第十二話
ゲドルネ最西にある船着き場で係員に馬を預けたウインドゲートは船頭付きの小舟に乗り込む。
数分で着いた小島に上陸し、夕方になったら迎えに来てくれと告げてから奥へと入っていく。木が生い茂る道を歩いた先に建つ小屋は自然に栄えていた。
ドアをノックすると小窓が開いてギョロリとした目がこちらを見るので、ウインドゲートはゲドルネの紋章入りネックレスを見せる。小窓が閉まり、ガチャガチャガチャと三つほど鍵が開く音の後でドアが開いた。
「・・・入れ。」
「ありがとう。」
ガッチリとした男の横を通り内装に見向きもせずに一番奥の部屋へ行くと白く薄いレースカーテンが引かれたベッドの上で祈るように手を組んだ十代とおぼしき黒髪の少女が眠っていた。
ウインドゲートはカーテンをくぐり中に入るとベッドの端に腰を下ろして、彼女の手を取ると頭の中に声が流れてきた。
『今日はどうしたの?』
まるでRPGに登場しそうないつもの第一声にベルゲートも『心の声』で返す。
『この前話した戦いに俺も参加した事を報告に来たんだ。』
『けがはない?』
『あぁ、大丈夫だよ。』
『そう。それはよかったわ。』
今度はウインドゲートから質問を投げかける。
『次はいつ、目が覚めるんだ?』
『分からない。でも、そう遠くはない。来たる日は着実に迫っているから。』
『来たる日っていうのは、何だ?』
そう問うと少女の唇がピクッと震え、
『あなたが参加した一番新しい戦いが物語っているわ。平和だと思われている今の世界は、少しずつ壊れ始めているの。』
『止められないのか?』
『無理よ。巻き込まれているものが多すぎて、大きすぎるもの。』
『・・・そうか。』
ウインドゲートが俯いてから横を見ると、体格に似合わない小さなカップとポットを丸い盆に乗せて先ほど出迎えてくれた男が無言で立っていた。
ベッドの横にある席に向かい合うように座り、紅茶を啜り一口飲むとウインドゲートは苦笑しながら向かいの席の男に、
「ロバスト。護衛を止めても喫茶店のマスターで食べていけるんじゃないか?」
ロバストはギョロ目で睨むように見てから紅茶を飲み、カップをソーサーに置きながら、
「お前らがもう少し静かにしてたら、そういう事も出来るだろうよ。」
「・・・悪かったな。」
「それはそうと、俺はお前にずっと聞きてぇと思ってた事があんだよ。」
ロバストはソーサーをテーブルに置くと腕組みをして、
「お前の記憶の方はどうなんだよ? 時々ここに来て、ただアイツと話をしてるだけじゃ何も変わらねえだろ?」
すると、ウインドゲートはカップの中に僅かに残る紅茶に自分の顔を写しながら、
「・・・変わらない未来も、良いものだと思ったんだろうな。あの頃は。」
「あの頃だと?って事はお前、過去を思い出したのか?」
「そうじゃない。いや、あの頃の俺は永遠なる平和な世界に憧れてたらしいが・・・。」
一度話を止めて、紅茶を飲み切ってカップを置くと少女の方に目を向けて、
「この国でユイナと会話して気づいたんだ。俺たちはあの男にとって道具の一部に過ぎない。そう思い始めたら憧れとかなんてサッパリ消えたよ。」
消えたのは彼女の記憶も、いや彼女の場合は生きるために必要な記憶以外は誰と会ったかや何を目指していた事さえも忘れてしまっている。空白となってしまった事実を取り戻してやる事が、もしかしたら自分の為すべき事なのかもしれないのだ。
窓の外が燃えるような赤い色に変わっているので、小屋を出て再び小舟に乗り込み、馬に乗って戻ってくるとあの双子のヤギが門の前で待っていた。
「どうした? サツキに追い出されたのか?」
「いいえ。大丈夫でございます。」
「じゃあ、どうし・・・!?」
答えを聞く前にウインドゲートの右目にピリッとした感覚が襲ってきたのでそれを手で覆いながら、
「あの男が、来ているんだな?」
ヤギ達は深く頭を下げながら道を空け迎えるように手を伸ばしながら、
