1-9 同棲中のカップル?
「こんなもんでいいだろ」
翔斗は手にぶら下げているカゴを眺めて呟いた。
「うん、そだね。ごめんね、買い出しにまで付き合わせちゃって」
カゴの中身を覗いてユリアが言葉を返す。
カゴの中には、寝室用のカーテンやバスマット、コップ、歯ブラシにマグカップ、ドライヤー、そしてその他諸々、いわゆる日用品が詰まっていた。
同棲を開始するカップルみたいな荷物だな、と咄嗟に頭をよぎる翔斗だったが、もちろんそんなことは口に出せるわけがない。
二人は今、ユリアの日用品を買いそろえるために、近所のホームセンターに足を運んでいた。
突然隣に引っ越してきたユリアだったが、荷物はわずかに着替えと布団だけ、というなんとも身軽なものだった。ホテルならば生活に必要なものがある程度揃っているから問題ないのだが、これからはそうはいかないとのことで、こうして日用品を買いにやってきたわけである。
翔斗のほうは言うまでもなく、単純にユリアの荷物持ちである。
「んじゃあ、会計するか」
レジを通すと、翔斗が思わず顔をしかめるような額が表示されたのだが、ユリアはとくに気にする様子もなく、平然と財布から諭吉さんを召還して支払っていた。
これまでの行いに比べれば随分と現実的なユリアの振る舞いだが、なまじ現実的であるがゆえに、その行いのすごさが翔斗でも実感できてしまう。それ故に、ユリアに対して尊敬に近い念を抱いたのであった。
分担して荷物を抱え、二人はホームセンターを後にした。
自分たちはどんな関係に見られているのだろうかと思うと、店にいる間もなんだか落ち着かない気分だった。それに、店にいる間、どういうわけか他のお客さんや店員から視線を浴びせられているような気がしたのだ。
自意識過剰なのではないか、と言われればそれまでなのかもしれないが、気になったものは仕方がない。
帰り道、近所の住宅街を歩いていると、すれ違う主婦の方たちが、こちらを見ながら何かを呟いているのが目に付いた。これについては、自意識過剰とかではなく、紛れもない事実だ。
もしかしたら、自分たちは井戸端会議という名の暇つぶしの議題に挙げられるのではないだろうかと思うと、気が気じゃなかった。が、そんなことを気にしているのは翔斗だけで、ユリアは気にした様子もなく、ニコニコとしながら隣を歩いていた。
「あれ、翔斗? なにしてるの? こんなところで」
そして路地の曲がり角を曲がった瞬間、偶然にも見知った顔と出会って、声を掛けられてしまった。その相手とは、翔斗の友人の成道純太である。
「隣にいるのは、ローレントさんだよね。こんにちは、成道純太です。学校でも顔は合わせたけれど、こうして言葉を交わすのは初めてだよね」
翔斗が返事をする前に、純太はユリアに視線を移して挨拶をした。
「こんにちは、成道クン。さっきぶりだね」
ユリアは、学校での自己紹介と同じように愛敬を振りまくような笑顔で純太に返した。
「それで、翔斗はどうして入学式で出会ったばかりのローレントさんと買い物なんかしてるのかな? 学校にいたときから、なぜか親しそうに話しているのは気づいていたけど、それほどの仲だったとは知らなかったんだけれど」
問い詰めるような純太の口調に、翔斗はどんなふうに説明すればいいのか頭を悩ませた。
「それはな、海よりも高くて、山よりも深い事情があるんだよ」
「翔斗、それは逆だよ。それにしても、二人ともすごい荷物だね。何が入ってるの?」
純太は何気ない仕草で、翔斗たちが手にしている買い物袋に目を向けた。そのときに彼が身につけているメガネがきらりと光ったような気がするのは、おそらく翔斗の気のせいだろう。
ここで買い物の中身を隠すのも余計に怪しまれる、と感じた翔斗は、素直に袋の中身を純太に見せた。
「う~んと、なんか同棲を始めるカップルみたいな買い物だね。もしかして、俺の知らないうちに、二人はそういう関係になってたとか? なんだよ、翔斗、水臭いじゃないか。それだったら一番の友人である俺に真っ先に知らせるべきだろ」
勝手に想像を働かせて、純太は話を進めていく。
成道純太は根が良い奴であり、付き合いやすい人間なのは間違いない。だが、時々想像力を無駄に豊かに働かせてしまい、その考えに固執する傾向がある。そうなると、それが誤解であろうと、誤解と認めさせるのは非常に困難になる。
「いやいや、自己紹介のときに言ったろ。ユリアはこんな格好をしているが男なんだって。お前もその場にいたんだから、そのことは知ってるだろうが」
