3-3 川辺の戦い
夜の帳が下り始めた頃、翔斗とユリアは流れる河の様子を眺めながら、堤防の上を歩いていた。
「今日はこのへんに落ちてるカケラを回収すんのか?」
時々、犬の散歩やランニングをしている人たちとすれ違うことはあるものの、繁華街から大分離れているため、基本的にこのあたりは人通りが少ない。
堤防の下の河川敷も、昼間であれば野球やサッカーなどのスポーツに興じている人もいるのだが、日が落ちてくると、その人たちの姿も見られなくなる。
「そうだね。きっと河の中に落ちてるはずだから、今日も結界を張って、カケラを炙り出さないとね」
冬はとっくに過ぎたはずなのに、夜になると冬を思い出させるような冷たい風が吹いている。短めのスカートを履いて太ももをチラチラと露出させているユリアなんかは寒くはないのだろうかと思うのだが、きっと寒くはないのだろう。
スカートに関しては、ユリアに限った話ではなく、冬場であろうと短いスカートを履いている女の子を見かけるので、女の子は男子よりも寒さに強い体質があるのかもしれない。
(いや、コイツは男だけれど……)
たまにこうして自分に言い聞かせないと、ユリアの本当の性別を忘れそうになる。
そんなわけで、気を抜けばスカートから伸びる白い足を見つめてしまっている翔斗がいた。
「翔斗クン、なんかいやらしい目つきでボクのことを見てない?」
当然、鋭いユリアは、翔斗のそんな視線も完璧に把握しており、目を細めて翔斗のことを見つめていた。
「ばっ、ばっか。なんで俺が男のことをいやらしい目で見るんだよ!」
ここで翔斗が吐き捨てるように言って、慌てながら顔を背けるまでが、すでに二人のやりとりのテンプレになりつつあった。
いつもならここで一区切りが付くはずなのだが、ユリアは何かを思いついたかのように妖艶に口元を歪めた。すでにこの時点で、翔斗は自分の身に災害がふりかかることが容易に想像できたので、顔をしかめそうになった。
「ふふっ、それじゃあ、翔斗クン。そんなに気になるなら、この中を見せてあげよっか?」
ユリアは翔斗を挑発するような目つきで、スカートの端を軽く持ち上げた。
「…………」
知らず知らずのうちに、翔斗は息を呑み、その視線が雪のように真っ白な太ももへと吸い込まれていた。
ダメだとわかっていても、つい見てしまうのは、ユリアが女の子かもしれない、という淡い希望を、翔斗はまだ捨て切れていなかったからなのかもしれない。
よって、その中身が気になっているか否かと問われれば、気になっている、というのが翔斗の正直なところだった。だがしかし、その本音を口にしてしまえば、人間としての尊厳を失いかねない。
「な、何が悲しくて男のスカートの中身なんか見なくちゃいけねえんだよ」
「じゃあさ、翔斗クン。もしボクが男だというのは嘘で、実は見た目通り女の子だって言ったら信じてくれるかな?」
そう言って、ユリアは灼熱の瞳で翔斗の顔をのぞき込んだ。
信じるも信じないも、ネタばらしをされなければ、大多数の人間はユリアを女の子だと思い込むだろう。事実翔斗もそうだったし、クラスの連中も、そして山岸も勘違いをしていた。
だが、その勘違いがユリアの虚言に過ぎなかったとしたら? 見た目通りに、ユリアの性別が女の子だとしたら?
