死後の世界にも法則(ルール)があるようです
えぇ……一体ここは何処なのでしょうか。辺り一面に広がるのは、美しい色取り取りの花畑。
ではなく「白」本当に白。そして振り返れば、ホテルのエントランスにありそうなフカフカの高級感満天の二つのソファ。その間には長方形のガラステーブルがおかれていた。
そして、そのソファに座る一人の男性、それもボディビルダーのような体格をしているのだ。
それにしてもここは何処なんだ?さっきまで俺は自分の部屋にいたはず。
「のうお主?座らないのか?」
突如ソファに座っていた人物が俺に話しかけてきた。
「…………はぁ………では座らせていただきます」
「どうぞ」
俺はその人の向かいになるように座った。ソファが俺からの圧力を受けて沈み込む。
「さて、お主、名は何と言う?」
「……榎本 柚木です」
「え?女の子?」
「いえ、違います」
うん、よく間違えられた。男でユズキって言うのは珍しいよ。俺も今まででであったことがあるかと言われたら自信満々でないって答えられる。それどころか女の子にならあったことある。
「そうか、そうか、でいきなりだがいいかな?」
俺は何だかよくわからないが一応頷いておく。聞かされる言葉がとんでもない事だとも知らずに。
「まぁ、儂は回りくどいのは好きじゃ無いから単刀直入に言うとだね、君は元いた世界の命としてはもう存在していないのだよ」
十分過ぎる程回りくどかった。
「えっとつまり?」
「死んだって事だよ」
重たい衝撃が、心臓にやってきた。頭が真っ白になり何も考える事が出来ない。
この人が誰だとか、ここが何処だとか、そういった疑問全てが頭の中から吹き飛んでいった。
「なんの、冗談…………ッ!!」
頭の中にあの日の出来事が鮮明に思い出された。
え、もしかしてあれ?あの時に死んだの俺、うそでしょ、だとしたら俺情けなさ過ぎて泣けるんだけど。むしろ情けなさ過ぎて後世まで語り継がれるレベルで恥ずかしい。
きっと穴にあたら入りたいとかってこういうときに使うんじゃないかな。違うかな。
――――――
それは元旦の事。
正月といえば寝正月である。合法的にニートが許される期間だ。まぁサービス業の方々は今日も社畜御苦労さまそれに従い俺は自室でゴロゴロとしていた。
両親や妹は恐らく居間で隠し芸大会とかを見ているのだろう。TVでやる時点でもう隠してない。というか絶対子のために練習してきたとかいう、変なドキュメンタリーが始まるまである。
宿題は十二月のうちに終わらせてしまった為、宿題に怯える事もない。先生共、俺はあんた達の罠に勝ったぞ。
と先生達に勝利宣言していると、俺の腹の中の怪物が唸り声をあげた。
「腹減ったな……」
そう言えば朝のおせち料理。なんだあれは栗きんとんしか食えるものがないじゃないか。
お陰でこちとら妹との栗きんとん争奪戦の所為で殆ど何も食べていない、そりゃあ腹が減るのは当然だ。
俺の部屋に冷蔵庫など無い、部屋にいるだけでニートにしないで頂きたい、俺は善良な高校生だ。
かと言って下に行き何かを取りにいくのも面倒だ。だが、それ以外この腹の中に住む魔物を倒す方法は無いだろう。
そう思い、俺が扉に近づいた時だった。
「お兄ちゃん、お餅ち焼けたよ?」
世界は俺中心に回っていると確信した。
下で食べるのは面倒くさい、ならば自室で何かDVD鑑賞でもしながら頂くとしよう。
扉を開けて、目の前に現れたのは長い黒髪をサイドテールで結わえた我が妹。手には結構な数の餅が乗った皿を持っていた。
「おお、サンキューな」
俺はそう言って皿を受け取る。
「お兄ちゃん何やってたの?あ、オタクだから数学か」
「いやいや、ゴロゴロしてただけだよ。と言うかオタクって言うな」
俺はそれだけ言って扉を閉めた。
