絶対等号
「久しぶりだなピタゴラス」
そう言って俺を出迎えてくれたのは、始めてここギルド大地の翼に来た時に親切にカウンターの位置を教えてくれたガルシアさんである。
「お久しぶりですガルシアさん」
そのたくましい腕がまるで丸太のように見えてしまうのは俺だけではないはず。
「そんな、身構えんな。殴ったりしねぇから」
ガルシアさんは苦い表情で笑いながらそう言った。いつのにか腰を落として反応できるように臨戦体制をとっていたようだ。
ただその原因を作ったのは他でもないガルシアさん自身である。
「すいません」
「良いってことよ、それより今日は何の用だ?アルビレオさんも連れて」
俺より一歩ほど後ろにいるエレナ、実のところエレナにここへ連れてこられたのだ。
「マスターに呼ばれてね」
エレナがご愛嬌の笑顔を貼り付けながらそう言った。
「マスターならさっき資料室に行きましたよ」
「ありがとうガルシアさん。行こ、ユズキ君」
エレナはガルシアさんに一礼すると俺の手を引いて歩き出す。
二階へと繋がる木製の階段、見た目に関しては古く、ログハウスのような印象だが、意外にもギシギシ音を立てることはなかった。
そこそこ急な階段を上がりきると、ホテルの客室のような場所にでた。
細い廊下には赤黒い絨毯が敷かれて、その両方の壁にはネームプレートが掲げられた扉がある。
その廊下の突き当たりには硬く閉ざされた鉄製の扉、まるで金庫のような頑丈そうな作り。
「ここだよ」
エレナが指差すのは資料室のネームプレートが掲げられた木製の扉。
二回ノックをして中からの合図を待つ。軽く響き渡る木の音色。暫くしてからウォルフさんの低い声が聞こえて来た。
中にはいると、5mほど上の天井まで届いた大量の書物が所狭しと並べられてあった。
10畳程の部屋の壁は全てその本棚に覆われて顔を出しているところは無かった。
「連れて来ましたよマスター」
エレナがウォルフさんに声をかける。ウォルフさんは、読んでいた古びた辞書のようなものを、ゆっくりと閉じて、棚に戻してからこちらを向いた。
「実は先ほど、ヤハウェの森にて異常な魔力を感知したと通達が来た。よって、調査に向かわせろと王国から直々に指名されてな」
ウォルフさんはそう言って「アラドヘイム王国」の印が押された羊皮紙を見せつける。
「だから、お前たちに頼もうかと思ってな」
そこでウォルフさんはニヤリと笑った。
「なんで僕たちなんです?」
瞬時に浮かび上がった疑問をそのまま言葉に変換してウォルフさんにぶつける。
「仮にもお前たちはスローネランクだろう?実力としては申し分無い」
「でもそんな異常事態に二人だけって辛いものが……」
「意中の相手と二人きりは緊張すると言う意味か?」
「いえ、違います」
ウォルフさんの冷やかし、いや、茶化しに冷静に、スパッと否定されると俺としては少しグサリと来るのだが。
まぁ、エレナの言うことにも一理ある。王国からの依頼に学生二人だけと言うのは些か甘く見ていると言える。
「しかたないか……」
ウォルフさんはそう呟いて顔の右半分を右手で覆い隠す。
「ピタゴラス、俺がお前に負けたことは既に国王の耳に入っている。つまり、帝に勝った。よって国はお前にメシアのランク、若しくはエデンのランクを与えることを検討している」
ウォルフさんは苦々しい表情で言った。
「つまりこの任務は俺の実力を見るためと?」
「察しがいいな、つまりはそう言うことだ」
なるほど……だいたい読めてきた。恐らく国の奴らがその光景をどの地点からか見ているのだ。それで俺に実力があるか見極めようとしているのか……でも。
「悪いですが、お断りします」
俺の答えは拒否だった。
その言葉が予想外だったのか、エレナがだけで無く、ウォルフさんまでもが目を見開いた。
「エデンのランクを貰えるんだよ?」
