見えてきたX(解)
「お疲れ様、幻術だなんて気がつかなかった」
観客席に戻るとエイトが恥ずかしそうに小さい声でそう言った。
エイトはその時に柄にもなく大声で心配した声を出したから無理もないだろう。
「それにしても、いつからかかってたんだろう?」
そう言われてみればそうだ。いつかけられ、いつ幻術を解いたのか、俺達は全く分からないのだ。
場合によってはあの魔法発動の前兆が他人に見られた事になるだろう。
それはそうとしてだ、あいつはどこに行きやがった、さっきから辺りを見渡すだけなのだがどこにも見当たらない。
「あ、もうソロソロ僕の番だから行くね」
エイトはそう言って観客席の階段を降りて行った。
なんだろうか、少しだけ心配な気もしないでもないが……
妹が初めて泣いて帰ってきた次の日の朝みたいな。
…………
帰りたいな、家に……でも死んだんだよな?俺って……
なんかにわかには信じがたいが、俺は現在進行形で生きているが。俺は一度死んだらしい。
なんか神の手伝いとかで今この世界に来てるけど……ホームシックだなこれは。
「はぁ……」
俺はため息をついてから制服であるローブのポケットにしまったあの手紙を取り出した。
「ユズキ・ピタゴラスじゃなくて、榎本柚木って事を知ってるのか……」
「エノモト?誰それ?」
「へ?……のうわぁ!?」
ボソリとつぶやく程度に口にしたつもりだったのだが、どうやらエイトの更に奥に座っていた人物に聞かれていたようだ。
「つうか、あんた誰?」
思わず口にしてしまった。
琥珀色の髪をいわゆる萌え要素の一つであるポニーテールに結わえ、切れ目の双眸はエメラルドグリーンと鮮やかな色をしていた。
桜色の薄い唇。しっかりと筋の通った鼻。それらは卵型の輪郭にきっちりと収納されていた。
ーーうん、こんな人知らないぞ!
それだけを見れば確実に美人と言われる人物。だからこそ気になる、腕の中にいるテディベア。
何故、なぜあなたのようなプロポーションをお持ちの方が膝の上にちょこんと座らせたテディベアを抱きしめておられるのだろうか。
それは可愛いキャラである人物がやるべきで、あなたのようなクールキャラがやる事では無いだろうに……
ギャップ?ギャップを狙っているのかあんたは!
「同じクラスなのに知らないの?」
不思議そうに顔だけこちらに向けたまま首を傾げたポニテ少女。
すまないが俺は編入して来たばかりだ。
「悪いな、俺は編入してきたばかりなんだ」
「そういえば、そうだったわね。特待生っていうそうじゃない?」
そう聞くと彼女は途端に目を細めて睨むような、恨めしそうな目でみてきた。
「まぁ、そうらしいけど」
「そ、なら私の半径1mいないに入らないで頂戴ね」
「一応1mいないには入っていないけど……」
俺と彼女の間にはエイトのいた席と始めから誰も居ない席がある。1m以内には入っていないはず……
「素晴らしいわ、ミッションコンプリートね」
「これミッションだったの!?」
「次は1万㎞いないに入らないで頂戴ね」
「この国から去れと!?」
「当たり前よあなたの事嫌いなんだから」
「話してまだ二分程度ですよ!?」
「なんなら半径一万光年以内に入らなくてもいいわよ」
「惑星退去を命じられた!?」
「半径50㎝以上離れたら許さないんだからね!」
「なぜここでツンデレ!」
「冗談よ、初めは本気だったけどね」
彼女はそう言って柔らかい笑みを浮かべた。
「初めは?」
「そ、特待生って自身過剰でナルシストが多いから、あそこまで拒絶すれば何かしら攻撃に移るから」
彼女は顔の左側にポニテに結わえられなかった髪をいじり、うざったそうに言った。
「でも、そんな事されたら危ないんじゃ……」
俺がそう言うと彼女は身体ごとこちらに向けて胸のあたりにつけられたバッヂを見せてきた。
「大丈夫よ、私も特待生だから」
成る程ね……
「けど、なんでそこまでする?」
素朴な疑問だとは思うが俺は訊いてみた。
すると彼女は意外そうな顔で言った。
「あら、あなたはナルシストでうざったい人と仲良くやって行きたいと思ってるの?」
実に的を射た内容だ。
彼女はそう言うと、膝の上に載せていたテディベアを自分の席に置いて本人はエイトのいた席へと移動した。
要約するならば近づいてきた。
「貴方のお友達じゃないの?あれ?」
彼女の細くて綺麗な人差し指、それが指し示す先には、小柄な少年と、それに相対するようなムキムキマッチョな厳つい青年がいた。
もちろん小柄な方はエイトである。
「ちょっと体格差ありすぎだろ」
「厳しいわね……」
はたから見れば、エイトがカツアゲされそうになっているとも、見えなくはない。
「そう言えばあんたは誰かと一緒に居たんじゃなかったのか?」
これまた素朴な疑問をぶつけてみる
「あぁ、それならこれの次の試合かしらね、さっき出て行ったばかりだから」
「へぇー」
一瞬でも友達がいないんじゃ無いかと失礼な事を考えていた自分を殴り飛ばしてやりたい。
『それでは、試合開始!』
「始まったか……」
エイトよ……カツアゲなんかに負けるな!
