DXスライサーの解
ポヘ激怒した、そう言わんばかりのバーサーカーっぷりを披露したポヘは、浴びた血の匂いをかいで不快に顔を歪めていた。
「その絵は放送コードに引っかかりそうだな」
後ろで腹部から細長い何かを撒き散らしながら横たわる肉の塊もモザイク処理が必要になりそうだ。
こう言った類の死にざまを見慣れているであろう、ベアトリアの住人ですら若干顔が引きつっている。
「くっさ……血なまぐさいよ主様」
血でコーティングしたのかと疑いたくなるほど真っ赤な右腕。肘まで満遍なく赤である。
その匂いを嗅がせようと、ポヘが右腕を俺の鼻へと近づける。
「ちょ、やめ……付けんなアホ!」
「ふぎぃ」
DXスライサー(仮)の柄の部分で鳩尾を殴る。自業自得と言う事で。
「取り敢えず、アレをしまうか…」
モザイク処理が必要な肉の塊に右手を向ける。
「亜空間ボックス」
式が浮かび上がってから、空間が裂けて、そこに始祖鳥が入る。血生臭さは残ったが、ひとまず始祖鳥の体の収納は完了だ。
「さて、シロクダラを取りに行きますか」
若干引きつった顔をしたエレナは俺の言葉を聞くと、ハッとしたようになり、すぐにいつもの笑顔にもどる。
「そうだね、始祖鳥がいたって事は近いだろうし」
エレナはそう言うとあたりをキョロキョロと見渡した。
「何してんの?」
疑問、というよりは不審に思ったのでエレナに訊いて見る。
「この辺にシロクダラ生えてないかなって思って」
そう言っているが、表情からはシロクダラは無かったようだ。
「シロクダラはどんな形してるんだ?」
「木の高さはさほどないね、あっても3mあれば大きな方かな、葉の形はハートに近いかな。で肝心のシロクダラの実は白い楕円形の実なんだ」
たんたんと挙げられた特徴をイメージして、俺もあたりを見渡してみるものの……
そもそも木々がそんなに無いのだよ。
「取り敢えず歩いてみよっか」
「だな」
互いに互いの思っていることはわかったようだ。
歩き出して見るものの、シロクダラらしき木々は拝むに至らない。
足に絡みつく草が地味に体力を奪う。
やがて歩き続けると、切り立った石壁のような崖があった。
そこで俺は、青酸カリを無謀にも舐めるも、奇跡的生還を果たす小学一年生よろしくな感じで、頭裏に何かが駆けた。
石壁のような崖の所々に、まるでカビが生えたように緑色に染まる箇所がいくつかあった。
その箇所を良くみてみると、木のようなものが幾つか生えているのが見える。
「エレナ、あれってシロクダラ?」
指をさしてエレナに訊く。
「うーんと……あ!かも知れない!」
指差す方を確認するため近くまで来たエレナ。そのおかげで耳がキーンとなる。まぁ、シャンプーと思わしき香りが嗅げたのでよしとしよう。
「じゃあ、行くか」
何気なくそう言ったのだが、エレナは腕を組んで唸る。
「うーん、あの高さは厳しいかなぁ」
見上げた崖、そこに生えるシロクダラ、一番近くても5mほど上にある。
俺にはベクトルの翼があるから問題ないが、エレナ、と言うよりは大半の人は浮遊魔法なんてものは無い。
「じゃあおんぶでもするか」
別にたわわに実った果実を背中で味わいたいと言うわけでは無い。絶対に。
「ゆ、ゆっくりだよ!?」
何がゆっくりなのか、もちろん飛ぶスピードの事だろう。
「はいはい、分かりました」
渋々と返事をしてしゃがみ込む、エレナの腕が首に回り背中に……
「よし!行くぞ!」
背中に当たるものがあるからテンションが上がったわけではない。絶対に。
飛び立って見ると、意外にも崖が高いと言う事に気がつく。まぁ、15m程度だろうか、それくらいの高さはある。
「ユズキ君、私はこの術使えないの?」
不意にエレナがそう訊いて来た。
そう言えばどうなんだろうか。エレナは光属性を扱う魔法使い。だが、魔法陣さえ使えば自分の属性以外の属性魔法を使える。
ならば、数魔法の魔法陣も作ってしまえば、この術も使えるんじゃないだろうか。
「魔法陣さえ使えば使えるんじゃないか?」
投げやりな答え方だが、こんな答え方しか出来ないのは仕方が無い事だろう。なんせ俺はこの世界の住人ではないし、ましてや他に数魔法を使う人もいない。
ーーオルガを除いては。
「ベクトルの翼の魔法陣無いの?」
「わからないな、作り方も知らないし」
恐らく何らかの規則に従って魔法陣は形成されているのだろうけども、神はその知識は教えてくれなかった。既存の魔法陣を幾つか教えてくれる程度で終わってしまった。
「そうなんだ……」
少しトーンダウンしたエレナ、ベクトルの翼が使いたかったのだろうか。
やがて、シロクダラと思しき木が生える場所までたどり着くと、少しばかりの足場になるようなスペースにエレナを下ろす。
「うん、これがシロクダラだよ」
エレナは葉っぱを手にとってからそう言った。
「じゃあ、実を取れば良いんだな」
ベクトルの翼を解除して、シロクダラの実を探し回る。
しかし、比較的小さめの木なので簡単に見つかると思いきや、実と思わしき楕円形の物体はお目にかかる事は無い。
「なかなか見つからないな……」
「…………」
エレナはシロクダラの気を見て眉間にシワを寄せて厳しい顔をしていた。
「どうした?」
エレナの様子がおかしいので、声をかけると、エレナはゆっくりと顔を上げて答えた。
「うん、確かにシロクダラはA級食材て言われるくらい撮るのが難しいんだけど、理由としては生えてる場所が私達には取りにくい場所にあるだけで、実がなりにくいわけじゃないの」
遠まわしに行っているのだあ、要するに、こんなに実が見つからないのはおかしい。ということなのだろう。
「なにか起こっていると?」
俺がやや小さめの声量で聞くと、エレナは自信なさげではあるが頷いた。
どうしてこうも面倒なことに巻き込まれるのだろうか、ホントもしかしたら神の悪戯なんじゃないのか?
