いや、誰が感謝等するものか。
そもそも不便なのだ、何をするにしても……まずこの耳!無駄に長く邪魔な上に音が前の身体の時よりも煩く聞こえて敵わんわ。
それとこの前歯!どんどん伸びていくし手入れが大変面倒だ。前の身体はそんな面倒なことする必要はなかったぞ。
他にも色々あるが何よりも肉が食えないことだ!前にこのような身体されたことに気付かずにその辺の獣を襲って食った。食えたまでは良いが、胃が受け付けなかったのか吐いた。その後、三日三晩は激しい吐き気と腹痛に悩まされたぞ!
それもこれも皆、あの憎きクソ勇者と忌々しいクソ神のせいだ。勇者の奴、最初は俺様を殺したくて殺したくて仕方が無かった癖にどういう訳か俺様の境遇に同情なんてしやがった……
確かに俺様も――
「何デダ!? 俺様ハ……タダ生キル為ニ人間ヲ食ッテイルダケダ!」
――とは言ったが、誰も同情して欲しいなんて言っておらぬわ。それで俺様を殺した後、おの忌々しいクソ神に余計なことを言ったせいでこんな……ウサギ……とも言い難いが、取り合えず人間にとっては無害な存在の下等生物に成り下がってしまったのだ。神の術も不完全なのかやや前の姿の名残が……名残どころか図体も普通のウサギとは比べ物にならないデカさになってしまっている。クソ神め、やるならちゃんとやれ。
今や青臭い草や葉っぱ、クソ不味い木の実ぐらいしか食えず満たされない腹。他の普通のウサギからは言うまでもなく逃げられる。まったく要らんことをしてくれた……これなら死んでいた方がマシだったわ。
神も無責任に酷い事をするものだ。そもそも人間だけ無害ならそれで良いのか!?草を食う動物達に食われる草木も悲鳴を上げ泣き叫んでいるのかもしれないのだぞ!?
全く、これだから人間とは愚かだ。……今日は愚痴をひたすら言うだけで一日が終わってしまった。まあ、いい寝よう。
昨日はつまらない一日を過ごしたものだ。多分今日もつまらない一日で終わるのだろう。…そう思っていたのだが、今日は一味違う一日となりそうだ。
なんとこの人が寄り付かないような森に人がやって来たのだ。しかも野垂れ死にしかけている。
「うう……誰……か……」
さて、どうしたもんだろうか。人間など食糧にもできない今となってはどうでもいい存在だ。しかし人間とは非常に義理堅く受けた恩を返す者もいることは知っている。助けて借りを作ろうか……しかしこのまま野垂れ死ぬ様を黙って見下してやるのもまた一興か……
「死にたく……死に…………たく……な………………い…………私には…………やるべきこと……があるの……に……」
この時、俺様はコイツに何かを感じた。魔王の時の俺様のように必死に生にしがみ付こうとしているところに“何か”を。そして俺様は何をとち狂ったのか、損得考えずコイツを助け……いやいや、借りを作るだけだ。恩を感じないようならこの前歯で噛み殺してくれるわ。
そして俺様はコイツを噛み殺さないように口にくわえて俺様の巣へと連れて帰った。連れて行く最中、コイツは「暖かい……」などと抜かす。吐き捨ててやろうか。
巣に着いた俺様は人間のコイツをその辺に置いといた。コイツは見たところ、人間の雌らしい。それにしても阿呆な寝顔だな。さて、どうしたものか……
取り合えず凍え死なないよう、この毛むくじゃらの身体で暖めといてやるか。
こうして俺様はコイツが目を覚ますまで待つことにした。それから数時間後――
「……アタシ、生き……てるのか?」
コイツがようやく目覚めた。「ここはどこだ?」と戸惑っているコイツの顔を俺様は覗き込んだ。するとコイツは驚いて目を見開く。化け物が目に映ってギョッとしたらしい。そして俺様に向かって口を開いて言った言葉は……
「アンタが、アタシを助けてくれたのかい?」
助けた?いいや、借りを作っただけだ。お前はこれからこの俺様に死ぬまで一生恩を返し続けるのだ。命の恩人だぞ。そうだな、まずはこの俺の為に食糧調達を――
「ありがとう、アンタは命の恩人だ。」
「礼など要らぬわ! 良いから何か食い物を取ってこい!」
俺様が“声”を発した瞬間、少し長い沈黙が続いた。自分でも驚いた、喋ることもできるなんて長い間しらなかったのだ。あのクソ神、どこまで中途半端な術を使ったのだ。
長い沈黙を破る第一声はコイツが放った。抜けていた生気が一気に戻り目を輝かせてコイツは言った。
「アンタ喋れるのかい!? 凄い凄い、こんな動物は初めてだよ! アンタ何て動物なの、見たところウサギ……なのか?!」