(そりゃあ、俺の理想的な……)
仮にユリアにドキドキしてしまったとしても、なんら後ろめたく思う必要もないし、こうして二人で出掛けているという状況も、思い描いていた理想的な高校生活となり得るかもしれない。
そんなふうに、翔斗があれこれと思考を巡らせていると、
「なーんてんね。冗談だよ。冗談」
ユリアはスカートから手を離し、いたずらっぽく舌をぺろっと出した。
そこで翔斗はようやく、いつものようにユリアにからかわれていたのだ、ということに思い至った。
「ったく、相変わらず趣味が悪いというか何というか……」
精一杯の抵抗として、翔斗はため息をついて言い返した。
「でもね、翔斗クン。もし翔斗クンは、ボクが男だということに気づいていなかったら、スカートの中身を見たいって質問にどう答えたかな?」
「それは……」
ユリアの性別を知らなくても、おそらくは翔斗はその誘いに乗らなかっただろう。それはきっと見栄とか、強がりとか、他にも様々な感情が翔斗の理性を縛るからだ。
「翔斗クン、さっきは簡単に答えられたのに、今度は答えられないんだね。これって、男女差別ってヤツじゃないかな?」
「いや、ユリアの言いたいことはわかるが、その言葉の使い方は明らかに間違っているぞ」
「ふふっ、そうだね。でもね、ボクが言いたいことは、結局そういうことなんだよ」
言うことを言い終えたとばかりに、ユリアは翔斗の前をスタスタと歩いて行く。
「ちょっ……、そういうことって――」
ユリアの小さな背中を追いかけて、真意を問おうとしたのだが、ユリアは振り向くことなく進んでいく。
「翔斗クン、そろそろお仕事の時間だよ」
結局、その背中に追いついても、話をはぐらかされてしまい、その真意を図ることは叶わなかった。
元々堤防の近くは人目が少ないので、それほど気を使うこともないのかもしれないが、念には念を込めて、二人は堤防から下りて橋の下まで移動することにした。ここならば、周囲は死角だらけなので、間違っても人目に付くことはない。
「んじゃあ、準備はいいかな?」
「ああ。正直言って、あの格好になる覚悟はまだ定まってないが、そういうわけにもいかないだろう」
腰に手を当てて、憂鬱な気持ちなため息をつく翔斗。
「そんなこと言わないでよ。翔斗クンだって、よく似合っててかわいいよ」
「口から出任せなのはわかっているし、たとえそれが真実だとしてもまったく嬉しくないんだよなあ……」
「えっ、そうなの? ボクは可愛いと言われると嬉しいけどなあ……」
「いや、それはきっとユリアはだけだ。ユリアを基準に話されたら、世の中が大変なことになっちまう」
「なんか、それじゃあ、まるでボクが変な人みたいな言い回しじゃない? それは心外なんだけれど……?」
ユリアは翔斗を責めるような目つきで、不満そうに頬を膨らませた。
「いやいや、それに関しては議論の余地もないし、普通じゃないのは紛れもない真実だろ。そこを否定されちゃあ、こっちもびっくりなんだが」
「う~ん、とりあえず、ボクは個性的ってことだよね」
自分で言うと開き直りの言葉にしか聞こえないのだが、ここでそれについて議論を重ねるほど不毛な時間はない。
「ま、個性があるのは決して悪いことじゃねえしな。とにかくそろそろ始めようぜ」
「そだね。それじゃあ、翔斗クン、行くよ。結界展開」
その瞬間、世界から様々な気配が失われていく。あるいは、翔斗たちのほうが世界から取り残されてしまったのかもしれない。
元々周囲に人間の気配がなかったとはいえ、存在そのものが消えると、やはりどこか不気味な雰囲気が漂っているような感じがする。
とはいえ、すでに三回目となれば、肌にまとわりつくような結界の感触も慣れたもので、これまでのように頭痛を覚えることも気分が悪くなることもなかった。
「それじゃあ――」
