1-8 お引っ越し
「そういえば、ユリアって、どこで寝泊まりしてるんだ?」
焼きそばを平らげて、翔斗は食後のお茶を啜りながら質問を切り出した。
「ん、ボク? それなら心配はいらないよ。普通にホテルで寝泊まりしてたから」
「そうか、だけど持ち前はあったのか? 通貨とかもこっちと向こうじゃ違うんだろ? そのへんはどうしてたんだ?」
「あはは、なんか翔斗クンってば、質問ばっかりだね。う~んとね、こうやって異世界に来るときって、お金になりそうなもの――この世界だと宝石だね。それを適当に見繕って持ってきて、こっちの世界で使えるようなお金に換えたんだよ」
「あ~、なるほどなあ。それじゃあ、金に困ることはなかったわけだ。とにかく、不便をしてないみたいでなりよりだ」
別に翔斗はユリアの保護者でもなんでもないし、元々面倒見の良いほうでもない。ただ、ユリアにとって、この世界で頼れる存在が翔斗しかいないのかもしれないと考えると、つい世話を焼きたくなるのだ。
決して下心とかがあるわけではないし、そもそも男相手に下心なんて抱くわけがない。
「……ん? あれ、なんだか外が騒がしいな」
ちょうど話が一段落したところで、翔斗は何やら玄関の向こうが、ドタバタと騒がしくなっている様子に気がついた。
それは引っ越しシーズンに何度も聞いたような騒がしさで、今さら引っ越してくる人がいるんだな、とぼんやり考えていると、
「――あっ、来たのかな」
ユリアが何かに気づいたように呟いて立ち上がった。
「どうしたんだ? 急に」
「えーっと、ちょっとね。ちょっとボク、用事を思い出しちゃった。すぐに済ませてくるから、翔斗クンはここで待っててね」
そう言って、ユリアは翔斗の返答を待つ間もなく、部屋を飛び出してしまった。
不審に思ったものの、どうせ追求したところで明確な答えが返ってこないだろうと考えて、翔斗はユリアの背中を追ったりはしなかった。
ユリアが切り出したタイミングから考えて、外の騒がしさと関係があるのだろうかと推察し、直感的にひとつの答えに行き着いた。
(まさか、ユリアのやつ――)
そんなことはあり得ないと思ったが、相手はあのユリアだ。
翔斗が今まで培ってきた常識が何一つ通用しない人間だ。よって、あり得ないことをあり得ないと簡単に切り捨てられること自体があり得ない。
そしてしばらくすると、壁一つ隔てた、誰もいないはずの四〇二号室から物音が聞こえてきて、妙に騒がしくなってきた。
気になったので、壁に耳を当てて四〇二号室の音を聞いてみることにする。
すると、壁の向こうから三種類ほどの声が聞こえてきた。そのうち二つは引っ越し業者のスタッフのようで、乱暴そうというか、たくましい感じの声だった。そしてもう一つは、つい数秒前までこの部屋で話をしていたユリアの声だった。
「…………」
確信を得られたところで、翔斗は小さく息を吐いて壁から耳を離してもとの位置に戻る。
もちろん多少の驚きはあったが、これまでのユリアの破天荒な振る舞いを考えると、ここまでやっても不思議じゃないな、と考えてしまい、そこまでの驚きはなかった。
(ま、あいつだしな……。今度は金の力なのか、それとも魔法少女の力なのか、はたまた両方を使ったのか……)
のんびりとそんなことを考えられるようになったのは、ユリアという存在に徐々に慣れつつある証拠であった。
残ったお茶を啜りながらそのまま待っていると、隣の部屋の騒がしさが収まって来た。それとほぼ同時に翔斗の家のチャイムが鳴らされた。
間違いなくチャイムを鳴らしているのはユリアだろうが、それでも翔斗は律儀に部屋を出て玄関の扉を開けた。
そして案の定、扉の向こうに立っていたのはユリアであった。
「これからこのマンションの四〇二号室に住むことになりました。ユリア・ローレントと申します。お隣さんとして、これからよろしくお願いしますねっ」
ユリアは余所行きの、けれど屈託のない満面の笑みを浮かべてペコリと頭を下げた。
こうして、春先にいなくなったお隣さんの代わりが新たにやって来たのであった。