4-1 休息の時
あれから一週間が過ぎた。
翔斗とユリアは、朝起きて学校に向かい、放課後はテキトーにぶらぶらして過ごすといった、まるで普通の高校生のような日常を過ごしていた。
時々、結界が展開する気配を感じることはあったものの、まだ本調子ではないユリアが、カケラ集めはクリスに任せようと言うので、あれから彼女と顔を合わせることもなかった。
「きっと、クリスさんもそろそろカケラを揃えたころかな」
窓の外を眺めて、ユリアがぽつりと呟いた。
土曜日のお昼、翔斗とユリアは駅前のファーストフード店で昼ご飯を食べていた。
「かもな。んじゃあ、決戦が近づいているわけだけれど、暴走したカケラを封印したときの後遺症はもう大丈夫なのか?」
「うん、それなら心配いらないよ。一週間存分に休んでいたからバッチリ。むしろ、前よりも調子がいいくらいかもしれない」
この世界の映画が見たい、とせがむユリアに従って、午前中は映画を鑑賞した。午後からは同じようにユリアの要望でショッピングをすることになっている。
ショッピングを楽しむのはユリアの趣味の一つらしく、こうして異世界に出掛けたときには、必ずその世界の品物を一つは買って帰るようにしているらしい。
どのみち、休日の暇を持て余し、断る理由がなかった翔斗は、こうしてユリアに付き添っているというわけである。
事情を何も知らない第三者が二人を見れば、恋人とのデートを楽しむ二人にしか見えないことだろう。
「……あっ、ねえ、翔斗クン。アレ、見てよ。成道クンだよね?」
ユリアが指差した先の駅前通りは、相変わらず人で賑わっている。そんな賑わいの中で、翔斗も見知った顔を見つけた。
「……確かに、純太で間違いないな。んで、隣にいる金髪の女の子は誰だ……?」
窓を通して純太の姿を発見すると、彼らは駅前でよく行われている勧誘に引っかかって困っている様子だった。
もしかしたら純太も勧誘する側で、金髪の子を勧誘しようと企んでいるのかと考えたが、純太に限ってそれはないだろう、と思い直す。
「ユリア、とりあえず行ってみようぜ」
「そだね」
金髪の女の子というワードに何か引っかかりを覚えながらも、翔斗はユリアを連れ添って店を出た。
すぐさま純太たちに駆けよって、その背中に声を掛ける。
「よっ、純太。こんなところで何してやがるんだ?」
「あっ、翔斗にローレントさん。奇遇だね。いや、実はね……」
その先は察しろと言わんばかりに、純太は金髪の子とスカウトの女性とのやりとりを目線で示した。
「くどいぞっ! だから僕は見世物なんかになるつもりはないと何度も言っているじゃないか」
「そこをなんとか……。あなたでしたら、天下だって夢じゃありません。あなたも女の子でしたら、可愛い衣装に身を包んで、キラキラとしたステージに立ってみたいという欲望があるでしょう? 今日のあなたの格好も十分かわいいですけれど、あなたならもっと可愛くなる可能性を秘めてますよ。どうですか? わたしとアイドルを目指してみませんか?」
翔斗が見る限り、金髪の子が拒否しているにも関わらず、スカウトの女性がそれでも引き下がらないといった状況のようだった。
「そんなものには興味がない。僕を説得しようとしても無駄だ。さっさと諦めたほうがいい」
「とにかくっ! 名刺だけでも、ねっ!」
スカウトが両手でぐいっと、金髪の子に差し出すと、金髪の子は諦めたように小さくため息をついた。
「はあ……、それじゃあ、その名刺を受け取ったら、この場は退いてくれるのだな?」
「はい、もちろんです。これどうぞ」
金髪の子は渋々といった様子で、スカウトの名刺を受け取った。それでも受け取った名刺を繁々と眺めていている姿から察するに、多少はアイドル活動というのに興味を抱いているのかもしれない。
「あら、あなたも可愛いわね。これ、名刺です。よろしければどうぞ」
スカウトは目ざとくも近くにいたユリアを見つけて、すかさず名刺を渡してきた。
「あっ、はい」
ユリアはスカウトの勢いに負けて、拒否することもできずにそれを受け取った。
「それじゃあ、そこにわたしの番号が書いてありますから、連絡してきて下さいネ。それじゃ」
そう言うと、スカウトは満足そうに手を振って、人混みの中に消えていった。
「ふう……、すまないな、純太。待たせてしまった」
金髪の子は名刺をポケットにしまい込んでからこちらに向き直ると、彼女の金色の髪とスカートの裾が遠心力でふわりと舞う。
「「えっ――」」
素っ頓狂な声を上げたのは、翔斗と金髪の少女の二人である。
