2-1 初めての実戦
夕闇に染まった豊風市の繁華街、男子校生二人が――うち一人はどっからどう見ても女子高生にしか見えないが――闊歩していた。二人組の名を綿谷翔斗とユリア・ローレントという。
(さっきから、妙に見られてるような……)
行き交う人間たちからの無遠慮な視線を感じる翔斗だったが、その原因が主にユリアにあることは明らかだった。
性別はともかくとして、ユリア本人は人目を惹くだけの容姿を携えている。よって、このように注意を浴びるのも仕方ないといえば仕方のないことなのかもしれない。
現に、通り過ぎる男子高校生っぽい連中が、ユリアのほうを見て、「さっきの子、めっちゃ可愛かったよな」などと、呟いている声が聞こえた。
翔斗だって、突然ユリアのような美少女が目の前に現れたら目で追ってしまう自信があるし、事実、その経験もある。
しかしユリア本人は視線を浴びるのに慣れているのか、それとも単純に視線が気にならないのか、それを気にする素振りもなく平然とした様子である。
「ねえ翔斗クン、このあたりは随分と人が多いね」
「まあ、いちおうは豊風市の繁華街だからな。んで、それはそうと、カケラの場所の見当はついてるのか?」
繁華街にやって来たのは、当然思いつきとかいうわけではなく、ユリアが探している魔石のカケラの捜索をするためだった。
「探索は二十四時間、ボクが寝ているときも、魔法によって続けられているからね。そんなわけで、範囲も徐々に絞り込めてはいるよ。この近くにその反応があるみたいだから、今日はそれを回収しようと思ってね」
翔斗はあの後、魔法の基礎に関する簡単なレクチャーと訓練を受けた。
訓練の時にはデバイスを利用しないと危険だということで、お互いに魔法少女の衣装を身に纏ったままの訓練となった。
結局、一時間強ほどあの格好のままでいたため、訓練が終わるころには、なんとも恐ろしいことにスカートのスースーとした感触に慣れつつある自分がいた。
人間という生物はどんな状況であろうと、その状況に適応してしまうものらしい。それ自体は素晴らしいことなのだが、もっと別の場面でそれを実感したかったというのは、翔斗のワガママなのだろうか。
「まだ少し明るいけれど、そろそろ昨日のように結界を使って、カケラの回収に入るのか? それとも、もう少しそのへんで時間を潰すか?」
ユリアは唇に指を当てて、少し思案した後に、
「う~ん……、もう少し待とうかな」
「なあ、俺思ったんだけれど、人払いの結界があるんだから、昼夜関係なく人目に付かず、回収作業は出来るんじゃないのか?」
「まあ、厳密に言えばそうなるかな。でも、ボクみたいな、どっからどう見ても学生にしか見えない人間が平日の昼間っから歩いているのは、それはそれで別の意味で問題でしょ。だからやっぱりちゃんと、この世界でしばらく暮らす以上は、相応の身分に固めないといけないんだよ」
「それでも、なんか後付けな理由な感じがするんだよな……」
「まーまー、そのへんはいいじゃない。それとも翔斗クンは、ボクと一緒に学校に通うのがイヤなの……?」
「うっ……」
ユリアは不安そうな瞳で、翔斗を見上げていた。
美少女の困り顔を目にすると、その相手の性別に関係なく鼓動が早くなってしまうのは、翔斗が男である以上は仕方のないことだろう。
(だから、その顔は反則だって……)
ため息をついた翔斗は、潔く自分の敗北を認めることにした。
「ああ、もう! 別に嫌なわけじゃねーし、そのへんのことはユリアに任せるよ。そこに何か考えがあろうとなかろうと、俺はユリアのお供でマスコットなんだろ。だったら主人には従うさ」
やけくそ気味にそう告げると、ユリアは不安そうな表情を打ち消して満足そうに頷いた。
「それじゃあ、翔斗クンにこのあたりでも案内してもらうかな。いいかな?」
「そんなに案内するようなところでもねえけどな」
結局しばらくの間、二人は益体もなくブラブラと歩きながら、益体のない話を繰り広げた。
こんなふうにユリアと過ごす時間を居心地良く感じるようになっていたので、長いこと一緒にいる友人のような錯覚をしてしまいそうになるが、よく考えれば初めて言葉を交わしてから二十四時間すら経ってないのだ。
ユリアがグイグイと距離を詰めてきたというのもあるけれど、それにしたってこんなふうに気を使わず話が出来る相手となれば、家族を抜くと、他に純太くらいしか思い浮かばない。
なんていうか、奇跡的な感じで馬が合ったのだと思う。
こんなことを口に出すと、またしてもユリアに徹底的にからかわれることになるのは目に見えているので、意地でも口にしたりはしない。
ユリアも同じような事を思ってくれているのだろうか、それは気になるというよりは、同じように思っていてくれたらいいな、という願望に近いのかもしれない。
そんなこんなで、気づいた時には夕闇が暗闇に打ち消されるような時間になっていた。時刻は十八時を少し過ぎたところ。
このあたりは繁華街なだけあって、夜になっても人通りが途絶えることはない。それこそ日付が変わるような深夜あたりにでもならない限り、人の気配が消えることはないだろう。もしくは、深夜帯でも人通りは途絶えないのかもしれない。
「そろそろいいかな。それじゃあ、翔斗クン、ついてきて」
前を歩き出したユリアの背中を追いかける。
