祭り事の極限2
「何にしても、とにかく現状把握とこれからについてだ、部室棟に空き教室がある、ひとまずそこに行こう」
「そうね」
俺とミナは足音がうるさくならない範囲で走って移動を開始する。
渡り廊下を渡った先の校舎の2階にある空き教室に入り、中から鍵を閉めた。
まるで使ってくださいと言わんばかりの警備だよなこの空き教室は。
もともと置いてあるパイプ椅子を2つ広げて向かい合わせに座る。
「さて、現状についてだ。ここは地球であり、俺の通っていた高校だ。それは間違いないだろう」
「それは認めましょう。それで、なぜ私たちはここに来たの?」
そこで俺は、先程の仮説の内容をミナに話すことにした。
「あくまで仮説だが、俺の経験から、これは一種の幻術なんじゃないかと踏んでる」
「この地球が……幻術ですって?」
嘲笑うかのような言い方ではある。たしかに馬鹿げた仮説だ、だが今の俺の知識と経験を踏まえてみると、一番しっくりくるのも事実。
「俺は前回もここに来たことがある。カリスの幻術から抜け出す際に、俺はカリスの幻術空間の定義を壊す操作をした。そして今回もそうだった」
「では、それを壊した先にこの世界があったってことね?」
「そうだ」
ミナは背もたれに体重を預け、足を組み、顎に手をやる。いちいち仕草が高飛車なんだよな。
「では、私たちは幻術の中に生きていた……そういうことになるのかしら」
「……そうだ」
あくまでもこの仮説が正しければの話だが。
「それだと、おかしいことになるわよ」
「え?」
「あなたは確か、死んでベアトリアに来たのよね?」
肯定するために、首を縦に振った。餅を喉に詰まらせるという冴えない死に方だがな。
「わたしは死んだわけじゃない、いつのまにかこっちにいたのよ」
そういえば、テスト勉強を、した時にそんなことを言っていたな。
「だが、それがなんなんだよ」
そういった後に、俺はなんとなく察してしまったのだ。矛盾の内容を。
「ここに呼び寄せたのが貴方なのに、貴方が幻術の内容を把握していないのは何故?」
通常幻術とは相手に見せる内容は自分で決めるものだ。しかしながら、俺も一被害者のようになっている。
「誰かがずっとこの幻術をかけ続け、偶然迷い込んだとかか?」
「そうは考えにくいわね、なんたってあなたはその幻術の世界で死んだのよ?だとすれば、貴方がこの世界で受け入れられるのは明らかな矛盾。幾ら幻術でも過去のことを改変は出来ないの。幻術世界でも時間軸は一定に進む。それに死んだとなれば、あなたはベアトリアでも攻撃を受けた。最悪、廃人になっていてもおかしくない」
じゃあ、この世界は一体なんだ。なぜ壊した先にこの世界があるんだ。
「逆に考えましょうか」
ミナが何かを思いついたように言った。
「ベアトリアの方が幻術だとしたらどうかしら?辻褄が合わないかしら?」
ベアトリアが幻術の世界……なるほどな。
「ベアトリアの俺もお前も、17歳や15歳と中途半端な時間からスタートしている。そして、どちらもまだ死んでいない。加えて定義を壊せばこちらに来る」
たしかに、虚数単位「i」に虚数単位をかければ、虚数単位はなくなり実数に戻る。これなら辻褄があう。
「なら、その幻術をかけたのは誰だ」
「あなたも察しがついているんじゃなくて?」
ミナがいやらしくわらう。だが俺もつられて口角が上がるのが分かった。
「恐らくやつだろうな」
俺とミナ共に接点があり、かつベアトリアでの第一のエンカウント相手、さらには管轄をしているといった。
ーー神。
「理から外れたものが何なのかは分からない。ただあの人は何かを知っているはず」
当然だ、むしろ知っていてもらわないと困るぞ。
「それに、あの子にも事情を聞かなくてはね」
「あの子?」
そんな事情に詳しそうな人物がいただろうか。
そんな疑問に満ちた表情をしていたのか、ミナがあっさりと答えてくれた。
「オルガ・メニシュ」
「あぁ、あいつか」
そうだったな、あいつは俺と同じく数魔法を使うやつだった。
この件に絡んでいるのは間違いないだろうな。