事情を知らない純太は何事かと二人を見比べており、ユリアは最初から金髪の子の正体に気づいていたのか、驚いている様子もない。
「き、貴様ら、どうしてこんなところにいる……!?」
「いやいや、そりゃあこっちのセリフだ。クリス、どうしてあんたが純太と一緒にいるんだ?」
お互いに指を差して驚愕に顔を染めていると、純太が口を挟んできた。
「あれ? ひょっとして、翔斗とクリスさんって、面識があるの?」
「まあ、顔見知りではあるかな……」
翔斗がそう言って、クリスに目配せすると、クリスも話を合わせるように頷いてくれた。カケラ関連や魔法の話を秘密にしておきたいという思想はどうやら一致したようだ。
そのやりとりだけで、複雑な事情があることは純太も察してくれたみたいだったが、それでも気になっている様子であり、探りを入れていいものかどうか迷っているようだった。
「あのね、クリスさんとは、ボクがこの街に来る前からの知り合いだったんだ。この前、翔斗クンと一緒に歩いているときに、ばったりクリスさんと顔を合わせてね。そのときに、三人で少しお話をしたんだよ。だから、翔斗クンとボクはクリスさんと面識があるの」
スラスラと出てきたユリアの言葉に、純太は少し不審そうな表情をしていたものの、その話を疑う材料もなかったらしく、結局納得したようだった。
「それにしても、クリスさん。いつもは男らしくて格好いい感じで似合っているけど、今日の女の子らしくて可愛い感じの服もよく似合ってるね」
そう言って、ユリアは純太の追求をかわすように話題を逸らして、クリスの全身をまじまじと眺めた。
クリスは膝よりも少し上くらいの長さの黒いスカートにニーソックス。上半身は、白い長袖のシャツの上に黒いベストを羽織っている、という格好だった。
普段の男っぽい、凜々しい格好も様になっていたが、今日の女の子っぽい服装もよく似合っている。
普段のイケメンのような雰囲気からは一転して、クリスはまさしく美少女と呼ぶに相応しい変貌を遂げていた。これまで会ったときの雰囲気とはまったく違っていたため、翔斗は金髪の美少女とクリスが同一人物であることに初めは気づかなかったのだ。
「こんなのは僕の趣味ではないのだがな。純太があまりにもしつこいから、仕方なく着てやったんだ。ったく、スカートとか、これはもう身を守るための服装としては欠陥品じゃないか?」
クリスは自分の全身を眺めて、落ち着かない様子で太ももをこすり合わせて、スカートの裾を抑えた。
(クソっ、その気持ちがなんとなくわかっちまう自分が憎い)
実に悲しきことではあるが、スカートを初めて履いたときの心細さは翔斗にも共感できるところがある。
「だってさ、クリスさんって、いっつも男っぽいラフな格好ばっかりしてるんからさ。せっかく可愛いんだから、こういう格好もすればいいのにって思って。俺の姉ちゃんから着なくなった服をもらって、クリスさんに着てもらったんだ」
どこか自慢げな様子の純太に対して、彼女を自慢する彼氏のような感じだな、と翔斗は思ったが、口には出さなかった。
「わっ、馬鹿。可愛いとか、阿呆なことを抜かすんじゃない」
女の子らしく顔を赤らめて狼狽する様は、文句なしに可愛らしかった。
スカウトやユリアに可愛いと言われたときには平然としていたくせに、純太から可愛いと告げられたときだけ赤面するのは、どういった意味があるのだろうか。
「あっ、そういえば、純太が前に言ってた、女の子がどうとかっていうのは、クリスのことだったのか?」
あのときはクリスのことを男だと思っていただけに、その考えに至らなかったが、クリスの性別を知った今となっては、当てはまる要素が多すぎる。何よりも、目の前にクリスと純太が一緒にいる行動しているのが証拠だろう。
「うん、そういえばそんな話もしたね。そうだよ、クリスさんには、住み込みで叔父のそば屋を手伝ってもらってるんだ」
「なるほどな――」
普段の凜々しい雰囲気とは違って、借りてきた猫のようにおとなしくなっているクリス。なんだかこれ以上二人の邪魔をするのも悪い気がしたので、このあたりで去ることにした。
「さて、今日のところはお互いに用事があるだろうし、とりあえず俺たちはこのへんで失礼するわ」
翔斗がそう言って、二人の横を通り過ぎようとすると、
「残りを集め終えた。今夜七時、あの公園で会おう」
クリスが純太には聞こえないような声量で、決意の籠もった調子で呟いた。
それに対して翔斗たちは、言葉を返すことも、頷くこともせずに、クリスたちの前から姿を消した。
――終わりの刻は近づいている。