人通りが途絶えることはなくても、人目に付かないところは存在する。大きな通りから内側に何本か入ると、街灯の明かりが届かない薄暗い空間が現れる。そこだったら、たとえ何かをしていても見咎められる危険性はかなり減るというわけだ。
車一台も通れないような幅の狭い通りに入って、二人は立ち止まった。通りの外はけっこうな数の人が通過しているが、わざわざこんなところにまで入ってくる人はほとんどいない。
「翔斗クン、人がいないからって、変なことをしちゃダメだよ」
する必要もない忠告をして、ユリアは軽く微笑んだ。
最初のうちはそんなユリアの冗談に何度も翻弄されていた翔斗だが、スカートの話と同様に人間とは慣れる生き物なので、大げさに狼狽えることはなくなった。
それでも、一瞬だけドキッとしてしまうのだけは、抗えない本能みたいなものなのだろう。従って、ユリアに手玉に取られないようにその心情を表に出さないことを心がけることで対抗するのであった。
「そ、そういうのはいいから、さっさと始めようぜ。俺は腹が減ってきたからできるだけ早く終わらせて欲しいんだけど」
「もうっ! ちょっとした冗談なのになあ……。まあ仕方ない。そう言うんだったら、さっそく仕事に取りかかろうか」
不満そうに唇を尖らせたが、すぐに仕事モードに入ったユリアは、真面目な表情を作って、天に手を掲げた。
「結界展開」
ユリアが呟くと同時に、昨夜感じたあの感覚が翔斗を襲う。
「うっ…………」
静電気を浴びたように肌がピリッと軽い痛みを感じると同時に、視界が一瞬ちらつき、脳みそに小さな異物が混入したような鈍い頭痛が襲った。
「翔斗クン、大丈夫?」
いつの間にか頭を抑えて顔をしかめていた翔斗を見て、ユリアが心配そうな表情でのぞき込でくる。
「わりい、大丈夫だ。心配すんな」
気分は優れなかったが、それでも昨夜に比べれば、全身を襲う違和感が軽減している事を実感する。少しだけ免疫が付いたということなのだろう。
「それじゃあ、行こっか。たぶんカケラはボクの魔力に反応しているはずだから、すぐに見つかるよ」
人の気配も街の喧騒もなくなった孤独な世界。けれど、この世界に蔓延る異物的な存在――異質な力が蔓延っているのを、翔斗も感じ取ることができた。
(なるほど、昨日は感じなかったけれど、これが魔石のカケラの気配みたいなものなんだな)
「それじゃあ、まずデバイスを起動させて変身しないとね」
「あ、ああ……」
変身後の自分の姿を思い浮かべるだけで気分が沈む。
というか、翔斗の反応が普通なのであって、フリフリの衣装を着ることに抵抗をまったく抱いていないユリアの精神のほうが異常なのではないだろうか。
(いや、普段から女の子の格好のユリアを基準に考えるのは間違ってるな)
翔斗は自分の考えの愚かさに気づいて嘆息した。
「翔斗クン、準備がいい?」
「ああ、わあーってるよ。やるよ。やればいいんだろ」
恥という感情を捨てるような思いで呟き、翔斗は首からかけていたデバイスを取りだす。
「それじゃあ、翔斗クン。行くよ」
「「起動開始!」」
刹那、二人の身体が神秘的な光に包まれた。
数秒後、その光がゆっくりと失われ、そこに立っていたのは、可愛らしい魔法少女が一人と、どうみても不審者にしか見えない、魔法少女のコスプレをした男が一人だった。
改めて自分の格好を見下ろすと、なんとも表現しにくいがドギツイものがある。
夜風がスカートをなびかせて、心許ない股間の辺りをなで付ける。
ユリアのように堂々としていれば恥ずかしさも少しは薄れるのかもしれないが、人間は早々簡単に割り切れるものではない。
それでも、ユリアが翔斗の格好を冷やかしたりすることもなく、受け入れてくれているのが、唯一の救いと言えば救いなのかもしれない。
「とりあえず広いところに出よっか」
人気の少なかった狭い通りから広い通りに出るが、やはりそこに自分たち以外の姿は見つからない。昨夜も経験したとはいえ、この広い繁華街に自分とユリアしか存在しないというのはかなり薄気味悪い。
けれど自分の格好のほうがよっぽど薄気味が悪いことに気がついて、翔斗は泣きたくなった。
「それじゃあ、翔斗クン、跳ぶよ。さっきの訓練のようにやれば、できるはずだから大丈夫だよね」
当たり前のように、ユリアは地面を蹴り上げて、地上一階から大通りに面している八階建てビルの屋上へと着地した。
(イメージしろ。魔力を両足に集中させて、それを爆発させるんだ)
「はあ――っ!!」
天高く飛び上がる自分をイメージしながら、気合いを入れるように呼気を吐きながら地面を蹴って高く飛び上がった。すると、重力に逆らって身体が天に向かっていく。やがて屋上を少し通り過ぎたところで、上に向かう速度がゼロとなり、屋上へと着地した。
翔斗がついてきたことを確認して、ユリアは屋上の端のほうに歩み寄り、その向こうに見える一点を指差さした。
「翔斗クン、アレ……」
「うわっ、なんだありゃ」
ここから西側の少し離れたところにある大きな百貨店。その建物の屋上で一匹の白い鳥が優雅に羽休めをしていた。鳥といってもそのシルエットが鳥というだけでその体躯は翔斗の倍をゆうに超えていた。
昨夜見た恐竜の化け物もかなりの迫力があったが、その巨大な鳥――怪鳥も異様さという点では負けていない。
「こりゃあ空中戦になりそうだね。翔斗クン、まずはあいつのところまで飛んでいくよ」
翔斗の返答を待たずに、ユリアは履いているシューズに羽を生やして、その羽で飛び立ってしまった。
