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縁と緑

作者: 青空白雲

 ニート――Not in Education Employment or Training――とは、就学、就労、職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語で、日本では非労働力人口のうち、就学しておらず、家事を行っていない弱年無業者を意味している。

「――Wikipedia抜粋。つまり俺はニートじゃない! なぜなら家事をしているから! 家庭菜園をしっかりしているから!」

 少々やつれた外見をしている先日バースデーケーキを一人で食いきった三十路に突入してしまった新米魔法使い、西園寺皆木は庭で咲き誇っている緑を見ながら吠えた。

 ここはとある緑いっぱいの片田舎。

 幼稚園や小学校、中学校は近くに点在しているが、高校はない、そんな程度の地域。

 そんな片田舎の小さな庭付き一戸建てを一括で買い取ったのはいつだったか。

 ヤケクソな気持ちが最高値を叩きだしていた二年前ともう少し前のことだったか。

 小さな庭にポツリポツリと植物を植え始めたのは二年前。

 皆木は自分の手で育てた苺や枝豆の木を愛でるように撫でながら気持ちを落ち着ける。

「あと一〇日くらいで刈り取れるかなあ」

 ……根暗でニートでオマケに童貞の三十路男に刈り取られる植物に憐憫の情を抱きながらも、皆木は言う。

「でもしゃーねえよな。俺の知人に女の子なんて居ねえし。リア充も居ねえし。ついでに言うなら俺と同類の友達も居ない……あれ、俺ぼっちじゃん」

 自身の底辺っぷりに嫌気が差すが仕方がない。これが自分自身なのである。

 きっちり受け入れて、しかし、逃げていこう。二度と働かない。金は極力かからないように家庭菜園で賄っている。あと、一年は大丈夫。

 そんな一年先限定の未来絵図を脳裏に描き上げる皆木の耳に小さな可愛らしい声が届いた。

「女の子ならここのみどりとってもいいの?」

 皆木は後ろを振り返るが、誰もいない。

 目を一回、二回と瞬くと、植物に向き直り、言う。

「はあー。そろそろ幻聴も聞こえてきたよ。やべーよなあこれ。あ、苺くんもそう思う?」

 怪! 植物と話す男! ご近所さんに見せたくない姿ナンバーワンである。

「ねえねえ」

 くいくい、とズボンを引っ張られる感覚。

 皆木はふと視線を下げて振り返ると、そこには幼女が居た。

 年齢は五歳ほどで服装はピンクを基調としたワンピース。

 おそらくこそっと無自覚に不法侵入を果たしたであろう幼女のにっこりと笑う表情は穢れなき無垢なものだと認識するには十分で、だからこそ皆木は行動を停止させた。

 ――屑な俺が喋っていいのか? というちょっとした自虐。

 けれどまあ、喋りかけた程度で汚れる訳もない。

「ええ、と……君は、誰、でしゅか?」

 噛んだ。

 二年と少し前から対人会話は本当に苦手になってしまった。

 こんな小さな女の子とすら会話がままならない。

 その事実にしっかりしろよという羞恥と、もう一つ、女の子を一人の人間としてしっかり見ていることに対しての称賛が渦巻く。

 そう、本当の意味での屑ではない。

「えだまめ、とってもいい?」

 女の子がきょとんと首を傾げながら言う。

「ええっと、枝豆は……まだ収穫時期じゃなくて……」

 あれ? 収穫時期なんて言葉分かるか? もっと簡単に言った方が。

「しゅうかくじき?」

 やはり分からなかったようで女の子はもう一度首を傾げる。

 二度の首傾げで角度が九十度に到達。もう一度、疑問を感じさせたら首が引きちぎれるかもしれない。

「美味しくなる日のことかな。その日に枝豆を取ると、美味しいの」

 拙い説明に女の子は感心したように吐息をもらす。

「すごい。はかせみたい」

「は、博士かあ……なれたらどんだけ良いか……」

 がっくりと頭を垂れる皆木。

 ニートの自分に博士は過大評価過ぎる。

「それじゃあ、明日も来るね。あ、えだまめって何が好きなの? やっぱりお水?」

