第三話
「あっ、はーい。」
「えっと、君は?」
ナイトが問うと、少年は正対し敬礼をしながら、
「失礼しました。自分は、輝木肖と申します。よろしければ、以後お見知りおきを。」
「了解。じゃ、海月。また授業が終わったら話そうな。」
「うん。」
肖は少し頭を下げて、海月は二人に手を振りながらそれぞれ席に戻っていった。
「いやー、やっぱ人の成長ってのは良いものだよな。」
腕を組んで満足そうにしているナイトだったが、隣に座るケントの視線の先には肖の姿を捉えており、表情は少し影があった。その肩にポンと手を置いてみる。
「なんだ?」
「なんだ?じゃねえよ。あの輝木って訓練生が似てるって言いたいんだろ。」
「あぁ、真面目なところとかが、特にな。」
「そうだな。ついこないだの話なのに、なんかスゲェ昔の事みたいだよな。」
今、アイツらは何処でどんな生活を送っているのだろうかと考えたところでマリー先生が教室の中へと入ってきた。
三日間にわたって行われるレクリエーションは三科目の授業を午前中に行い、そこで習ったことを午後の実戦形式の訓練を通じて身に着けていく。
マリー先生が板書をしながら説明していく。
「さて、この世界の人類は全て、『エクスタリアス』という能力を生まれたときから持っています。その能力は戦闘の時のみならず、私たちの日常生活においても生かすことが出来るのです。」
マリー先生はさらに、
「皆さんの手にはそれぞれ能力者の証である紋章がありますが、その紋章がアスタリスクの形をしている事から能力の事を『エクスタリアス』と呼ぶようになったのです。」
そこまで言ったとき授業終了を知らせるチャイムが鳴った。
「はーい、ここまで。次は移動教室ですから、皆さん遅れないようにしてくださいねー。」
マリー教諭が立ち去った後、教室には弛緩した空気が漂う。
ふうっと一息ついたケントが横に目をやると授業終了の五分前から教科書の端っこを何度もパラパラさせているナイトがいる。
そこでは、顔の無い棒人間が飛んだり転がったりを何度も繰り返している。
「移動教室だ、行くぞ。」
「あとちょっとだけ、待ってくれ。」
書いては消してを繰り返しているナイトに、何やってんだよと思いながら立ち上がると教室の入口に背中をつけた音崎に気づいた。
「ちょっと、良いか。」
ケントはナイトをチラッと見ながら、
「あいつも、一応呼びますか?」
音崎は教室の入口から背中を外すと、
「いや、今はお前だけでいい。」
「・・・分かりました」
すれ違う訓練生たちの視線と敬礼を受けながら廊下を歩くのだが、音崎は呼びに来た理由を一切説明をしようとしない。
途中で氷山凍子を見かけると、
「おっ、ちょうど良いところにいた。」
音崎が手招きをすると彼女は疑問を持つことなくすぐに合流し、再び歩みを進める。その動きを見てケントは問う。
「お前は、すでに何か聞かされてるのか?」
しかし、凍子はまっすぐ前を見たまま。
「とりあえず今は、隊長に付いて行けば良いんじゃない?」
「とりあえず、ね。」
やがて教室のある所から一番離れた階段にやってくると、音崎はポケットに手を突っ込みながら、
「お前ら、武器は持ってきてるよな。」
ケント達は頷いて、
「えぇ、出発前に準備しておくように言われてますから。」
音崎は軽く頷くと、ポンと二人の肩に手を置くと小さい声で囁いた。
「この後、どうなるか分からないが・・・一応、何時でも戦えるようにしておいてくれ。」
「やはり、簡単にはいかないってことですか?」
「細かいことはこれから説明する。それよりも、今からの事なのだが・・・・。」
その頃、一人残ったナイトは、
(あいつ、どこ行ったんだろうな・・・。)
と思いながらも棒人間の漫画を書き続けていた。