(俺だって、空くらい飛べるさ。まあ見てろって)
魔法の力は思い込みの力。
飛べるか飛べないか、とかそういうことを考えるのではなく、夜空を滑空するという行為自体を当然なものとして受け入れるのだ。地面を歩くことが人間にとって、自然であるように、夜空を飛ぶことだって自然な事になり得るのだから。
「浮遊」
呟くと、翔斗の身体が、重力という概念を超えてゆっくりと持ち上がる。
魔法初心者である翔斗が、こうして魔法という現象を的確に起こせるのはユリアから譲り受けたデバイスが的確に補助をしてくれているという点が大きいのだが、それでも短時間でここまで使いこなせるようになったのは、翔斗の才能に他ならない。
とはいえ、その力に満足している場合ではない。
正面を見ると、すでにユリアは怪鳥の近くまで迫っていた。それに追いつくためにも、翔斗はスカートを翻して夜空の中へと溶け込んだ。
ユリアは怪鳥の眼前に立つと、昨夜と同じように、いきなり虚空にピンク色の光弾を発生させ、それを撃ち出した。
「発射」
弾丸のような早さで向かっていく光弾に対して、怪鳥はその大きな翼で大きな体躯を覆って身を守った。
『キエーーーーー!!』
様子見を続けるつもりなのか、咆吼を上げた怪鳥は翼の隙間から油断のない瞳でこちらを睨んでいた。
「う~ん、ダメージはなしか……、これじゃ効果は薄いみたいだね……」
「それじゃ、どうすんだ?」
ユリアの隣に並んだ翔斗が問うと、ユリアはニヤリと笑みを浮かべる。
「でかいのをドカンと一発ってのが妥当かな。昨日みたいな砲撃をお見舞いしてあげるよ」
宣言すると同時に、ユリアの足下にピンク色の魔方陣が生まれる。
(昨日は遠くから見てただけだったけど、これは――)
近くに立っているだけだというのに、翔斗はユリアの迫力に腰を抜かしそうになるのを我慢しながら、ユリアのステッキの先端に集まってゆく桜色の光を眺めていた。
しかし、怪鳥のほうも黙って眺めているわけがない。ヤツはユリアのただならぬ気配を察したのか、逃げるという判断を下して、大きな翼をはためかせて夜空に離脱した。
その際に、羽によって生み出された強風が二人の肌に突き刺さった。
翔斗は踏みとどまるようにしてその強風に抵抗したが、集中状態のユリアはそもそも強風なんてものがなかったかのように平然としていた。
「甘いよっ!」
ユリアは夜空に逃げ込んだ怪鳥を逃がすつもりはないらしい。こちらに背中を向けて、距離を稼ごうと飛行している怪鳥にステッキの先端を向けた。
「砲撃発射!」
号令とともに発射された桜色の閃光が、怪鳥へと襲いかかる。それでも逃げようとする怪鳥だが、逃げまどう鳥がピストルの弾丸に速度で敵わないように、怪鳥は一瞬にして砲撃との距離が詰められている。
(直撃だ……)
そう思った瞬間、怪鳥はぎりぎりの間合いで身体を翻してユリアの砲撃を躱したのであった。身体の一部を掠っていたのかもしれないが、それでもダメージらしいダメージを受けた様子は見られなかった。
怪鳥を素通りして、天を貫いたユリアの砲撃は夜空に浮かぶ星の一つとなって消えた。
「ま、そう簡単に行くわけないよね。とにかく翔斗クン、サポートよろしくねっ」
落胆の様子もなく、ユリアはその場に翔斗を残して、怪鳥を追いかけて行ってしまった。
「ちょっと待て。サポートって――」
なんでもないことのようにユリアは告げたが、翔斗にとって魔法を使っての戦闘なんてこれが初めての経験なのだ。サポートと言われても、何をすることでユリアのサポートになるのかなんて、わかるはずがない。
翔斗の呼び止めもむなしく、ユリアの背中がずんずんと小さくなっている。
「まあいい。そういうことなら、やるしかねえよな」
自分を奮い立たせるように、翔斗はステッキを握りしめて呟いた。
視線の先では、鳴き声を上げながら、怪鳥が夜空の中に弧を描くように羽ばたいている。それを後ろからユリアが追いかけているが、怪鳥のほうがスピードが上回っているため、そのまま追いかけっこを続けていても追いつけそうにもない。
大技はどうせ避けられるだと悟ったのか、ユリアは砲撃のような威力の大きな魔法には頼らず、何度も光弾を発射して怪鳥にぶつけている。ただ、やはり威力不足なようで、何度も直撃はしているものの、怪鳥の動きが衰えることはない。
外れた光弾が繁華街をボロボロに変貌させてゆく光景を見て、ゾッとするような気分だったが、どうせ結界が解けると同時に元通りになる。というか、ここでの出来事は現実世界には影響を及ぼさないことを思い出して、視線をユリアたちに戻す。
怪鳥の動きを見る限り、ヤツはユリアのみに気を取られている。
そもそも、怪鳥はこの場に翔斗もいること自体気づいていないのかもしれない。確かにこの場において、怪鳥にとっての一番の脅威はユリアに他ならないし、戦闘に参加しているのはユリアだけだが、それでも無視されるというのは気に障るものがある。
(……なんのために、俺がこんな恥ずかしい格好してると思ってんだ)
その後も怪鳥の逃亡劇は続き、翔斗は二人の戦いに割り込むタイミングを図っていた。その間に、怪鳥にたたき込む一撃を用意するために体内の魔力をしっかりと練り上げる。
「……ここだっ!」
光弾を浴び続けている怪鳥が、翔斗の上空付近を通過しようとした瞬間、翔斗は飛び上がって怪鳥の進路方向へと割り込んだ。