ユリアが言い終える前に、地面が大きく揺れた。すぐさま辺りを見渡すと、河川が明らかに異変に満ちていた。
それは水で作られた球体だった。運動会でよく使われる大玉ほどの大きさで、芸術的なほどに角が見当たらない球体が河川から浮上してきたのだ。
その姿を認めると同時に、二人はすぐさま変身をして魔法少女の衣装に身を包む。
――すると、無人の河川敷に一人の変態と一人の美少女が降り立った。
(うっ、なんでこんなスースーするものを、なんの違和感もなく普段から女子は履いていられるんだよ……)
フリフリの衣装には多少耐性がついてきたものの、相変わらず股間の辺りが心許ない。
「それじゃあ、翔斗クン、今日の相手はアレだね」
だが、この場に立っている以上、水の塊から逃げるわけにはいかない。確かにユリアのほうが実力は数段上だし、翔斗がユリアのためにできることはほとんどないのかもしれないが、それでもユリア一人を置いて逃げる帰るわけにはいかないのだ。
「それじゃあ、さくっとやって、さくっと帰るか――と、言いたいところだけれど、そうはいかねえんだろうな……」
翔斗が言いながら、橋の下から河川敷に出ると堤防の上には月を背景にして、タキシードに身を包んだ金髪の紳士が佇んでいた。
「昨日は遅れを取ったが、今日はそうはいかない。あのカケラは僕がいただく」
クリスは翔斗たちの姿を認識すると、見せつけるような仕草でレイピアの切っ先を水の塊へと向けて堂々と宣言した。
夜風が金色のサラサラとなで下ろす様子は、気取った感じでありながらも、相変わらず絵になる美しさや気品に溢れていた。
「おい、アイツは俺たちが結界を張って炙り出した、俺たちの獲物だぜ。アンタは昨日、獲物の横取りは流儀に反するとか言ってなかったか?」
翔斗は昨夜のことを思い返しながら、クリスを睨み付けた。それに対して、クリスは口元をつり上げて、ふっ、と鼻を鳴らした。
「なるほど、一理ある。だが、日が経てば、人の考えなど簡単に変わるものだ。昨日はそういう気分だったが故に、キミたちがアレを確保したあとに、キミたちに襲いかかったが、それも結局失敗してしまったからね。二の轍を踏まないように、趣向を変えるというのは不自然なことではないだろう?」
言うや否や、クリスは地面を蹴り上げて空中に飛び上がった。
「この初撃で終わらせる」
駆けるような早さで空中を飛行するクリスは、一直線に水の塊へと詰め寄る。
「そうはいかないよっ」
言うと同時に、ユリアがクリスの進路に颯爽と割り込んだ。その勢いのまま、ユリアはステッキを振り下ろすが、クリスはレイピアを使ってそれを受け止める。
「やはり、そう易々とはいかぬようだな」
「もちろんだよっ。ボクだって、魔石を回収するっていう任務があるからね」
「くくっ、任務ねえ……。キミの本当の任務は魔石の回収じゃなくて、魔石を紛失したことを隠蔽することだろ? そのために魔石を回収するってわけだ」
クリスの金色の瞳は、ユリアに対する溢れんばかりの敵意を隠し切れていなかった。
「まあ、ボクもそこについては、否定はしないよ。でも、こうしてクリスさんに魔石の存在がばれてしまっているから、その任務は昨日の段階で失敗してるんだけどね。だけど、魔石に関しては、『過去の遺失物』が危険な代物である以上、譲るわけにはいかない」
「まあいいさ。余裕をかましていられるのも今のうちだ」
そう告げると、クリスはユリアのステッキを弾き、後方に飛んで距離を稼いだ。
「雷よ、一陣の光となりて、敵を貫け。閃光雷牙」
クリスがレイピアを突き出すと、その先端から一陣の雷光が駆け抜けた。ユリアはステッキを胸の前に持ってくると、小さく呟いて、巨大な壁を展開して身を守る態勢に入る。
雷光が壁に激突した瞬間、大きな衝撃が発生し、水面が大きく揺れた。
クリスの雷光は、ユリアが創り出した壁を粉々に砕いたものの、ユリアにまで届くことはなく、壁とともに消失してしまった。
