用意周到、待ち構える問題
耳に届く誰かの声、それもどこかできいことの有る声だった。
その他にも耳元では断続的に鳴り響く電子音が徐々にその勢力をましていた。
体の揺さぶられる感覚と共に、ゆっくりと脳が覚醒段階にはいる。
錆び付いたドアのような瞼を開ける。その瞬間に眩い光が目に突き刺さってより一層眠気を吹き飛ばす。
上半身だけ起こし、凝り固まった身体を伸ばしてから周りを確認する。
「やっと起きた、早くしないと遅刻するよ」
「わかったよ」
俺はそうつぶやいてから、クローゼットにかけた制服に袖を通した。
着替え終わってから自室を出て二階から一階に通じる階段を降りる。
しかしこの家も老朽化してきたか?階段が軋んでいたぞ。
「おはよう柚木、早く食べないと遅刻するわよ」
「母さんおはよう、いただきます」
「毎日起こす私の身にもなってよね」
「悪い悪い、あと夏希、ほっぺに米粒」
俺が席に着くや否や妹である夏希は皮肉を込めてそんなことをいった。
しかし残念なことに米粒をつけたままである。
テーブルに並べられたご飯と味噌汁と納豆と海苔と焼き魚。まさに日本の朝食だ。
……………………
あれ?
この食卓テーブルに回転式の椅子。テーブルの中央に意味もなく置かれた花瓶と色とりどりの花。
そして俺の隣に座る中学の服をきて今年受験生である、サイドテールの女の子。
向かい側に座る少しシワの目立つ容姿に少しばかり飛びでたお腹、キッチリとアイロンのかけられたワイシャツを着て、コーヒーをすする男性。
キッチンでせっせと洗い物をし、それを済ませてから洗濯機に入っていた洗濯物を干しにいく女性。
素晴らしいほど榎本家の平日の朝の光景にそっくりだ。
「あ………あぁ……」
喉からはかすれた声しか絞り出せないで、顎の関節が外れように、口を閉じることはなかった。
「なに、だらしない顔してんの?」
隣の我が妹の夏希にそっくりな人物が俺の顔をみて心底嫌そうな顔をした。
「あ、いや……その、お前夏希だよな?」
俺の問いに夏希は目を丸くしてその場で動きを止めた。
そして数秒後、椅子を数センチ俺とは逆の方向へと引いて、まるで汚物でも見るかのような目線をしてきた。
「え、なにその、俺は今までなにをしていたんだ雰囲気、超引くんだけど」
「俺は一つの質問でそこまで想像が働くお前を残念だと思う」
「うるさい」
夏希は不機嫌そうにむすっとした顔でご飯を食べ進めた。
あ、俺も食べなきゃ遅刻する。
自室から昨日のうちに用意しておいたカバンを撮りにいく。
二階の廊下の一番奥にある部屋が俺の部屋だ。その扉を開ける。
ーーいつもと変わらない。
そうだ、何ひとつかわらない。これが俺の日常だったんだ。
ーーだった?
その瞬間、景色が色が、まるでパレットの上の絵の具のように、ぐちゃぐちゃに円を書くように混ざり出す。
見ているだけで気持ちが悪い。生理的嫌悪というやつか。
今までみた光景、それが嘘のように目の前には何もなくただ真っ黒な空間が広がるだけ。
いや、所々に赤いランプのようなものが見える。
なんの警戒心もなく、俺は小さい子供のように好奇心だけでその赤いランプのようなものをただひたすら、追いつくのかわからぬまま追いかけた。
だが、そこからウイルスの入れられたパソコンのように体の制御が効かなくなる。
それはあの神に体を乗っ取られた時のような、不快な感じ。
間もなくして、俺の意識はタコ糸をハサミで切ったように何の前触れもなく飛ぶ。