ものすごいスピードでこちらに向かってくる怪鳥目がけて、野球のスイングの要領でステッキを振り回す。
「光刃飛翔!」
ステッキの先端から生まれた光の刃が、翔斗の手を離れて怪鳥へと飛んでゆく。
翔斗の想像では光の刃によって怪鳥の身体が真っ二つになる予定だったのだが、怪鳥は光の刃にぶつかる寸前で、滑るような動きで進路を横に変更し、翔斗の一撃を躱した。
そして行き場のなくなった光の刃は、そのまま怪鳥の背後にいたユリアへと襲いかかる。
「――わわっ!」
怪鳥という巨大な障害物に阻まれていたせいで、ユリアは光の刃の接近に気づかなかったようだ。
驚きの声を上げたユリアは、光刃を受け止めようと、咄嗟に右手を掲げて光の壁を展開した。間もなくして、光の刃が光の壁と衝突し、威力が相殺された光の刃はそのまま消滅した。
「すまん、大丈夫か? ユリア」
慌ててユリアのもとへと飛んでいき、翔斗はユリアの安否を気遣って声をかけた。
ユリアが咄嗟に防いでくれたから事なきを得たが、一歩間違えれば味方を傷つける一撃になりかねなかった。自分の一撃でユリアが致命傷を負うなどと自惚れているわけではないが、それでも軽率な一撃だったことは間違いない。
「うん、ボクなら大丈夫だから気にしないで。翔斗クン、今のは中々いい狙いだったよ。この調子であいつを追い詰めていこう」
「ああ、でもどうすんだ? あのすばしっこさもそうだが、硬さもそれなりのもんだろ」
こちらの動きがなくなると、怪鳥はこちらと十分な距離を開けたところで動きを止め、翔斗たちを見据えている様子だった。
「そうだね。どうも反撃してこないところを見ると、防御と素早さに特化しているみたいだ。といっても、ボクの全力の砲撃ならその防御を破る自信はあるけれど……」
「かといって、あの素早さだ。そう簡単に当てられるとは思えないぞ――いや、待てよ。それだったら、その足を封じてやればいいのか」
「ご明察。それじゃあ、翔斗クンにはその役をお願いしようかな? ボクはあいつを引き付けるから、その間にがっちりとあいつの身体を押さえつけちゃってね」
同じような格好をした二人は、同じように両手でステッキを握りしめて、視界の真ん中に怪鳥を見据える。
「ボク達ってさ……」
そこで言葉を句切ったユリア。
「なんだ?」
翔斗がそれに続く言葉を翔斗が促すと、
「いいコンビになれるかもね」
心底楽しそうなユリアの笑顔に、翔斗はなぜか桜の下で出会ったユリアの姿を思い出して、不覚にもドキッとしてしまった。
(適当なことを言いやがって……)
そもそも、何を持ってユリアはその発言をしたのかはわからない。さっきは翔斗の勇み足でユリアを危うく傷つけてしまいそうになったし、コンビ技らしいものを一つとして披露してはいない。
もしかして、ユリアなりに気を使ってくれた上での発言だったのかもしれないが、それでもそう言ってくれたユリアの期待に応えることこそが、この場における翔斗の役目なのだろう。
それにユリアといいコンビになれるかもしれない、と言われて、少し嬉しかったのは事実なのだから。
「だったら、楽しいかもな」
口元を緩めて呟くように答えると、ユリアは小さく頷いて怪鳥に向かって飛び立っていった。
(足止め、拘束、どんなものを使えばあの化け物の足を考えるんだ)
具体的なイメージを伴わなければ、あの化け物の動きを止めることなんて到底できるわけがない。
翔斗から離れたところで、怪鳥に向かって光弾を放つユリア。怪鳥がそれを翼で身を固めて受け止めるのは同じだが、そこから一転して今度はヤツが攻撃に出た。
攻撃とはいっても、そのスタイルはヒットアンドアウェイで、重きは防御においているようだ。大きなくちばしでユリアを突こうする程度で、ユリアのほうも難なくその攻撃に対して、翔斗の光の刃を受け止めた時のように、障壁を展開して防いでいる。
攻撃がユリアに防がれたことで、怪鳥はまたしても距離を取ろうとする。それを追いかけながら、ユリアがもう一度光弾を放つが、怪鳥はそれを躱すと同時に上空で一回転してユリアへと迫る。
(――今だ)
「鎖拘束!」
その一瞬を狙い、翔斗は怪鳥の動きとスピードを計算に入れながら桜色の鎖を放った。
だがしかし、怪鳥の動きは翔斗の予想を軽く凌駕しており、翔斗の放った鎖は誰を絡め取ることもできずに空中でむなしく霧散した。
――そして、その一瞬後のことである。
『グワワワワアアアーーーーー!!!!』
ところで、戦いにおける定石とはなんだろうか。それは、まず弱いモノから片付けるということである。
特に相手が格上か同格である場合、その相手に全力を注がないとまず勝負にならない。少しでも集中力を割くというのはマズイ状況だ。よって早々に周りにいる格下を片付けて、その相手と同じ土俵――つまりは一対一で戦わない限り、まず勝ち目はない。
果たして、怪鳥がそんなセオリーを熟知していたのかはわからない。
それでも、月を背に羽ばたいていた怪鳥は急激に進路を変更し、翔斗のほうへと向かってきた。
「翔斗クン!」
ユリアが切羽詰まった声を上げるまでもなく、翔斗は怪鳥がこちらに向かってくるのには気づいている。
咄嗟に飛行して離脱を図るが、スピードは向こうの方が何倍も上だ。進路を変えてもそれに追随される。
その間にも、怪鳥は弾丸のようなスピードで、鋭いくちばしの先端で翔斗を串刺しにしようと一気にこちらとの距離を詰めていた。
