すべてがX(未知数)2
俺の決意に従って、クルリと180°方向転換しようとした。
だが、たった一言で俺の足は止まったのだった。
「君、強いんでしょ?」
はい?なんですと?ちょっと言っている意味がよくわかりませんねぇ、日本語で話してもらえません?
そんな事を思ってみたものの、その彼女の一声には、沢山の意味を受け取る事ができた。
そのうちの一つ、凄まじい勘違いである。
何故そのような考えになった……。
この線の細い男が何故強そうなんだ。どう考えても魔法とかに直撃してワンパン死とかの未来しか見えないんですけど。
一つは、不安。
顔を見ずとも分かるほどにその感情はたっぷりと含まれていた。
不安そうに眉を八の字にして、彼女は目にうっすらと涙を浮かべていた。
この状況で「うん、寝言は寝ていいなよ。それじゃあ後始末よろしく」なんて言う奴はきっと男でも人間でもねぇ。
結論、命に変えても守ります。
いや、命に変えてもは嘘です。出来る限り怪我しない程度に頑張ります。
「強くなんかない……けど、君を逃がす位の時間を稼ぐ事はなんとか出来るかもしれない」
こういった台詞を一度言ってみたかった。なんだったらこの言葉を言った後に、余裕かまして相手をフルボッコにしたりとかしたかったまである。もう死ぬのなら最期まで俺の願望突き通してやるぜ。最後のは俺の実力が関係してくるから無理だけどな。
「グルルルルゥ……」
前方より低く掠れたような声がした。ゴロゴロと雷を思わせる重低音は闇夜の中でもハッキリと見つける事が出来る、白いものから発せられていた。
「あれが、ギルガリオン……」
前足から脇腹辺りまでには巨大な翼があり、大木の如く太い後ろ足。何処からみてもドラゴン。そう思ったのだが……
身体を見る限りは違う、大きなお腹では無く、かなり角張った形をしていた。
顔に視線を移してもわかる。目や、鼻、口と言ったものはなく、ただ卵形の輪郭の中心に不気味な幾何学模様があるだけであった。
それが、深い底なしの沼のように見えて不気味であった。
その幾何学模様を見つけた直後である。その幾何学模様はまるで数学で言う「等積変形」をするかのように蠢いた。
次から次へと形を変えていき、時にはアメーバやゾウリムシのように分裂する。
一つ一つ幾何学模様は発光し、各々色が微々たるものだが異なっている。
「これがギルガリオンの特性【適材適所】」
何だか名前そのものが術の名前を表しているようだ。
だが、適材適所とは本来の意味合いでは、その人の能力に合わせて仕事や地位を与える。
大体そのような意味合いを持っているのだが、この場合は臨機応変のほうが些か相応しい気がする。まぁ、モンスターの考えたことだしな、いやこういう場合は人間が業名を無理やりつけるものなのか?だってギルガリオンとかどう考えても人の言語話しそうな見た目じゃないもんな。
「ッ!危ない!」
突然の事。彼女は俺を左手で突き飛ばすと、俺と反対側に飛び込んだ。
直後に聞こえて来た、大気をえぐるような轟音。続けて圧縮された空気が顔にぶつかりながら通っていく。
「な、なんなんだよ今の……」
黒煙のような極太のレーザーが襲って来た。暗いなかに黒い技でやられると発見が遅れてしまう。
ドラゴンとは頭も良いのだろうか。
「シュードラ No.6《武装転移》」
その言葉の後に彼女の手元には緑の魔方陣が現れた。幾何学模様を多様に用いている。
それが少しずつ上昇していくと、その通貨した部分からは剣が現れた。
いや、剣と言うよりはレイピアであろうか?
