3-5 魔導の歴史
「ん、ここは……?」
目が覚めると、翔斗は公園のベンチに座らされていた。気絶している間に変身は解けたようで、今は私服姿に戻っている。
(確か、クリスと戦ってる最中に気絶させられて……)
目覚め直後は曖昧だった記憶も、意識が覚醒するにつれて、徐々に自分が置かれていた状況を思い出してきた。
「クリスは……!?」
「呼んだか?」
クリスは隣のベンチで何をするでもなく、天を仰いでいた。格好も、これまで目にしたタキシードではなく、私服姿のラフなものになっていた。ただ、顔の造形が整っているおかげで、ラフな格好をしていても悔しいくらいに似合っている。
(でも、女の子なんだよな……)
気絶する直前の手の感触を思い出して、少しドキッとしてしまう。
「少し聞きたいことがあったので、キミが目を覚ますまで待たせてもらった」
翔斗が気絶する直前は、随分と取り乱していたクリスだが、その表情は普段のすまし顔に戻っている。
「俺だって、あんたに聞きたいことがある」
「答えられる範囲でなら構わないが、こちらの質問を先に聞いてもらう。まずはキミたちの名前を教えて欲しい」
「ああ、それくらいならいいけど」
何を聞かれるだろうかと身構えていた翔斗は、若干拍子抜けした気分だった。
「俺は綿谷翔斗。そしてあんたと何度もやり合っているのが、ユリア・ローレントだ」
「ありがとう。覚えておくよ」
「それじゃあ、次は俺の番だな。あんたの目的はなんだ? どうして魔石のカケラを集めようとしている?」
「最初に会ったときに言ったろう。それが魔導の再興に欠かせないモノだからだ。ついでに言えば、いけ好かない魔法協会の連中の鼻っ柱を追ってやりたいという気持ちも多少はあるんだけどね」
ふっ、と鼻を鳴らして、口元を歪めるクリス。
「それがわからないんだ。魔石のカケラっていうのは危険な代物なんだろ? 昨日だって、カケラが暴走して、ユリアがダメージを受けたじゃないか。そんな危険なものを手にして何になるってんだ」
「くくっ、それは本気で言っているのか? 危険なものだからこそ、価値があるんじゃないか。『過去の遺失物』とは、高濃度な魔力の塊。その力は辺鄙な世界ならば丸ごと吹き飛ばしてしまうと言われているほどのものだぞ。それほどのものならば、如何様にも使い道があるというものだ」
「それでも、やっぱりわからねえな。そんな危険を冒してまで、成し遂げないと駄目なものなのか? 魔導の発展とやらは」
「今の地位にふんぞり返っている魔法勢力の連中にはわからないだろうさ。僕が、いや僕たちがどれだけの思いで、魔導の再興を目指しているのかを」
拳を握りしめて呟くクリスからは、悲壮感に近いモノを感じた。
「なんか勘違いしているみたいだから、言っておくけどな。だいたい俺は魔法勢力なんかじゃねえよ。訳あって、ユリアの手伝いをしているが、一週間前までは魔法の『ま』の字も知らなかった、この世界のちっぽけな人間なんだからな」
「ああ、なるほどね……。キミは現地の協力者というわけか。それならば、色々と無知なのも、戦いが素人くさいのも納得がいく。ふむ、それならば、どうだろうか? 魔法勢力の連中なんかとは手を切って、僕に協力しないか?」
「俺がその誘いを受けるとでも?」
「まあ、そりゃあそうだろうな。魔法協会の連中のことだ。自分たちの正義を説き、僕たち魔導のことを悪逆非道の悪者だとキミに吹き込んだのだろう。そんなものは魔法協会の歴史を見れば、明らかさ」
クリスは呆れたように肩を竦めてため息をついた。
「いや、確かに魔導と魔法は対立してるって話はユリアから聞いたけれど、あいつはどっちが正義で、どっちが悪、なんて話はしてなかったぞ」
「へえ~、そりゃあ中々に興味深いね。何らかの意図があってキミには伝えなかったのかな。でもまあ、それはどうでもいいことだ。とにかく、手を組むかどうかは、僕の話を聞いてからでもいいんじゃないかな?」
クリスが何を考えて翔斗を引き入れようとしているのかわからないが、自分の情報を話してくれるというのであれば、それを拒否する必要もないだろう。