さっきは勇敢にもそんな怪鳥の進路に立って一撃を放った翔斗だったが、今回は咄嗟のことでそれに抵抗する手段が思い浮かばなかった。向かってくる相手に対して、自分の意志で相手の前に立つのと、不意に相手が自分のほうへ向かってくるのとでは、心の持ちようが変わってくるからだ。
戦いというものに慣れている者ならば、そんな状況に陥っても、少しでも自分の受けるダメージを減らすだとか、相手を向かい撃つ手段を講じることができるのかもしれないが、戦闘に関して、翔斗はまったくの素人である。
「なっ――」
眼前に迫った敵に対して、恐怖心から目を背けるために目を瞑るのが精一杯だった。
しかし、翔斗の身体が怪鳥のくちばしに串刺しにされることはなかった。なぜならば、ヤツの突進は翔斗の目の前で止まってしまったからだ。
『防御』
翔斗が手にしているステッキから、突然機械的な音声が聞こえてくると同時に、目の前にピンク色の障壁が張られ、その障壁が怪鳥の体当たりを拒んだのだ。
『マスター、防御はお任せください。あなたは自分の成すべきことを――』
その抑揚のない音声こそ、この場においてはかなり頼もしいと思えた。
「ははっ、サンキュ、情けなくもびびっちまったぜ。この距離なら、今度こそ絶対に外さねえからな。鎖拘束!」
翔斗が鎖を投げ飛ばすと、身をよじって躱そうとした怪鳥だったが、この至近距離で翔斗がそれを外すこともなく、鎖が怪鳥の全身を絡め取った。
『キキキーーーーーー!!!!!!』
苦しそうに悶える怪鳥の様子を確認して、翔斗はすぐに頭上を仰ぐ。
「ユリア!」
翔斗が叫ぶまでもなく、ユリアはすでに砲撃態勢に入っていた。ユリアの足下では魔方陣が神々しい光を煌めかせて輝いている。
「翔斗クン、お見事だよっ。それじゃあ、こっからはボクの出番だねっ」
翔斗は怪鳥の拘束が解かれないように細心の注意を払いながら、ユリアの砲撃の巻き添えを食らわないように怪鳥から距離を取った。
(ユリアのあの攻撃はシャレにならねえからな……)
街を抉ったユリアの砲撃の恐怖が脳裏を掠め、翔斗はユリアからだいぶ離れた位置で身を震わせている。それに対して、ユリアは怪鳥の真上へと移動し、そこから怪鳥を見下ろしている。
「それじゃあ、行くよ。ちょこまかと動き回られて、こっちは大変だったんだからね!」
ユリアは鬱憤を晴らすかのように両手に力を込めた。すると、ユリアを中心として一陣の風が舞う。
「この星に息吹くすべての魂よ。今こそボクにその力を貸したまえ」
ユリアの身体の周りを、オーラとも呼ぶべき威圧感が纏っているように見えた。目を凝らして見ると、やはりそれは錯覚などではなく、ステッキから漏れた魔力が膜のようになってユリアを覆っていたのだった。
「それじゃあ、いっくよ。砲撃発射!」
ステッキから発射された砲撃は、あっという間に怪鳥を飲み尽くす。
『――――――っ!!!!』
それにより怪鳥は悲鳴を上げることもできずに、跡形もなくなって消滅した。
ユリアの砲撃が、地面と直撃した瞬間、轟音が鳴り渡り、そのあたり一体は隕石でも落下したかのように見るも無惨な姿になっていた。
「…………」
変わり果てた街並みを見て、翔斗は今日も言葉を失ってしまった。
そんな状況に陥っても、結界さえ解いてしまえば、すべてが元通りになるというのだから、結界とはなんと便利な代物なのだろうか。
「お仕事完了、今回もカケラは二つだね」
怪鳥がいなくなった空間には青色のカケラが浮かんでいた。昨夜も拝見した魔石のカケラである。
大きさも昨日見たものと同じくらいで、それが二つ浮かんでいる。
「力を鎮め、あるべき姿に戻りたまえ」
ユリアは二つのカケラを両手で包み込み、祈るような仕草で呟いた。
「お疲れ」
翔斗はユリアの元へと近づいて、その華奢の肩をぽんと叩いてねぎらった。
「翔斗クンもお疲れ様。初めての実戦はどうだったかな? 最後のバインドは見事だったし、先輩のボクが見る限りは、随分と落ち着いて立ち回っていたような気がするけど」
「さあな。こっちも割と無我夢中って感じだったからな。それにコイツにも助けられた」
その殊勲を称えるように、ステッキを持ち上げてみせる。
『それほどでもないですよ、マスター』
機械的な口調は相変わらずだったが、その言葉の節に照れのような感情が見え隠れしているように感じた。気のせいかも知れないけれど。
「おお~、なんか信頼関係ができてるって感じがするね。すごいすごい。ボクのデバイスなんてほとんどしゃべんないからね」
ユリアがステッキに目を向けると、先端に付いている宝石のようなものがピカピカと輝いたものの、声を発することはなかった。
「俺の出来が悪いから、自分がしっかりしないと、って考えてんだろ。それよりも、さっさと降りようぜ。俺は一刻も早く悪夢のようなこの格好から解放されたいんだ」
「そんなこと言いつつも、スカートを履くことに快感を覚えつつある翔斗クンなのであった。ちゃんちゃん」
「やめろ。変なモノローグを足すんじゃねえ。とにかく俺はここから降りてもとの衣装に戻るからな――」
――そのときだった。
「翔斗クン、危ない!」
ユリアが突然、形相を鋭いものに変えて、翔斗の前に立ちはだかった。
すぐさま障壁を作って防御陣を展開すると、間もなくして金色の光が降り注ぎ、障壁と衝突して爆発が起きた。