「えぁ? 明日も来るの? ……ええっと、まあ、そうだね。お水が好きだと思う」

 皆木は混乱する頭で頷く。その答えに女の子は笑って頷くと、駆けて行った。

「……何だ、あの子は?」

 一人取り残された皆木は呆然として呟いた。

 しかし、いくら考えたところで近所の植物好きの子供という推理にしか行き着けない。

 所詮、とりえのない三十路童貞ニート野郎の思考力などその程度のものである。

「とりあえずジュースとお菓子くらい買っとくか?」

 言った言葉には女の子をはね除ける意思など一切見えなかった。


 女の子に出会った二日目、皆木はそわそわしながら植物を眺めていた。

「……これもうあれだよなあ……」

 あれ、つまりは犯罪者。ロリコン。

 挙動不審っぷりが凄い。

 人に遭う(会うではなく、遭うである)という事実だけで心臓は鼓動を早め、身体はそわそわと動き始める。

 そっと視線を玄関にやると、女の子がひょこっと顔を出していた。

 服装は別なものに変わっている。

 チェック柄のシャツに赤の半ズボンという活動的なスタイル。

 一方の皆木はいつも通りのユニ○ロのシャツにジーパン。

「こ、こんちには」

 女の子にぺこりと頭を下げると、女の子は嬉しそうにぱたぱたと駆け寄ってくる。

「はい、こんにちはです!」

「です?」

「年上の人にはですをつけなさいっておかあさんが言ってたです」

「……しっかりしてるねえ」

 思わず感心してしまう。

 皆木が子供の頃など敬語という存在すら知らなかったのではないか。

 そもそも『目上』などという概念すらなかったに違いない。

「それじゃあ、水、やる?」

「うん!」

 頷く女の子に対して皆木はほっと安堵の息を吐きながら地面に捨てられているホースを取ろうとして、女の子の行動に目を剥いた。

「何やってるの?」

 背負ったバッグから二リットルペットボトルを取り出すと、慣れた手つきでキャップを外して真っ逆さまにした。

「おいしいお水をあげてるのっ!」

 女の子は得意満面の笑顔で『飲料水』をどぼどぼ植物に注いでいく。

 一瞬で敬語を忘れているあたり、子供である。

 皆木は苦笑しながら言う。

「ちょっと待った。そのお水は人が飲むものだから。こっち。普通の水」

 女の子はきょとんとしながらもペットボトルをバッグに仕舞い、皆木から手渡されたホースを手に持った。

 そして、

「きゃははははははははー!」

 超楽しそうな笑顔でホースから水を放出。

 植物を倒しそうな勢いで水をかけていく。

「くさ、腐っちゃうから止めてぇえええええええええ!」


 縁側にて二人は日光に当たりながらビールとジュース片手に休憩していた。

「ぷはーっ! これだなあ」

 皆木はビールを片手に一仕事終えた労を自分自身にねぎらう。

 すると、それを見た女の子もコップに注がれたジュースをごくごくと飲むと。

「ぷはー! これだなぁ」

 ふふ、と嬉しそうに笑う。

 よく、分からない。

 距離感も、この女の子のことも。

 ただ奇妙な気恥ずかしさが心中を満たし、

「そーいえばおじさんは何でおひるにびーるを飲んでるの?」

 そんな女の子の純粋な台詞に胸をえぐられた。

「ごぐばぁっ!?」

 クリーンヒットだった。デットポイントだった。逆転サヨナラホームランだった。ワンショットキルだった。必ず当たるザキだった。胸に仕込まれた爆弾が爆発したかのようだった。

「おとうさんは夜しか飲めないって言ってたよ?」

 完全なる死体蹴りだった。

 思わず眼前に突っ伏して泣きそうになる皆木は呻きながら言う。

「俺は、屑なニートだから、いいんだ……」

「にいと?」

「お仕事もせず、緑と戯れる妖精さんなの」

「ようせいさんっ!?」

「……ごめんなさい。そんなキラキラした目で見ないで嘘です!」

「……何だ、うそか……じゃあ、何で生きれるの? おかねがないと、生きていけないよ?」

 女の子の問いに皆木は答えるべきか迷う。

 こんな落伍者の話を聞いて害悪にならないだろうか? そもそも理解できるだろうか?

