1-7 お昼ご飯
何も知らない翔斗は、勝手知ったる家の台所で焼きそばを作り終えた。盛りつけられた二つの皿から、ソースの香ばしい匂いが漂ってきて、翔斗の空腹を刺激する。
(そういえば、誰かに料理を振る舞うってのは初めてだな)
付き合いの長い純太も何度か家に上げたことがあるものの、こうして料理を振る舞った経験はない。
両親が家を空けることが多いので、自分の分のご飯を用意することは多いが、両親に対して作ってあげたことはなかった気がする。両親は仕事で帰りが遅くなるときは外食で済ませているし、仕事が休みの時は普通に母親がご飯を作ってくれるからだ。
自分から言い出したことではあるのだが、いざ料理が完成して部屋に持っていく段階になって、少し緊張してきた。
(別に問題ないよな……)
作った手順を思い返して不備がないかを確認するが、そもそもお手軽な料理の焼きそばで失敗するような手順はないだろう。
(それにしても、ユリアと初めて会ったのが卒業式の日だから、もう二週間以上は経ってるんだよな。その間、あいつはどうやって過ごしてたんだ? というか、あいつは今、どこで暮らしてるんだ)
台所を後にして、二つのお皿を持って廊下を歩いている間、今さらともいうべき疑問が頭をよぎった。
翔斗も両親が仕事漬けで家に帰ってこないことはしょっちゅうだが、それでもこの家には家族のぬくもりがきちんとある。
ユリアは一人でこの世界にやって来たと言っていたし、もちろんこの世界に家族なんているがわけないだろう。
自分の知らない世界にやってきて、頼る人間がいないということがどれほど心細いことなのか、親元を離れて暮らしたことのない翔斗には推し量ることができない。
ユリアという存在をもっと知るために、そのへんのことも後で少し訊ねてみようかと思いながら自室の扉を開けると、扉の向こうではユリアがベッドに座って、とある雑誌を読んでいた。
「あっ、翔斗クン、お疲れさま。ありがとね、お昼ご飯まで作ってもらっちゃって」
「えっ……、それ、えっ……?」
ユリアが手にしている雑誌の正体に気づき、翔斗は思わず持っていたお皿を落としそうになった。
「それ……どっから持ってきたんだ?」
恐る恐る訊ねると、ユリアは平然とした調子で、
「ん? あそこだよ」
本棚のほうを指差した。
その先にあるのは、一見何の変哲もない本棚に見えるが、実のところ本が並べてあるそのさらに奥が、翔斗の秘密プレイスとなっている。
その前にある本が陰となって、本命のお宝は巧妙に見えなくなっているはずだった。
もう手遅れなのはわかっているが、とりあえず机にお皿を置いて、ユリアが読んでいる雑誌を取り上げた。
「――返せッ!」
ユリアから取り上げた雑誌はページが開いており、そこでは年ごろの女性が一糸まとわぬ姿で立ち尽くしていた。
とりあえず、翔斗は見慣れた雑誌を閉じて、そのへんに放り投げた。
「ふふっ、やっぱり翔斗クンもそういう本を持ってたんだね。やらしいんだ~」
「……ユリア、なんで隠し場所がわかったんだ?」
「ふふ~ん、魔法少女はなんでもお見通しなんだよ。隠そうとしたってムダなんだからね」
観念するより他はなく、翔斗はため息をついて肩を竦めた。
「そうだよ、持ってないって言ったのはのは嘘だよ。けど、ユリアだって男なんだから、こんな雑誌の一つや二つ持ってるんだろ」
相手の罪を暴くことで自分の罪を少しでも軽くしようという、翔斗の浅はかな魂胆だった。それは悪あがきと言い換えてもいい。
「それは内緒。それとも翔斗クンは、ボクの性事情について知りたいのかな?」
頬を微かに朱色に染めて、ユリアは恥じるように身をくねらせた。
その反応は翔斗にとって予想外であり、決してイケナイことを聞いたわけではないはずなのに、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気分に駆られた。
翔斗が狼狽えている様子を見て、ユリアが楽しそうにくすくすと笑う。
「くすくす、男の子ってホントにやらしいんだから」
「いやいや、ユリアも男なんだから、その場合、ユリアもやらしい、ってことになるんだぞ」
「ボ、ボクはやらしくなんてないもんっ」
スカートの裾を抑えて、不満そうに唇を尖らせて言うユリアは、どっからどう見ても可愛らしい女の子にしか見えなかった。
「…………っ!」
そんなユリアの反則的な仕草にキュンとしてしまい、心中が穏やかではなくなった翔斗。これ以上、この話を続けるのは得策ではないと判断し、やけどをする前に切り上げることにした。
「ま、と、とりあえずさ、飯作ってきたんだからさ。それを食おうぜ」
咄嗟に話題を変えた翔斗は、部屋の隅に立てかけられていた小さなテーブルを持ってきて、部屋の真ん中に設置する。
「そうだね。ボクもうお腹ぺこぺこだよ」
ユリアのほうも空腹には逆らえないようで、テーブルに二つの皿を並べると、すぐにその前に腰を下ろした。
初めて料理を振る舞うという緊張は、いつの間にか解けてしまっていた。というか、それどころではなくなっていたのだが、抱いていた心配は杞憂にしか過ぎなかった。
黙々と翔斗が作った焼きそばを平らげたユリアは、「おいしかったよ。また食べたいな」と一言呟いた。
それを聞いた翔斗は、「作った甲斐があったな」と少し自慢げに口元を綻ばせたのであった。
――さらに。
(隠し場所、後で変えとかないとな……)
心中で、ひそかにお宝本の隠し場所を変える決意を固めた。
そんな翔斗に対して、ユリアは何かを見透かしたような視線を向けていたのだが、もちろん、鈍い翔斗はその視線に気づく由もなかった。