第十話
自動ドアがゆっくりと開いていく。音崎か凍子の指示だろうか、随所でレッドランプが点滅を繰り返す部屋の中には『彼』を除くと肖の言う通り誰も居なかった。
三人が入り切ると扉はゆっくりと閉まり、それが完全に閉じるのと同時にケントが口を開いた。
「色んな意味で探しましたよ。この騒ぎを起こしたのは、やはりあなただったんですね。猿飛副所長。」
背中を見せていた猿飛はゆっくりと振り向き、大きく頷いた。
「動機は何ですか?」
「SETの力を見たかったんだ。襲撃事件が突如起こってSETたちが訓練生を救う、なんて表向きな言い訳はやめよう。本当のことを言うと、訓練生全員を消す予定だった。そうすれば有望なSETの戦力を削る事が出来る。だから、所長にも消えてもらう必要があったんだ。どうやらそっちは上手くいったみたいだがね。それにしても、肖を連れて来たって事は・・・。」
「ええ、彼が見張り役だったんですよね。だからあの時、あなたが規制線を挟んで俺と会話したのは偶然じゃなかった。」
「その通りだ。そこまで知られてしまったのなら、僕に残された道は一つしかないな。」
猿飛は腰のホルスターから拳銃を抜いて自分のこめかみにあてて、目をつぶり、引き金に指をかけて、そして、そして、銃声が響き渡った。猿飛の銃が弾き飛び、持っていた手を押さえながら、
「肖、お前。」
三人の視線を集める肖の手には銃が握られていたが、カタカタと震えていた。
「ただの道具だって言われてもいい。スパイをやれって言われても従うよ。でも・・・でも自ら命を絶つのは、僕は・・・誰であっても許さないぞ!!」
「肖。この、役立たずがぁ!!」
そういって隠し持っていたもう一丁の銃を抜こうとした時、もう一度銃声が鳴り響く。撃ったのは音崎で、猿飛の肩に矢羽の付いた麻酔弾が命中していた。薄れゆく意識の中で船飛は、音崎が早撃ちの達人であることを思い出していた。
その後、施設から全員が帰還した翌日に肖がゲドルネのスパイであった事が審判にかけられるも、氷山更四郎の命により、復帰が認められた。
一方で、山井博士の研究室を訪れた者がいて、彼は向かい側に居る人物に確かめるような口調で、
「あの日の事を思い出したんだね。」
相手は唇を噛みしめながら頷く。
「君には色々聞きたいんだが、時間も無いから手短に、君は氷山凍子君の事をどう思うかね?」
「出来る事なら・・・、凍子さんを始末したい・・・です。」
そう言って塩原海月は服の裾をつかんでいた両手に力を込めた。
輝木肖の審判が終わると音崎は長年通い続けているバーへと向かった。
「あら~、いらっしゃい。待ってたわよ、迅。」
スラリとした八頭身でアフロに丸いサングラス、タラコ唇な『男』。ピンクのシャツで胸元には『店長・ボンバー』と書かれた名札。
「今回もアナタ好みのモノ、用意してあるわよ。」
「そいつは楽しみだな。」
二人で一番奥にある『VIPルーム』に入り、向かい合うように座る。
「レクリエーションはどうだったの?」
「楽しかったぜ、久々に汗をかいて仕事をするのはな。」
尋ねながらライターを差し出すボンバーの火をもらい、音崎は笑顔を見せるも、
「まさか仲間内に敵がいるなんてな。」
「それなんだけど、アナタが言ってた通り、かなり準備してたみたいよ。」
と言いながらボンバーはノートパソコンを操作し、画面を音崎の方に向ける。そこには秘密裏に追っていた猿飛や肖の行動がまとめられていた。その中で一番目を引いたのは、どういうルートを使ったのかは分からないが船飛の預金額だった。最近まで給料が振り込まれた翌日には、日本円で10万円にあたる10万ゼクトを残し、それ以外を1ゼクト残さず引き出していた。さらに、近年彼が高額な買い物をしたという記録も無い。
「つまり、猿飛はほとんどの金を今回の計画に使っていたってわけだな。」
「そうよ。それとこれを見てちょうだい。」
ボンバーは音崎の隣に座り、パソコンを操作して新しいページを開く。それは、街の防犯カメラである店へとズームしていくとそこに映る二人の男には見覚えがある。
一人は猿飛で、もう一人の男は確かカラスと呼ばれていた。ボンバーはその男を指さしながら、
「彼は他国とのつながりがあったみたいよ。」
「カラスは今、追跡部隊が調べてるところだ。さてと、そろそろ行こうかね。」
立ち上がり出口へ向かう音崎にボンバーはノートパソコンを閉じながら呼び止めた。