赤と金を基調とした鍔。先端に向かうに連れて更に細くなる刀身。それでも鍔の近くの刀身は5センチはあるだろう。
そして、刀身に刻まれたもじがなんとも印象的である。
「君は武器用意しないの?」
「あぁ、持ってないんだ。それから、俺の事はユズキとでも呼んでくれ」
「持ってない!?え?それって大丈夫なのかな……わ、分かった……期待してるからね」
彼女はそう言った後、思い出したように口を開いた。
「あ、私はエレナ・アルビレオ、好きに呼んで」
無理やり笑みを浮かべなから言ったエレナ。仮にも俺が名乗ったからこちらもなのるのが礼儀というものだろうか。そんな、風に疑問を抱いたものの、ただ機を紛らわすための自己紹介なのかもしれない。
現に、今彼女の手が、小さく震えているのが分かる。おそらく、これは命が尽きてもおかしくないということなのだろう。
ギルガリオンが俺たちの会話を待っていたかのように、あるはずの無い喉からけたたましく咆哮をあげる。
俺たちはそれぞれの形で臨戦体制をとる。エレナはレイピア擬きを下段に構え、俺は元サッカー部員と言うわけもあり、腰を落として素早く動けるようにする。
攻撃なんぞ糞食らえだ、あんな化け物相手にただのサッカー部員が幾ら自慢の右足を叩き込んだとしても傷一つつかないだろう。
もしかしたら、ファイアーなトルネードでシュートを放つ某アニメのエースストライカーなら傷は付くかもしれないな。
いや、無理か……
ギルガリオンはその膜のような翼を羽ばたかせ、猛スピードで突進してくる。
砂煙を巻き上げながら俺たちに近づいてくる。顔の中心にある幾何学模様が発光する。
等積変形のような動きの後、発光の色が変わる。紅蓮に発光色を変えたと思いきや、その幾何学模様の中心に神々しさを持つ光が収束していく。
やばい香りがプンプンする、ギルガリオンが向いている方向は俺の方なのだ。つまりあの光の標的は俺。
「やばいって……」
俺はその考えに達すると、直ぐさま大脳より俺の足へと命令を下す。
エレナを巻き込まないためにエレナとは逆の方に走り出す。
俺の動きに合わせてギルガリオンの卵形の頭部が動く、それに従って幾何学模様も光も俺を追尾する。
「ヴァイシャ No.14《アトンショット》」
エレナの声が聞こえてくる。だが、その声と同時に聞こえてきた何かの炸裂音。
後ろから聞こえてきた土の飛び散る音、木が折れる音、初めて聞こえた空気の爆散する音。
ギルガリオンがあの光を発射したようだ。幾何学模様の発光はすでに収まっていて、極太の足で足で地面を蹴ってこちらに向かってきていた。
しかし、その極太の足に一つの光球がぶつかった。それと同時にそれは爆発を起こし、その場に少量の煙を撒き散らす。
だが、そんな事ではギルガリオンは多少重心がブレるだけでさほど突進に支障は出ていなかった。
まずいな……
そう思った時である。頭のなかに一つの声が走り抜ける。
『いやぁ~ごめんね柚木くん、お菓子買いに行ってたんだよ』
どこまでお菓子好きなんだよ、今流行りのスイーツ系男子かお前は。
そのようなツッコミを押さえ込んで神様に向かって返信する。
『いま、ヤバイんだ!転生したにも関わらず死にそうなんだ!!』
『んぁ?そんなもん能力使いなよ』
神様はふざけているのかそんな事を言った。
『その使い方が分からないんだよ!』
『あ、そっかそっか、じゃしばらく待ってね』
その言葉のあと、神様からの通信は途絶えてしまった。
目の前に迫り来るギルガリオンが再び何らかの能力を発動しようとしたらしい。
「ユズキ君!!」
エレナの叫び声が聞こえてくる。視界の端で彼女がこちらに向けて走り出したのがわかる。
次の瞬間、俺の頭に多大な量の情報が叩き込まれた。
そして、同時に身体の自由が効かなくなった。
『今から儂が手本を見せてやる、しかと見ておくのじゃ』
――神が俺の身体を支配した。
ギルガリオンが細い光線を俺に向けて発射する。
『まず、ただの人間ではこんなものを躱すことは出来ない、よって』
俺の口と声帯、及び肺が意志に関係なく稼働。そしてある言葉を口にする。
「書き換え 身体能力」
次の瞬間俺の体の周りに青白い数字が浮かびあがった。その数字は徐々に数字が上昇していく。
はじめの文字が「αX」だったのに対し、上昇が止まった時に現れた数字は「5X」だった。
その青白い数字は何時の間にか黄色く変化して、俺の体に溶け込むようにして消えていった。
そして、数字が溶け込むのと、俺の体がギルガリオンの光線を紙一重で避けるのはほぼ同時の事である。
鳩尾辺りを狙っていた光線をしゃがみこんで躱す。