エレナが詰め寄りながらそう言った。
「だからだよ、俺は別に戦闘狂じゃないんだ」
某野菜王子のような戦闘民族じゃない。俺は平和主義を掲げたもやしっ子民族なんだよ。
「でも……」
残念そうに顔を伏せるエレナ。そこに、ウォルフさんが俺に近づいて来る。
「悪いが、俺はその試験を受けて欲しい」
ウォルフさんは息を継いで続ける。
「近々、アラドヘイムが軍事体制を整えるんだ」
重々しく告げたウォルフさんの言葉は文字通り重く心臓にのしかかってきた。
「な、なんで?」
エレナが動揺したようにウォルフさんに訊ねる。
「この依頼内容にもあるように、各地で異常な魔力が数回に渡り感知されている。原因は分からないが、国は非常事態に備えて軍事体制を敷くことになる」
ウォルフさんは少し間を開けてから「一般市民には極秘で」と続けた。
つまり、軍事体制を敷く中で、より実力者を集めた方が安全であると言うことか。大方帝以上のランクの人間には隊長を勤めさせるのだろう。
「俺がメシアかエデンのランクを取れば、国が安全になる。そう言うことですか?」
「そうだ」
間を開けること無く、ウォルフさんはそう返してきた。
そりゃあ、沢山の人が助かるならいい(実際は他人の事なんて考えてない)けどそれとランクは直接関係しない。
もしかしたら、これには裏がある……
これは、他人がどうこうだのの綺麗事ではなく一個人としてこの任務を受けようじゃないか。何がしたいのかあばいてやるよ。
「分かりました、この任務受けましょう」
「おお!感謝する」
ウォルフさんはそう言って頭を下げてきた。悪い気はしない。
「よし、そうなればアルビレオ、ピタゴラスのサポート人として、任務に同行してくれ」
「わっかりました!」
エレナはそういいながら敬礼をする。こいつはいつでも元気有り余ってるな。
「では、この紙を渡しておく、準備ができ次第俺に連絡してから出発してくれ」
ウォルフさんはアラドヘイム王国の印が押された羊皮紙とは違った羊皮紙を渡してきた。
依頼内容が書かれた羊皮紙、右上にはSSという印が押されている。
依頼内容
メディーナレークの討伐
詳細
アラドヘイム北西の《アーズガル大平原》にて、異常な魔力を感知、原因がこのメディーナレークだと思われる。
アーズガル大平原に流れるビフレスト川の近辺で目撃されている。
そこで依頼内容は終わっていた。
「メディーナレーク?」
俺の疑問に、エレナがいち早く答えてくれた。
「カメレオンにドラゴンの翼が生えたようなモンスターだよ、風の魔法で《同化》を使うやっかいなモンスターかな」
エレナの説明を聞いて某狩猟ゲームのオ○ナズチを想像してしまった。
エレナの説明とおりならメーディーナレイクは相当やっかいなモンスターだろう、ゲームのようには行かないし、下手をしたらゲームよりも強い可能性だってある。
「まぁ、ユズキ君なら余裕かな」
ウォルフさんを倒せたのはまぐれであり、実力との関係は無いから無理だと思うのだが……
「じゃ、俺は俺の部屋にいるから、準備を怠らないように」
軽くてをあげてウォルフさんは資料室をあとにした。
残された俺達の間には微妙な空気が流れていた。
「軍備を整えて何をするんだろ」
不安そうにエレナが言った。
「ウォルフさんも言ってたろ、異常事態なんだよ」
「それはそうだけど……」
何やら言い難そうに言葉を紡ぐ。
「疑ってるんだな」
「そ、そんなこと!」
俺の言葉に、一度ビクッと肩を震わせてから、やや大きめの声で反論する。
だが、その反応は、俺に対して「実はそうなんです」と言っているようなもんだぞ。
「安心しろ、多分俺たちを思って隠してるんだろ」
薄暗い資料室に、根拠のない言葉は無性に弱々しく感じられた。
言葉を発した本人の俺ですら、ウォルフさんの言葉を100%、信用する事はできない。
