第十四話
「何か、すみませんね。」
肖が申し訳なさそうに言うとサツキは剣の刃を磨きながら、
「別に気にする事ないわよ。」
ケガをしているとはいえ、代わりに道案内を出来るのがサツキのほかにはいないと思われ、参加を頼みに来たのだが、なんだか利用しているように感じられた。
「僕にやれることがあれば、何でもしますから。」
「アンタ、すっかりこの国の人間ね。あの栞って子がそうさせたの?」
肖の姿を見ずに言うと、彼は少し照れくさそうに、
「そう、かもしれませんね。」
「なら。」
サツキは剣を鞘にしまいながら、
「これからも、その子を・・・何があっても守りなさい。」
「もちろんです。命に代えても、僕は彼女を守ります。」
サツキたちが準備を終える一方で、凍子はサツキとの会話を思い出しては準備が全くと言っていいほどに進んでいなかった。
自分の周りにいる大切な人は皆生きている。受け入れることが出来るとは言ったものの実際にそうなったら、本当に私は・・・と考えた所で声を掛けられた。
「おーい、凍子さーん。手が止まってるぞー。」
「えっ?」
「えっ?じゃねえよ。ったく、しょうがねえな。」
ナイトは机の上に置いてあった武器を代わりに鞘へとおさめた。
「ナイト。あのさ・・・ううん、なんでもない。」
「何なんだ?・・・まぁ、いっか。」
そして、当日の朝を迎えて一同が国境の前に集まり、ケントがサツキとメンバーの顔を順番に見ながら、
「今回の作戦に関して、俺から一つ言っておく。全員、必ず・・・何があっても、生きて戻るぞ!」
はいという返事の後でゴゴゴという重々しい音とともに扉が開く。
「行くぞぉ!!」
SETのメンバーが、ヴォルゲット城を目指し走り出した。
日没前、少女が水色の長い髪を左右に揺らしながら崖に腰かけて、崖下を眺めていた。
そこへ背中から男が眼鏡をかけ直しながら、
「彼等の様子はどうですか?」
少女は笑顔で飛び上がるように立ち上がってから男の方へと歩き出し、
「ついさっき城に着いたよ。メンバーを一人も欠かす事なくね。」
自分の前を通っていく少女に、
「私が見た時は少し苦労していたみたいでしたが、本当に俺たちが助けに行ってやらなくて良かったのですか?」
少女はピタッと足を止めて、
「下手に手伝ったら、私がお姉ちゃんに怒られちゃうもん。」
「それでも、万が一って事もある事でしょう?向こうの方が数は多いようですし。」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんたちは強いから。こんな所で負けないよ。それに・・・」
少女が振り向くと、髪をザァっと吹いた風と共に揺らしながら、
「この私、玲奈以外にトドメを刺されるなんて、そんなの・・・絶対に許さないんだから。」
「・・・・。」
声のトーンが変わり、この時の彼女の目を見ると背中がゾクッとして言葉が出ない。以前、男が、
『うっかり私がトドメを刺したりしてな。』
などと軽口をたたいた時と同じ殺気を前面に出した目だったが、今回はそれをスッと引いて、
「それより、カラス。あなたにお願いしたい事があるの。」
玲奈が要件を伝えるとカラスはニィっと笑い、
「了解いたしました。丁度、暇を持て余していたところでしたので。」
そうして自分たちの宿営地へと戻っていく際に彼らが羽織っている上着の背中部分にはあの『WPKP』の文字が大きく刻まれていた。
一方で何とかヴォルゲット城に到着したサツキとSETのメンバーは大広間で今後の予定を話し合っていたのだが、その席にレクリエーション施設襲撃後の会議にはいた白衣姿の女がいなかった。
グレンによれば、彼女は今回の作戦には参加しない事を表明しているというので、それを除いた会議は割とすんなりお開きとなった。