「裏にいるやつらも何か知っているはずよ」
「イフリートとの時だな」
イフリートの回収に来たあいつは何者か。オルガも連れて行ったために、数魔法を知っているはず。
「ここに来て今までの出来事が絡んでくるとはな」
全く、話を聞く奴が増えたばかりか謎まで増えた。おまけに問題は解決しない。
「理から外れた者……そいつにも話を聞く必要があるわね」
「聞く相手が多すぎだな」
最後のやつはまず見つけるのが大変そうだな。
「まぁ、それはそうとして、これからどうするのよ」
あぁ、そうだった。当初の目的は写像世界に行くことだった。
「俺の魔法ではいけないらしい。それが分かったから、ポヘを使う」
「ポヘ?あぁ、あの召喚獣ね」
仮面ライダーオタクで魚の小骨を全て綺麗に取り除くスペシャリストだよ。
「【召喚】ポヘ」
いつも通り召喚すると、ポヘは羽ばたきながら目の前にくる。
「およよ?どうしたんだい我が主様よ」
「写像世界に連れて行って欲しい」
そう口にした途端、ポヘ周りを見渡した。
「なるほどね、立式を間違えちゃったわけか」
こいつ、なんで周りを見ただけでその事を。
「いいよ、いまから連れて行きましょう。【微分】」
再び0と1になる中、俺はポヘにも聞きたいことが生まれてしまったと、笑った。
例えばの話だ、自分の信じていたものが、実は偽りだったとしたら。
その話をどのようにして信じればいいのか、自分はそれを真実とした上で育ち、暮らしてきた。
自分本位で見れば間違っているのは真実の方になる。
簡単な例が地動説、天動説の論争だ。あれはようやく今になって地動説が真実だと認められたわけだが。はたして当時はどうだっただろうか。
俺は今そんな状況にいる。どちらも本物のような気がするし、どちらも偽物のような気がする。
第三の選択肢は現れない。少なくともこのタイミングでの第三の選択肢はない。
仮説は仮説に過ぎず、証明ができない。証明されなければ全ては嘘だ。
そのためには条件が、情報が必要だ。
写像世界、神、ポヘ、オルガ、何もかもが数字に絡んでいるじゃないか。
それから、前から気になっていたことがあった。
それは神が転生前に言い残した言葉。その中に俺は引っ掛かりを覚える。
そして、今回の写像世界の存在に対しての無知だ。
同じく調和を司る神がいるにもかかわらず、そのことを知らないのは何故か、部署が多すぎて単に頭に入っていなかっただけかもしれないが。
神は信用に値しない。それが今の俺の意見だ。理から外れた者だかが何者なのかは分からないが、神は信用するには不明瞭な点が多すぎるのだ。
証明が取れない、等式が成り立たない。
もしかすると、写像世界で全てがわかるかもしれない。あいつの方が教えてくれることは多かったからだ。
だが、自然と身体能力のαには8が代入されていた。
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「ついたぞえ、我が主様よ」
なんだその語尾。
言われた通りに辺りを見渡すと、見覚えのある空間だった。
壁や床の境界が曖昧で、実は何もないのではないのかと思う空間は白に支配され、そこにはアクロポリスの神殿のようなものが建っている。
「おん?何しに来たんだ?」
声がしたのは、その神殿のような建物の前からだ。全身が黒で、口だけがはっきりとわかる。
「久しぶりだな、犯人」
「はんに……え?俺?」
その黒い人型は自分のことを指差しながら言う。あいにく俺の中でお前は、某少年探偵団のでてくる漫画の犯人にしか見えない。
「今回は主様からの要望でな」
そういったポヘは、いつの間にやらイケメンの姿に変わっていた非常に殴りたくなる。
「どうでもいいけれど、ここがあなたの言っていた写像世界なのかしら」
俺の隣にいたミナが、腕を組み、こちらを見ずに、黒い人型を見ながらそう言った。
「そうだ。ここが写像世界だが?」
答えたのは俺ではなくその黒い人型だ。
ミナはその答えに納得したのか、頷きながら辺りを見渡していた。
「まぁ、用があるから来たんだろう?とりあえず座れよ」
