絶対等号4
「ちょっとまてよ、お前だって数の属性を操ってるじゃないか」
属性の違いと彼は言っていたが、術の発動するまで独特な式の変化はどう見ても数の属性だ。
「数といっても、いろいろある。その中でも俺とお前の術のタイプは違う」
オルガがそう言って、さっきを放出するのを辞める。それを察し俺は臨戦体制を解く。
解いたはいいものの、右腕の流血と激痛は治まらず、左手で必死に止血する。
「じゃあ……お前のは何で、俺のはどう言った数の魔法なんだよ」
俺がそう聞くと、オルガは少しの間無言になり、俺たちの間の音は、風により揺れる木の葉の音のみとなった。
暫くして、ジリジリとオルガを疑い始め、徐々に臨戦体制をとっていく中、オルガは唐突に口を開く。
「俺のほうが魔法のレベルは上」
「レベル?」
ハイでました。新出単語です、本当にありがとうございました。
「そう」
しっかしこいつ無口だな、この場合は無愛想というのが正しいか?
「だから、レベルってなんの話だよ……」
ヤバイ……右手の感覚がもうないしフラフラする。血を失い過ぎたかもしれない。
「死ぬのに教えても、時間の無駄」
オルガはそう言って、走り出す。フラフラとして、さらには焦点の合わない目ではきついものがある。
「主様は殺らせんぞ」
カブトの形を代入していたポヘは、その魔法をといて憎いほどのイケメンへと戻る。
ダガーを持つ手を掴んで捻りを加えることで、オルガはダガーを手放す。
すかさずポヘがダガーを茂みのほうへと蹴り飛ばす。一種のアクション映画を見ているようだ。
「G=10g」
その瞬間、ポヘのいる地面が陥没した。ポヘの足首あたりまでが地面に埋まり、ポヘ自体も辛そうだ。
「F=10kgf」
浮かび上がる式が溶け込んでいくと、目に見てわかるような衝撃波がオルガの身体から放たれる。
「ポヘ!」
回転しながら吹き飛んでいくポヘ、木の枝を折りながらかなたへと消えていく。
「畜生……」
睨みつけてみるものの、状況が変わるわけではない。
変えるには奇跡の業、魔法に頼るしかない。
だが、魔法のレパートリーの少ない俺は、この状況を打破するだけの魔法は……
「代入意識レベル【Ⅲ-200】」
ランクを決める試験でウォルフさんと闘った時に使った術。直接意識に働きかければ勝てないだろう。
しかし、俺の術は予想を大きく外れ、何の作用も引き起こすことなく、赤い光芒となり霧散する。
そこにはやはりオルガがいた。
「0=Ⅲ-200」
オルガの頭に出てきたⅢ-200の文字は赤くなり霧散して行ったのだが、それは殻が向けたようになかからは青白いⅢ-200の文字が現れていた。
それはあろうことか、0と等号で結ばれており、黄色く光輝いていた。
それは術が作用したことを示していた。
「だから言ったはず、俺のほうがレベルが上だと」
セリフから余裕が見て取れるオルガ、このままでは本当にヤバイ。
「舐めるでないぞ小僧めが」
オルガの背後をとったポヘが、オルガを羽交い締めにする。
いきなりのことに驚いていたようだが、これはチャンス以外の何物でもない。
「【亜空切断】」
右腕に張り付いた数式が光り輝くのが発動の合図。俺は手に持つダガーを触れる程度に殴りつけた。
「ッ!」
小さく声の漏らしたオルガは、強引にポヘの羽交い締めから抜け出そうともがく。しかし、オルガの身体と交差する際に右手を地面について、身体を捻り、左足のかかとで蹴りをプレゼントする。
「ぬおりゃ!」
ポヘは蹴られた時の勢いを利用してジャーマンスープレックスまがいな何かを決める。
「ぐ……はぁ」
初めて苦痛の声を漏らしたオルガ、いくら地面が草に覆われていようとも、後頭部と、首を地面に打ち付けては辛いものがあるのだろう。
「うっ……」
出血によって血が少なくなり、頭がフラつく。立ち上がろうとしていた時だっただけに顔が地面に鎮まる。
不意に顔が浮かび上がる。理由はポヘがローブのフードの付け根を掴み持ち上げたからだ。
「大丈夫か、我が主様」
「わ、わりぃ」
ポヘが肩を貸してくれたが、まだ目が若干だけど霞んでる。そろそろ本気でやばいかも。
「ブラフマンNo.8【セラフの祝福】」
ポヘは究極級の魔法を、発動する。黄色く光り、神々しい光を放つ魔法陣を背に、具現化した3対の純白の羽を持つ天使。
その天使が天に手を向け、呪文を唱えると、
俺に光が降り注いで来た。
心地いい光が俺を包み込み、信じられないことに右腕の傷を癒してしまう。失血でふらついていたはずの身体は、万全をきした状態になる。
「すげー」
感嘆の声を漏らしていると、隣に居たポヘが耳打ちする。
「ごめんね我が主様、魔力を使い過ぎてこれ以上は無理みたい」
何時の間にかデフォルメの姿に戻っていたポヘは、ポンッという音を立てて消えてしまった。
と言っても、元いた空間に戻っただけだ。
「油断した……」
すると今度はオルガが、フードの上から頭を抑えながら立ち上がった。
「【アトン・ブラスター】」
光線はまだ覚束ない足取りのオルガを直撃して木々もろとも吹き飛ばしていく。
代入した身体能力により、すぐさまオルガの元へと向かう。
「う……うぅ」
仰向けで苦しそうにうめき声を漏らすオルガ。その上に乗ってマウントポジションをとる。
胸ぐらをつかんで、そのまま上半身だけ乱暴に起こす。
「言え、なぜ俺を殺そうとした、指図したのは誰だ、お前は何者だ」
矢継ぎ早に質問ぜめにする。アトンブラスターのせいで意識が朦朧としていた。
「おい!答え……ッ!」
ここでオルガの身体に異変が起きる。亀裂が走り、その亀裂から光が漏れる。やがて発光がやむと、0と1の数字に変わり、弾け飛ぶ。
「え?」
0と1間違いなく数属性の術。つまり分身?変わり身?