「迅、気を付けなさい。アナタの目の前にいる敵は、アナタが思っている以上に強力で・・・大きいわよ。」
音崎は背中を向けたまま、
「心配要らねえよ。いざとなったら、俺の優秀な部下たちがどうにかしてくれるからよ。」
そんな事を言い合っている裏で、事は既に動き始めている。
山井博士の研究室内は時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえるほど静まり返った。海月が胸の内を語った瞬間に扉が開かれ、ケントとナイトが入ってきた。話を聞いてたのか、彼らに笑顔はなくケントがただ一言、
「海月、お前・・・。」
すると、海月はケント達に深く頭を下げながら逃げるように部屋を出ていくので、
「ちょ、まっ、海月!!」
ナイトが慌てて追いかけると入れ違いで栞がひょっこりと顔を出した。
「えっと・・・どういう状況?」
「話すと長いから、とりあえず座ろうか。」
場を落ち着かせるように山井博士が栞を招き入れ、話し合いの為に誘導し、
「じゃあ、どういう事か説明してくれるかな、大神君。」
ケントは一度栞の方を見てから、話し始めた。
十年ほど前、シュロスセトラルドと北の国ノース・ウォルスクワとの国境付近にある山間部で行われる公開訓練に来賓として招かれていた栞の父親に連れられて海月とケント、ナイトは見学に行った。盛り上がる会場とは裏腹に雲行きが怪しくなり、ついに雨が降り出した。訓練は中止となり次々と引き上げる途中で、それはが起きた。なんと山が崩れ始めたのだ。土砂の勢いは速く、もう駄目だと思った時にあたりに冷気がたちこめて、ものすごい速さで氷の壁が完成した。しかし、一部間に合わなかった場所があり、そこにいた海月を守ろうとした父親が命を落とした。
「事故、だったんだよね。」
「とはいえ、その氷の壁が間に合っていれば、塩原君のお父さんは死なずにすんだとも言えるがね、」
「で、でも事故を予測するなんて誰にも出来ないですし、それに・・・」
塩原は後ろに続く言葉が見つからずに小さくなりながら座る横で、
「けど、本当に事故だったのかな?」
「えっ、それってどういう。」
事?と聞こうとした時、バンと音を立てながら制服を少し赤く染めた肖が飛び込んできた。
「ケ、ケントさんはいますか?」
「輝木、どうした!!ケガしたのか?」
肖は何とか呼吸を整えながら、
「俺は大丈夫です。それより大変なんです。海月が凍子さんに会って、あとナイトさんが・・・!!」
ケント達は肖からすべてを聞く前に研究室を飛び出した。
「輝木のやつ、ちょっと血が出たくらいで騒ぎやがって。」
ぶつくさ言うナイトに対して、
「肩をきれいに刺されてベットに寝かされている人が、何エラそうな事言ってんのよ。」
と栞は腕組みをしながらに言い、
「凍子の氷で応急処置しなかったら、死んでたかもしれないんだからね。」
「へーへー、あちがとうございましたー。そういえば、海月とかはどうなったんだ?」
「栞は音崎隊長に連れられてどっか行っちゃって、凍子はケントと一緒にいると思う。」
「そうか・・・。」
「ねぇ、一体何があったの?」
ナイトは天井を見ながら知っている事を話し始めた。
SETの本部で作業していた凍子は気分転換に廊下へ出た時に海月と相対したらしい。凍子を見るやいなや持っていた短刀を向けた時に、海月を追ってきたナイトが二人を見つけ、間に入る。
「海月、バカなまねはよせ!! ほら、ナイフを下ろせ。」
しかし、海月は首を横に振り、
「私はずっと探していたんです。お父さんを死なせた人を・・・。なのに、それが、凍子さんだったなんて。」
「そうね。あの日、あなたのお父さんを死なせたのは・・・私のせいね。。」
「・・・凍子。」
「ナイト。そういう事だから、どいてくれる?これは私たちの問題だから。」
ナイトは凍子の方を向かず、
「今までが関係ないなら、たった今から俺もその責任を負ってやる。それが仲間だろうが!」
そう言って、ナイトはなかば強引に彼女からナイフを奪った。
「ナイト・・・さん?」
そして、自分の左肩につきつけた。
「まさか・・・。ナイト、止めなさい!!」
しかし、ナイトは目をつむりグサッと刺して、その場に座り込む。海月は両手で口元を覆いながらも叫び、凍子も少しの間動けずにいた。悲鳴を聞いた人々が集まりだす。
「ナイト!! 誰か、彼を医務室に!!」
こうして、ナイトは医務室に運ばれたのだった。