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天国の女

作者: 井鷹 冬樹

 太陽が沈み、地球がもたらす黒い闇が街中を覆う中で、ジェイン・カーティスは閉館、間際の博物館に飾られている絵画をベンチに座りながら眺めていた。


「その絵。いつも見ているのか?」


 後ろから中年男性の声がジェインに対して話しかけている事を彼女は感じ取り、後ろに首を向けて眼鏡越しでほほえみを返す。


「あら? 良い絵よ。マルティネスの『天国』」


 中肉中背の灰色スーツを着ているその男は、彼女の隣に腰を掛けて同じ絵を眺める。


「俺にはこの良さがわからないよ」


「あなたには一生分からないわ。ヴィンス。それより、仕事でしょ? いくら出してくれるの?」


 ヴィンスは四方八方に飾られた絵を眺めながら答える。


「前金で300。仕事が終われば、後に300」


「いつも通りね。で、殺るのは、どこのマフィア?」


 ジェインの質問に対して男は、少し首を横に振った。


「いいや。マフィアじゃない。始末してほしいのはこの男」


 そう言って彼はいっしょに持って来ていたアタッシェケースの中から数枚の紙を取り出して彼女に手渡す。

 中には対象となる男の写真も貼られていた。

 男の名前が記載されている。



 《ノーマン・ル・シュレー 元軍人の武器商人》



「あら? なかなかのダンディな男ね」

 

 写真についてヴィンスは彼女に説明する。


「表の顔はな。裏の顔は、武器を俺たちや他のファミリーに提供してる中立的な武器商人だが、最近、国に寝返った噂が流れてな。こいつの存在でうちのファミリーが危なくなってきた。だからあんたにこいつを始末してほしい」


「分かったわ。最後にはふさわしいわね」


「本当に最後なのか?」


 淡々と彼女は告げる。


「ええ。最後」


 それに対してヴィンスは絵を見つめながら訊く。


「うちの専属にならないか?」


 彼女は、微笑みながら即答した。


「死んでもいや」


「何で?」



「やりたい事があるの。そろそろ天国みたいな所に行きたいわけ。そう掲示しているわ。私の心に」


 彼女に対して呆れとただ残念がヴィンスの心にあり、彼は少々悔しそうな表情でため息をついた。


「ああ、そうかい。あんたの仕事が見れなくて残念になるな……」


 それに対してジェイン自身は、淡々とし、ベンチから立って、その展示室から出ようとする。


「そう? 私はあなたの顔が見れなくなって嬉しく思うわ」


 彼は彼女に対してため息を吐き、呟いた。


「言ってくれるね。必要なものは、後に君の所に届く。そういやお前の気に入っているブルースの曲名なんだったかな?」


 彼女は彼の言葉を耳に流し、手を振って合図しながら部屋を後にした。



 ジェインは、博物館を出て、ヴィンスから渡された情報を元に、仕事のシチュエーションを考えていく。

 ヴィンスからもらった資料によれば、ノーマンという男は、4日後に政府高官との密会が行われるという。

 彼女の狙いは、その密会の後を狙うことにした。だが、問題は、どうやって殺すか。

 まずは、彼の行動を観察する事にした。

 ノーマンはいつも自分の手練れを数人引き連れている。それぞれが元軍の出身か傭兵か。ジェインにとってそれは外見と身なりで判断できた。


「流石、元軍人ね。厄介な奴がゴロゴロ」


 狙い目はやはり、密会後。彼の密会後は、教会に移動し懺悔をする。そこが狙い目。

 タイミングは決まった。

 そう考えているうちにジェインは家に戻って、武器庫と化している地下の部屋に行き、どの武器を使用するかを考え始めた。

 相手の事だから、防弾チョッキはつけているだろう。

 ここはでかそうな、対戦車で、一発でかくといきたいところだが、そうはいかない。あれはかなり重量があり、一発を放つ間がとても大きすぎるし、重量があるために持ち運びは不便。それにそもそも2人用だから、1人の自分にとっては不必要な武器。