深夜、ウインドゲートの部屋を訪れたのがケントだった。
「ウインドゲート。少しだけ、話がしたい。」
二人で廊下からバルコニーに出ると涼しい風が時折吹く中でケントから切り出した。
「次に会ったら最初に聞こうと思ってたことがあるんだ。」
「俺が風門ヤマトかどうか、だろ?」
「あぁ、そうだ。どうなんだ? お前は、ヤマト・・・なのか?」
「同じ質問をされるのは何度目かな? まぁ、いいか。」
しばしの沈黙の後で、
「俺は風門ヤマトだったと答えるのが正解かな。今の俺は体も心もゲドルネのウインドゲートなのだからな。」
さらに、ウインドゲートは空を見上げると
「俺もお前に会ったら言おうと思ってたことがあるんだ。」
「何だ?」
ケントの方をジッと見ると、
「大神ケント。お前は、糸尾ユイナという少女を探している事は知っている。そこで、頼みがある。彼女の記憶を取り戻してほしいんだ。」
「と、取り戻すって言っても、ユイナは今どこにいるか分かってないんだ。そもそも生きているかさえも・・・」
「糸尾ユイナは生きている。だから、頼んでいるんだ。」
「何だと。」
ウインドゲートはバルコニーの先にある方を指さしながら、
「この森を抜けた先にある、水辺を超えた所にある島で彼女を保護している。今は眠っているが『心の声』で会話をする事は可能だ。」
「・・・『心の声』。」
幼少期からその能力を持っていたユイナとよくテレパシーごっこなんて言って遊んでいた。ふと、当時の中で印象に残っている事を思い出す。
それはケントが訓練生を卒業する少し前の事、能力で遊ぶのが好きだったユイナといつものように『心の声』で遊ぶのかと思いきや彼女は自分の左手をケントの右手と合わせると、指を絡めてから体を寄せてきた。
「んっ・・・ユイナ?どうした?」
「ううん。何でもないよ。ただ、少しだけこのままでいさせて。」
この数日後にユイナはケントの前から、姿を見せなくなった。
自分でも何をしているんだろうと自分でも予想が出来ない行動が増えたと凍子は思った。今もこうして柱の陰に隠れながらケント達の話に耳を傾けている。
やがてケントは答えた。
「この騒動が終わったら、ユイナに会わせてくれないか。」
その言葉を聞いた瞬間、凍子は胸が締め付けられる感じを覚えた。
ケントが誰と会おうとなんて関係ないはずなのに。この苦しみは、この切なさはどこからくるのだろうと思った時、ケントは続けた。
「ユイナには会うが、記憶を取り戻すような事はしない。」
ウインドゲートと凍子の心の声が重なる。
「「どうして?」」
ケントはそっと手すりを握りながら、
「ユイナが居なくなって、またどこかで会った時、もしも俺たちの事を忘れてるなら思い出してほしいって思った事もあった。けど、楽しかった事だけが想い出じゃない。」
ウインドゲートは小さく頷く一方で凍子はもうその場を離れる事にした。
これ以上聞いていたら二人の間に、飛び出して行ってしまいそうになったから。
用意された部屋の前でサツキが立っていた。彼女はうつむく凍子を見て、
「アンタも悩む事があるのね。」
「馬鹿にしてるの?」
「違うわよ。ただ羨ましいって思っただけ。」
凍子が顔を上げるとサツキは頷き、
「仲間に心配してもらえるなんて羨ましいわよ。アタシはそういう経験が無いから。」
「それは・・・。」
言葉に詰まった凍子にサツキは、
「そんな辛そうな顔をしないでよ。アタシは別にアンタ達に恨んだりなんてしてないから。」
そう言ってサツキは凍子に少し耳打ちしてから、
「じゃ、おやすみ。明日は早いわよ。」
と言って自分の部屋に向かって歩き出した。
部屋に戻ってきたサツキはベッドに寝転ぶとポケットから写真入りのペンダントであるロケットを出して、写真を見ながら、
(そう。アタシはもう、自分のするべき事を・・・決めたのよ。)