そう言って、犯人はいつのまにか用意されていたソファに腰を下ろした。
俺とミナの後ろにも3人掛けソファが置かれていた。ポヘにはなぜかパイプ椅子だ。
「え?ワシだけパイプ椅子?え?何これ予算の都合か何か?」
そう言いながら座るポヘ。だが誰にも相手にされない。現実は非情なり。
「で、何の用だよ榎本柚木」
「っ!?」
そうだった。こいつは俺の本名を知っている。今更驚くことではない。
「榎本柚木?……それがあなたの名前なのかしら」
その名前を聞いたミナは、顎に手をやりこちらをむいた。まぁ、別にごまかすことではないだろう。
「あぁ、俺の名前は榎本柚木だ」
肯定すると、ミナはつまらなさそうに返事をしてから、犯人の方を見る。
「で、そちらのお嬢さんは、今村美菜だな?」
「……なぜ知っているのかしらね」
犯人は顔をミナに向けると、おそらくミナの本名なのであろう名前を挙げた。
対してミナは、無表情のまま、いつぞやのロッドを取り出し、青い宝石の様な部分を犯人に向けた。
「落ち着いてほしいな今村美菜、
別に手出しをするわけではないんだ」
声とともに、体でジェスチャーをしてミナをなだめる。
「今日は、聞きたいことがあってきた」
「ほぅ」
俺がそう切り出すと、ミナはロッドを消してから座り、犯人は身を乗り出す。
「まず、俺の能力についてだ、お前が言うに俺は、立式、代入、まだ使ったことはないが絶対等号とやらを使えるらしいな」
「そうだな、間違いない」
認めた、では、ここからが本題だ。俺の能力の矛盾を話そう。
「ならば、俺がベクトルを扱えるのは何故だ。集合を使えるのは何故だ。確率を使えるのは何故だ」
正直な話、立式と代入だけなら何も疑問は抱かなかった。だが、等号という概念が使えるようになり、レベルが上だというオルガはベクトルを扱う。
つまり、概念自体を扱うにもレベルが関係すると思って間違いない。
立式と代入だけで扱えるものは多数ある。ベクトルを立式するとは言わない。方程式に持って行くならまだしも、ベクトルの翼で扱うベクトルは概念だ。
「……なるほどな」
犯人はそれだけ言うと、ミナと同じように顎に手をやり考え始める。
「そうかそうか、それは面白いところに気がついたようで」
犯人はそう言いながらくつくつ笑いだす、不気味な姿とも相まって、かなり怪しげな雰囲気だ。
「主様よ、すこしいいか」
するとパイプ椅子で、なぜか一人でプロレス紛いの行動をとっていたポヘが、ぴたりと動きを止めた。
やや真剣な表情をしていた。その表情に影響されてか、俺はそのまま黙りこみ、ポヘの方を見た。
「主の考え方は地球にいるころに由来している、実際それは人間がつくりだした ものじゃぞ?」
「……なるほどな」
つまり、人間にとっては一つの概念でしかないが、自然現象として考えるならばそれは概念という意味を持たないと。
人間主体の考え方ではなく、あくまで世界主体の考え方で動いていると、ポヘの言いたいことはこういうことなのだろう。
だが腑に落ちない、何というか数学が得意だから、理系的な考え方しかできないからこういう考えになるのか?
「まぁ、人間の考え出す理論や概念なんて、たった一部だ、世界なんてのはもっと複雑で扱いにくい」
犯人はそう言いながら背もたれに体重を預けた。
「それが答えってことか……」
釈然としないが答えなら仕方がない。
「それでだ、他にもまだ聞きたいことはある」
「知っているさ、それを予想してこのソファを出したんだからな、なんなら茶でも入れるか?」
ふんぞり返る犯人はそう言いながら、指をパチンと鳴らした、反響など起きない、おそらくそれほどこの空間が広い、いや、下手をすれば果てはないことを示していた。
「どうぞ、おあがりよ」
どこかの料理漫画の様なセリフだな、俺は田所ちゃんがだなぁ!!
「ちょっと、ダージリンじゃなくて、アールグレイにしなさいよ、その口縫い合わせるわよ」
なんでそこにいちゃもん付けてんだよ。ていうか見ただけでわかるこいつすごくね?紅茶ソムリエとかなれるんじゃね?