あれ?違うか……
ムキムキマッチョ通称ムッチョが、先に動き出す。
手には遠目からではわからないが、鈍い光がある事からガントレットをつけているのだろう。
自分の図体によほど自信があり尚且つ体術も得意と見た。だが、エイトは微動だにせずに、ただ棒立ち状態のままである。
「なにしてる……エイト」
距離が5m程に縮まっても動きを見せない、いくら素手とは言え、もうすぐ射程圏内だぞ。
「ふんぬらぁ!!」
ハスキーボイスをあげたムッチョは右手を後ろ側に引いてから腰の捻りを上手く利用して、綺麗なフォームの正拳突き。
バキッと、骨の折れるような音が響き渡る。小柄なエイトはそのままステージの端まで飛ばされる。
ーーえ、ちょなにしとんの?
そう思った次の瞬間である。
パァンとクラッカーのように乾いた音が聞こえてきた。
「うぬ!?」
ムッチョは右腕の二の腕辺りを抑えながら膝をついた。その抑えた左手からは赤い鮮血が流れ出ていた。
「いーち、にー、さーん」
その不気味なほど感情の無い声は、ムッチョの後ろから聞こえてきた。
「しー、ごー……はい、完了」
殴られて叩きつけられたはずの壁とは真逆の方からエイトがゆっくりと歩いてきた。
「あの子、上手いわね……」
となりのポニテ少女が呟く。
「何が?」
俺はそのつぶやきを無下にはしない。
「まるであの子に攻撃がクリーンヒットしたかのように、彼の五感全てに幻術をかけたのよ」
「いつの間に?」
「多分、あの殴られたエイトくん自体にそう言った作用を持たせた……とか」
幻術の発動を何か物に触れさせる事で発動する。なんという発想力。
「いま君の体中に麻痺毒が効いている、簡単には動けないよ」
殴られて吹き飛んだはずのエイトが吹き飛んだ方とは真逆の方向から、白い銃を構えながらムッチョに近づいていく。
「くそ……」
ムッチョは何とか立ち上がろうとするが足に力が入らない様子で立ち上がっては転び、まるで産まれたての子鹿のようだ。
「降参は?」
エイトは銃を突きつけそう言った。
「そうだな……だが、このザック・ベネデットにそんなもの効かん!!」
ムッチョあらためザック・ベネデットは体を反転させて、右の裏拳を繰り出す。
「っ!!」
予想外の事に反応が遅れたエイトは辛うじて右手を頭と裏拳の間に滑り込ませてガードをするも、ザックの裏拳の威力は高かったようで、5mほど吹き飛ばされ床をゴロゴロと転がる。
「いざ!ベネデット家に代々伝わりし秘術!!【ライトニング・ソニック】」
ザックが呪文を唱え終わった瞬間。ザックの身体から幾つもの閃光が走る。
「肉体強化?」
となりのポニテ少女がポツリと呟いた。
肉体強化とは、身体強化に属性を添付したり、さらに高密度の魔力を纏うといった、身体強化のもう一段階上の術であり。身体強化がシュードラランクの術なのに対して、この肉体強化は限りなくクシャトリヤランクに近いヴァイシャランクの術。
学園内でも使えるヤツは3割程度らしい。
しかし、肉体強化とは一般的に呪文や詠唱は破棄する傾向にある。
理由として主なのは体に纏うための魔力を放出し一定にコントロールをするだけだからである。
他の術とは違い形と言う概念が無いからである。
それだとすればザックの術は何なのか、身体強化や肉体強化の部類であると、となりのポニテ少女は考えているようだが俺には違うような気がする。
「行くぞ!!ベネデット流【阿鼻地獄】」
