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魔法少女は男の娘  作者: ぴえ~る
三章 魔法と魔導
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3-2 巡り会い

 一方そのころ、クリス・シャールは、そば処「麹」にて、店のお手伝いをしていた。時刻は午後二時、昼時のちょっとした賑わいも去ったところで、昼休憩ということになり、店先の暖簾を下ろしたところであった。そのため、店内には店長とクリスの姿しかない。

「ほい、クリスちゃん、まかないだよ。こいつは労働に対する正当な手当てだから、遠慮することはねえ」

 クリスは熱々のそばが乗った器を受け取った。

「ありがとうございます。いただきます」

 誰もいない、がらんとした店内の四人がけテーブルに、クリスは店長と向かい合って座る。

「あの、こう言っては失礼なのですが、この店の混雑具合を見る限り、僕が手伝うまでもなかった気がするのですが……」

「かはは、そんなことはねえよ。お客さんも俺みたいなむさ苦しいおっさんに食事を運んでもらうよりも、クリスちゃんのような若くて可愛い子のほうがいいに決まってる。それだけでも店の売り上げには十分貢献してくれてんだ。こっちとしては、大助かりだよ」

「可愛いですか……」

 クリスは複雑な気持ちでその言葉を舌で転がした。

「果たして、お客さんの中で、僕の本当の性別に気づいた人はいたんでしょうかね……?」

 おそらくはゼロだろうと、クリスは思う。

「まあ、初対面でクリスちゃんを男と見間違えた俺が言うのもなんだが、クリスちゃんは間違いなく女の子だよ。昨日と今日と接してみて、ありありと感じた」

「なるほど……。所作なんかでも僕の性別がわかってしまうということか……。そのあたりもきっちりと気をつけなければな……」

 すまし顔で頷くクリスに対して、店長はそばの器を眺めながら、いつもの彼に比べれば驚くほどに控えめな調子で口を開いた。

「なあ、クリスちゃん……」

「……ん、なんだ?」

 問い返すと、店長はその先に続く言葉を少し考えた後に言葉を紡いだ。

「これから話すことは、明らかに常軌を逸脱している内容になるだろうし、もし間違っていたら、年食ったオヤジの妄言だと思って、笑い飛ばしてくれてもいい」

「なんだ? ずいぶんと勿体ぶった言い方だな。笑い飛ばすも何も、その内容を聞かない限りはこちらで判断できるわけもない」

「まあもっともな意見だわな。えーっとよ、俺は人の素性を訊ねるってのはあんまり好きじゃねえし、普段ならそういうのは気にしないことだから、今回も黙ってようかとも思ったんだけどな。ただこればっかりは、昨日からどうしても気になっちまってな……」

「店長、昨日会ったばかりの僕が言うのもなんだが、そんなふうに悩んでウジウジとしている姿は店長には似合わないぞ。もっと堂々としているがいい」

「ははっ、クリスちゃんにそんな風に言われるとはな……。俺も本当に年を取ったというわけか。そんじゃあ、単刀直入に聞くぜ」

 そこで店長は一度言葉を切って、小さく息を吸った。

「あんた、昨日は外国人とか言っていたが、そもそもこの世界の人間じゃなくて、別の世界から人間だったりしないか?」

「えっ――」

 それは手に持っていた割り箸を思わずテーブルの上に落としてしまうほどの衝撃だった。

 純太に性別を当てられた時の衝撃も相当なものだったが、店長の指摘はそれを遙かに凌駕していた。

「――な、何を根拠にそんなことを思ったんだ?」

 とはいえ、その指摘が根拠なしの妄言である可能性が拭えない以上、ここで素直に頷くわけにはいかない。

「そば屋を開業する前に俺が外国を旅してたって話は、昨日したよな。そこで俺はある男と出会って、少しの間一緒に旅をしたことがあるんだ。たった一瞬間程度の付き合いだったが、そいつとはおそろしいほどに気が合ってな。そいつとの旅路は今でも夢に見るくらいだ」

「ちょっと待て。いきなり話を変えるな。別の世界がどうとかいう話はどうなったんだ」

 身を乗り出して問いかけると、店長はクリスの興奮を静めるように手のひらを向けて苦笑した。

「まあまあ、そう急かさないでくれよ。物事には順番ってのがあるんだ。とにかく、そこで会った男が問題なんだ。男の名前はリヒト・シャール。クリスちゃんと同じ、シャールの名を持つ男さ」

「――!!」

 その名前をまさかこんなところで聞くとは思っていなかったクリスは、驚きのあまり言葉を失った。

「リヒトはとても不思議な力を持つ男でな。なんでもその力は魔導と呼ぶらしくて、それを使える自分は魔導騎士だとか言っていた。実際に、その魔導という力を見せてもらったのは、数えるほどしかないが、その衝撃は今でも鮮明に覚えている」

「…………」

「もちろんファミリーネームだけで判断したわけじゃない。クリスちゃんがシャールって名乗ったときも、最初はただの偶然なのかなって思ったんだけどな」

 ここでクリスが店長と出会ったこと、そしてリヒトという男が過去に店長と出会っていたこと、この二つは紛れもない偶然だが、二人の名にシャールがついていることは偶然ではない。

「クリスちゃんの目がな。あいつとそっくりだったんだ」

「…………」

 小さい頃はよく近所のおばちゃんに「クリスちゃんの目は、お父さんにそっくりだねえ」と言われたことを、クリスは思い出していた。

(ははっ、まさか故郷から果てしなく離れているこんな場所で、同じ言葉を聞かされるとはな……)

