1-1 あれは夢……?
「とまあ、こんな感じで、あの並木道でむっちゃ可愛い女の子と出会ったんだよ。どうよ?」
綿谷翔斗は卒業式の後に出会った彼女の話を興奮気味に友人に語って聞かせた。しかし、熱の籠もった翔斗とは対照的に、友人の反応は冷めたものだった。
「どうって、言われてもなあ……」
翔斗の正面で、人の良さそうな顔で苦笑いを浮かべているのが、翔斗の友人である成道純太だ。
彼は小学校時代から翔斗の友人を務めており、明日に入学式を控える涼成高校にも、翔斗とともに通うことが決まっている。
顔なじみの友人とはいっても、春休み中は一度も顔を合わせることがなかったので、二人は中学の卒業式以来の顔合わせだった。とはいえ、あれから二週間程度しか空いていないので、久しぶりという感覚はまったくない。
昼間は街に繰り出して、ゲームセンターで一通りのゲームを謳歌したあとに、夕方近くなってから、喫茶店の片隅で、翔斗はコーヒーを、純太は紅茶を啜りながら時間を潰していたところだった。
傍から見ると無為な会話ではあるが、当人からするとそんな無為な会話こそ楽しいと思えるモノなのだ。
「う~ん……、イマイチさあその話が腑に落ちないんだけど。結局、その女の子は翔斗の見間違いとかじゃないんだよね」
「当然だ。それは自信を持って言える」
「それじゃあ、一瞬目を離した隙にいなくなったことについては、どう考えてるのさ? 俺としては、女の子に飢えた翔斗が創り出した幻影という線が一番しっくり来るんだけれど……」
純太は呆れたように目を伏せてカップに口をつけてから、メガネをくいっと上げる。
まったく翔斗の話に取り合おうとしてくれない純太に対して、翔斗は声を大きくして反論する。
「くはは、中々言うじゃねえか。おまえだって、彼女がいるわけでもないってのに、随分と上から目線じゃねえの」
「ははっ、そう言われると、こちらも何も言い返せないけどね。だけど目の前の人間が消えるなんてのはやっぱり信じられないかな。夢で見たことを現実で見たことと勘違いしてるんじゃないかなって、俺なんかは思うんだけれど」
素直に翔斗の言い分を認めた純太だが、あくまで翔斗の話を信じないスタンスを続ける。
(俺だって、あのときは夢を見てる気分になったさ。でもそうじゃないんだ……)
確かに純太の言うとおり、あの一瞬の出来事は夢心地のようで、本当に夢だったと仮定するのは中々に説得力がある。それでも、あのときに肌に吹き付けた一陣の風や、彼女を見たときに感じた心臓の早鐘は紛れもなく現実感を帯びていたと断言できる。
「ま、言われてみればそうなのかもしれないな……」
しかし、これ以上言葉を並べたところで、論理的思考を持つ友人を説得することは不可能と感じたので、翔斗はさらなる言及は避けて諦めることにした。
「ははっ、なんだよ。さっきまで熱弁してたのにさ。そんなにあっさり引き下がるなんて。その話を信じているわけじゃないけれど、逆に不気味な感じがしてきたよ。ま、もしまた出会う機会があったら教えてくれよ」
「ふふん。まあ、信じるか否かは、純太に任せるよ」
意味深な態度を取ってみせる翔斗に対して、純太はどこか呆れたような態度で口元を綻ばせた。
これが普段通りの二人のやりとりであって、数年間で築いてきた空気感である。そんな大それたものではないが、この空気は翔斗にとって心地のよいものだった。
「さて、そろそろ出るか。純太は今日バイトあるんだろ?」
ちらりと店内の時計を見ると、ちょうど十五時になろうとしているところだった。
「まあね。まだ余裕があると言えばあるけど、あんまりドタバタしたくないから、そろそろ行こうかな」
カップに残っていた飲み物を飲み干して、二人は喫茶店を後にした。