 流石、対戦車ライフルと言ったところ、1人で通用して行えるのは映画の世界だけ。

 となるとすれば普通の拳銃やセミマシンガンとなるだろう。

 ジェインは、彼を仕留める為の準備を始めた。

それから12時間が過ぎ、ジェインは旅行客に扮して、彼を仕留める場所ポイントである教会に辿り着き、中へ入る。

 中はいたってシンプルであり、正面にうつるステンドグラスがとても綺麗だった。

 神父の口から出ている聖教の言葉が、なんとも裏世界にいる自分の耳により響く。


「耳にくるわ」


 続いて彼女は、教会の前へ。

 入り口前は横幅が広い階段が数段あり、目の前に数台止められる駐車スペースがある。

 通行人はそれほどいない。


「意外と使えるかもしれない」


 彼女は場所ポイントの観察を終えて、教会を後にした。決行日まで、あと1日。

 これまでの予定と相手の行動パターンを掴むことは容易だったが、次が厄介になる。

 それはノーマンを守るボディーガードの対策。

 手練れ数名のうち1人が厄介だった。名前はラッシュ。名はよくないが顔が良いジェイン好みのタイプで拳銃より、ナイフを使うのが得意。傭兵時代はそのナイフ捌きで殺しまわったというぐらいの男。


「厄介な男ね」


 こいつの行動を注意しながら、ジェインは、決行までの準備を進めた。



 決行日。

 

 時間は夜の7時。辺りも街頭とビルのネオン、窓から出てきた中の明かりによって街中が照らされていく。

 その中、ノーマンは高官との密会を済ませて車に乗った。


「これで少なくとも1年は生きていけるな」


 冗談を言いながら、紙巻のたばこに火をつける。

 ラッシュが彼に訊いた。


「では、いつもの教会で」


「ああ、頼む」


 車は発進し、教会へと向かう。


「ラッシュ」


 ノーマンの声に対してラッシュは、軽いほほえみを交わして対応した。


「なんでしょう?」


「今日はお前も教会の中に入れ」


「分かりました」


 磨きかかったナイフの刃が出る。銀の刃がうっすらと光っているようにノーマンは感じた。

 彼らの乗る車が教会に辿り着き、ノーマンが乗っている後部座席のドアが部下の手によって開かれる。彼は降りて周りを見つめた。

 いつもと変わらない景色。煙草をアスファルトの下に落として踏みにじる。

 黒い灰と土が薄く白い煙を出しながら、塵になっていく。

 ノーマンは、その後で襟を正し、教会の中へと入った。ラッシュもその後ろについて歩く。

 中には、数人の男女。

 聖書を読んだり、座って瞑想をしたりとしている。

 その光景に彼はため息をついて、ホルスターからグロッグを取りだして、トリガーセーフティーに手を当てる。

床に向けて一発放ち、座っている男女に向けて告げた。


「出ていけ」


 その言葉を聞いた男女たちは、急いで外へと出ていく。

 空っぽになった教会の中で、ノーマンは後ろに立つラッシュに告げる。


「中を徹底的に探すんだ」


 ラッシュは首を縦に振り、教会の中を調べ始めていく。

 ノーマンは近くのベンチに座って、美しいステンドグラスに向けて呟いた。

 拳銃を置いて1冊の本を取り出す。


「神よ。お許したまえ」


 ラッシュはくまなく教会を探し始めていくが、怪しい物や人間がでてくる事はなかった。


「これはミスターシュレー」


 騒がしい様子を聞きつけて、神父が出てきた。


「騒がしくして済まないな。悪いが少々静かにしてほしい。あんたも出てってくれ」


「わ、分かりました。では、ごゆっくり」


「ああ」


 神父も教会を出ていく。

 1人になった本堂で彼は、本を黙読し始めようとしたが、遠くからの異変に気付く。


「ん?」


 奥の影から、転がっている何かそれが大きな光を放った。


「フラッシュバン!?」


 閃光がノーマンの目を強く襲う。


「あああ!!」


 異変に気付いたラッシュは、急いで本堂の方へと向かい、ノーマンの元へと駆けつける。


「退避!」


 ノーマンは伏せて、なんとか目を抑えながら拳銃を構え、見えない敵に対して引き金を引いた。

 入り口で待機していたほかの部下も異変に気付き、すぐさま、本堂へと入ろうとするが、その瞬間、乗ってきた車から勢いよく爆炎と煙が生じ、その影響で車が数メートル上空に浮く。

