1-4 クラスメイトと顔合わせ
あれから一夜明けた翌日、綿谷翔斗がこれから三年間通う、涼成高校の入学式が行われた。
昨夜に自分の価値観がひっくり返るような事件に立ち会った翔斗であったが、世間は翔斗に起きた事件とは無関係に無事に入学式を迎えた。
その式典は何事もなく終わりを告げて、現在はクラスメイトの顔合わせも兼ねて、ホームルームの時間を利用し、自己紹介が行われていた。
運良くクラスメイトになった純太も自己紹介を終え、その後も自己紹介は何事もなく進んだ。自己紹介は五十音順で進んでいるので、「綿谷」という名字の翔斗は最後に自己紹介をすることになっていた。
そして自己紹介も終盤、残すは翔斗ともう一人だけになっていた。
翔斗の目の前に座っているクラスメイトが、翔斗の視線を背中に浴びながら肩口くらいまでの長さの茶髪を揺らしながら席を立つ。
翔斗は少し冷めた目つきでその人物を見つめていたが、その人物が席を立った瞬間、教室がざわめき始めた。
「みなさん初めまして、ボクはユリア・ローレントと申します。見ての通り、生まれも育ちも外国ですが、言葉はわかりますので、みなさん気軽に話しかけてくださいね」
ユリアがクラス全体を見渡して、可愛らしく首を傾げると、今まで黙っていたクラスメイトたちもどっと湧き上がった。盛り上がっているのは主に男子だが、女子たちも羨望の視線でユリアの自己紹介を見つめている様子だ。
美少女に沸くクラスメイトの図。実際によく見かけるかという問題はさておき、とてもありがちな光景だ。
そんな熱狂に湧く教室内で、翔斗は一人だけ輪の外に立っているような気分でユリアの自己紹介を眺めていた。
「こちらでの生活にまだ慣れていないので、みなさんにはご迷惑をおかけするかもしれませんが、そのときはどうかよろしくお願いします」
そうやって愛敬を振りまくユリアは、どっからどう見ても美少女だった。
ちなみに、涼成高校は制服の着用が義務づけられているのだが、ユリアは女子用の制服を着用している。
制服の着用は義務だが、男子が男子用の制服を着用しなければいけない、という記述は校則にはなく、たとえ男子が女子用の制服に身を包んでも校則違反には当たらないわけである。
ただこんな校則の抜け道を利用できるのは間違いなく、学校史上ユリアだけだろう。きっとこれからもその歴史は塗り替えられることはないはずだ。
(いやまあ、おそろしいくらいによく似合ってるし、違和感ははっきり言ってゼロだけどよ……)
制服のスカートから伸びる真っ白な足、ユリアの性別を知っているはずの翔斗ですら、気を抜けばそこに視線が吸い込まれそうになるほどだった。
「それと最後に、このような格好をしているボクですが、性別は男です。それではみなさんこれからよろしくお願いします」
平然と言いのけてぺこりと頭を下げるユリア。
「「「えっ――?」」」
衝撃の教室全体の時間が固まってしまった。一様に呆けた口を開けたまま、ユリアの言葉の意味を理解しようしている。
自分も昨夜、ユリアに性別を告げられたときはこのような顔をしていたんだろうな、と翔斗は冷静な思考で周囲を見渡していた。
「翔斗クン、次は翔斗クンの番だよ」
ひと仕事を終えたユリアが席につくと、こちらを振り返って耳打ちしてくる。
(俺、この状況でやんのかよ……)
「綿谷翔斗です。佐加野中から来ました――」
凍り付いた教室で、席から立ち上がって自己紹介を始める翔斗だが、誰一人としてそれに耳を傾けていなかったのは明らかである。
結局、翔斗は自己紹介改め、むなしい独り言を早々に切り上げて席についたのだった。クラス全体がユリアの名を覚えただろうが、はたしてこの教室で翔斗の名を覚えた人間は何人いるのだろうか。
考えるとむなしくなるので、翔斗は考えないことにした。