「どうする、調べるにも俺は頼りにならんぞ」
情けないのは重々承知しているが、俺はこの世界に着て2ヶ月ちょっと、そんなすぐに適応できるほど、適応能力は高くないんだよ。
「そうだな……」
すると、エレナは何かに気がついたように、シロクダラの木の幹に近づく。
「これは……」
エレナの触れた幹には、深くえぐられたような跡が残っており、明らかに異質なものであった。しかし、だからといって人為的に作られたような感じはしない。
エレナは、崖の上を睨めつけるように見ると、唐突に口を開いた。
「ユズキ君、一旦崖の上まで登ってみよう」
「上に?」
「うん」
そう答えた、エレナの顔は何やら確信めいたものがあるように感じられた。そうなれば行ってやろうじゃないの。
「わかった」
俺は、しまったベクトルの翼を再び展開して、から、右手を前に出してポへを召喚する。
「呼ばれた飛び出てじゃじゃじゃじゃーん」
あのふざけた姿、(命名:豆粒フォーム)で出てきたポへ、俺が目で合図すると、くるりと後ろを向いた。
「ファイナルフォームライド、ポポポポヘ」
「著作権て知ってるか?」
こいつ危ない……。
ポヘの小さな背中に縦の切れ目が入り、そこから内臓が飛び出すかのように純白の羽が出てくる。
完全に天使の羽のような見た目に変わったポヘは、その翼を羽ばたかせてエレナの背中へ張り付く。
「小娘、あとはワシが操縦する。目的地を頭に思い浮かべておけばテレパシーか何かで多分ワシにも伝わるはずだよ多分」
こいつ、一回の会話で二回も多分を使いやがったぞ、どんだけ自信がないんだよ。こんな不安だらけの条件でエレナが飛び立つわけが……
「よし!崖の上を目指してレッツラゴー!!」
彼女には詐欺についていくつか話しを大袈裟にして話す必要がありそうだ。
「はぁ……」
ため息一つついて俺は式を代入する。すぐさまエレナの横について、並列に飛ぶ。
「すごいよユズキ君、私飛んでるよ!!」
「見りゃわかります」
「私は風になるー!!」
まぁ、初めて飛べたら感動するわな。俺も感動したもん。
「とりあえず崖の上だな」
「うん!」
屈託のない笑顔に、一瞬胸を踊らせたが、直ぐに上を向いて行く先を見据える。
「で、エレナ、あの木の幹についていた跡、あれはなんだ?」
そう質問すると、楽しさ満点の顔を一旦引き締めて、エレナは真面目な表情で返事をする。
「私的には、エンシェントドラゴンか、はたまたギルガリオンかな」
「またあの卵頭が出てくるのかよ」
意外とあの卵型の頭、怖いんだよな、一週間は夢の中の人物みんながあの顔で、起きたら汗びっしょり。
考えてみろ、目も口も鼻も何もかもない白い卵型の頭に魔法陣が書かれてるんだ。そんな奴らに囲まれて「ヤ ら な い か 」と言われてみろ、怖さ二倍どころか二乗だ。
ある日は卵型の頭で後ろに業火のエフェクトが見えるくらいに熱い男達に「お米食べろ!」「イワナ!」「シジミがトゥルル!!」「富士山だ!!」と迫られた。
「一応ギルガリオンもドラゴンの区切りだしね、この辺りはギルガリオンもいればエンシェントドラゴンもいるからね」
相当な危険地区じゃねぇかよ。
「でもユズキ君いれば安心だよね」
やめて、俺ただのもやしっ子ですから、そんな期待に満ちた目で見ないで、過大評価はやめてください。
そんな会話を交わしていると、無事崖の上までたどり着き、ポヘはエレナから離れて、展開した魔方陣をくぐり豆粒フォームへと変わる。
俺も魔力を少しでも温存したいのでベクトルの翼をしまう。
「一応、到着したけど……」
「うん……」
「なんか、別世界だな」
崖の上には、色とりどりの花が咲き乱れて、豊かな自然が形成されており、奥には湖まで見える。
「たった10m弱の高低差でここまで違いが出るものなのか……」
崖からしたを見下ろしてみると、そこは一面緑の野原。振り返れば楽園のような花畑。