「だから、油断してる」
ゾクリと背筋に悪寒が走る。オルガの声が今まさに耳元で聞こえてくるのだ。
「まずっ!?」
攻撃されるのは目に見えているので、振り返りざまに裏拳を叩き込む。
オルガも予想していたのか、右腕でガードをとる。
ギリギリと剣同士の鍔迫り合いのように、お互い右手で相手を押し合う。
「何時の間あんなものを」
答えを頂けるとは思っていない。所謂ダメもとのつもりだったのだが、意外にもすんなりと答えをくれた。
「お前が倒れた時」
ははーん、なるほど、倒れて視界からオルガを排除した時に何かしたんだな畜生。
「やってくれるぜ、この二流品めが、俺に数学の知識で勝てると思ってやがんのか?」
してやられたのにイラついていたのか、安い挑発をしたものだ。だが、その挑発は思いもよらぬ功績を残す。
「数学?なんだそれは?」
心底分からない。そう言ったような声だった。
は?いや、ちょっと待て……数学を知らない?
いやいやそんな訳がない、ここまでの技を使うなら知識だってある程度なくてはやっていけない。
それはもう、算数ではなく数学としての知識が必要なのだ。
ベクトル反射をしたあたり、高校数学までは知ってなくてはならないことになる。にも関わらず、あいつは数学と言う言葉を知らない。
なんだ、この嫌な胸騒ぎは……
「数学……知らないのか?」
俺は言ったんオルガの膝を蹴り距離をとり、そう尋ねた。
「あぁ、知らんな、なんだそれは……」
本当に知らないようだ、声調から容易に受け取ることができた。
となれば、いろいろと矛盾が生まれてくるわけだ。どこでその知識を知ったのかだ。
まぁ、いい、一つ手がかりが出来た。
オルガはこのベアトリアで育ち、何らかの理由で数属性と知識を得た。
俺の抹殺ターゲットが絡んでそうな匂いがプンプンするよ。
「数学ねぇ……何でもできる万能な魔法だよ!」
やばい!名言すぎる!!
そうとなればオルガを倒すのが手っ取り早いが、この場合はオルガを野放しにしてから、オルガの上にいる奴を見つけ出したほうが効率がいい。
だが問題点があるとしたら、従えているオルガですらこのレベルということは、操っている人間は相当な実力がなくては無理だろう。
だとしたら、オルガを寝返らせることに……
いやいやそんな実力俺にはないぞ……
「考えても仕方が無いな」
代入した身体能力だけで地面を蹴る。オルガとの距離を詰めてから体術を繰り出す。
「くそ……」
初めてオルガが悪態をついた、俺が押していると受け取っていいのだろうか。
俺は迷わずに攻撃をしかける。右手の拳を馬鹿正直に繰り出す。
心地よい音を奏でながら、オルガは手のひらで俺の拳を掴む。
ーーここだ。
右手をつかんだ腕を左手で掴みそれを股の下にくるように体を捻る。これによりオルガの肩、肘にダメージをあたえられた。
その状態から右足のかかとで側頭葉を蹴り飛ばす。しかし抑えられたオルガの左腕があるため俺とオルガの体制上の優位が逆転する。
腕を変な方向に出しながら、前のめりに倒れるオルガ、立って腕を掴みながらオルガの行く末を見守る俺。
完璧に俺が優位。
土の擦れる音と共にオルガが倒れる。すかさず背中の上に乗り、左腕をひねり上げて身動きを取れないようにする。
「おらきたぁぁぁ!!」
つい感極まって大声で叫んでしまったが、まぁいい。オルガを押さえ込んでいる事に変わりはない。
「お前の負けだ……おとなしく連行されろ」
「…………」
オルガは諦めたのか無言のままでいる。俺に負けたのが予想外過ぎたのもあるのだろう。
俺にもそう思っていた時期がありました。
「お前、馬鹿だろ」
オルガは諦めてはいなかった。
「【ファイヤ】」
オルガが呪文を唱えると、俺の真横あたりに火の玉が現れる。もちろんその前に数式が現れていた。
その玉は一直線に俺を狙う。この位置的にオルガを手放さなくては直撃してしまう。
しかたがないか……
俺はオルガの上から飛び退いて回避行動をとる。
迂闊だった。地球ではあの状態はかなりの優位な位置にいるポジションだった。
