第四話
今日の午後に行われたのは、出発前に総帥から言われていた鶏との追いかけっこであるのだが、テニスコート四分の一ほどの広さがある鶏小屋の前で音崎が注意を促した。
「先に言っておくと、こいつらは危ないぜ。まぁ、その理由は二つ。一つは餌、こいつらは普段肉や魚を他の餌よりも多く当たられている。そして、昨日の昼飯が終わってから一切の餌をこいつらに与えちゃいない。つまり・・・。」
と言いながら音崎が事前に持っていた魚を小屋の中へと放り込んだ。
待ちかねたように鶏たちの目が光り、投げ込まれた魚が地面につくのと同時に鶏たちが一斉に襲い掛かり、その場所には皮一枚すら残っていなかった。
「いいか、気を抜いたら・・・・お前らが食われるぞ。」
その一言が追い打ちとなったのか、唾を飲み込む音が次々と聞こえて明らかに訓練生たちがビビっているのが伝わってくる。
それを一通り眺めてから、頭を掻きながら音崎は
「しょうがねえなぁ。」
腰につけていた無線機を引っ張り出して、
「光、頼んだ。」
無線機の向こう側から『了解』という声が聞こえた五秒後、一羽の鶏がコケーっと甲高い声で鳴いてから倒れた。どうやらリーダー格の奴だったらしく鶏側にも不安の空気が漂う。
「見事だな。」
「あぁ、まったくだ。」
ケントとナイトは苦笑の表情を浮かべあってから小屋と反対側にある建物をの屋上を見つめた
「ミッションコンプリート。」
床に落ちた薬きょうをポケットにしまい、淡々とした表情で次への備えをする彼女の名は薄井光。後方支援を得意とするSET第二部隊に所属しているのだが、彼女の狙撃技術は全部隊員の中でも一、二位を争うほどである。
音崎は薄井に対して合図するように軽く右手を上げた後に、
「ようし、それじゃ第一斑から順番に入れ。」
三人一組のチームに分かれた訓練生たちが腕や足に小さな傷を作りながらも逃げたり逆襲を狙って襲い掛かってくる鶏たちとの攻防を楽しそうに繰り広げていく。
その中でも際立ったチームが一つ。海月と肖が属しているチームで、海月が素早い動きで鶏の動きを誘導している、その間に、肖が後ろからひょいっと捕まえる。
言葉を交わすことなく行われた見事なコンビネーションプレイに周りから拍手と歓声が贈られた。
「あいつら、やるなぁ。」
とまたしてもお父さんじみたことを言いながらケントの突っ込みを待っていたのだが、隣に目をやると彼は何かを探すかのように周りをきょろきょろと見まわしていた。
「どうした?」
「なぁ、あれから何人か。姿見ていない人がいる気がするんだが。」
「自分の仕事が忙しくて、こういう事にはいちいち顔を出している時間が無いだけだろうよ。」
しかし、ケントは顎に腕を組みながら、
「そうかな。俺は別の理由があると思うんだよな。」
ナイトは、はぁとため息を吐きながら、
「お前はいつもネガティブに考えすぎなんだよ。時にはポジティブに物事をだな・・・って、ちょっと待てよ。」
ナイトが言いきらないうちにケントは歩きだしていて、慌ててその後を追いかける。その姿を訓練生の中に埋もれる肖が唯一、見ていた。
施設の中に戻ってきたケントには初めて入った時から気になっていた場所がある。それは、出入り口から一番遠いところの二階にある西側の威嚇に四六時中黄色い規制線が三本引かれ、≪関係者以外 立ち入り禁止≫という赤い字で書かれた看板がぶら下がっている。
しばらくの間、その前で二人で立たずんでいると線の向こう側にある扉から猿飛が出てきて、線を挟んで問う。
「そこは君たちが入って良い場所じゃないけれど、どうかしたのかい?」
「いやぁ、こいつが猿飛さんの姿が見えないってうるさくて。」
「ははっ、ごめんよ。今は所長さんがいないから僕が代わりに仕事をしなくちゃいけないものでね。」
「ほら、俺の言った通りだろう?」
ナイトに肘を突かれながら、
「ところで猿飛さん。そこの部屋って何があるんですか?」
猿飛はちらっとうしろに目をやってから、