『お前の身体能力は今から五倍になった。お前の魔力でお前の身体能力の「数」に干渉した。やり方としては、未知数に数を代入する感じでいい』
続いて、俺の体はしゃがみこんだ体制からクラウチングスタートを決めるようにしてギルガリオンに近づく。
周りの景色が異常な早さで流れていく。身体強化とはこう言う事なのだろうか。
そして、隙だらけの腹部に右の拳を叩き込む。
腹にめり込んでいく拳、そこから伝わってくる鈍い衝撃。喧嘩慣れしてない拳には堪えるものがあった。
「グギャァォ」
短い声を漏らし、ギルガリオンは地面に足を付けたまま数m後退した。
「す、凄い……」
エレナが感嘆の声を漏らした。自分でも凄いと思うね。
『ざっとこんな感じじゃ、式を立ててその式に代入する。魔力はその結果に応じて消費するからの』
神はやり遂げたような、達成感のある声をしていた。
『もうそろそろでこの術もとける、あとはお主で何とかせい』
その声と同時に、俺の身体の自由が戻ってきた。
「あ、危ない!!」
エレナが叫ぶ、これはギルガリオンが何かをしたと言う事なのだろうか。
そう思い、ギルガリオンに目を向けてみると、幾何学模様が二つ光っていた。
「クシャトリヤ No.8《ヘブン・ブラスト》!!」
エレナが呪文を唱えると、ギルガリオンの上に白く光る幾何学模様が現れる。それも一つではなく三つ。
重なり合う幾何学模様は次第に光を失って行き、消えかかる……刹那ーー
ーー轟音
大地を引き裂かんばかりの衝撃と、聴覚を完全に支配する音量、視界を埋め尽くす光量、肌寒さを一気に掻き消した熱量。
流石上級魔法である。
先ほどのエレナが使った魔法、クシャトリヤは上級に当たる魔法だ。魔法の発動の際のランク呼称も、発動のための言霊として必要な文言であり、ルールなのだ。
すべてが未知数の様な世界だったが、その実情を、現実をこの目で見ることで、脳にしみわたる用にして入ってきた。
「す、凄いなエレナ……」
俺はエレナに近づく、エレナは魔力を結構使ったのか、少し息を切らしていた。
しかし、顔に疲れたようなそぶりはなく、いまだにギルガリオンのいる方角をじっと睨む舞うように見ていた。
その先の地面が少し削れてしまっている。上級を三発も同時に使ったのだから仕方が無いだろう。
「凄いのはユズキ君の方だよ」
エレナはそう言うと笑顔を浮かべた。
「ユズキ君が使った魔法、初めて見た」
「あぁ……それは……」
後ろから耳を劈く高音が聞こえてきた。
「エレナ!!」
ギルガリオンのターゲットは俺からエレナへと変わっていた。
二つの幾何学模様が発行して、バチバチと音を立てていた。
嫌な予感が的中した。
その二つの幾何学模様から発せられた光は混ざり合い、その中心に新たな幾何学模様を作り出した。
その事から考えられる事はただ一つ。神から貰った知識の中に人気は興味の対象となったものがあった。
――合成魔法。
複数種類の魔法を合わせる事でその威力を格段にあげる高等技術。
だったら俺も何か手を打たなくては……
「書き換え 炭素濃度」
次の瞬間、俺の視界を黒が埋め尽くす。煙のように見えるそれは全て炭素である。
そしてもう一つ。
「確率変換 炭素結合比率」
視界を埋め尽くすほどの黒が消えていく。
発想としては、某錬金術師のアニメによるあれだ。もともとが科学をベースにつくられた世界観は、似たように数学での表示も可能だったようだな。
そんな事実を目にして、ほっと一安心するもまだ気は抜けない。ダイヤモンドごときであの攻撃を防げるのかはまた別の話だ。
そして、ギルガリオンの攻撃が始まった。
黒の中に蒼が混じった光線、それ一つで宇宙を表したかのような魔法であった。
それが俺の作り出したダイヤモンドの防御壁とぶつかり合う。
圧力によって歪みの生じたダイヤモンドは辺りに七色の光を拡散させつつも、ギルガリオンの魔法をしのいでいた。
「き、綺麗……」
「そんな事はどうでもいいから早く逃げろ!!」
俺はエレナの手をとって走り出す。ギルガリオンは自身の攻撃によって俺たちの姿が確認できていない。
ギルガリオンの攻撃ラインから避けた俺は、神がやっていたように身体強化をする。
再び浮かび上がる「αX」の文字、αの値に俺は8を代入する。
黄色く変化した「8X」の文字は俺の体へ溶け込む。
ギルガリオンの横腹めがけて突進する。
「ぬぁぁあ!!」
声をあげながら軽く飛び、身体を斜めに倒す。
この体制から右足の蹴りを放つつもりだ。そうすれば頭部に強烈な蹴りをお見舞い出来る。
「ッ!?」
ギルガリオンが俺に気づくが遅い、右脚を引いて身体を反らせる。前世のボレーシュートを思い出す。
「うぁぁあぁぁ!!」
叫び声と共に身が足を振り抜く。