第十一話
話し終えてから海月を見ると、彼女の表情が曇っている。
「なんでお前が暗くなってんだよ。」
「だってもっと早く知ってたら、私が二人を止められたかもしれないじゃない。」
「それでも、止める役は俺がやる。」
「えっ?」
「ケントの腕の中で泣く海月や、助ける事の出来なかった事を悔やんでた凍子の姿を、俺は見た。だから俺は、あの二人がぶつからないようにしなくちゃいけねぇんだよ。どっちも大切な仲間だからな。」
いつもはケントのオマケにしか思ってなかったナイトが、いつになく大きくて、そして空気を求めるように苦しそう。でも、それは栞も同じだから、
「今度からはさ。私もその責任、一緒に背負うよ。」
「それは、ダメだ。」
「けど、私も話聞いちゃったしさ。」
「なら、なおさらダメだ。凍子の言葉を借りるわけじゃねえけど。」
その時、ナイトの右手を栞が両手で包みながら、
「私は他の人みたいに強くないけど。でも力になれることがあるなら、私は力になりたい。」
さらに、その手に力を込めながら、
「私だけ知らないところで、またナイトが傷つくのは私・・・私・・・。」
栞は泣きそうな顔で見てくるのだが、
「栞。お前、手に力入れ過ぎだ。俺の手を折る気かよ。」
「あ、ごめん。」
「まぁ、お前の気持ちは分かった。今度からはよろしく頼むぞ。」
「うん、よろしくね。」
笑顔で見つめあっていると、扉がガラッと開けられて、
「棚本さん、いますかー?」
と肖が顔を出すので二人は慌てて手を離す。
「どうかしましたか?」
「う、ううん。何でもないよ。」
「そうですか。あっ、音崎隊長がお呼びです。」
「わ、分かったわ。すぐ行くね。」
そそくさと部屋を出ていく栞の手の温もりが、ナイトの手にほのかに残っていた。
栞が呼び出された会議室には氷山総帥を筆頭に音崎隊長やケント、当事者である凍子と海月、さらには山井博士に加えて、第一から第三部隊までの隊長と隊員が並ぶように座る。物々しい雰囲気と沈黙を氷山総帥が破る。
「今回の一件を受け、一部の者に配置転換を発令する。と言っても、一時的なものだがね。」
氷山総帥は紙面を読み上げた。
氷山凍子を副隊長の任から外し、大神ケントを任命する。
塩原海月と輝木肖は休学扱いにし、その間、第一部隊の補助隊員とする。また、第一部隊の武竜掌を第三部隊へ、時任リョウを第二部隊へそれぞれ異動とする。
「何か質問はあるかね?」
「何故ワレが動くアルか?」
カタコトな言葉でべん髪頭を揺らしながら武隈が異議を唱える。
「良く言えば君の近接攻撃は素晴らしいものがある。しかし、先のレクリエーション施設襲撃事件においてはさほど功績が見られなかったのでね。次は頑張ってくれたまえ。」
今度は武隈の隣に座る白混じりの黒銀の髪をした青年、時任が問う。
「総帥。騒動の当事者同士を同じ隊にするのは危険だと思われますが。」
氷山総帥がケントの方を見ながら、
「そのために彼らがいるのだ。これからは大神と塩原、凍子は輝木と行動を共にしてもらう。」
終了後、執務室に戻った氷山総帥の元を山井博士が訪れた。
「時任君の言う通り、少々危険な配属だと僕も思うよ。監視役を置いたのは正解だけどね。」
窓から外を見ている氷山総帥は振り向くことなく、
「今、我々が優先すべきは隊のクオリティを落とさない事にあるのだ。その為の判断だよ。」
「だからと言って内部事情を悪くしては、元の子も無いんじゃないのかな?」
「そんな簡単に壊れるような関係なら、SETは成り立たんよ。」
「そうだと良いんだがね。」
「・・・君も意外と心配性だな。」
「よく言われるよ。」
一方で、会議室から帰ろうとしたケントを凍子が呼び止めた。
「ケント、少しだけ・・・時間あるかしら?」
人目に付きにくい廊下まで来ると、凍子が微笑みながら、
「副隊長就任、おめでとう。」
「一時的なものだけどな。」
すると凍子は首を横に振り、
「いいえ、これからはあなたにお願いするわ。やっぱり私には副隊長なんて、無理だったのよ。」
