3-6 翔斗の秘密プレイス
クリスが公園からいなくなってから五分ほどで金縛りが解かれ、身体が自由に動かせるようになった翔斗は、近くのコンビニで当初の目的である夕飯を買ってから帰路に就いた。
そのころには、空はとっくに陽が落ちており、空の色は赤から黒へと変色していた。
自宅に戻り、コンビニで買った弁当を暖めてから自室の扉を開けると、その向こうには意外な先客がいた。
「あっ、翔斗クン、おかえり」
さも当然のような様子で、翔斗のベッドに寝転がりながら雑誌を読んでいたのはユリアである。
「質問が二つ、いや三つある」
「……? どしたの?」
ユリアは顔だけこちらに向けて、キョトンと小首を傾げた。
「まず一つ目だ。身体は大丈夫なのか?」
「うん、この通り、へーきだよ」
ユリアは身体を起こし、力こぶを作って元気であることをアピールする。
「それを聞いて、とりあえずは安心した。んじゃあ、二つ目だ。どうしてユリアは平然と俺の家に入っている? 出掛ける前に玄関の戸締まりはきちんとしたはずなんだが」
「ふふっ、ボクを誰だと思ってるの? 魔法少女だよ。鍵なんてボクの前では無意味だよ」
「なるほど、いろいろとツッコミをいれたいところもあるが、まあ不問としよう。それよりも三つ目の質問だ。ユリア、おまえが今読んでいる雑誌はなんだ? 確か、性的な描写のある本の隠し場所は、昨日ユリアに見つかってから変えたはずなんだけど」
「えーっとね、ボクが読んでいるのはこれだよ」
そう言って、ユリアは水着の女性がポーズを決めている表紙を、翔斗に見せつけた。
「おとといにボクが見たのとは、別の雑誌だよね。ふふっ、甘いよ翔斗クン。隠し場所を変えたところで、ボクにかかればこのとおり簡単に見つけられちゃうんだから」
得意げにエロ本の表紙を見せびらかせているユリア。
「それよりもさ、ちょっとこれ見てよ」
ユリアが開いたページには一糸纏わぬ女性が、セクシーなポーズを決めている写真が掲載されていた。
なぜ自分が所持しているエロ本を見せつけられねばならないのかは、甚だ疑問であったものの、翔斗はユリアの言葉に従って雑誌を覗くことにした。
「この雑誌のこのページなんだけれどさ、なんかこのページだけ妙に傷んでるんだよね。適当にページ開いたら、絶対にこのページを開いちゃうくらいだったもん……。一体、なんでだろうね……」
あきらかにすっとぼけた調子のユリア。ページが傷んでいるということは、すなわちそのページを何度も開いているということだ。
実際、そのページに掲載されている写真は、翔斗にとって見慣れたものだったので心辺りがありすぎる。
「い、いいだろ別に。いい加減返せよ」
翔斗は手を伸ばしてユリアから雑誌をひったくろうとするが、ユリアは巧みに翔斗の手から逃れた。
「別に、翔斗クンがこの雑誌をどう使おうとボクは文句ないんだけどさ。それよりも、この子なんだけれど、なんとなくボクに似てないかな?」
写真の子は、くりくりっとした目でカメラを見つめており、読者を挑発するように、柔らかそうな唇を指でなぞっている。美人というよりは、美少女というような形容のほうが相応しいような女性だった。
眼球を動かして、写真の子とユリアとを交互に見比べてみる。写真の女性は黒髪で、ユリアは茶髪、さらにユリアの瞳は真っ赤に染まっているが、写真の子はそんなことはない。
ただそれ以外の顔のパーツというと、どことなくユリアとの相似点があるような気がしなくもなかった。
「い、いや……」
その事実を認めるとなると、翔斗はこれまでユリアに近しい女性の裸を利用して、「そういった」行為に励んでいたということになる。それを考えると、激しく自責の念が沸いてくるので、その事実は意地でも認めることはできない。
「ねえ、翔斗クン、こう……かな?」
完全に悪ふざけモードに入ったユリアは、衣服を身につけたままだが、写真の子のポーズを真似して翔斗に見せつけてきた。
完全に追い込まれてしまった翔斗は、最後の手段を取ることにした。
(ここで狼狽えたらユリアの思うつぼなんだ。だからこそ――)
「わかった。ユリアがそのつもりなら……」
大きく息を吐いて、翔斗はユリアの肩を掴んでベッドに押し倒した。ユリアの上に覆い被さるようにして、その顔を上から見下ろす。
(まあ、ここまでやれば、コイツも懲りて……)
しかし、その時のユリアの表情は、翔斗が予想していたモノとはまったく異なっていた。
(えっ――)
「翔斗クン、ボク、昨日からシャワー浴びてないから、もしかしたら匂うだろうし、ちょっと恥ずかしいかも……。でも、翔斗クンがそれでもいいって言うのなら……」
ほのかに顔を赤く染めて、ユリアはモジモジと恥ずかしそうにしながら翔斗から目を背けた。
(えっ、いや、何この反応。いやいや、違うでしょ。そうじゃないでしょ……)
胸中で様々な押し問答の結果。
「あああああああああああなんでだよーー!!!! その反応は違うだろおおおおおーー!!!!」
翔斗は頭を抱えながら雄叫びを上げてベッドから飛び降りた。そのままものすごい早さで、入り口の扉のところまで行き、
「そうだ。せっかく目を覚ましたんなら、メシ食った方がいいよな。ユリアの飯買ってきてないし、俺、ひとっ走りして買ってくるよ。あっ、そうだ。もし腹減ってて、我慢できないってんなら、俺が買ってきた弁当を食ってもいいからな。それじゃあ、行ってくる」
まくし立てるようにして、翔斗はベッドの上で寝そべったままのユリアの返答も聞かずに、部屋を飛び出したのであった。