そのやりとりを見る限り、初撃は引き分けといったところだろうか。
「なるほど。アレを防ぐのか」
「まさか、ボクの防御を粉砕するほどの威力だとはね……」
一定の距離を保ったまま、二人は互いの力量を感じ取り、不敵に笑っていた。
「翔斗クン! カケラのほうの回収は翔斗クンに任せたよ。昨日の大きな鳥よりは弱そうだから、きっと翔斗クン一人でもなんとかなるよ」
「ああ、わかった」
「そうは行くか――」
咄嗟に向きを変えて、翔斗を妨害しようとするクリスだったが、そうはさせまいとユリアがクリスの前に回り込んだ。
「そうはいかないよっ。キミの相手はボクなんだからね」
そして、二人が激しい戦闘が始めたことを確認して、翔斗は水の塊へと接近する。近くで見ると、表面がぷるぷると揺れていて、その色も相まって、某有名ゲームのスライムを連想させた。
(この大きさから考えると、スライムっていうよりは、スライムの王様ってほうがしっくりくるな。っていうか、さっきからこのスライムの存在を無視して二人が戦ってたけど、コイツのほうから攻撃を仕掛けてきたりしないんだな……)
思い返せば、昨日の怪鳥も基本的には逃げ回ってばかりだった気がする。
胸中で分析を繰り返しながらも、二人の戦いの余波を背中でしっかりと感じ取り、翔斗はステッキをスライムへと向ける。
「んじゃあ、いっちょやりますか……」
気合いを入れるように呟いて、翔斗はユリアがやるように虚空に光弾を生み出して、それをスライムに向けて発射した。
しかし、スライムはその柔らかそうな身体で光弾を受けると、そのまま体内に飲み込んでしまった。すると、スライムはぐにょぐにょと身体を変形させた後に、その身体から水鉄砲、いや鉄砲水を発射させて翔斗に襲いかかってくる。
「――――――っ!」
『防御』
肝を冷やした翔斗だったが、ステッキから機械的な音声が聞こえてくると同時に、翔斗の前に桜色の障壁が張られた。障壁によって阻まれた鉄砲水は、その勢いを失ってそのまま河原に落下する。
「サンキュー。それじゃあ、防御面は任せたぜ」
『ええ、お任せ下さい』
すぐに次の手を考えた翔斗は、スライムに手を翳し、魔法を発動させる。
「鎖拘束」
空中で生み出された鎖がスライムを拘束しようと巻き付こうとするが、液体であるスライムの身体は鎖を貫通してしまい、巻き付くものがなくかった鎖はそのまま消失した。
またしても鉄砲水で反撃してくるスライムだが、同じようにデバイスの自動防御がそれを防いでくれた。
「それじゃあ、今度は……」
今度はステッキを大きく振りかぶる。
「光刃飛翔!」
力の赴くままにステッキをフルスイングすると、その切っ先から生まれた光の刃がスライムへと向かっていく。
鋭い刃はスライムの身体を真っ二つにしたものの、その生命力が途絶えることはなく、スライムは何事もなかったかのように分裂したまま空中を漂っている。
「――っ!」
と、次の瞬間、二つのスライムが、体当たりをするような勢いで翔斗に襲いかかってきた。これまで通り、デバイスが障壁を展開させて、防御態勢を整えたのだが、二つのスライムが合体して元の大きさに戻ると、障壁ごと翔斗の身体が飲み込んでしまった。
「ぐっ、息が……」
スライムの内部は液体で満たされているため、当然呼吸をすることがままならない。
身体をもがいて脱出を図るが、底なし沼に沈んでいるかのように、なんの手応えも感じられなかった。
(どうする? 考えろ。こういうときこそ冷静になれ。ピンチを凌いだあとにチャンスは必ずやってくるんだ)
ここでいたずらにもがいたところで肺に残っている酸素を消費するだけだと判断して、翔斗は少し冷静になることにした。
(このスライムは、確実にこのまま体内で俺を窒息死させる気だ。でも逆に考えるんだ。俺は今、体内にいるんだぞ。そのことを利用できないか?)