「な、何が起きたんだ……」
ユリアのおかげで何事もなかったものの、翔斗はその衝撃に意味がわからずに目を白黒とさせていた。爆発の余波で煙が舞い上がり、視界がままならない。
追撃が来ると考えて身を固くしていた二人だったが、結局追撃が来ることはなく、しばらくして視界を覆っていた煙が晴れた。
二人の視線の先――建物の屋上に立ってこちらを見据えていたのは一人の男だった。
男はこちらの無事を確認すると、気障ったらしく前髪を掻き上げて口元に笑み浮かべた。
「ふっ、この程度で仕留められるわけがないか。それでこそ僕の相手に相応しい」
舞踏会にでも出るような感じの気取ったタキシードスーツに、その手には細剣が握られている。
貴族という単語を彷彿させるような出立ちの男に対して、少なくとも豊風市という街の雰囲気には溶け込めないだろうな、と翔斗は思った。
(時代錯誤というか、この国にそぐわない格好というか……)
年の頃は自分たちと同じくらいだろうか、背丈はユリアと同じくらいで、男としては少し小さめだった。が、切れ長の瞳に引き締まった口元からは、彼の持つ意志の強さのようなものを感じた。格好だけじゃなくその顔立ちからも気品が溢れている。
「キミが魔石の回収を命じられている魔法使いだろ?」
男はレイピアの切っ先をユリアへと向けて告げる。
(いちいち気取った仕草で妙に鼻につく感じの男だな……)
わずかに苛立った翔斗は、胸中で舌打ちをする。
「なあユリア、結界内に入ってるということは、アイツも魔法が使えるヤツなんだろ。現にさっきの攻撃もアイツがやったぽいし、ユリアの知り合いなのか?」
現状、とんでもない格好をしている翔斗が言えた義理ではないが、あの立ち居振る舞いを見る限り、あの男はいろいろと浮き世離れをしている。ベクトルこそ違うものの、そういう意味ではユリアと少し共通項があるように思えた。
「ううん、知り合いではないよ。だけど、さっきの一撃は間違いない。きっとボクと同じで、この世界の外から来た住人だろうね」
翔斗たちがそんなやりとりをしていると、男は胸に手を当てて、仰々しく頭を下げた。
「ふっ、僕の名前はクリス・シェール。誇り高き魔導騎士の子孫であり、魔導の継承者さ」
舞台に立つ俳優のように、クリスは大げさに肩を竦めて見せた。ちょっとばかり顔がいいおかげで、そんな仕草も妙に絵になる。
なぜだか、無性に腹が立ってきた翔斗は、クリスを非難するように言葉を荒げた。
「名前を名乗るのは結構なことだが、まずはいきなり攻撃してきたことを詫びるべきなんじゃないのか?」
それに対して、ここに来て初めて翔斗の存在に気づいたかのように、クリスは氷のような冷たい視線を向けてきた。
「ん? あまりにも存在がギャグだから、魔法使いが見せている幻覚の一種だと思っていたのだが、そうではないようだね。その格好はキミの趣味なのかな? 変態クン」
「くっ……、それを言われちゃ言い返す言葉もない」
「ちょっと翔斗クン。そこは言い返さないと駄目なところだよっ」
もちろん趣味ではないが、自分の格好の不気味さに自覚があるだけに、歯噛みして俯くことしかできなかった。
(ただ一つわかったことがある。こいつは嫌なヤツだ)
世の中には二つのタイプのイケメンがいる。
一つ目は同性も含め、誰からも好かれる気さくなイケメン。もう一つは男からは嫌われるものの、女からは絶大な支持を受けるイケメンだ。
翔斗は目の前の男が、後者であることを確信した。
「それで? 魔導の継承者がボクになんの用事だって言うのさ。いきなり攻撃される覚えはないんだけれど……」
「くくっ、協会の魔法使いさんは品行方正だから、恨みを買う覚えなんてないってことなのかな?」
トゲのある言い方をして、クリスがユリアを睨むと、ユリアも負けずと鋭い瞳をクリスへと向けた。
そのまま睨み合いが数秒過ぎると、先に視線を外したのはクリスのほうだった。
「まあいいさ。僕の目的はキミと小競り合いをすることじゃない。とにかく、魔石を渡してもらえれば、僕はこの場でキミにこれ以上、危害を加えるつもりはないのだよ」
「へえ~、だけど、ボクにはわからないな。キミは、ボク達が怪鳥と戦っているときも結界内にはいたわけだよね。その間にカケラを得るチャンスはいくらでもあったはずじゃないのかな?」
話しについていけなくて完全に蚊帳の外にいる翔斗は、黙ったまま声の主を交互に眺めることしかできない。
「もちろん、さっきのキミたちの戦いっぷりは見ていたよ。ただ、横取りをするのは僕の美学に反するからね。この結界もキミたちが張ったものだし、あのでかい鳥も最初に目を付けたのはキミたちだ。それくらいは尊重するつもりだよ。でも僕が義理立てするのはそこまでだ。そのあとは僕の使命に基づいて行動させてもらう」
「とにかく、ボクの仕事が魔石の回収である以上、これをキミに渡すわけにはいかないよ」
「ふっ、交渉決裂か。ならば仕方がない」
不敵に笑うクリスは、言葉とは裏腹に残念そうな素振りも見せないどころか、交渉が決裂したことを喜んでいるようにすら見えた。
「キミらみたいな軟弱者とはひと味違う、魔導の真髄をご覧に入れよう」
そう言って、レイピアを構えた瞬間、彼の待とう空気が明らかに変わった。戦闘態勢に入り、鋭い目つきでこちらを睨み付けている。
「翔斗クン、どうやらもう一仕事みたいだね。言うだけあって中々の力を持ってるみたいだし、翔斗クンはさっきみたいに、隙を見てボクのサポートを頼むよ」
