4-7 一件落着したはずが……
「おつかれ、ユリア」
ユリアが意識を失ったクリスを大事そうに抱えながら、ゆっくりと地面に降り立ったところで、翔斗が声をかけた。
「うん、クックタだよう……。途中でハラハラしたかもしれないけれど、ボク一人に任せてくれて、ありがとね」
ユリアが、にへらっ、とだらしない笑みを浮かべる。
「まあな。どうせ俺が入ったところで、足手まといになるだけなのは目に見えてるからな」
実際、ユリアが拘束されて、二十本の槍が夜空に浮かんだ瞬間なんか、翔斗は本能のうちに駆け出しそうになった。それをぐっと堪えたのは、ユリアが何かを企んでいることが、なんとなくわかったからだ。
「…………僕は負けたんだな」
ユリアの手の中で眠っていたクリスが、目を覚ましてぽつりと呟いた。
「とりあえず下ろしてくれないか。魔力はほとんど残っていないが、それでも一人で立つことくらいはできる」
「あっ、ゴメンね」
ユリアがクリスを地面に下ろすと、彼女は割としっかりとした足取りで地面に立った。
「ふう、負けたよ。悔しいが、約束した以上は、これはキミのものだ」
クリスはどこか吹っ切れた様子で、懐から五つのカケラを取りだすと、それをユリアに手渡した。
ユリアも元々自分が持っていた五つのカケラを取り出すと、すべてのカケラがそこに集まった。すると、十のカケラがゆっくりと浮かび上がり、淡い光を放つ。
カケラは一つ一つが組み合わさり、やがてすべてのカケラが結合して、一つの宝石――魔石ができあがった。
その瞬間、翔斗は腕の皮膚が泡立ち、心臓が恐怖でわしづかみにされるような感覚に襲われた。この感じには覚えがある。
「これで一件らくちゃ――」
ポンッと手を叩いて悦ぶユリアだが、
「――いや、ユリア、まだだ!」
カケラが繋ぎ合わさったことで完全な形となった魔石が、不気味に点滅したかと思うと、視界すべてを覆うほどの目映い光を放った。
「「「――――――っ!!」」」
その場にいた三人は、その光に耐えきれず目を瞑ってしまう。
「……な、なんだこれ?」
そんな空白の一瞬をおいて目を開けた瞬間、翔斗は無意識のうちに呟きを漏らしていた。
他の二人も、視界に現れたそれを凝視して、その場で固まってしまっている。
そこには、全身を青に染めた巨人が立ちはだかっていた。
十メートル近い身長にゴツゴツとした岩肌を携えており、手で触れるまでもなく、その肌の硬質さは想像が付くほどだった。
その体躯は透明で向こうが透けて見えており、人間でいうところの心臓がある位置に、魔石が装着されており、それが鈍い光を放ちながら点滅を繰り返している。
まるで巨人の身体はその心臓部を守る守護神のようにも見えた。
「ははっ、僕みたいなのに目を付けられただけじゃ飽き足らず、この期に及んで『過去の遺失物』が発動するとはね。キミたちは本当に運がないんだな」
「あはは、クリスさん、全然笑い事じゃないんだけど……」
クリスの冗談に、すかさずユリアがツッコミを入れるも、状況が状況なだけにどちらも口元が引きつっていた。
「こうなった責任は僕にもあるのだから、手を貸すのはやぶさかではないが、如何せん、魔力が足りていない。やるだけのことはやるが、果たして、どこまで通用することやら」
「そうは言っても、ボクだって、クリスさんと死闘を繰り広げたせいで、もうスッカラカンだよ。だとすれば――」
二対の双眸が元気いっぱいの翔斗に向けられる。
「いや、待てよ。確かに、この中じゃ俺だけ消耗してないけれど、そもそも俺なんかであいつに敵うのか?」
蒼い身体の巨人は、足下にいる翔斗たちを威圧するように、遙か上空から翔斗たちを見下ろしていた。
「っていうか、こんなところで、悠長に話してる時間はないもんな。やるしかねえか」
覚悟を決めてデバイスを握りしめる翔斗だったが、ユリアに制止される。
「翔斗クン、待って。焦る必要はないよ。この手のタイプの連中は、基本的にこちらから攻撃しなければ、向こうがこちらを敵として認識することはないんだよ。封印する以上は、攻撃を仕掛ける必要はあるけれど、それはしっかりと作戦を立ててからでも遅くないんじゃないかな」
思い返してみれば、先日出会った怪鳥やスライムなんかも、基本的にはこちらから攻撃をするまではおとなしくしていた気がする。
カケラが暴走したときに翔斗だけを狙ってきたのも、翔斗がカケラの外殻となっていたスライムに攻撃を仕掛けたからだと考えれば辻褄が合う。
それがわかっているのか、ユリアもクリスも、現段階では慌てている様子はいっさい見られない。
「それじゃ、少し作戦を考えよっか。今度こそ、これが本当の最終対決だよ」