喋り過ぎだ……コイツは。煩いコイツに俺様は取り合えず「腹が減っているんだが」と言ってやった。
「あ……す、済まない済まない! つい夢中になってしまったな。恩人よ、食いもんが欲しいんだったよな待っててくれ……い……ま……鞄…………」
コイツはキョロキョロし出した。まさか、嫌な予感がするがやめてくれ……
「済まん……鞄は失くしたようだ……」
嫌な予感は的中した。「何の為に貴様を助けてやったと思ってるのだ」と激昂したがコイツは仕方がない、しょうがないと言い張るだけだった。さっきの律儀な台詞は何処へ行ったのだ。
この後、しばらく口喧嘩をした。まるで……この時を待っていたかのようにお互い思いっきり口喧嘩をした。今まで意志疎通できるモノがいなかった者同士で……全く、人間とは面白……いや、愚かだ。
そして口喧嘩は俺様の腹の虫のデカイ鳴き声で幕を閉じたのだ。コイツが無邪気に笑うものだから、俺様もつい釣られて、笑ってしまったではないかこのクソ人間めが……
今日は取り合えず腹を空かしながら寝ることにした。そう言えばコイツの名前を聞いてなかったな。寝る前に聞いておくか。
「おい、俺様の名前はラゴスと言うのだがお前は何というのだ?」
「アタシの名前かい?アタシは……アリスって言うんだ。よろしくな、ラゴス。」
俺様は「そうか」と言うと目を閉じた。というかアリスめ、俺様を毛布代わりにするのはやめろ!それにしてもコイツ、随分と冷たいな。……まあ、良いか寝よう。
それから、俺様とアリスはしばらく一緒に暮らした。アリスはいつも俺様が食ってる以上の量の食糧を取ってきてくれた。当たり前だ、命の恩人だぞ?
それからもずっと過ごした。時にアリスは俺様に人間の世界の事を教えたり、時に他愛の無い雑談をしたり、時にまた口喧嘩をしたり、色々なことをした。そんな日が続く中、アリスは俺様にこんなことを言った。
「なあ……可笑しいと思わないか、アタシのこと。」
俺様は「何がだ、確かにお前は色々可笑しいが」と言うとアリスは少し困ったように笑って、少しどこか悲し気な顔をして言う。
「アタシはこんな過酷な森でもう長いこと生きてる、食い物もロクに食べちゃいない。こんなアタシに疑問は持たないのか?」
そんなことを言い出すものだから俺様は……思いっきり笑い飛ばしてやった。何で笑うのかと少し怒って言うアリス。だが俺様はとにかく笑ってやった。
「俺様みたいなヘンテコな化け物がいるのだぞ? それに比べたら貴様など普通だ。」
アリスはそれを聞いてしばらく呆然とした後、俺様と同じように馬鹿みたいに笑った。お互いに笑い続けた。
アリスは鞄を紛失した鞄を探し出すまではここにいると抜かしおった。図々しい奴だ、まあ食糧を取ってきてくれるなら何時までも置いといてやるとしよう。
それから俺様とアリスは鞄探しに専念した。しかし全く見つからぬ。この森は広いからな。
毎日ずうっと鞄を探す。もう何ヵ月、何年間か探し続ける。可笑しい、これだけ探せば流石に見付かる筈なのだが……
それからも俺様とアリスは鞄を探しながらいつものように話したり遊んだり喧嘩したりして過ごしていた。こんなに……楽しい毎日が来るとは思わなかった。
俺様は思った、こんな毎日がこれから先ずっと続くのではないのかと。いっそ鞄など永久に見つからなければ良いとさえ思った。その事をアリスに言ったらアイツは笑って「そうだな」と言った。
しかし永遠等と言うものは存在しない。遂にその時が来てしまった。“しまった”?俺様は何を……コイツが人間の世界に帰ってしまっても別に寂しくは、いや暇にはなってしまうな。
鞄を見付けたアリスは何故か鞄の中をずっと見ているまま動かなかった。俺様は「何をしているのだ」と聞くとアリスはゆっくりと悲し気な顔をして振り向いた。
「ラゴス、…………ごめんな。」
アリスが突然謝りだすから俺様は呆気に取られた。何を突然謝りだすのだと思ったがアリスは言い続けた。
「アタシはな、アンタを殺しに此所へ来たんだ。……仕事でな。」
俺様はアリスが何を言ってるのか理解が出来なかった。いつもの冗談だと思った、いや冗談であって欲しかった。しかしアリスの表情、真剣な眼差しがそれは本当のことであると語っていた。
「命令でこんな所に飛ばされて……全く、何でアンタはもっと……残虐な奴じゃ無かったんだ。元、魔王なんだろう?」
