1-2 再会
駅前で純太と別れた翔斗は、このまま電車に乗って家に帰るという気分にもなれなかったので、駅前をぶらつくことにした。
ここ豊風市は、五十万人ほどの人間が暮らしている都市だ。
大都市とは呼べないかもしれないが、主要な駅の駅前なんかは様々なお店が並んでおり、今日も賑わいに満ちていた。
昼間はうんざりするほどに青かった空は、いつの間にか真っ赤に染まっている。
(でも本当になんだったんだろうな、あれは……)
夕日を見上げながら、翔斗は黄昏に満ちた気分でぼやいた。
純太の言うとおり、あの出会いが夢だと断言するのが最もしっくりくる判断だと思う。
(だけど、やっぱりあれは夢なんかじゃねえ――いや夢なんかであってほしくねえ、ってのが、素直な気持ちかもしれないな……)
あの日以来、翔斗は春休みという時間を利用して、街中をうろついて彼女の影を探すという行為を繰り返してきた。
あれから二週間ほど経ったものの、やはりと言ってはなんだが、彼女は見つからなかった。
こうして友人と別れた後に、こっそり街を彷徨っているのも、どこかに彼女がいないだろうか、という思いが拭い去れないからだった。
あの子にもう一度会うために、一度は別れを告げたはずの桜並木に脚を運んだりもした。あれから少しの時間しか経っていないはずなのに、満開だったはずの桜は足を運ぶ度にゆっくりとその花を散らしていた。
自分のしていることの気持ち悪さというか、ストーカーじみていることも理解してはいるが、それでも彼女ともう一度会いたいという気持ちは抑えきれなかった。会って何かをしたいというわけではなく、ただ純粋に彼女ともう一度会いたいのだ。
(いや、もちろん下心がまったくない、って言えば嘘になるかもしれないけどさ……)
自分なんかが高貴な雰囲気を持つ彼女に触れることで、彼女の持つ神秘性が壊れてしまうのではないだろうか。すでに出会えることを前提に、翔斗はそんなことを危惧していた。
ただそんな彼女を自分のものにしたい、という下卑た妄想も、この二週間の間に何度も繰り返したわけで、あわよくばそういう関係になりたいという欲望は捨てきれないのも事実である。
しなくていい心配なのかもしれないが、翔斗の心はその二つの間で揺れ動いていた。そんな二つの気持ちも、おそらくは彼女ともう一度会えば決着が付きそうな気がする。
(なんてな……。そもそももう一度会えるかどうかも怪しいってのにな……)
ついつい彼女のことを考えると、様々な妄想が膨らんでしまう。この日も結局その欲望を叶わず、駅前をぶらついているうちに、いつの間にか空の色は黒に染まっていた。
駅前の通りを歩いていると、仕事帰りのサラリーマンや大学生ぐらいの人たちが飲み屋を探してうろついている姿が目に付いた。
いつも通り、このあたりは人通りが多く、賑わいをみせている。賑わっているというと、なんとなくプラスな面があるような気がするので、この場合は騒がしいと表現した方が妥当かもしれない。
(そろそろ帰るか……。明日は入学式だからな)
それは新しい生活をスタートする、大切な一日。これからの三年間の生活をよりよいものにするためにも、スタートは肝心だ。
(もしかしたら、あの子も同じ学校だったりしてな……)
そんな都合の良すぎる妄想に浸りながら、翔斗は雑多な群衆の一人として、人通りに沿って駅前通りを歩いていた。
――その時だった。
「――っ」
突発的な頭痛がやってくると同時に視界がちらつき、翔斗は咄嗟に頭を抑えながら、その場に立ち止まって俯いた。
視界のほうはすぐに元に戻ったが、鈍い頭痛は中々消えてくれない。立ち尽くしたままズキズキとした痛みの緩和を図ったが、結局その効果は何もなかった。
こんなふうに突発的な身体の異変に襲われたのは、もちろん初めてのことだった。そのため、軽いパニック状態に陥ったが、少し時間が経つにつれ、少しずつ自分の身体の状態を見極められるくらいに冷静になった。
「ふう……」
相変わらず頭痛は継続しているものの、倒れ込むほどのものではないと判断を下し、頭の痛みを我慢して家に帰ることにした。
(家に帰るまでにはなくなるだろう。それにしても疲れてるのかな……)
休み中はストーカーのように彼女の姿を求めて、街中をしょっちゅううろついているとはいえ、疲れてへとへとになるまでやっているわけではない。せいぜい散歩の延長程度だ。
やがて、顔を上げて一歩踏み出ぞうとした瞬間、突発的な頭痛なんか比べものにならないほどの異変が翔斗の視界に広がっていた。
「…………」
声を失うほどの衝撃は、翔斗が煩っている頭痛の鈍い痛みを忘れさせてしまうほどだった。自分の目で見た事実を信じられなくて、翔斗は何度も目を開けたり閉じたりを繰り返しながら、何度も辺りを見回す。
しかし、その度に同じ景色と事実が翔斗に突きつけられるだけだった。
「……な、なんで誰もいないんだ?」
つい先ほどまで、無駄に騒がしかった駅の周辺は不気味なほど静かになっていた。人通りというか、人間の気配がすべて消え失せ、見渡せる空間には翔斗以外の人間の姿は一切見えなくなってしまっている。
「お、おい。誰かいないのか?」
震える声を発しながら、翔斗は無人の通りを駆け出して、そのまま誰もいない駅前通りを抜け、駅の入り口まで行って駅員の姿を探してみる。が、当然のように駅員の姿すら消えていた。
今なら、お金を払わず改札を通っても誰にも咎められることはないだろう。しかし、そもそもこの調子だと電車の運転士すらいなくなっているため、電車は動かないだろうし、改札を通ったところでなんの意味はないだろう。
「な、なんだこれ……」
突然異世界に放り込まれたような気分で、翔斗は駅から離れてもう一度駅前通りを駆け出した。
空に浮かぶ月は、混乱している翔斗をあざけり笑うかのように眩しく輝いている。
「だれか! だれかいないのか!!」
無人の駅前通りを走りながら見えない誰かに向かって大声で呼びかけてみるが、それに答える者はいない。
この場所は普段ならば人で溢れかえっているのだが、見慣れたはずの駅前通りは、文字通り別世界のような何かに感じられた。
やがて、そのまま辺りを走り回り十字路に差し掛かったところで、息が切れた翔斗は、膝に手を置きながら呼吸を整えていた。
――すると。
「……え、人間? どうして、こんなところに……?」
突然頭上から聞こえた第三者の声に、翔斗はすがるような思いで声のした方を見上げた。
視線の先には、可愛らしいフリルがついたピンクのドレスを着た少女、いや美少女が、街灯の上に乗りながら月を背景に佇んでいた。
真っ赤なリボンで茶色い髪を馬の尻尾のようにくくっている女の子。彼女の右手には、桜色のステッキが握られており、その先端に真っ白の羽と真っ赤な宝石が装着されている。
「……魔法少女?」
翔斗は、その美少女の外見や格好から連想されるワードを無意識のうちに呟いた。
その呟きが聞こえていたわけではないだろうが、少女は翔斗のほうをみて驚いたような顔をして目を見開いていた。
こんな非常事態だというのに、不覚にも翔斗はその美少女に見とれてしまっていた。
そしてすぐに翔斗は、彼女に関する一つの事実を発見した。
これが綿谷翔斗とユリア・ローレントの運命の出会い――いや、再会となる。
この瞬間に彼の運命の歯車が動き出した。
――桜が散りゆく頃、綿谷翔斗は魔法少女と再会した。