翔斗が頷くと、ユリアはクリスへと近づいていき、クリスもユリアのほうへと近づいてくる。
そうして月を背景に、少しの距離を置いて二つの影が対峙した。
「キミの目的は何? 魔石を渡すことは出来ないけれど、条件によっては、こちらだって手を貸してもいいんだよ」
「いや、僕に必要なのはその魔石だけであって、他のものは必要ない。それに何より、魔法協会の連中と共闘するなんて願い下げだっ!!」
明らかな嫌悪の色を含めて、クリスは吐き捨てるように言い放った。
翔斗も事情はさっぱりだが、それでもクリスがユリアに対して良い感情を抱いていないということだけはわかる。
(ユリアに、というよりは、ユリアが所属するグループ? 組織? を憎んでいる感じか。とにかくユリア個人を恨んでいるっていう感じではなさそうだな)
それがわかったからこの場がどうなるかというわけでもないのだが、それでも相手を知るということは大事なことだろう。
「しょうがないか……。ボクにメリットは無さそうだけど、立場上こういうふうに絡まれるのも初めてっていうわけでもないしね。いいよ、相手になったげる」
ユリアが諦めたようにため息をつくと、
「ふふっ、上から目線なのが気にくわないが、まあいい。それじゃあ、こちらから行くぞッ!」
気合いを入れるように呼気を吐いたクリスは、大気を蹴り上げて一気にユリアとの距離を詰めた。
クリスは自分の間合いに入ると同時に、レイピアの切っ先をユリアの顔面に向かって突き出した。
「甘いよっ!」
ユリアは右手を掲げて、障壁を展開して防御態勢に入る。
「甘いのはどちらかな? そんな壁ごと貫いて――えっ……」
レイピアが障壁とぶつかった瞬間、ユリアは障壁を巧みに操って、レイピアの攻撃を受け流した。それによってクリスが態勢を崩し、その好機を逃すまいと、ユリアがクリスの頭上からステッキを振り下ろす。
「くっ――」
クリスは身体を捻って、咄嗟に金色の盾を出現させて身を守ったが、それでもユリアの一撃の威力を完全に無力化することは叶わず、二メートルほど後方に流されて止まった。
すぐさま態勢を立て直すクリスだが、ユリアはすぐさま光弾を生み出して、さらなる追撃を図った。
「光弾発射!」
息もつかせぬユリアの攻撃に対して、クリスは防御態勢に入ることもなく、迷うことなくユリアのほうへ向かってくる。
クリスは紙一重の動作で、光弾を躱しながらユリアへと迫る。紙一重とはいえ、その動きには随分と余裕を持っているように見えた。
光弾をすべてやり過ごしたクリスは、速攻でユリアとの間合いを詰めてレイピアで攻撃態勢に入ろうとした。が、彼の次の攻撃を読んだユリアが、さっきと同じように障壁を張り出して攻撃に防御姿勢を取る。
「ふっ、僕も甘く見られたものだな……。一度返された技と同じものを繰り出すわけがないだろうに」
クリスは障壁にレイピアの先端を軽く触れさせて、不敵に口元を歪めた。
「雷の精霊よ、我が怒りを力と変え、ここに裁きを下したまえ。螺旋雷光」
「――っ!」
ユリアが息を呑んだ瞬間、レイピアの先端から発射された雷光がいとも容易くユリアの障壁をぶち破り、黄色い光が流れ星のように夜空を駆け抜けた。その衝撃で煙が舞い上がり、翔斗から二人の姿は見えなくなってしまった。
その一瞬後、先に煙から飛び出して来たのはクリスだった。しかし、彼は飛び出して来たというよりは、吹き飛ばされたように見えた。後ろ向きに飛び出てきた様子は、自分の意志で飛び出したとは考えにくかったからだ。
続いて煙から飛び出したユリアが、ステッキを構えて追撃をかけようとクリスに迫るが、クリスは吹き飛びながらも素早く態勢を立て直して、レイピアでそれを受け止めた。
「貴様、僕のあの攻撃をどうやって……」
お互いの武器越しに睨み合う二人。
ここに来て、ようやくクリスの表情からは焦りの色が見て取れた。
「ふふんっ、魔法少女に不可能はないんだよっ」
得意満面の顔で告げるユリア。
(とてもじゃないが、俺が入り込めるような余地なんかないぞ……)
戦闘が始まってから、ユリアを手助けする隙を窺ってはいたものの、翔斗が入り込めるような余地はいっさいなかった。むしろ、翔斗がその場に入れば、クリスだけではなく、ユリアの邪魔にすらなりそうな、そんなハイレベルな攻防が続いていたのだった。
なおも二人は、翔斗が目で追うのがやっとのスピードで接近戦を展開する。
お互いに魔力を込めた武器がぶつかり合うたびに、その衝撃で大気が大きく震えていた。
今のところは均衡が保たれているが、その均衡が崩れた瞬間に勝負が決まるような、お互いに必殺の一撃を繰り出し続けていた。
ステッキとレイピアが何度も交錯し、小気味いい金属音が夜空に響き渡る。
怪鳥との戦闘の後で、二連戦になっているはずのユリアだが、その動きに疲れの色は見えない。一方で、クリスのほうが徐々に動きが鈍くなってきているように思えた。
お互いの武器がもう一度交錯した瞬間、ユリアはすかさず後ろに飛んで、クリスから距離を取った。
疲れの色が見えたクリスは、ユリアの動きに対して、一瞬だけ反応が遅れた。
しかしその一瞬が、ユリアが相手の場合は致命的な命取りになる。
「光柱追突!」
ユリアがステッキを天に掲げ、直後に振り下ろす動作をした瞬間、天に生まれた巨大な光の柱がクリスへと襲いかかる。