「だよな、やっぱクッキーに合わせるにはアールグレイだよな」
お前も分かるのかよ。
そんなやり取りをして、犯人は考えを改めたのか、再び指を鳴らした。
目の前にあった紅茶は消え去り、代わりに似たような色の紅茶が現れた。
「ふーん、チップトリーね、なかなかいい趣味じゃない?」
「違いがわかる女は初めて見たぞ今村美菜」
「でも、クッキーと合わせるならベッジュマン&バートンや、マリアージュ・フレールのインペリアルじゃないかしら?」
「どちらも、お菓子のような雰囲気を纏っているが、マリアージュ・フレールは強すぎだな」
紅茶談義が始まるが、俺からしたらただの呪文にしか聞こえない、マリアージュ・フレールとか、綺麗でありながら強い魔法のイメージ。
「まぁ、苦味があるアールグレイだ、お菓子にはあう」
犯人の言葉がおそらくこの会話の流れの終わりだろう。俺はそれを感じ取り、再び声をかけた。
「それで、聞きたいことの続きなんだが」
「おう、いいぞ」
紅茶のカップを持った犯人が言う。俺も一口紅茶を飲む。
うむ。確かにお茶の苦味が強いかもしれない。
「俺は今回、こっちの世界に来ようとした時に、ベアトリアの世界軸、いや、ベアトリアにいる俺の世界軸に虚数を掛けた」
「ほう、自分の世界軸にな」
そうだ、世界に干渉ができない以上、俺自身に掛けたと受け取る方が納得がいく。
「そこでだ、俺は前回、カリスとの模擬戦で、カリスの掛けた幻術にも虚数を掛けた」
「幻術に触れた以上、それはお前との関係を持ったからな、今で言う所の今村美菜だ」
犯人からの追加説明がある。ミナは気にしていない様子で、クッキーを食べていた。
「なぜ、世界の軸を壊すと、毎回のように地球に通じるんだ」
その言葉を聞いた犯人は、二度深くうなずいた。それがなにを意味するのかは分からない。分からないが、何かは知っている、そう感じさせた。
「地球にねぇ、この現象、お前はどう見てるんだ?」
犯人は口元をゆがめながら俺に向かってそういった。
「俺の見解は、ベアトリアは何者かが作りだした幻術、定理を壊したときに地球に戻るのは、一時的に幻術を解いたとみている」
その俺たちの辿り着いた声を述べると、犯人はまたしても頷き、短く口笛を吹く。
なんで欧米チックなリアクション取ってんだよ、「欧米か!」なんて古臭いツッコミでも待ってたのか。
「そりゃ面白い答えだ」
そういってから紅茶を煽る。いっぽうポヘはパイプ椅子の可動部に油をさしたり、足の部分をクレンザーで磨いたりと、無駄に本格的な手入れをしている。
素晴らしく無駄だ、どうせこいつの能力で作りだしたものだというのに。
「お前らの考え方としては、まぁまぁいい線は言っているが、結末が違う」
「どういうことだ」
すると、犯人は人差し指を立てた。
「何者かが作りだした、これはまぁいい線、むしろ正解だ、だが幻術ではない、ベアトリアというものは確かに存在している」
幻術の線は無くなった。するとだ、ますます意味が分からなくなってくる。ベアトリアと地球との関係だ。
「ただ、ベアトリアはいったいどこに存在して、地球とどういう関係にあると思う?」
「どういう関係って・・・そりゃあ」
しばらく答えに渋っていると、犯人が口を開く。
「どうだ?お前らの仮説では説明できたが、俺の言っていることはその前提条件を壊したぞ?」
あくまで仮説の中にすぎなかった、仮説だったが、俺はどこかこれが真実だときめてかかっていたのだ。それだけに次の見解、答えが見つからない。
俺が答えに渋っていると犯人がまたしても言葉を投げかけた。
「考え方としての、複素数、虚数を扱うのは割かし近いだろう。ただ前提として幻術ではない」
幻術ではない、しかしながら、どちらも虚数をかければ、別の世界に通じる。
だとすれば、だとすれば・・・
「虚部が0?」
虚部、つまりは複素数の形で表わされる「Z=X+Yi」の「Yi」の部分だ。
その虚部がもともと0だったとしたら。
それは、たとえ無限に近い巨大な数を掛けたとしても、素粒子レベルの微小な数をかけたとしても、結果0になる。
どちらも幻術でもない。i(嘘)の世界では、この条件は満たせる。
しかしながら、この回答ではだめだ。それだと地球とベアトリアを移動する意味がわからない。
「ならば答えから教えてやろう」
犯人がそういった。今まで隣で優雅なティータイムを過ごしていたミナまでもが、身を乗り出してきた。
それほどまでに、ミナもこの疑問について興味が、答えがほしかったのだろう。
「ベアトリアと、地球は同じものだ」
犯人の口から出た言葉、俺の予想の範囲外だった。
ベアトリアと地球が同じ?いやいやまさか、こんな意味のわからない魔法を扱う様な世界が、科学で満ち溢れた世界と同じ?
「納得がいかないわね、こんな世界が地球と一緒?笑わせるわ」
ミナも同じ考えらしく、のりだしていた身を背もたれに預けて腕を組んだ。
「今のは少し語弊があったかもしれないが、とらえ方としてはこうなるんだ」
犯人はクッキーをひとつつまんでから続ける。
「分かりやすく言おう。地球とベアトリアは、数直線、あるいはベクトルであらわした場合、その絶対値は等しい」