体内ってのはどんな生物であれ、無防備なものになる。その法則がこのスライムに適用されるのかは定かではないものの、他に手がない以上は、これに賭けるしかない。
「はあああああああああああーーーーー!!!!!!」
体内に蠢く魔力を総動員させて、本能の赴くままにそれを爆発させた。
すると、スライムの身体がどんどんと膨張していき、やがて膨張に耐えきれなくなったスライムは、水風船が破裂するかのようにスライムの身体がはじけ飛んだ。
「はあ、はあ……」
ようやく水攻めから解放された翔斗は、新鮮な空気を求めて、喘ぐように大きく息を吸ったり吐いたりを繰り返して呼吸を整えた。
「これが、魔石のカケラだな」
スライムが消えた代わりに、その空間には蒼い輝きを放つ宝石が一つ浮かんでいた。
「これを、確か封印するんだったよな」
魔石のカケラを手に掴んで、翔斗は繁々と眺める。
「あれ? 昨日みたモノってこんなに光ってたっけ? まあいいや、とりあえず昨日、ユリアがやってたように――」
その瞬間、背筋にゾクリと冷たいものが走った。
「…………!!」
唐突に、魔石のカケラが独りでに翔斗の手を離れ、夜空を明るく照らし始めたのだ。
「な、何が起きてるって言うんだ……」
呆然とした心持ちで夜空を見上げる翔斗。
「「…………」」
その異変にユリアとクリスも気づいたのか、戦いの手を止めて夜空を仰いでいた。
「暴走っ……!?」
最初に声を発したのはユリアだった。
「翔斗クン、カケラから離れて!」
クリスとの戦闘から離脱して、ユリアが全速力でこちらに向かってくる。ユリアの行動に面食らったクリスだが、背中を向けたユリアに攻撃をするということもなく、その場でじっとしていた。
「えっ、いや、何が起こって……」
事態が飲み込めない翔斗は、軽いパニック状態に陥っており、ユリアの言うことを聞き入れる余裕がなくなっていた。
そんな翔斗を恐怖で包み込むように、魔石のカケラの輝きがいっそう増した。
『防御』
突然デバイスの声が聞こえたと思うと、翔斗の前に障壁が張られると同時に、蒼い光線が飛んできて障壁を貫いた。
幸い、光線は翔斗の顔の横を通過したために事なきは得たものの、光線が河の水面と衝突すると、轟音を響き渡り大きな飛沫を立てた。その波の大きさは悠々に堤防を越えるような高さで、もしそれが自分に直撃していたらと思うと、翔斗はゾッとした。
それら一連の流れが一瞬の出来事であり、何が起きたのかすぐには理解できなかった翔斗だが、その蒼い光線が魔石のカケラから発射されたものであることに気づくと同時に身が竦んだ。
そしてそんな翔斗をあざ笑うかのように、魔石が輝きを増すのを見て、翔斗は第二射を用意し始めたことを察した。
とにかく自分の身を守るために身構える翔斗だったが、第二謝が発射されることはなかった。
夜空を駆け抜けたユリアが、奪い取るようにして、暴走した魔石のカケラを手中に収めたからだ。
「くっ――!!」
カケラはユリアの手に収められても、そこから逃れるようとしているのか、皓々とした光を放ち続けていた。
「鎮まれ、鎮まれ、鎮まれ……」
呪詛を吐くかのように、ユリアは何度もその言葉を紡いだ。
それでもカケラは抵抗を示し、やがてユリアの額に玉のような汗が浮かび、顔からは血の気が失せていく様子が窺えた。
「鎮まれえええええええええええええええええええええーーーーーー!!!!!!」
ユリアの気合いが通じたのか、ゆっくりとユリアの手のひらから漏れていた光が、次第に失われてゆく。
「力を鎮め、あるべき姿に戻りたまえ」
光が消えたことを確認して、ユリアはすかさず封印の呪文を紡ぐ。
やがて、ユリアの手に収まっている魔石のカケラの光が完全に消失した。
「ユリアッ!」
翔斗が慌ててユリアの元へと駆け寄ると、力なく空中に浮かんでいたユリアは、下を向いたまま肩で大きく息をしていた。
「翔斗クン……、もうすぐ結界が解けちゃう。とりあえず、下に降りなきゃ」
河川敷に降り立った瞬間、ユリアは完全に力尽きて、そのまま地面に伏してしまった。
すると、ユリアの服装が制服姿に戻り、自然と結界も解除されてしまった。
結界特有のべたつくような感じが消え去り、普段通りの豊風市が戻ってくる。
「マズッ――!!」
辺りを見回してみるが、月と頼りない街灯だけが照らす河川敷の周囲は、幸いにして人影はなかったようで、翔斗はほっと胸をなで下ろした。
「大したものだな……」
「――――――!!」
背後から聞こえた声に振り返ると、いつの間にか、そこにはクリスが立っていた。
「そんなに警戒するな。この期に及んで、キミたち二人で封印したカケラを奪おうなんて算段はない。今日のところはキミたちの勝ちだ。カケラとはいえ、まさか暴走した『過去の遺失物』を自力で封印してしまうとはな。ククッ、それじゃあ、今日のところはこれで退くが、また相まみえることもあるだろう。キミたちと僕の道が交わっている限り」
それだけを告げて、クリスは翔斗たちに背中を向けて去ってしまった。
翔斗はその背中を見送ってから、意識を失っているユリアを背負って帰路に就いたのだった。