 親子揃って、こんな辺鄙な星に住む一人の人間に巡り合う。これほど運命という言葉が似合う状況はないだろう。

(ともすれば、僕がこの世界にやってきたのも運命だったというわけか……)

 クリスはそんな自分の境遇に笑いを堪えきれなくなって、口元を小さく綻ばせた。

 父の存在を知っている以上、自分の存在を隠す必要性を感じなくなったクリスは、身の上の話をすることにした。

「わかった。そういうことでしたらお話しよう。あなたのお察し通り、リヒト・シャールは僕の父親だ」

「そうか……、昨日から、やっぱそうじゃねえかと思ってたんだ。ははっ、なんてこった。神なんてもんは、普段まったく信じていないが、こればっかりは神に感謝だな」

 店長は誰に聞かせるわけでもない、本当に小さな呟きを漏らした。

「本来ならば、魔導のようにこの世界に存在し得ない力に関係することは、無闇に他人に話すことではないのだ。僕の身分について触れると、自然とそのことにも触れないといけなくなるからな。そういうわけで、失礼だとは思いながらも、僕は自分の身分を伏せておくつもりだった。が、あなたが父のことを知っている以上、今さら隠す必要もないとも感じた。ここまで良くしてもらった最低限の礼儀として、あなたにだけは僕の素性を知ってほしい」

 これは想像でしかないが、父は店長という人間を相当信頼していて、それで魔導という力を彼に見せたのだと思う。

「ああ、聞かせてくれ。せっかくこうしてあいつの娘と会えたんだ。それくらいのことをしてもバチがあたらねえだろう。と言いてえところだが、長え話になるとそばが伸びちまうから、先に食べちまおうや」

「ああ、そうしよう」

 店長の言葉に従ってそばを食しているうちに、クリスは頭の中で彼に伝えるべき話を整理した。

 しばらくの間、店内にはそばを啜る音だけが響いていた。

 ほぼ同時に、二人はそばを食べ終わり同時に箸を置く。

 そのとき、二人の間に妙な沈黙が流れていたが、最初に破ったのはクリスだった。

「それじゃあ、まずは父の話をしよう。父は今から五年前、とある事故に巻き込まれて命を落とした」

「そうか……。娘のクリスちゃんの前でこんなこと言うのもなんだけれど、あんまり長生きするようには見えなかったもんな……」

 店長は父を思って目を伏せてはいるものの、その事実を粛々と受け入れているように見えた。

「僕は父の意志を継ぎ、シャール家の唯一の生き残りとして――魔導騎士の生き残りとして、シャール家の発展、そして魔導の発展という使命をまっとうするつもりだ」

「なるほどねえ。それじゃあ、クリスちゃんが男のフリをしているのもシャール家の筆頭としての覚悟ってことでいいのかな? 男女差別になるのかもしれないが、やはり女よりは男であるほうが、色物として見られることもないだろうし、箔が付きやすいもんな。そっちの世界じゃどうなのかはわかんねえけどな」

「ああ、理解が早くて助かる。まさしくそんな感じだ。僕はとある『過去の遺失物ロストマテリアル』という代物を得るためにこの世界にやってきた。少しばかり邪魔が入っているが、そんなのは関係ない。その『過去の遺失物ロストマテリアル』の力を利用できれば、きっとアレが完成するのだ。そうして僕はアレを足がかりに、父の悲願でもあった魔導の復興を成し遂げてみせる」

 説明にも途中から熱が入ってしまい、クリスは自然と拳を握りしめていた。

「そういや、リヒトの野郎も、この世界での捜し物がどうたらとか言ってたっけな。これも因果か……」

(父さんもか……)

 おそらくは父もクリスと同じように、魔導発展を目指して、今回の魔石のような『過去の遺失物ロストマテリアル』を探してこの世界にやって来たのだろう。

「僕に関しては以上だ。ついでに最後に一つ聞きたいのだが、店長が僕にここまで気を使ってくれたのは、僕に父の面影を感じたからか?」

 その問いに対して、店長は楽しそうに口元を歪めて答えた。

「それは半分だな。もう半分は純太の野郎に頼まれたからさ。どういうわけか、あいつはクリスちゃんを気に入ったみたいなんでな。柄にもなく叔父として、あいつを応援してやろうと思ってな」

「…………?」

 店長の意図するところがわからず、クリスは疑問符を浮かべながら、人形のように整った小さな顔を傾げた。

「ま、とにかくだ。捜し物があるって言うんなら、一日中店を手伝うってわけにはいかねえだろ。夕方からは純太も来ることだし、自分の目的を果たしに行けばいい。宿代とまかないだけだってんなら、昼間の手伝いだけで十分だからよ」

「何から何まで恩に着る」

 ここで、店長がさらに気を使って「店の手伝いなんかしなくて良いから探し物を探せ」などと言われていたら、むしろ居たたまれなくなっていたことだろう。

 そんなところまで気を使ってくれる店長に、クリスは素直に甘えることにした。

 それは、店長が父の友人であることを知り親近感を感じたことで、自分の弱みを見せられるくらいに気を許したということなのかもしれなかった。

「ただ僕のことについては、ここだけの話にして、他の誰にも口外しないで欲しい。もっとも、口外したところで、信じてもらえることはないかもしれないが……」

「そりゃあ、純太にもってことか?」

「もちろんだ」

「ああ、わかったよ。それでももし、純太のことを信頼してくれるのなら、自分の口からアイツに伝えてやってくれ。少なくとも、俺の口からアイツに漏れることはねえからよ」

「ああ、考えておく」

 偶然に偶然が重なって見つけた、父を知る人物。

 それからクリスは父と店長がどのように時間を過ごしたのかを、聞かせてもらったのだった。

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