凍子は壁に背中を付けて左手の紋章を見せながら、
「私が副隊長になれたのはこの能力のおかげ。これが無かったら、私には何の価値も無いから。」
「それは全ての能力者に対して言ってるのと同じじゃないのか?」
「そうね。だから私は能力を使わずに済む道を選んできたのよ。能力を使えば使うほど周りの人を不幸にしてしまってたから。」
凍子が能力を人前で使わなくなったキッカケは海月の父親の死だけではない。
今回の海月や肖のように、ケントと凍子も訓練生時代に一度だけSETの補助隊員を務めたことがあり、その時の任務は隊員とともに無能力者数名を護衛する事だった。だが、任務中に青年がさらわれ、戻ってきたときには獣人と化していた。もはや、理性を失った彼に手立ては無いとSETは判断し、凍子がトドメを刺した。亡骸の隣で泣く女性、彼女は青年の恋人だった。一人の命より大人数の命を救ったSETの判断は正解だと感謝の言葉が出るかと思いきや、女性は偶然にも目の前にいた凍子を睨みながら吠えた。
「彼の事、護ってくれるって言ったじゃない!! 何があっても助けるって言ったじゃない!!・・・こんな事になるなら、こんな思いをするくらいなら、あなた達の事なんて信じるべきじゃなかったのよ!!」
泣いている人を見る度に、凍子はそれを重ねてしまうのだが能力に関してふと思った事がある。
「そういえば、あなたの能力って何だったかしら?」
「俺?・・・俺は普通にスピードが上がるってだけだけど?」
「使ってるところ、見たことが無い気がするのだけど?」
「あまりにも地味すぎて印象に残らないだけだろ?」
「そうかしら?」
「それより、そろそろ戻ろうぜ。仕事が残ってることだしな。」
「そうね。」
その道中、凍子は心の声でケントの背中に言葉を掛ける。
(ケント。私はあなたを信じてる。それと、私は何があっても、あなたを死なせはしないから。)
西の国・ゲドルネの中で一番高い建物であるヴォルゲット城の最上階にある大広間に巨大な長机が置かれ、各部門の代表が集められていた。彼らの視線を一矢に集めながら上座に座る男、グレン・G・ヴォルケニオの表情は穏やかだった。
「成程、氷使いの古代能力者か。サツキにはさぞかし良い経験になった事だろう。戦いにおいて最も成長をできるのは戦場での実践だからな。」
その隣に座る白衣姿の女が問う。
「これから、いかがいたしましょうか。」
グレンは深めに座り直しながら、
「しばらくは大人しくしていよう。今すぐ動いても勝ち目はなかろう。それに五大陸会議もある事だしな。」
戦い好きで知られる各部門の代表たちからは残念がるため息が聞こえてきた。
「そう沈むな。戦いの歯車は既に動き始めている。またすぐに・・・んっ?」
わずかに部屋が揺れ、唯一の空席となっている椅子が後ろに倒れた。
(やれやれ、元気というか、なんというか・・・。)
揺れを起こした者は一番下の階で言い争い、否ほぼ一方的にサツキが怒りをぶつけていた。
「凍子の事、何で教えてくれなかったのよ!」
その矛先にいるウインドゲートは足を組み、こちらは落ち着いたトーンで、
「教えたところで、今のお前には凍子には勝てないよ。」
「だからって、戦場で一番大切なのは情報なのよ。場合によっては命に関わる事だって・・・」
必死に言うサツキをフッと鼻で笑うウインドゲートに、怒りのボルテージが急上昇する。
「キーッ!! ムカつく!! アンタ殺す!! 今ここで切り殺してやる!!」
抜刀し暴れるサツキを服を着た身長が人間の半分くらいの双子のヤギが抑える。
「サツキ様、落ち着いてくだされ!」
「そうです、包帯がとれてしまいますぞ!」
するとウインドゲートが立ち上がりサツキたちの横を素通りして
「少し、出てくる。」
「「はい。いってらっしゃいませ。」」
「アンタなんか、二度と帰ってくるなぁぁ!!」
いつもの上着を羽織り、整備されていない道も多い為に代われている馬小屋から真っ黒な愛馬を連れ出すと見事な身のこなしでまたがり、ウインドゲートは駆け出した。