 色々な想いは交錯するものの、口を開いた。

「何年間かは働いてたんだ。けっこういい学校にも通ってて、いい就職先にも恵まれてて」

 結局は、誰かに想いを聞いて欲しかったのかもしれない。

「何年間は良かったんだけど、上司が変わって、色々変わっちゃって……」

 上司の言う成果主義はサービス残業し放題という事実にすり替わり、誰もが心に余裕をなくしていった。

 ノルマは倍増。仕事の横取りは当たり前。責任は放り投げるもの。顧客の幸せ、利益なんて二の次三の次。いいや、考慮にすら入っていなかった。

 疲弊していく心。日に日に強くなっていく上司からの圧力、責任のなすりつけ。同僚の裏切り。ああ、こんなところに居たら壊れてしまう。……いいや、壊れた。

 道化のように笑いながら言う。

「逃げちゃったんだ」

「逃げたの?」

 女の子は真剣な表情で、下らない三十路男子の話を聞いてくれる。

「うん。嫌になっちゃって。もう、色々考えるのも嫌で、この田舎に来たんだ。たまたま一軒家が破格の値段で売り出されてて。もう買うしか無いって」

 ぽんぽんと床を叩きながら皆木は言う。

「もう、二年間とちょっとも仕事してないんだ」

 ――本当に、下らない男なんだよ、と自虐を言おうとして、思い留まった。

 最後の最後のちっぽけなプライドが許さなかった。

 こんな小さな女の子に闇を見せるなど、あってはいけないことだから。

 道化のように笑って、少し話して、それで終わり。

 ああ、何て中途半端で糞みたいな男だろうか。

「そっかぁ。いろんなしょくぶつをそだてるのがお仕事じゃなかったんだね」

「……家庭菜園は違うよ。俺が食べるためだけに育ててるもん。それ以外に役に立ってないし」

 あはは、と少し笑いながら言う皆木に女の子はぷくっと頬を膨らませて言う。

「そんなことないよ。こまめはみどりがいっぱいのこの家が好きだったもん」

「へー。こまめって言うんだ?」

「うん。遠藤こまめ」

「あ、だからえんどう豆を見にきたとか?」

「うん……ってちがーう! 今はそんなことじゃなくてわたしはこのみどりいっぱいの家が好きだったの。だから役に立ってなくないよ!」

 ぶんぶん腕を振って熱弁するこまめにほんの少し、頬が緩んだ。

「そっか。俺の家庭菜園も役に立ってたんだな」

「うん。だから仕事にしたらどうかな? はかせみたいだし絶対にすごい人になれるよ!」

 まっすぐに射抜く視線に皆木は笑いながら、目を逸らした。

「そう、なれれば良いな」


 その後、植物たちのためにこまめと共に害虫駆除をし、こまめを見送ったあと、クックパ○ドを見ながら料理を作って食べると、もう夜である。

「疲れた……」

 寝室の布団へとダイブした。

 純粋で、元気いっぱいで。

 不純で、陰気な男には身体に毒である。

 しかし、不思議と嫌な感じではない。

「変わらねえとダメかな……」

 三十路でニートな男が昼間は幼女と家庭菜園などまっとうな大人が見れば予備犯罪者であろう。

 少なくともニートは脱出できるはずだ。

 だって一応高学歴だし。仕事だってしてたし。そこそこ優秀だったし。

「けどなあ……あんな闇を見てまでしたいとは思えねえんだよなあ」

 上司の気分一つで変わるような世界に安穏として住めるわけがない。

 オマケに言うなら今の皆木は人間不信。

 環境が変わるだけで人間も変わってしまう。そんな人間を再び信じることができるだろうか?