アリスが人間ならここで涙を流しているのだろう。アリスは人間でなかった。人間に造られた人形だった。俺様のことを風の噂か何かで聞き付けた人間が俺様を殺す為に造った人形だった。
アリスは右手を俺様に向ける。すると奴の右腕の袖が弾けるとまるで銃のような形に変形した。それがアリスが人間ではないことを確信付けた。……気のせいかその右腕は震えているようだった。
そんなアリスに俺様が言ったのは――
「やるしか無いのか?」
アリスは静かに頷くと、その顔から感情が無くなったように表情が消え、そして撃った。
ダァン ダァン
俺様は咄嗟に避けようとしたが僅かに掠ってしまい動けない程の怪我を負ってしまった。そんな俺様にアリスは容赦無く俺様に銃の腕を突き付ける。
「さようなら」
アリスはそう言うと引き金を引く。
俺様はここでこんな風に殺されるのか、ふざけてる。本当にふざけている。人間は愚かだ、コイツも……アリスも愚かだ。人間の都合の良いように使われやがって。誰が、貴様に、貴様等に殺されてやるモノか…………だってお前は……嫌なんだろう?俺様を殺すのが。さっきからそんな顔をしている。俺様には分かる、分かるんだ。お前にそんなことはさせない――
ダァン ダァン ダァン ダァン
数回の銃声が響くと、俺様の意識は消え……た……
アリスは自分の異変に気付く。右腕がいつの間にか失なっていた。アリスがラゴスに目を向けるとラゴスの背中から裂け目が現れ、そこから巨大な禍々しい腕が生えていた。
そしてその巨大な腕はアリスを再起不能になるまでバラバラに引き裂いた。
――死んだと思った俺様は目が覚めた。生きていたのだ。その代わり、死んだのは……いや、壊れたのはアリスの方だった。いつの間にかアリスはバラバラになっていた。踏み潰された虫のように…奇跡的に顔だけは綺麗に残っていたが。
これは、俺様がやったのか?いや、俺様だ。俺様しかいないじゃないか。
どうやら、クソ神が俺に掛けた術は不完全では無かったらしい。俺様の魔力が強すぎて術が完全に効かなかったのだ。クソ神め……神ならそういうことくらい頭に入れておけ。そのせいでコイツは……
俺様はバラバラになったアリスを噛み砕かないようにくわえると巣に持ち帰った。墓など必要無いだろう。お前は人間ではないから。俺様がずっと側に置いといてやる。お前は寂しがり屋だったからな。
言っておくがお前に可哀想なんて感情は湧かない。俺様を撃ちやがって、暫くは絶交だからな!まあ、俺様の毛を毛布代わりにすることは特別に許してやるがな!ハハハハハ!
それにしてもこれからはまたクソ不味くクソ少ない飯で我慢することになるのか、全くこの恩知らずのせいだ!
喋り相手もいなくなるのか。全く、この俺様も人間や人形のアリスを愚かだなんて言えないな。こんな奴に心を許すなど、それこそ本当に愚かだ……ハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハハハ!
俺様はとにかく笑った。巣に帰るまでとにかく笑った。目から何か垂れ流した気がするがそんなモノどうでもいいわ。とにかく俺様は笑い続けた。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺様の笑い声が森中に響き渡る。ふう、笑い疲れてしまったな。帰ってとっとと寝よう。
次の日、俺様は呆れ返る程に普通に起き呆れ返る程に今まで通りのクソつまらない日常を過ごした。
もうアリスはいないのだ、当たり前だ。そう自分に言い聞かせた。
魔王の力が残っていると言うことは恐らく、寿命もウサギとしての一生とは比べ物にはならぬのだろう。これは罰なのか?魔王の時に人間を食らい人間を恐怖に陥れた俺に対する……因果応報なのか?
まあ、どうでもいいわ。この先、俺様は何年も何百年も何前年もつまらない一生を過ごすのだろう。
……いや、分からないな。またアリスのような奴が送られて来るやも知れぬ。だが、面倒ではないしその方が暇潰しにはなる。何体でも来い、叩き潰してやる。それにアリスから聞いた話だと人間とは……面白いということが分かったからな。
永い時を生きてればいつかまた、そんな人間にいつかは会える気がしてならんのだ。アリスのような一緒にいて面白い……
「いや、お前は人形だったな。」
俺様はそう言って巣の奥に眠っているアリスに目を向ける。
すると気のせいか、少し……ほんの少しだけアリスが笑った……気がした。
いや、気のせいだな。さて、またもやつまらない一日を過ごしてしまったな。寝よう