阿鼻地獄、地獄の最下層に位置しそこにたどり着くまでは2000年も落下し続けなくてはならない。
抜け出すには一辺が一由旬の巨大な石を、100年に一度だけ柔らかい綿でこすり、それを繰り返す事により石が摩耗し消滅する。その果てしなく長い期間よりも更に長いと言う。
又の名を無限地獄。
なんて惨い名前を用いるのだろうか。
だが……
「……!!何故体が動かぬ……」
ザックが突然体を痙攣させながらその場に倒れる。
「バカだねぇ……素直に降参しておけばいいものを」
逆に床にひれ伏したエイトは口元から垂れた血を拭いながら立ち上がる。
「貴様……な…\%$×○*♪」
「まともに喋れないほど魔力を練ったんだ。こりゃ食らったら危なかったねぇ」
そこでエイトはポケットから注射針と小瓶、それから銃を取り出した。
「初めに腕を撃ち抜いた弾丸には、僕の魔力によって、魔神経を一時的に狂わす麻酔が……そしてこっち、注射針には君の魔力を増幅させる作用が」
エイトはここで息を継いでから、ザックに歩み寄る。
「グチャグチャにされた魔神経に異常なまでの魔力そんな状態で魔力を練れば間違いなく、筋細胞や神経に影響を及ぼす」
エイトは銃を頭に突きつけてから再び言う。
「注射針は裏拳の時に、二の腕あたりに刺した。実際焦ったよあれは、でも、事前に準備してきた僕の方が一枚上手だったね」
エイトはニコリと微笑みながらそう言った。
「じゃあ、僕の勝ちと言うことで!」
エイトはグリップの部分をザックの首当たりに勢いよく振り下ろす。
「が!……」
鈍い音がして、ザックは何とかこらえる様子を見せるも、力付き気絶した。
『勝者、エイト・ハミルトン!!』
ルメロ先生の勝者コールにより会場が一気に沸き立つ。
にしても……
「えげつない…」
なんだか、勝ち方がS要素が含まれてると思うのは俺だけか?
「あの子きっとSね」
どうやら俺だけじゃないらしい。
「にしても、戦いに慣れてると言うか、冷静で頭が良いわね」
ポニテ少女が腕組みをしながら言った。
「頭は良いかもしれないな、体格差があるにも関わらず勝利するってのは中々策士だな」
「そうね、私なら迷わずあの筋肉量を利用して電気ショック与えて再起不能にするわ」
「……お前の方がS要素あるよ」
「あわよくばそのまま性奴隷に」
「なんでそこまで行くの!?」
「冗談よ」
「本気だったら困る」
こいつといるとツッコミの能力が上がりそうだ……
「もうそろ俺の出番だから行くわ」
俺はそういいながら立ち上がる。するとポニテ少女も立ち上がった。
「私ももうすぐで出番なのよね」
テディベアをしっかりと腕の中に抱いている。だが、背が小さいと言う事はなく、170ちょっとの身長である俺より一回り小さい位。目測165程度。
そんなお方がテディベア……しつこいようだが似合わない!!
「そうなんだ……」
あれ?もしかしてこの時間帯に動き出すってことは……まさか……!!
「まさかお前が……カリス・ヒルベルトなのか?」
「違うわ」
恥かしい!!転生してから2番目位に恥かしい!!
絶対フラグだと思ったのに、いざ言って見たら違ったなんて恥ずかしすぎる!!
一番はエレナと出会った時だけど……
「私の名前はミナ・ルミナンス」
ポニテ少女改めてミナ・ルミナンスはそういいながら右手を差し出した。
握手?って事か?
俺はそのまま右手を差し出して見たのだが……
「あら、図々しくも私と握手しようだなんて考えてるの?」
もうやだこの人。