「無理無理。俺、抗ったって無理だったじゃん。誰も彼もが自分のことしか考えてねえんだよ」

 実際、自分は逃げた。

 何とか変えようと頑張ったけど無理だった。顧客を、同僚を放り出して逃げた。

 皆木はちらりと首を曲げると、横開きのふすまを大きく開けきった寝室から外を見る。

 視線は縁側を飛び越えて緑いっぱいの家庭菜園へと。

 ちらりと女の子の姿が脳裏に過った。

 女の子との縁を作ってくれた家庭菜園に感謝と多少の恨み事を心の中で漏らす。

「縁と緑って漢字似てるよなあ」

 ふと、そんな益体もないことを呟いた。

 一〇、二〇分と経っても疲れた身体は睡眠へと移行してくれない。

 脳がくるくる回転し、暗い暗い将来を延々と描き続けるのだ。

「酒だな……」

 酒に逃げるダメ男、ここに極まれり。

 ダメ男に酒は永遠の相棒なのである。

 瓶を一本二本開けると、あら不思議。

 催眠術でもかかったかのようにぐっすりと入眠に成功した。


 後日、甘ったるいミルキーボイスが寝室に響く。

「おじちゃんおじちゃん起きてよー! もうおひるだよー?」

 ぽすんぽすんと腹部でぴょんぴょん跳ねる何か。

「頭、いでえ……」

 ガンガン響く声音に皆木は呻き声を上げる。

 止めて下さい死んでしまいます。本当もう、すみません。

 皆木は心の中でそう精一杯謝るも声は止むことがない。

「はーやーくー! お水上げてがいちゅうくじょしないと」

 女の子の声音は指数関数的に不機嫌になっていく。

 甲高い声はすでに凶器。

 腹部の重みがなくなったと感じた瞬間に布団がぐいっと引っ張られ、寝室に入り浸っていた太陽の光が布団という名のシェルターを失った皆木へと光速で襲いかかる。

「うっぎゃああああああああああああ!? 光、音、ダメだ……俺はもう……」

「まおうみたいだねおじちゃん……」

 こまめの呆れたような声音にしかし、皆木はぐっと身体を丸めることにより光を遮ることに成功。第二形態、勝負はこれからだ!

「この第二形態を引き剥がさないとおじちゃんは倒せないぞ!?」

 ノリノリで言ってみた。

 ほら、子供の時ってお父さんとこんな遊びしてたし。

 きっとこれから世界の存亡を賭けた戦い(おあそび)が始まるのだ!

「はあ、おじちゃんは寝てていいよ……。こまめがしっかりそだてるからね」

 とてとてと足音が聞こえる。遠のいていく。

 完全に呆れられていた。

 しかも後半、ダメ亭主に愛想を尽かした人妻のような疲れきった感が出ててもう皆木はダメだった。

 精神力はすでにゼロ。

「いっそ殺してくれ……」

 二度寝という名の強力なラスボスに負けたのは呟いてから一〇秒後のことだった。


 それから一時間後、皆木が起きると、こまめが満足そうな表情で皆木を見下ろしてた。

「こまめ、きょうぜんぶやったよ? えらい?」

「え、マジで?」

「うん」

「おう、すげえ偉い。それに比べて俺はすげえ偉くねえ」

「ふふふ」

「それじゃあ奮発して果汁一〇〇パーセントジュースとゴ○ィバのチョコでも食べようか」

 本当は特別な日の酒のつまみとして用意していたゴデ○バのチョコ。

 しかしてニートに特別な日など来るはずもない。

 この女の子に食べられるならばゴディ○も本望であろう。

 皆木は寝室からキッチンへ向かい、冷蔵庫からジュースとチョコを取り出すと、こまめが待つ縁側へと向かった。

 チョコを齧ったこまめは「おいしい……」と一言呟いて、味を楽しむように口の中に含んだ。

「ああ、確かに美味えなこりゃ」

 一〇〇パーセント果汁ジュースをこくりと飲む。

 緑を見ながらこまめと飲むジュースは昨日飲んだ酒よりも美味しい気がした。

「えだまめ早くできないかなあ」

 ぷらぷら足をふりながら呟くこまめ。

「あと一週間くらいかな。ちょっとあげるから家族と一緒に食べるといいよ」

「ええー。いっしょにそだてたんだからおじちゃんと食べたい」

「……おう」

 こんな真っ直ぐな好意を向けられたのはいつ以来だろうか?

 それとも向けられたことなんてなかったっけ?

 皆木は自嘲気味な思考を振り払う。

「そういえばおじちゃん、ようちえんでばいとの人さがしてたよ」

「は? 幼稚園?」

「うん。おじちゃんはたらいてないんだよね?」

「まあ働いてないけど、幼稚園はちょっと……」

 こまめのような子供がいっぱい居る花園なんて気まずいだけだ。

 仕事が出来る気がしない。

 そもそも三〇無職童貞独身に回ってくる仕事だろうか?

 何かダメな気がするが……。

 こまめは唇を尖らせて言う。

「おじちゃんってさみしそうだよね」

「寂しそう?」

「うん。木にお水をあげてるときとか、さみしそうだもん……」

 こまめのセリフにふと妄想した。

 もしかしてこまめはえんどう豆が気になって家に入って来たのではなく、皆木を気にして入って来たのではないだろうか?