少し憂鬱な気分のまま、エレナの方をみると、少し俯いている。
それはそうだろう、あそこまで矛盾した内容を話されては、ましてやそれが今まで信頼してきた人からの内容ならショックも受けるだろう。
だが、次に顔を上げた時には、いつもの笑顔を浮かべて、安心したように頷いた。
「なら、準備でもするか」
「うん!絶対合格しなくちゃね!」
そういいながらエレナは資料室を飛び出して行った。
エレナが出て行った数秒後、俺の頭に一つ、しょうもない事なのだが、疑問が浮かび上がった。
「準備ってなにすりゃいんだ?」
俺は魔武器や、魔装というような類のものは持っていない。
呪符や召喚陣など、特別な紙なども、持っていない。
ましてや、そんなものは魔法で代用可能だ。
という事は、俺の準備は、心の準備だけで足りるんじゃないか?そんな考えが出てくる。
恐らく、必要なものを忘れたとしても、ポヘの能力でどうにかできそうだ。
俺は用意すべきものを必死に考えながら資料室を出た。
資料室を出てから、俺はそのままエントランスへと向かって、エレナの準備を待つ事にした。
居酒屋のような状態の食堂で、何か飲み物でも頼もうか……そんな時である。
「よーし確保したぞ」
突然後ろから体を掴まれ、足が地面から離れてしまう。
「わ、わ!ガルシアさん!?」
俺を持ち上げた腕の正体、その本体は先程会ったばかりのガルシアさんであった。
何がしたいのか、ガルシアさんは木材を運ぶように、俺を脇に抱えて、食堂の方へと向かって行く。腕から伝わる振動が腹に直接響いて痛い。
「どっこいせ!」
「へぶっ!?」
食堂にある木で作られた、ログハウスや山小屋で見られそうな手作り感満載な椅子にガサツに放られる。
「おーい、ビール二つ!」
ガルシアさんは、俺の向かいに座るや否や、大声でビールを注文する。
「昼間からビールですか?」
少し苦笑いしながら俺は言った。
「男ならグビッといけんだよ」
ガルシアさんはジョッキを傾ける真似をした。
ちなみに、アラドヘイムでは酒に関しての年齢制限はない。アルコールは体内の魔力活動で、幼い年齢の方が浄化が早いからだそうだ。
頼まれたビールはまだ来ないが、ガルシアさんは丸いログハウスチックなテーブルに両肘を付いて手を組む。
少し俯き気味のまま、ガルシアさんは小さな声で話し始めた。
「お前、昇格試験を受けるんだってな」
低いトーンで話すガルシアさんはいつにも増して、かなりの威圧感があった。
「えぇ、まぁ」
濁すように返した俺に、ガルシアさんは少し鼻で笑う。
そして、少し間を開けてから口を開いた。
「メシアやエデンのランクになれば、国家の軍の犬として扱われる。お前はそれでも良いのか?」
鋭い眼光を走らせた紫の瞳に、俺の姿が映し出される。
線の細い体からは、これが軍の犬になれるのかという疑問しか出て来ない。これならガルシアさんの方が軍人らしい。
「軍の犬ですか……」
ウォルフさんが隠したい内容はもしかしたらその事かもしれない。俺を利用するためにこの試験を実施したのかもしれない。
「お待ち遠さま、ビール二つだよ」
「おぉ、すまない」
ウェイターさんが運んできたビールを、俺の手元へと置くガルシアさん。続いてジョッキを傾けて、喉を鳴らしながら液体を飲み干す。
イッキ飲みは危険だと教わっていないのだろうか。豪快に一口で飲み干したガルシアさんは、心底気持ち良さそうに唸った。
俺も続いて、ジョッキの半分程まで一口で飲む。辛味と苦味がちょうどいい具合に合わさっていた。
「その年にしちゃいい飲みっぷりだな」
少し上機嫌になったガルシアさん。だが、俺はあえて暗い話題を提供する。
「国が俺を利用するためにこの試験を実施したのかもしれない、そんな可能性は無いですか?」
俺の話題を聞いたガルシアさんは、眉間にシワを寄せた。