それに彼女がこれから話そうとしている内容についても、翔斗自身興味を抱き始めていたので、とりあえず聞いてみることにした。
「わかった。そういうことなら、話だけでも聞こう」
翔斗が言うと、クリスは口元を軽く綻ばせた。
「ふふっ、それならば――」
そうしてクリスは、魔導の歴史について語り始めた。
――クリスの話を要約すると。
魔法と魔導は派閥が違えど、かつては力を合わせて活動を行っていた。
しかし、派閥が違えば、どこかで対立というものが起きるのは当然のことであり、過去のとある事件をきっかけに、魔法勢力の中にいる魔導を快く思わない連中の思惑で魔導は失墜することとなってしまった。
その事件を裏で操っていたのが、魔法協会の一部の連中なのだが、徹底的に事実を隠蔽した魔法協会からは、その事実が漏れることもなかった。
元々、魔法勢力に比べて少数精鋭だった魔導派が自分たちの身の潔白を訴えても、一度張られてしまったレッテルを剥がすのは容易なことではなく、結局、ヤツらの思い通りになってしまったのだ。
そのせいで魔導は完璧な悪役となってしまい、世間では魔導狩りが始まるとともに、魔導派の人数が激減した。そして魔導派は徐々に辺鄙へと追いやられ、そのまま勢いとともにその数もさらに継承者は減り、現在はクリス一人だけとなってしまった。
クリスは先祖たちの無念を受け継ぎ、その汚名を晴らすと同時に、今度こそ魔導の発展を目指しているとのことだった。
その話を聞いた翔斗は、確かにクリスがユリアの所属する魔法協会の連中を恨んでいる理由がよく理解できた。いくらその話が過去の話だからといって、時効だというつもりもないし、魔導を迫害した一部の魔法協会に対する憤りの気持ちも沸いた。
「これが、キミが協力しているヤツらの実態さ。それでもキミは連中に力を貸すのかい?」
クリスに対する安っぽい同情の念も沸いた。
だけど、言ってしまえばそれだけだ。
「まあな。それに魔法協会がどうとか、そんなのは元々関係ないんだ。俺はユリアに頼まれてユリアに手を貸してるだけだからな。それに、あんたは少なからず魔法勢力のことを憎んでいるみたいだから、その話には少なからず主観が混じっているだろうし、確実な公平性はないと思うんだ。そういうわけだから、俺はあんたの誘いには乗れない。もしこれからも、あんたがユリアの邪魔をするって言うんなら、たとえ敵わなくても、俺はあんたに立ち向かうつもりだ」
「ふふっ、なるほど……。説得失敗か。僕の話し損というわけだな……」
クリスは自嘲気味に口元を歪めて落胆しているように見えるが、どこか楽しそうでもあった。まるで話を聞いてもらえただけでも満足したような、そんな様子だった。
「あの子に伝えておいてくれ。僕は魔導の再興を目指すため、残りのカケラを回収する。それが済み次第、キミの持っているカケラを奪いに行く。そのときは、お互いのカケラを賭けて、勝負をしようじゃないか。キミたちも僕が持っているカケラが必要だし、僕もキミたちが持っているカケラが必要だ。決して悪い話じゃないと思うのだが」
用件は終えたとばかりに、クリスは翔斗の返答を聞かずにベンチから立ち上がった。
「待てよ。さっきも言ったけれど、俺がユリアに味方をしている以上、カケラを持っているアンタをこのまま逃すわけにはいかねえんだ」
翔斗もベンチから立ち上がって、クリスの前に立ちはだかる。
「やれやれ。残念ながら、キミじゃあ僕の相手にはならないよ」
そう言って、クリスが翔斗の肩に触れた瞬間、翔斗の身体は金縛りを受けたかのように動かなくなってしまった。
「ぐぐっ……」
「少ししたら、動けるようになるから心配しなくてもいい。所詮は僕が逃げる時間を稼ぐ目的でしかないからね」
そして、クリスは翔斗の横を平然と通り過ぎて、公園の入り口へと向かった。翔斗は結局、身体を動かすことも出来ずに、彼女の背中を見送ることすらできなかった。
「それにしても、この公園は随分と寂れているな。とっくに結界を解除しているってのに、誰一人として訪れやしない」
帰り際に呟いたクリスの一言。
その時になってようやく翔斗は、クリスの張った結界が解かれていることに気づいたのだった。