しかしこのベアトリアには地球にはない概念、魔法があったのを何処かで忘れていたのかもしれない。
口先一つで発動、攻撃できる魔法があったのにあんなに近づいてはチャンスを与えただけじゃないか。
くそ……やり難いよ全く。
「そろそろ終わりにしたいのだが?」
「奇遇だな、俺も疲れたから終わりにしたいと思っていたとこだよオルガ」
至って冷静なオルガ、それに対して俺の内側は既に傷跡がたくさんついている。もう心で負けてるよ。
「【ギガ・ブラスト】」
ナブラとの戦いの際、幻術の時に用いていた術をオルガが発動する。ならば俺も対抗しなくては。
「【アトン・ブラスター】」
目前に現れた5つの魔法陣。こんどはこれを同時に発射してやるぜ。
ほぼ同時に式が溶け込んでいき、同時に術が作用する。
オルガと俺との間の距離は10mもない。その距離の中点で俺たちの術が激突する。
凄まじい衝撃音と、衝撃波が体に襲いかかる。俺はすぐさま次の作戦へと移る。
ベクトルの翼を発動させて、斜め上へと飛び、そこで新たな術を発動する。
「我求むるは地獄の焔。その忌まわしき焔を持って、我が身に味方せい
ブラフマンNo.22【ヘル・バーナー】」
両手を突き出したポーズで詠唱をする俺。元の世界なら痛い子確定だが、幸いここはベアトリアだ、問題ない。
ブラフマンと階級がついたが、実際は数式をつかう。ウハ、マジ数学パネェッス。
「100000K」その数式で表すことが出来る簡単な術。これがブラフマン級とは驚きだ。まぁその分魔力消費量とコントロールは異常だ。
100000K、kをケルビンと読み、これは温度を表す単位の事である。
科学の世界でエネルギーを扱う際には、主に温度に関してはこちらのケルビンを扱う。
我々が普段使っているのはセルシウス温度と呼ばれるものであり、水を基準に温度が設定されている。
セルシウス温度とケルビンの関係式は主にこのように表される。「x℃=yK+273.14」
まぁ、この表示よりも273℃低い値と認識してくれて問題ない。
やがて式が溶け込んでいき術が作動し始める。手のひらに小さな焔が渦巻く。
その色は血のように赤黒い色をしており、メラメラと燃えたぎっていた。
ヘルバーナーはこんなものではない、地獄の焔と称されるだけあり、生温い温度ではない。だからこそこの言葉が良く似合う。
「もっと熱くなれよぉぉぉぉ!!!」
伝説の熱きシジミ男の有名なセリフである。
その言葉に含まれた力は計り知れず。小さく渦巻いていた焔の威力を格段にあげさせる。
そして、圧縮から解き放たれた地獄の焔がオルガに牙を剥く。
放たれた焔は、オルガを飲み込むかのように暴れ狂う。
津波の如くうねり、渦巻く焔。辺りの草木諸共燃やし、顔にまで熱さが伝わってくる。
「降水確率【100%】」
自然保護(ここまで更地に変えておいて保護もくそもないが)のため、消火を忘れない。
瞬時に黒く重たい雲が太陽を隠し、その数秒後には大粒の雨が降り始める。
木々の葉に打ち付けられパラパラと音をたてる。
その雨が焔とぶち当たり、沸点に達して水蒸気が辺りを埋め尽くし、視界を奪う。
しくじったな、これじゃあオルガの生存確認が出来ない。
「代入【F>0】【F:分子間力】命名【霧払い】」
分子間力をプラスにすることで斥力を生み出し水分子では無く、酸素分子、水素分子として還元する。
これにより、視界を奪っていた水蒸気は消え去り、視界はいつも通りになる。
「ようやくか……」
視界に映り込んできたのは、焔によって着ていたローブが所々焼かれ、右腕はケロイド状になって、苦しそうに息をするオルガだった。
ケロイド状になるまでは少しやり過ぎた感が否めないが、覆水盆に返らずだ。
「さて、どうだ?レベルが上だとか言っていたが知識じゃ負けねぇよ」
俺がそう言うとオルガは苦しそうに息を荒げて俺を睨みつける。
「……まだ…だ……俺は…お、前を殺さ……ハァ、なきゃ」
「その辺にしておきやがれ、余計なことを喋れば削ぎ落とす」
ポツリポツリと言葉を漏らしたオルガ。それにかぶせるようにして放たれた威勢のいい声、聞き覚えは無い。