翔斗の隣で、二人のやりとりに口を挟むことなくニコニコと眺めている美少女。だがその正体は魔法少女であり、性別は男という、とても奇っ怪な存在だった。
「ユリアか……。なんかその呼び方にも、随分と親しみが籠もっている感じだね。まあ、それはともかくとして、性別がどうとか、翔斗はそういう細かいことを気にするようなタイプじゃないと思ってたけど、違うのか?」
「いやいや、細かくはないだろ。とにかくそういう関係じゃないから、変な邪推はすんなよ」
「ははっ、邪推に変じゃないものがあるとは思えないけど、まあそういうことにしておくよ。それじゃあ、お二人さん、俺はちょっと用事があるから失礼するよ。ローレントさんもまた明日。学校で」
「うん、またね」
そうして翔斗たちを通り過ぎて立ち去ろうとした純太だったが、突然何かを思いだしたかのようにこちらへと振り返った。
「そういえば翔斗。昨日俺に熱弁を振るっていた、卒業式の日に桜並木の下で出会った女性の話。めっちゃ固執してたみたいだけれど、あっちはもう諦めたのか?」
「あ、あれはな……」
言い淀んで隣のユリアを見る。
純太が言うその女性の正体は、紛れもなくユリア本人なのだが、その話はユリアにはしていない。
おそらくは、ユリア本人も、純太が今話したその女性と自分がまさか同一人物だとは思っていないだろう。なぜならば、こちらにとって印象的な出会いでも向こうが同じような印象を取るとは限らないからだ。
あの日の出会い方を考えると、ユリアにとっての翔斗は、一目会っただけの言わば通行人の一人に過ぎないわけだ。
よって、ユリアがそのことを覚えているはずもない。
それに、あの日のことをユリアが覚えていたら、ユリアの性格からいって、自分からその話を持ち出してくるに決まっている。
これまでの言動でそれがなかったということは、つまりユリアはあの時のことをまったく覚えていないということになる。
「まあいいや。それじゃあ、お二人さん、末永くお幸せに」
冗談半分、本気半分という感じの声音で告げた純太は、満足そうな様子で今度こそ行ってしまった。
「ねえ、さっきの成道クンが言っていたことについて詳しく聞きたいかも」
当然、こんな面白そうなことをユリアが逃すはずもなく、興味深そうな顔で、こちらの顔をのぞき込んでいた。
「いや、あれはな……」
「うん、うん、それで?」
どうやって言い逃れをしようか考える翔斗だったが、キラキラと真っ赤な瞳を輝かせて顔を近づけてくるユリアを見て、正直に白状するしかないことを悟った。
「歩きながら話す」
結局、昨日純太に話した内容と同じようなことを話したのだった。
それでも、本人を目の前にして昨日ほどの熱弁を振るうわけにはいかないので、事実を淡々と簡単に述べた程度だ。もちろん、その出会いの後にその姿を探して街を闊歩していたなんてことは口が裂けても言えない。
「へえ~、それじゃあ、ボクもその女の人探してあげよっか?」
その正体が自分であることに気づいていないユリアは、無邪気にそんな提案をしてくる。
「必要ねえよ。どうせ見つかりっこないものを探すくらいなら、さっさと自分の目的である魔石のカケラでも集めとけ」
「う~ん、まあ翔斗クンがそういうのなら……」
納得できない様子ではあったが、ユリアはとりあえず引き下がってくれた。
とりあえずこの場では、それ以上追求されることもなく、無事に桜並木の下で会った女性についての正体が本人にばれるという事態は免れた。
「あれ? でもそういえば……」
なにか思いついたかのように、ユリアは唇に指を当てて思案顔をする。
「ど、どうしたんだ……?」
ドキリとして食い気味で聞き返す翔斗。
「ううん、なんでもないよ」
ユリアの返しを聞いて、翔斗はほっと胸をなで下ろした。
「それにしてもありがとね。買い物にも付き合ってもらっちゃって。その上荷物まで持ってもらって」
口元を綻ばせて、ユリアは濁りのない綺麗な瞳でまっすぐに翔斗の目を見つめている。
「別に。気にすんなよ。お供のマスコットなんてテキトーにコキを使ってやれば良いさ」
真っ直ぐなユリアのお礼に、素直に言葉を返すことができなかった翔斗は、ぶっきらぼうにそう答えた。
「ふふっ、それじゃあ、これからもよろしくね。お供の翔斗クン」
とはいえ、そんな冗談交じりの言葉にユリアは満足そうに笑みを浮かべてくれたので、翔斗としても概ね満足だった。