さて、何のDVDを見るかな……。
俺は餅を一つ口の中に放り込み、DVDラックにある、数々の名作映画を選ぶ。
「あっ…………!」
ヤバイ、熱い!!そりゃそうだ焼けたばかりの餅なんだ、そんなの当たり前だろ。
しかし、ここで予想外の事が起こる。
餅の熱さから吐き出そうとするも、両手は塞がっている。ならば飲み込めば良い。
熱さとは人の判断能力も鈍らせるのか……
当然ながら、さほど噛み砕いていない餅を丸呑みすればかなり危険な事。その餅は変な形で俺の喉に詰まった。
手で引っ張り出そうにも、奥に行きすぎて触れる事すら出来ない。食道が焼けるような感覚を帯びてきて痛い。
そして極めつけは呼吸が出来ない事だ。
俺は急いで水を飲みに行こうと扉に近づく。目の前に感じる「死」が俺に焦りを生む。
痛みと迫り来る死から、涙がこぼれ落ちた。だがそんな事は気にしていられない。
焦りだけが増して、俺はドアノブを回す事を忘れているようだ。ただドアを引くだけではドアと言うものは開かないのだ。
そして、苦しさも増して俺は冷たいフローリングに倒れこんだ。
薄れゆく意識のなかでこれだけは思った。
ーー来世が有るなら、部屋に必ず冷蔵庫を置く。
今思い起こせば、なんとも恥ずかしい死に方では無いだろうか。
死因、窒息死。しかもその原因は餅だ。炭水化物によって俺の人生は幕を降したのか。
うわあああああ!!恥ずかしいよおおおお!!なんだよ!!まだ17歳なのに餅に殺されたのかよおお!!ばっかじゃねぇの!?
恥ずかしすぎるよぉ!!もういっそ殺してくれぇ!!
って今はもう死んでるんでしたてへりん。
なんとも不思議な事だ、動けない相手に殺されるだなんて……
火葬されたら喉の辺りで餅が良い感じに膨れているんだろうな…………。
いやないわ、どう考えても持ちまで一緒に灰になるわ。なんだったら排気口からチリとなって出ていくわ。
「信じられないかも知れぬが事実じゃ」
「うっ…………ヒック、グスッ」
俺は出来るだけ嗚咽を押し殺して泣いた。体中の水分を全て出し切るくらい泣いた。
折角、見たいテレビ全て我慢して宿題終わらせたのに。全てが水の泡だなんて……
「今は泣いておくのじゃ、じきにショックも和らぐじゃろ」
その男の人はそれだけ言い、手元にあった紅茶を音を立てて啜った。
俺は溢れ出てくる後悔の念に駆られ、それに比例するかの様に涙が溢れ出してくる。だがそれも後の祭り、なったものは仕方が無い。恥ずかしさも後悔も何もかもを洗い流すかの様に泣き続けた。
完。
いや完じゃねぇよ終わらせんなよ。
暫くして、涙も収まり自分の死も全てでは無いが大方受け入れる事ができた俺はその男性にいくつか質問する事にした。
「あの、俺が死んだと言う事は、ここは天国なんですか?」
「うーむ、まぁそのような所じゃ」
男性は暫し考えるそぶりを見せた、即答しない所と答え方から天国では無いのか。
「じゃあ、貴方は神様ですか?」
「うむ、お前の世界の管理者であり創造主の神だ」
まさか、本当だとは……神様なんてこの世に存在しない、人間の作り出した虚像だとばかり思っていた。
「そうですか、俺はこれから天国にいくのですか?地獄ですか?」
これが一番聞きたかった事、地獄なんて行きたく無い天国に行きたいに決まってる。
だが、神様は答えずに腕を組んで考え込んでしまった。そしてーー
「その事なんじゃがな?ちょいと相談がある」
神様は旧に真剣な顔で俺を見ると、唐突にこんな事を言い始めた。
「お主の命は尽きた、まだ死にたく無いのなら儂の実験に付き合え」
オーラが一変した。先程まで柔らかかった雰囲気が一気に硬く、思い詰めたものに変わった。
「ど、どう言う事ですか?」
自然と声が裏返っていた。
「これから、お前を異世界に転生させる事で第二の人生を送らせてやる、代わりに儂の実験、仕事に手伝え」