 近くにいた部下たちも爆風によって、教会の壁や近くの地面に吹き飛ばされ、強く体を叩きつけた。

 車の爆風による光が薄暗い教会の中を照らす。

 ラッシュは外の爆破を確認し、背中のホルスターから同じくグロッグを取り出した。

 敵影がないか四方八方をそれぞれ確認し、安全を確認する。ラッシュはフラッシュバンが起きた方向に数発の弾丸を放つが誰もいない。

 彼はゆっくり近づいて、柱の付近に近づいた。人影はない。


「いない!?」


 すると後ろからジェインがラッシュの背中に向けて、グロッグを放つが、相手も防弾チョッキを付けている為、効いていないのが分かる。


「逃げてください!」


 ラッシュはノーマンにそう叫びながら、グロッグをジェインに構えようとするが、すでに遅く、グロッグを撃たれ、その衝撃に耐えられず、床に落とした。


「あ、ああ、頼むぞ。ラッシュ」


 その間にラッシュの言われた通りにノーマンは急いで教会から退避する。

 その間、自分にとどめを刺そうとする彼女に対して、ラッシュは突進しながらタックルし、彼女を後ろに倒す。


「くっ!!」


 タックルされたジェインは、左手に持っていたグロッグを近くの床に飛ばしてしまい、なんとかして立ち上がろうとするも彼女の背後に回っていたラッシュに自分の首を両腕で締められ、圧迫されかけていた。

 なんとかして危機から抜け出そうと、ジェインは首絞めをするラッシュの腹部に向けて肘鉄を仕掛けるがあまり効いていない。

 そこから今度は、自分の足で壁をけり上げていき、首絞めを避け、ラッシュの背後に回って、彼の背中を蹴る。


「ぐっ」


 懐に持っていたナイフを、彼は取り出して、逆手に持ちながら、彼女との距離を取った。

 ジェインは何も持たず拳を構えている。不利な状況。先に動いたのは、ラッシュだった。逆手に持ったナイフを振り、人間の急所を狙っていく。

 それに対し、ジェインは後ろに下がり、落ちている分厚い聖書をシールドの代わりにして使う。

 容赦なく銀色に光を発す刃がジェインの体に向けて襲い掛かっていき、彼女の腕に軽い切り傷を生じさせた。なんとか分厚い聖書が刃の盾になり、これ以上の攻撃から体を守っていく。

 続けて、ジェインが攻めに入った。

 聖書でナイフを払い、続けてその聖書の角で、ラッシュのす右脛に当てる。

 鈍い痛みがラッシュの体を上に駆け巡っていく。

 痛みを感じたラッシュは、一瞬しゃがんでしまい、反撃を許してしまった。

 彼女の手は止まる事無くおろそかになった彼の腕を、聖書を縦にした状態で叩き、それを繰り返して、ナイフを落とす。

 武器が無くなったラッシュの顔面に一発。重たい聖書をぶつけた。

 彼は後ずさりして落ちたナイフを拾い上げる。


「くそ女が!」


「くそは余計」


 2人はけん制しあいながら相手の状況を見つめる。先手を打つのは誰か、2人の間には緊張しかなかった。

 ゆっくりと距離を作っているジェインに対し、再びナイフを逆手に持ちゆっくりと近づくラッシュ。

彼は笑いながらジェインにナイフの刃を見せつけた。


「俺が怖いか」


「……いや、全然」


 彼女の言葉が放たれた瞬間、ラッシュはナイフを彼女の胸にめがけて投げようとするが、その前にジェインがすかさず腰のホルスターに片付けていたリボルバーを取り、ラッシュの額に撃ち込んだ。

