誰かを想うことを望んだ
走行距離は二十一万キロメートル。僕が小学生の頃から十年以上、免許を取ってから七年乗ったステーションワゴン型の乗用車。五ヶ月後に車検を控えていて、そろそろ買い換え時だと周囲からは言われている。
家から十分程度走らせて、左折。駅に入る。路肩に停めて、五分ほど待った。最初に光が見えて、その後に音。そして列車が駅へと入ってきた。車両数は二。去年は一だった気がする。
また、少しだけ待った。助手席には水が入ったペットボトルとライター。一年前に買ったガムテープはグローブボックスの中にある。
そのうち、無人駅から人が出てきた。
最初に出てきたのは、見るからに柄の悪い三人組だった。だぼだぼの服を着て、帽子を後ろ前に被り、三人のうち二人は夜だというのにサングラスを掛けていた。三人が歩き去っていくと、また人が出てきた。中年のおばさん二人。おばさん達は歩き去った三人の方を、肩を寄せ合いながら見ていた。なんてだらしない格好。どこの子? そんな会話が聞こえてくるようだった。
その二人もどこかへ歩いていき、それからはもう、誰も駅から出てこなかった。
ポケットから透明の袋に入った錠剤を取り出す。最近また眠れなくなったと嘘を吐いて処方してもらった睡眠薬だ。規定の数を口に含んでからペットボトルのキャップを開けて水で流し込む。
サイドブレーキを下ろし、セレクトレバーをDにいれる。
駅を出て車を走らせること十分。新たなバイパスが開通してからすっかり交通量が減った農道の路肩に停車した。
グローブボックスを開き、ガムテープを取り出す。適当な長さに切って、エアコンの通風口に張り付けていく。
車を降りてバックドアを開ける。被せてある布を剥ぎ、四つの練炭コンロを手に取った。二つは後部座席に。もう二つは助手席に置いておく。
運転席に戻り、ガムテープでドアの縁を塞いだ。少し待っていると急激な眠気を感じた。ライターと着火材を使ってコンロに火をつける。
シートを倒して、ポケットからスマホを取り出した。設定メニューで自動ロックを解除して、予め記入しておいた未送信メール画面を開いておく。充電は九十九パーセント。いくら消耗が激しいとはいえ、一晩くらいは持つだろう。
天井を見上げる。
一年前に消した日馬の子供と大和は未だに行方不明のままだ。
あれから半年が経った冬の日に日馬の奥さんは自殺を図った。それは未遂に終わったが、さらに一ヶ月後、日馬と一緒に死体で発見された。どういう死に方をしていたのかは知らない。
大和の失踪では何度か警察の聴取に応じることになったが、それも形式的に行われたもののようだった。僕が疑われることもなく、既に古い記憶の一部になっている。
鹿屋は、日馬のことなどがあり延期に延期を重ねていた結婚式がとうとう行われることとなった。一ヶ月後。六月上旬。ジューンブライドというやつだ。招待状は欠席の返事をした。
そして彼女もまた、僕の前に姿を現すことはなかった。家出人などの情報も集めてみたのだが、該当する者はなし。
そんな日々が続き、いつからか決めていた。一年後までに会えなければ自らの手で終わりにしようと。なんてことはない。一年前の続きをするだけだ。
そうして過ごした日々は、思いのほか気楽で楽しいものとなった。
自分自身を消してしまいたい夜には彼女のことを思い出した。すると不思議と眠りにつけて、仕事も趣味も集中してこなせるようになった。
しかし、それでも駄目だった。日に日に肥大化する自意識は、仕事にも趣味にも顔を出すようになり、それぞれの現実を鈍らせた。そしてとうとう彼女との記憶すらも食いつくそうとしている。僕が仕事に集中するには、趣味を心から楽しむには、彼女との思い出をありのままに残すには、自分自身を消すしかないのだ。
それかあるいは。
もう一度彼女が現れてくれたら。
僕の過剰な自意識も、この夜も、吹き飛ばしてくれたら。
ゆっくりと目を閉じる。
意識が薄くなっていく。
車の走行音が聞こえた。
気のせいかもしれないけど。