 えんどう豆をちょっとした理由にして。

 皆木は少し笑って、こまめに言った。

「そう、だな。寂しいのかもな」

「実益」があって「時間を潰せて」、そして「寂しさを感じない」ことを考え、辿り着いた趣味が家庭菜園だった。

 植物に話しかけていたのも結局は寂しさを紛らわせる代替行為。

「緑は寂しさを紛らわせてくれるし」

 生命の活動は皆木を独りじゃないと励ましてくれていた。

 だからここまで生きれた。少し、過剰な表現かもしれないけれど。

「みどり……すきじゃない?」

 こまめのおずおずとした質問に皆木は優しそうな瞳で緑を見ながら言う。

「ううん。好きだよ。水をあげたら、害虫駆除したらぐんぐん育ってくれて、俺を楽しませてくれる。一人じゃないって思わせてくれる。嫌いになるわけないよ」

「一人じゃない……そんなにだいじなものなんだね」

 こまめは真剣な表情で皆木の言うことを聞く。

 皆木は一度、息を切ってから、ほんの少しだけ本音を吐露する。

 目の前の緑のように少し、成長するために。

 素直で純粋なこまめに少しでも近づくために。

「それにこの緑はこまめと会わせてくれた縁結びの神様みたいなもんだし」

 ほんの少し込み上げた羞恥心をかき消すように皆木は言う。

「縁と緑って漢字は似てる」

「そうなの?」

「そうなんです。お母さんかお父さんに聞いてみ? きっとびっくりするくらいに似てる」

 目の前の緑のおかげでこまめと出会えた。

 それはきっと、縁を取りなしてくれた緑のおかげだ。

「うん、聞いてみるね」

 沈んでいく夕日に皆木ははっとなる。

「ってもうそろそろ門限じゃない?」

「そうだね。そろそろ帰らなきゃ」

「それじゃ、近くまで送っていくよ」

 二人は慣れた様子で広い田舎道を歩いて行く。


 翌日起きると、凄まじい風と雨がデュエットを奏でていた。

「あーこりゃ、やべえわ」

 皆木はぼうっと言葉を発して、立ち上がる。

 雨戸を閉めて、植木鉢を避難させて……と思考を目まぐるしく回し、実行。

 言葉にすれば簡単だがしかし、それがそう簡単ではない。

 雨戸はガタついており、閉めるのに一苦労するし、植木鉢は重いし、木が風に煽られて皆木を幾度となくぶっ叩く。

 全てが終わったのは優に三〇分ほどの時間が経過した頃だった。

 ぐしょぐしょに濡れた服を恨めしい瞳で見ながら新しい服へと着替える。

「ああ、くそ、嵐の馬鹿アホ」

 居間で寝転がりながら嵐に向かって悪態を吐くと、甲高い声が聞こえた。

「今の声、は……」

 そっと立ち上がる。

 暴風と雨音のせいで掻き消えそうになるが、確かに存在している泣き声。

「ま、さか……」

 皆木は急いで走ると、雨戸を開けようと奮闘する。

「ちくしょう、ガタついてんじゃねえよ!」

 雨戸を無理矢理に開けると襲い掛かってくる雨風。

 腕でガードしながら目を凝らす。

 そこにはこまめが泣きじゃくりながら小さな直接植えていた木を抱きしめている姿があった。

「こまめ!?」

 慌てて飛び出すと、木からこまめを引き剥がす。

 転がり込むように家の中に避難すると、こまめを縁側に放置して雨戸を閉める。

 雨音のボリュームが絞れ、こまめの泣き声が大きくなった。

 皆木は驚きながらこまめを見る。

 泥だらけのカッパを着て、膝には擦り傷が見られた。

「何で、こんなとこに……」

「だって、いっしょにそだてたのに……っ!」

 嗚咽混じりの声。

「それに、おじちゃんがたいせつにしてた、の、に……っ」

 途切れ途切れのセリフに皆木は思わず声を失った。

「なく、なっちゃって、た……!!」

 こまめは皆木へと駆け寄ると、ぎゅっと皆木に強く抱きつく。

「もっと、はやく、これたら……」

 泣きながら後悔するこまめに、皆木は何をしたら良いか分からない。

 左手を背中に回し、右手で頭を撫でる。

「ありがとう、俺のために」

 人のために、なんて大人でもできはしないのに。

 皆木は心からこのこまめという女の子を尊敬した。

 それと同時に、瞳から涙が零れ落ちる。

「でも、大丈夫だよ。鉢はちゃんと避けてるから」


 それから一週間後。

 皆木とこまめは枝豆と果汁一〇〇パーセントジュースを用意しながらお喋りに興じていた。

 こまめは幼稚園の制服。

 そして皆木はきっかりとしたスーツ姿であった。

 ちょっとした面接と子どもと遊ぶという実技試験を終えた皆木。

 受かるかどうかは分からないが、きっと変わっていける。

「ありがとうなこまめ」

 皆木のお礼に対して意味が分かっていないのかこまめはきょとんと小首を傾げた。

久しぶりの完全新作でございます。

感想をくれると嬉しく思います!(副音声:下さい下さい下さい!)

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