 ナイフは彼女をよけて近くの聖母の像に突き刺さる。

 撃たれたラッシュは言葉を発する事無く、ゆっくりと背中から床に倒れていく。額からゆっくりと生暖かい赤い液体が流れ始めていた。


「悪くない男だったのに……」


 ジェインは残弾0のリボルバーを捨て、床に落ちていたグロッグを拾い、急いでノーマンの後を追う。

 彼はフラッシュバンを喰らっていたせいで、思うように移動することができずふらふらして路地裏を走っていた為、彼女は容易に追いつく事ができた。

 まず彼女は、後ろから彼の膝に目掛けて引き金を引いて、弾丸を放つ。

 後右膝に着弾したノーマンは大きく悲鳴を上げて、アスファルトの堅い地面に倒れる。

 元軍人とはいえ、膝を撃たれると動けなくなるぐらい痛い。

 ゆっくり近づき、拳銃を構える。


「動かないでもらえるかしら? あなたを仕留めにきたの」


 そういって彼女は別の拳銃に取り換えて、彼に向けて発砲した。

 撃たれた彼は強烈な眠気に襲われる。全身の力も抜けて何にも感じなかった。膝から出ている血も痛みも。彼はゆっくりと目をつぶった。

 ノーマンはゆっくりと目を開けた。

 まだ生きている。

 死んでいない。だが、痛みと締め付けられている感覚があった。口には何か入っている。息苦しい。目の前には、女が立っていた。

 175センチはあるであろう女性が目の前で拳銃を構えている。それがどこか不思議だった。


「起きたね」


 彼女の声を耳にした後で、彼は椅子にひもとテープで動けない様に縛られ、口には血が混じってしみてしまったタオルで止められている事を知りながらもなんとかして脱出しようと試みるができない。

 ノーマンは、焦燥を感じているのか、怒りを感じているのか、それとも息苦しいのか、タオル越しで熱い息を冷たい空気を帯びた部屋に向けて流していく。

 彼の脳には、何かを呼び求めるような旋律が耳に響いている。ノーマン自身何もわからなかった。今、自分の脳裏には過去の映像が巻き戻されていき、再生されるだけ。

 愛した女の顔が浮かび上がってきていた。皮肉にもその女の顔がジェインに見える。

 ノーマンの意識が遠ざかっている事を感じながら彼女は往年のブルースを口ずさみながら拳銃の銃口を彼に向けて、引き金に人差し指を近づけた。


「これで最後。あなたで最後。天国に向かう女は何を求めるの?」


 男は縛られた口のタオルを噛みながら歯を食いしばった。

 部屋に響く重い炸裂音。赤く光る小さな火花。ゆっくりと首が下へと下がっていく男。

 硝煙の香りが小さく広がっていく部屋。

 鼻歌交じりにながら拳銃を片付け、部屋を出ていく女。

 縛られた彼の瞳孔は開き、首が下へと向いている。額から流れている血がゆっくりと鼻の下へと落ちていく。最後には床に辿り着くのを知らないでただただ血は下へと落ちていった。




 ジェインは再び博物館に飾られている絵画を見ている。その絵画はマルティネスが描いた『天国』。

 1人の銃剣を持った騎士が女神によって地上から天国へと昇る階段に誘われる絵。

 女神は微笑んでいる。それを眺めているジェインもまた微笑んでいた。

                       

                                END


第2回The Killer's Project-1st turn 参加作品です。


イメージソング:『Stairway to Heaven』(Led Zeppelin)

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― 新着の感想 ―
[良い点] これぞクライム・アクションといった頽廃的な雰囲気作り。 主人公のジェインは台詞が少ないにもかかわらずキャラ立ちしていて、反面、真意の測れない言動を見せるなど、不思議な魅力を持ったキャラクタ…
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