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襲撃

東京の街は今日も人が溢れかえっていた。外国人ももう珍しくなく誰も彼を気にする人などいなかった。梅雨の時期も終わり、夏本番に入る。人々が汗をダラダラと掻き、暑さにうんざりとしているのに、その外国人は顔色一つ変えずに颯爽と歩いていた。もし誰かが彼に気づけば、あの出来事が起こることはなかっただろう。しかし、人々は自分に精一杯でそんな余裕もなく、彼に気づくことも、見ることもなかった。ただ、自分の問題を解決するために目の前だけを見ていた。

 外国人は蒸し暑い気温と人の熱気の中を歩いていた。ここに住む人々は自分に夢中で、自分を見る余裕さえないようだった。仮に気づけば、計画は水の泡となり、目的を達成できない可能性があり、それを警戒して来たのだが、それは杞憂に終わりそうである。東京高等裁判所、総務省、警視庁、外務省、日本の中核を担う機関の名を掲げた建物がはっきりと見えるようになった。目的地点まですぐそこ。

 今日は特別国会がある日。当然、首相もそこにいた。


        -同時刻、とある新設された施設で-

 「君達全員が我々に協力してくれたことに感謝する。俺を含め7人も能力者を確保できたことは喜ぶべきだろう。遅くなったが、俺は防衛省の藤武ふじたけ ごうだ。今は特殊テロ対策部に所属している。一応、このチームのリーダーだ。よろしく頼む。今からこの施設の説明をするが、その前に質問はあるか。」

 轟の問いに、ガラの悪い青年【荒木あらき 圭祐けいすけ】が手を挙げた。

 「あのよぉ、なんで俺らこんな服着させられたんだ。」

 圭祐の問いに、一同唖然とした顔をする。

 「な、何だ。別におかしい質問じゃあないだろう。どうしてそんな顔をしてんだよ。」

 困惑する圭祐に、呆れた顔をした金髪の若い男【神威かむい 斗真とうま】が寄ってくる。

 「君、ちゃんと説明聞いてないでしょ。あの時間、一体何をしていたんだい?」

 「なんかイラつく奴だな。どうしようと俺の勝手じゃねぇか。」

 斗真はその一言を聞くと溜め息をつき、言葉を放った。

 「君が無駄にしたその説明会で、僕たちはいつでも能力者によるテロに備えなきゃいけないと言っていたんだ。少なくとも、今日を入れた3日間のうちにテロが起こる。そのために、今も戦闘服を着ているんだ。」

 そこまで言い終わると、若者はまた溜め息をついた。しかし、青年は不服そうな顔をして言う。

 「テロっていうのはいつ起こるか分からねぇもんじゃないのか。なんで、3日間のうちに起こるってわかるんだよ。」

 その答えは、斗真ではなく轟が答えた。

 「それは、在田ありた 智康ともみちの能力のおかげだ。彼は、予知ができる。そのおかげで、テロに対し対策を他国よりも正確に立てられる。」

 轟の一言で、在田 智康に注目が集まる。智康は小柄で童顔、メガネをかけている男だった。

 「予知といっても、詳しいことは何もわからないし、大雑把だから、漫画みたいにすごいものじゃないですよ。ほ、本当です。」

 あまり人と接することに慣れていない彼はおどおどした様子で話す。

 「質問はもういいか。」

 轟の問いに「ああ。」と圭祐は答えた。


    -国会議事堂-

 「奴を止めろ!止めるんだ!」

 国会議事堂に響く怒号。機動隊員らが銃を構え、侵入者に銃口を向ける。侵入者はアメリカで脱獄した能力者集団の一人だった。

 隊長の号令とともに一斉に発砲される。が、弾は勢いを急速に落とし、侵入者の前で落ち、転がっていた。その場にいた者全てが動揺を隠せなかった。

 「どうなっているんだ。っく、構うな、撃て!撃て!」

 弾は先程と同様、勢いを失くし、侵入者には何の意味もなかった。

 侵入者は無表情のままゆっくりと歩いていた。銃が侵入者には効果なしとわかると、機動隊員らは肉弾戦に持ち込もうと彼に近づこうとした。突然、彼らの世界は乱れ始め、バランス感覚を完全になくし、その場に倒れこんだ。立ち上がろうとしたが、バランス感覚のない今、それは不可能。隊員らは、悠然と自分らの前を通り過ぎる侵入者をただ見ることしかできなかった。