どんな世界だよここ……
「あれは…シロクダラの木だね」
エレナはそう言って湖の左側にある林のような場所めがけて走り出す。
俺も急いであとを追う。走るたびに足元の花が散るのが罪悪感を駆り立てる。済まんが許せ花よ。
その途中で不思議なものを目にする。
「なんだあれ……」
花のカーペット、そこから覗く不自然な赤。そして白すぎる楕円。
それをみた瞬間に背筋に悪寒が走る。
赤、それは紛れもなく血の色。それもまだ新しい。白、それは夢でうなされたギルガリオンの頭部。
「ッ……どうなってる」
危うく悲鳴を漏らしそうになる。断面がまるで引きちぎられたかのような粗雑な形だった。
「ユズキ君!!」
エレナが俺を呼ぶ。声のした方を見ると、エレナが必死に上を指差していた。
「まさか……」
上を見上げると、そこにはーー
「おいおい、ファンタジーにもほどがあるだろう」
トカゲ、ヘビ、トリ、恐竜、地球上のどの生物ともにつかない、ファンタジーの中の生き物。
コウモリように薄い膜状の羽は、コウモリよりも力強く、悪魔を連想させる頭部に、筋骨隆々の後ろ足。鋭利な爪は赤く染まっていた。
そして体表があり得ないほど青かった。
どうやら、今日のターゲットへのエンカウント率は確変、はたまたフィーバーモードかのように高いようだ。
「エレナ、あれはなんだ」
俺のいうアレ、青いドラゴンは真っ直ぐこの花畑を目指して落下、いや飛んでいた。
「体表がおかしいけど多分あの角と爪、尻尾にある剣状突起はエンシェントドラゴンの特徴」
「やっぱりね」
予想通り、いや体表がおかしいとこれは予想を超えていた。ということは、あいつもメディーナレークみたいな……
ーー地響き、まるで大地震でも起きたかのような揺れが俺たちを襲う。
これが一個体の着陸した際に生じる揺れだとはにわかに信じ難い。
地面に咲いていた美しい花は、その衝撃で花びらを散らす。
「ポヘ!」
「あいや承知のすけ、主様!」
ポヘは自ら展開した魔法陣をくぐると再び天使の羽(命名:ウィングフォーム)にかわり、エレナの背中に張り付く。
「……グルル…ルル」
エッジの効いた声を出しながらエンシェントドラゴンは俺たちを睨みつける。
配置的には俺とエレナの間にエンシェントドラゴンがいる感じだ。
鞘からDXスライサー(仮)を取り出してスライスモード(仮)で構える。
エレナもレイピアを片手で構えて、左手はエンシェントドラゴンに向いていた。
「【ユマージュ・フロスト】」
空気中に浮かび上がる「4M=U」「M:=出力魔力」「U=毒素量」の式たち。
この術は、いわゆる毒魔法と呼ばれるものを数魔法に応用した術。式の説明は不要だろう。
式の通り、入力した魔力の4分の1で毒が散布される。いささか燃費の悪い術だ。
式が溶け込むと、エンシェントドラゴンの廻りには、薄く靄がかかったような感じになる。
「グギャァァァァッ」
毒を感知したエンシェントドラゴンは、鬱陶しそうに悶え、その翼をはためかせる。
「ヴァイシャNo.14【アトン・ショット】」
エレナが、浮かび上がったところにタイミングあわせて魔法を放つ。
しかし、エンシェントドラゴンが口から吐き出した、白い球体とぶつかり相殺。
「いくよ、ポヘさん!」
短い舌打ちをしたあとに、エレナはレイピアを構え、ポヘに合図を出した。
「任せろ、小娘」
相も変わらず口が悪いのは皆がしておこう。
エンシェントドラゴンの方をみると、ドラゴンは小さく見えるエレナをしっかりと見据えていた。
それから空中で体制を整え、迎撃体制をとる。
「ヤバイかな……」
数値を代入して、エンシェントドラゴンに近づく。
しかし、エンシェントドラゴンは体を半回転させて、剣状突起のついた尻尾で攻撃する。
「キャッ!」
体を回転させながら、下方へ移動する。悲鳴を上げたところを見ると飛行の主導権はポヘにあるようだ。