とはいえ、いくら向こうが攻撃を仕掛けないとはいっても、巨人の足下で悠長に作戦会議というのも落ち着かないので、少し移動したところで作戦会議を開くこととなった。
「さて、どうしたものか。僕もユリアも使い物にならないがゆえに、必然的に翔斗に託すということになってしまうのだが……」
顎に手を当てながら、クリスが思案顔で唸っていた。
「じゃあさ、いっそのこと、あの巨人が攻撃を仕掛けてこないことを逆手にとって、二人の魔力が回復するのを待ってから、攻撃を仕掛けるってのはどうだ?」
翔斗の提案に反論したのはユリアだった。
「ボク達の回復にはかなりの時間が要するから、その考えにはあんまり賛成できないかな。あの巨人はあの場に存在するだけで、世界を歪ませる存在なんだ。今は結界に守られているとはいえ、時間が経てば結界を超えて翔斗クンの世界になんらかの影響を与えかねない。それこそ、あの巨人だけじゃなくて、別の生物を召喚するような可能性だってある。『過去の遺失物』が発動するってのはそういうことなんだよ」
「なるほど。回復なんか悠長に待っている時間はなく、だけど現状で魔力に余裕があるのは、俺だけ……と」
「ああそうだ。翔斗、こうなった以上、僕たちはキミに託すしかないのだ。僕たちの残り少ない絞りかすみたいな魔力を受け取って、アイツと戦ってくれ。キミは魔力だけなら、僕たちに引けを取らない素晴らしいモノを持っている。キミならば、きっとできるはずだ」
必死な形相で手を差し出してくるクリスを見て、一つの考えがよぎった。
(ん? 魔力を受け取る? そういうことなら……)
「ありがとうクリス。ここだけの話、最初に会ったときはいけ好かねえヤツだって思ってたけど、全然そんなことなかったんだな」
そう言って、翔斗は差し出されたクリスの手を強く握りしめた。その手は、彼女の見た目に反して、とても可愛らしく、とても女の子らしいものだった。
「ふっ、礼には及ばない。それじゃあ、さっそく僕の魔力を……」
「いや、そうじゃねえだろ。現時点で一番勝率の高い方法は、俺が戦うことじゃない。どう考えたって、二人が戦った方が勝率が高いに決まっている。違うか?」
「いや、僕だって、戦いたいのは山々だが、もう力の残りが……」
「心配すんな。魔力が足りないのならば補充をすればいい。そういうわけだから、ユリアも手を出せ」
「うん、どうぞ」
気軽な調子で手を差し出してくるユリア。おそらく、ユリアはすでに翔斗がやろうとしていることを理解してくれているのだろう。
翔斗はもう一方の手で、その手を強く握りしめた。ユリアの手のひらは、男とは思えないほどに小さくて、柔らかいものだった。
「翔斗、さすがに二人分の魔力を補充するのは無茶だ。せめて、ユリア一人だけに絞るべきだ」
クリスも翔斗の考えを察したのだろう。心配そうな表情を作って、翔斗の手から逃れようとしたが、翔斗はその手を握りしめたまま離さなかった。
「男ならな、無茶を通して道理を蹴っ飛ばさなきゃいけねえんだよ。これはこの世界の格言だから、この世界から旅立つ前に覚えときな」
クリスに言い放ち、翔斗は目を瞑って、自分の身体中に溢れている魔力の流れを感じ取った。クリスはそれでも抵抗しようとしたが、その抵抗が無駄だと悟ったようですぐにおとなしくなった。
「わりいな、ユリア。俺はパートナーだってのに、最後まで結局、お前任せになりそうだ」
「いいんだよ、翔斗クン。これがボクの役目だし、何より魔法少女のパートナーってのは、自分で手柄を立てるものじゃなくて、あくまでも魔法少女をサポートするものでしょ」
「くくっ、その通りだ。それじゃあ、受け取ってくれ」
身体中の魔力を余すことなく、両手に集める。そして触れ合っている二人の肌を通して、その力を送り込んだ。
「――――――!!」
身体中から力が抜けていくのを感じる代わりに、握りしめている二人の手に力が流れ込んでゆくのを感じた。
(マズッ、意識が……)
まだ体内に魔力が残っているにも関わらず、気を抜けば脱力感から意識を失ってしまいそうだ。
(すべてだ。一滴たりとも残す必要はない。俺の力を二人に受け取ってもらうんだっ!)
ぷつりと何かが切れた音が聞こえた瞬間、自分の体内から、完全に魔力が消失するのを感じ取った。
「はあ……、はあ……、あとは、頼んだぜ……」
ついに立っているだけの気力を失ってしまった翔斗は、前のめりに倒れ込む。
「翔斗クン!」「翔斗!」
地面に倒れる直前で、ユリアとクリスが翔斗の身体を抱き留めたのだが、そのころには翔斗の意識は、すでに途切れていたのだった。