 その能力者集団の一人である彼の名前は、リュウ 旋剛シェンガン


    -とある新設された施設-

 丁度、轟は施設の説明を終え、集められた能力者たちも自由に行動し始めたころだった。轟に電話が掛かる。上司からだった。

 「藤武です。何でしょうか。」 

 「藤武君、今、国会議事堂が例の集団の一人に襲われている。その場にいたチームも既にやられてしまって、頼れるのは君のチームしかいない。そのテロリストを止めてくれ。」

 上司はとても焦っているようだ。轟の返事は決まっていた。

 「わかりました。今すぐ、そこに向かいます。」

 「頼んだぞ。」

 上司からの電話は切れた。轟は能力者たちに集まるように言った。

 「どうしたんだ?」

圭祐が菓子を片手に言う。早速くつろいでいるようだ。

 「国会議事堂でテロが起こったようだ。機動隊員もすでにやられている。今すぐに行くぞ。」

 「マジ、今すぐはちょっと無理だぜ。」

 「菓子なんていつでも食える。お前は国よりもそのお菓子のほうが大事か。」

 「てめぇ!やる気か?おい。」

 圭祐が轟の胸倉を掴む。轟は動じず、圭祐を冷めた目で見ていた。

 「おいおい、喧嘩はいかんぞ。圭祐君、彼を放してやれ。」

 白髪に染まった老人【白刃はくじん】の言葉に、圭祐はしぶしぶと従った。

 「轟君、君も少し言葉が過ぎたな。厳しすぎるのはいかん、いかん。」

 「……すまなかった。もう少し言葉を選ぶべきだった。」

 圭祐は彼の素直さに驚き、間抜けな声で「お前は悪くねえ、俺が子供だった。」と言ってしまった。

 「話は変わるけどよ、移動手段はどうすんだ?ここから遠いだろ。」

 「それなら大丈夫だ。すぐに着く、お前の能力を使えばな。」

 「おお、そうだな。そういや、高速移動できるんだった。」

 圭祐は轟の言葉に胸を突かれたような顔をした。流石にそれはない。

 「まさか自分の能力のことも忘れるとは。呆れた奴だ。」

 「何か言ったか、今。」

 さっきの言葉は彼の耳には届いてないようだ。

 「早く準備しろ。時間がない。」

 「おう。わかったよ。」

 圭祐の言動には二の句が継げない、暫く轟は困ったような顔だった。

 能力者たちはすぐに集まった。

 「圭祐、頼むぞ。」

 「国会議事堂だろ。任せなって。」

 自分の能力などさっぱり忘れてた癖に。轟がそんなことを思っている間に景色は国会議事堂内へと変わっていた。

 「さ、着いたぜ。国会議事堂。」

 あまりの速さに一同騒然とした。

 「本当に早いんじゃな。」

 「伊達に能力者やってねえぜ。」

 白刃の言葉に圭祐は嬉しそうに胸を張る。

 「茶番はそのくらいにしておけ。非常事態だぞ。」

 轟の目の前には機動隊員らの死体が転がっていた。

 額に穴が開いている。テロリストの能力なのか、それとも相当の腕を持っているのか。どちらにせよ、侮れない敵に違いない。

 「襲撃からまだ経ってない。急いでテロリストを…」

 轟がそう言い終わらないうちに、白刃が「向こうにいるようじゃ。」と階段のほうを指差す。

 「どうしてわかったんです。」

 斗真が目を丸くして尋ねる。

 「能力の応用じゃ、そんなことより早くいくぞ。」

 老人とは思えないほど速く白刃は走っていった。それに付いていくようにメンバーは階段へと走っていく。その中、一人の女性は周りを見渡し、考え事をしていた。

 「どうした。何かあるのか。」

 気になっていた轟が彼女に聞く。

 「ここでは銃撃戦が展開されたはずなのに、何もそんな跡がないわ、怖いくらいね。」

こんな状況でも彼女は冷静だった。轟は彼女の対応に感心を受けた。とはいえ、悠長にしてる暇はない。

 「今は一刻を急いでいる。テロリストを止めることのほうが先決だ。」

 「…そうね、行きましょう。」

 彼女の黒い髪が波のように揺れた。

 黒澤くろさわ 深雪みゆき、彼女も白刃同様貴重な戦力になるかもしれないな。彼も急いで彼らの後を追った。


      -国会議事堂二階、衆議院議場-

 「要求は何でも呑もう。だから、命だけは助けてくれ。」

 議場で首相が震えた声で言った言葉も静かに空しく響いた。劉は何も答えなかった。その時間はずっと続いた。ここまでのことをしながら、表情を変えず、ただ立っているだけの彼は異様。議員たちは心底から恐怖に陥っていた。誰もが、自分の未来を呪っている。

 劉は待っていた。そのためにこんなバカげたことをした。そして、彼が待ち続けていた音は思ったより早く訪れた。

 バタンッ、荒々しく議場の扉が開かれた。


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