とても、魅力的且つ願ってもみない条件だった。
誰だって死にたく無いだろう、生きたいはずだ。何故なら死ぬと生き返る事は出来ないからだ。
それを、ただ神様の仕事を手伝うだけでまた生きることが出来るのだから。
「しかし、なぜ異世界に?前の世界ではダメなのですか?」
「前の世界に生き返る?それは生物の基本である。死の法則に反する」
死の法則?初めて聞いた言葉だ。いや、これは人間の知識の及ばない世界に住む神の定めた法則なのかもしれない。
「死の法則とは?」
「簡単に言うならば、死んだ命は再び生き返らない」
なんと、それは人間でも知っている常識的な物だった。どんなに素晴らしい物かと期待したのだが期待は無駄だったようだ。
しかし、その法則が有るならば俺の転生は不可能なんじゃ……
「あの、その法則からいくと、俺の第二の人生は無理な話なんじゃ……」
「いや、可能じゃ。今儂の目の前にいるお主は魂じゃ、そして、お主の元の世界にいるお主が命なのじゃ、つまり、魂は同じ命と結合することは出来ないのじゃ」
成る程……こればかりは人間の知識を上回っていた。
つまり、一度魂と命が離れてしまえば、その魂は再び元の命とは結びつかないというわけか。
「そう言うことですか、つまり今からいく世界は俺の体では無いという事ですね」
「まぁ、見た目は全く同じじゃながな」
な…………なんだと!?
「え……転生もののテンプレであるイケメンフェイスは付かないと言うのですか……」
「そんなもの付けてしまえば第二の人生では無いじゃろ」
嘘だ…………嘘だと言ってくれ……
「その代わりと言ってはなんだが、送る世界に対応出来るように、翻訳機能と、その世界の必要な知識を渡しておく」
そう言うと神様は俺の前頭葉の部分を鷲掴みにした。
次の瞬間、次々とその世界に関する情報が入ってきた。感覚としては沢山のアイディアが溢れ出てくる感じだ。
そこの中に一つ、不思議な内容を見つけてしまう。
「魔法?」
送られてきた情報の中には確かにそう言った類の情報が含まれていた。召喚獣やら魔力やら、まるでRPGのようだ。
「お主がいく、ベアトリアには科学の代わりに魔法が栄えている。そのせいか、世界は争いが耐えないのだ」
「となると……俺の世界には魔法なかった、魔法使えないので怪しまれないでしょうか?」
「いや、魔法ならあるぞ」
神様は口角をあげて不気味に笑った。
「お前には【数】という魔法がある。お前の力を十分引き出してくれる力だ」
それが、どんな魔法でどんな効力を持っているかは分からない、それに今までそんな魔法を使った事など無い。
「いやいや、それ冗談ですよね?」
「そう思うのか?」
これまた神様はニヤリとおれを嘲笑うかのように笑みを見せた。
神様は紅茶を今度は音を立てずに飲む。吊られて俺もカップを口に運ぶ。
「まぁ、向こうに行けばわかる事じゃ。どうせここでは試しようがない」
なんだがガッカリだが、まぁ良いだろう。どの世界にもルールがある。例え死後の世界だとしても。
「さて、そろそろ行くか?」
神様は勢いよくカップの中の紅茶を飲み干してから言った。
「最後に、家族を見せてくれませんか?」
最後くらい、忘れないように見ておきたい。それくらい、許してくれないだろうか……
「……いや、ダメだ」
「なんで!?」
神様の答えに納得いかず、ガラステーブルを思いっきり叩きつけてしまう。加えて敬語だった話し方も威圧する感じになってしまった。
「……お主が、儂の期待通りの仕事をしたならまたあの世界に戻してやろう」
それが、神様の最後の言葉であった。それを聞いた直後、猛烈な睡魔に襲われその場に倒れこんでしまった。
それは、俺が榎本 柚木、本人である最後の瞬間でもあった。
完