音崎からの指示により、周りに悟られないようにしながら午前の授業をこなし、昼食を終えるとケントは一人中庭へと足を向けた。
赤色のレンガで敷かれた小道が建物の外壁と違って等間隔に置かれた低木と共に伸びていて、その上を歩くと四角形の小さな噴水付きの庭園に出る。噴水の周りにいくつか置かれた木製のベンチにケントは腰を下ろし、少し前傾姿勢で音崎との会話を思い返していた。
「獣人が?」
「国境警備隊の話では通常の倍はいたんだとよ。で、例えばそいつらが国境を壊すなりして攻め込んできた場合に、最初に被害を受けるのが・・・ここってわけだ。」
「しかし、そんな事をすればWPKCが黙ってないですよね。」
WPKPは世界平和維持議会の略で、平和を維持するようにという案件が最近WPKCと各国で締結されたのだが、音崎は肩をすくめながら、
「それどころか、最悪全面戦争に突入だな。そうならない為にも俺達に与えられた任務は二つ。一つは獣人を一匹も入れねぇ事と、もう一つは出来るだけ騒ぎを大きくしねぇ事だ。」
さらっという音崎に対して、事の大きさを本当に理解しているのだろうかと思いながら、
「分かりました。」
と返事すると音崎は一度、ケントの肩をポンポンと叩きながら、
「心配すんなって、なんかあったら俺が責任を取ってやるから。」
ここまでなら本当に大丈夫なのかと思うだろうが、去り際になって一言加える。
「お前らの事、信じてるからな。」
この言葉を聞くとなぜか心が少しだけ安心した。しかし、本当に音崎の言うような大事になってしまうのだろうかと考え込んでいると、SETの制服に軍靴を履いたの足と、白いソックスに運動靴を履いた細い足が視界の中に入ってきた。
「なーに辛気臭い顔してんのよ。」
顔を上げていくと、腰に手を当てた棚本栞と凍子が立っている。栞が先に応える。
「本部(向こう)での仕事が終わって休んでたら、氷山総帥に別の用事が出来たからって事で、伝言も兼ねて私が派遣されたってわけ。」
「そうか。」
「べ、別に心配して。自分から進んでここに来たとか・・・・そういうんじゃないんだからね。」
「そこまで言ってねえだろ。」
照れを隠すように海月は立ったままで小さく咳ばらいする。ケントの隣に座ってから凍子が問う。
「それでさっきから何を考え込んでたの?」
本来の派遣メンバーでは無かった栞にも話すかどうか迷ったが、凍子の顔を見てから、
「実は国境付近で獣人たちの群れが出来ているらしいんだ。」
「それって、まさか。」
「もし、そいつらが攻め込んできた場合に一番最初に襲われるのがここになる。」
「また戦闘になるのかしれないのよね。」
「出来ることなら、避けたい話だな。これだけの訓練生を守るには人数が足りないからな。」
「本部に、応援を呼んだ方が良いのかな。」
「いや、まだ戦闘になる可能性があるってだけだし、事を大きくすれば訓練生達も不安になるだろうからな。」
「そっか、そうだよね。」
「まぁ今は、『常に最悪な事態を想定して行動する』ことを優先するべきなんだろうな。」
「うん、そうだね。」
栞はくるりと体を翻して、
「何やら大変になりそうだけど。それじゃあ、お二人さん。午後の実技も頑張ってね。」
「あぁ、・・・・っえ?」
頑張って・・・・ね?頑張ろうじゃなくて?
ケントは立ち去ろうとする栞を慌てて呼び止めて、
「栞、お前は出なくていいのか?」
栞はふふんと鼻を鳴らしながら、
「私は急きょ送り込まれた人だからね。最終日のテストも含め、全部自由参加なのよ。」
「なっ・・・。」
う、うらやましいと思ったのは言うまでもなく、ひらひらと手を振りながら去って行く彼女をがっくりとうな垂れて見ている彼を見て、凍子が慰めるように、
「それじゃあ、私達たちも行きましょうか。」、
とぼとぼと足取り重いケントとは対照的に、スタスタと元の場所へ凍子も戻っていった。