「簡単に言うと書類庫だよ。でも、大切なものが多いから、こうやって線を引かせてもらっているんだよ。」
規制線を少し持ち上げながらに言う彼にケントが詰め寄る。
「本当にそれだけですか?実は・・・SETに見られたくないものもあったりするんじゃないですか?」
「そういうものがあったら、君たちの優秀な隊長さんがとっくの昔に見つけているんじゃないかな?」
「それもそうですね。変な事聞いてすみませんでした。では、俺たちはこれで。」
軽く頭を下げてからクルッと向きを変えて去るケントに倣ってナイトも頭を下げてから去って行った。
彼らの姿が完全に見えなくなったのを確認してから猿飛は再び扉のほうに向くと、少しだけ目つきが変わった。
(すべては順調だ。慌てる必要など・・・。)
猿飛との会話の後、腕時計を見て午後の予定がすべて終わっているのを確認してからナイトがため息を吐いた。
「お前さ、時々周りがすげぇ驚くような事言うよな。」
「そうか?」
ナイトは即答する。
「そ、う、だ、よ!」
「そうか。」
首を傾げながら二人の為に用意された部屋の扉を開けるケントの手が止まった。
「どうした?」
「いや、なんでも。」
「変な奴だな。まぁ、昔からか。」
二人が入り、扉が閉まるのと同時に廊下の角からすっと人影が現れる。
またしても、肖が二人の様子をうかがっていた。
ケントは装備をベットの枕元に一括して置いてからその隣に腰を掛けて、音楽プレーヤーのイヤホンを耳に突っ込む。
「その何でも気にする性格、いつか治ってほしいもんだぜ。」
そう言いながらナイトはケントに言われて装備していた武器を机の横に立てかけて置く。
すると、イヤホンを耳にさしたままのケントが後ろから覗き込んできた。
同時刻、シュロスセトラルドの北側に広がる大地、アイス・ウォルスクワでは会議に呼ばれていた施設の所長である徳尾が車の中で嘆いていた。
「何もこんなクソ寒い土地に呼び寄せんでもええのに。」
隣に座る秘書らしき眼鏡をかけた青年がそれを宥める。
「仕方ありませんよ、徳尾所長。それが一番都合が良いんですから。」
秘書らしき男はさらに、心の中で呟く。
(本当に、この場所が一番都合が良いんですよ。何をするにしても、ね。)
「それにしてもだ、まだ着かんのか?この雪景色も見飽たぞ。そうは思わないか?カラスよ」
「ご心配なく、もう着きますよ。」
キィっというブレーキ音を立てながら車が止まったのだが、そこはシュロスセトラルドとの国境前ではなく、申し訳程度に木が数本生えた雪原。
「なんだここは。国境でもないし、全然着いてないじゃないか!」
怒り口調で車から降りた徳尾所長は説明を求めようとして後ろを振り向くのと同時に、額に拳銃が突きつけられていた。
「一応聞いてやる。どういうつもりなのだ?カラスよ。」
カラスはニッコリと微笑みながら、
「よくある話です。あなたの存在は我々の計画にとって妨げになるのです。」
「俺が、計画の妨げになるだと?」
徳尾の問いに対して、カラスは頷きながら、
「えぇ、とても。ですからあなたには、ここで消えてもらいますね。」
カラスはゆっくりと引き金を引き、辺りに銃声が響き渡ったが徳尾はそれを間一髪で避けると、大きさがライフルに近い銃を腰から引き抜きカラスに向ける。
「雇われ秘書であるお前ごときにやられる俺ではない。銃を下ろせ、カラス!」
すると、カラスは素直に銃を下ろしたが、
「やはり、一筋縄ではいきませんね。保険をかけておいて正解でしたよ。」
保険だと・・・?そう思ったのも束の間で、音もなく徳尾は左肩に痛みを感じたので見ると、白い刃が後ろから肩を貫通していたが、それはすぐに引き抜かれた。
「お前、何故・・・ここにいる。」
そこには何度か見たことがある、一人の少女が鋭い眼光で徳尾を見下ろしていた。彼女はあの時たしか、総帥と一緒に居た。そこまで思い出した時、彼女は躊躇なく剣を振りぬいてきた。