たまらず金の盾を生み出して防御態勢に入るクリス。
「――クッ!」
光柱と盾が衝突した瞬間、その衝撃から判断して光柱の圧迫に耐えきれないと悟ったクリスは、力の限り光柱を押し出すことで、一瞬の隙を生み出してその場から離脱した。
だが、そんな彼の逃げる先に待ち構えていたのはユリアである。
「それじゃあ、残念無念また来週ってね」
そんな可愛らしいセリフとは裏腹に、ユリアはクリス目がけて思いっきりステッキをフルスイングした。
「――っ!」
クリスも攻撃には反応したものの、そこから対策を講じる事は叶わず、ユリアのステッキが完璧に直撃することとなった。
そのままクリスは吹き飛ばされ、近くの廃ビルの窓をぶち破った。
翔斗がその様子を半ば呆然と見つめていると、焦った様子のユリアがすぐに近づいてきた。
「翔斗クン、あの子が起き上がる前に逃げるよっ。こっち!」
ユリアに手を引かれて、翔斗も地面に降り立つ。それと同時にユリアが変身を解除したので、翔斗も同じように不審者から男子高校生にクラスチェンジをする。
結界が解除した瞬間に人目に付かないように近くの路地に入るとすぐに、ユリアは天に手を掲げた。
「結界解除」
間もなくして、周囲を覆っていた不気味な感覚が消え去り、街の喧騒が帰ってきた。
すると、昨夜と同じようにそこにいなかった人間が何事もなかったかのように活動を開始した。
とにかく結界が解けたことで、翔斗の知っている、いつも通りの豊風市の光景が戻ってきた。
「翔斗クン、ゴメン。ちょっとボク、張り切り過ぎちゃったかも……」
見ると、ユリアは額に汗を浮かべて苦しそうに荒い呼吸を立てている。
「おい、大丈夫か?」
すでに立っているだけの気力もないのか、ユリアは壁にもたれかかって腰を下ろした。
「ちょっと休憩させて。あっ、休憩と言ってもいやらしい意味はないからね……」
ユリアは無理矢理な笑みを作って、舌をぺろりと出す。ちょうど通りの向こう側には、妖しいネオンが光るホテルが佇んでいた。
路地から出れば、すぐそこに繁華街特有の騒がしい喧噪が広がっているはずなのに、そのざわめきが随分遠くにあるように感じられた。
「そんな状態でも冗談を言える根性は素直に尊敬するよ。でもこんなところで、休むわけにはいかねえだろ」
「それじゃあ、ホテルで休憩でもする? ふふっ、やっぱり翔斗クンは、ケダモノだねえ……」
「アホか。いいから帰るぞ。おぶってやるから背中に乗れ」
なおも続くユリアの冗談を受け流して、翔斗はかがんでユリアに背中を向ける。
「えっ、そこまでしてもらうのは……」
「気にすんな。さっきは大して役に立てなかったからな。せめてこれくらいはさせろ」
すると、ユリアは躊躇いがちではあったものの、翔斗の肩に手を掛けて身体を預けた。そのまま少し気合いを入れて立ち上がるが、男の身体とは思えないほどにユリアの身体は軽かったため、すんなりと持ち上がった。
「随分と軽いんだな。こっちに来てから、ちゃんと飯とか食ってんのか?」
言った後に、母親のようなセリフだな、と思い、自分のセリフに対して、笑いがこみ上げてきた。
「う~ん、どうだろ……」
曖昧に答えたユリアは、翔斗の背中に顔を埋めた。
「それにしても、翔斗クンの背中、大きいね。なんか男の人って感じでたくましいかも」
ユリアの吐息を背中で感じて、思わず心臓が脈打った。
「へい、そうかい。ってか、おまえも男なんだろ。さて、それじゃあ、さっさと帰るぞ」
半ば誤魔化すようにして、ユリアをおぶったまま路地から大通りに出た。
そんな二人は、確実に周囲から明らかに浮いており、通り過ぎる人たちが翔斗たちに奇異の視線を向けていた。
(っていうか、成り行きでこうなったとはいえ、これって、結構恥ずかしいことしてるんじゃ……)
周囲からの視線により、翔斗はようやく自分の置かれている状況を自覚した。
当然のことながら、浴びせられる視線が気になるものの、それを気にしていても仕方がないので、なるべく気にしないようにした。そうして、歩みを進めていたのだが、今度は別の問題が浮上した。
ユリアは現在、涼成高校の女子用の制服を着用している。
ユリアの身体を固定するために、翔斗はスカートを履いているユリアの膝の裏のあたりをがっちり抑えているのだが、そうなると自然と太ももやふくらはぎのあたりに、手が触れることになる。
(これは男の太ももだ。男の太ももで興奮するヤツなんかいないだろ? よって俺も興奮するわけがないし、別にこんな状況を何とも思ってない……)
ユリアの柔らかい太ももに意識が集中しそうになるのを、翔斗は理性を総動員して堪えていた。
「ねえ、翔斗クン」
「……!! な、なんだよ」
自分の考えが見透かされていたのだろうかと、翔斗は怯えるような声を上げる。
しかし、翔斗の予想とは違う言葉が返ってきた。
「翔斗クンがいてくれてよかったよ。ありがと」
ユリアは、翔斗の耳に息を吹きかけるように囁いた。
実は、ユリアは翔斗の邪な考えなど見抜いていたのだが、この場で翔斗をからかって弄ぶよりも、翔斗の大きな背中をゆっくりと堪能するほうを選び、素直にお礼の言葉を並べることにしたのであった。
「ああ、どういたしまして。助けになれたのなら何よりだ」
ユリアの策略にあっさりと嵌まった翔斗は、色々と余計なことを考える自分が馬鹿馬鹿しくなってため息をついた。