「広間にて、グレン様と・・・ルビシャス様が、お待ちです。」
入る前に一呼吸入れてから扉を開けると会議用の長机の一番上座にグレンがいて、こちらから見て彼の左側にその男は座っていた。
「ここに来なさい。」
グレンの指示でウインドゲートは男と向かい合う席に着くとすぐに、
「ノースウォルスクワのお偉いさんが、今日は何の用ですか?」
語気を強めて睨むようにしながら男を見る。濃い迷彩色の軍服で胸元には強さを象徴するかのような勲章が並び、宝石のような青い瞳、そして雪深い事で知られるノースウォルスクワで特に目を引くと思われる黒交じりの真っ赤な髪。
彼はグレンとウインドゲートを交互に見ながら、
「我々は近いうちにシュロスに攻撃を仕掛けるつもりです。そこで、あなた方にも協力をしていただきたいのです。」
「協力だと?」
「そうです。それに先立って、このルビシャス・ソルトノフが現場の指揮をとる予定です。」
ウインドゲートがグレンの方を見ながら、
「実行すれば他の国が黙ってませんよ。」
するとルビシャスはクックッと笑みを浮かべ、
「自分たちの事を棚に上げて言いますね。先日の件で既にあなた方も彼らを敵にまわしているのも同然だというのに。」
「お話たちのみで勝つことも出来るんじゃないのか?」
「いいえ。それがそうもいきません。あの国には氷の古代能力者、更にあの国にはそれに匹敵する実力者がいるのです。」
「確かに、我々が知らない能力者がいてもおかしくはないな・・・。」
「そうです。彼らを倒すのは我々だけでは難しい。そこで・・・」
ルビシャスはウインドゲートの方を見て、
「協力を得るために来たという事です。」
「断る。」
ウインドゲートは立ち上がり、
「シュロスと戦いたいなら好きにしろ。だが俺は今、あの国と戦うつもりはない。」
そう言って広間を出ていこうとする彼の背中にルビシャスは笑顔で、
「それは君が・・・シュロスの人間だったからだろう?」
答えることなく、ウインドゲートは無言で出て行った。
ウインドゲートが出て行くのを見送り、扉が完全に閉まってからグレンが呆れた口調で、
「お前はどうして誰かの逆鱗に触れるのが上手いんだ。」
「さぁ、どうしてでしょうね。」
「まったく。なだめる側の身にもなってくれよ。」
そこで再び扉が開いて、人間の使用人たちがワインセットを運び込み、それぞれグラスが置かれて白ワインが注がれる。
使用人たちが出て行くのを見計らってルビシャスはグラスを持ち上げて、
「今は拒んでいますが、そのうち彼も参戦しますよ。」
香りと味を楽しむルビシャスに対してグレンは目の前のワインを一気に飲み干すと、
「・・・どうだかな。」
すると部屋の外から何やら激しい足と戸が聞こえ、バーンと勢いよく扉が開かれる。
「ルーちゃーん。おっむかえに来~たぴょ~ん!!」
ピンク地に白い水玉が散りばめられたフリルのスカートとドレス。両手首にもピンク色のシュシュをはめ、ブロンドの長い髪に大きなウサミミのついたヘアバンドを身に着けた少女は一目散にルビシャスに駆け寄り腕をぐいぐい引っ張ってくるので、仕方なくグラスを置いて立ち上がる。
「また来ますね。」
半ば強引に連れて行かれている様にも見える彼をグレンが呼び止めた。
「ルビシャス。このご時世だ。帰り道も・・・気を付けてな。」
そして、ルビシャス達が出て行ったすぐ後にグレンが指を鳴らした。
「お呼びでしょうか?」
「客人達をもう少しだけ・・・楽しませて来い。」
「御意。」
森の中を歩くルビシャス達が足を止めた。
「ねぇ~、もしかしてさぁ~あ~。」
「ふぅむ。どうやら囲まれているみたいだね。」
「この後、ど~すんの?あっ、ラパンが遊んでいい?」
「いや、こうしよう。」
そう言ってルビシャスがポケットから取り出した小さな笛を取り出して福と、ピーッと高い音が辺りに響いた後でその音色を聞いた獣人達が一斉に動き出した。