DQN合コン
俺は合コンに来た。 それも街コンだ。 街コンとは街の自治体が主催となって開かれる大規模合コンのことだ。 少子高齢化社会が進み、それに歯止めをかけようと国も自治体も必死なのだ。 この国では晩婚化が進んでいる。 今の若い人たちには結婚願望がないのだ。 若い人たちは不安なのである。 年金やら学費、医療費… これから先のことを考えると不安でいっぱいなのだ。 子供を作っても時間とお金が奪われて貧しくなるだけ。 そういう考えに至るのに十分すぎるほどの失策を続けたツケが回ってきたのである。
それでも一人のまま孤独に死んでいくのは嫌なものだ。 だから30代、40代になってから焦って結婚相手を探しに街コンへ来るのである。 そのため、どこの街コンでも参加者は30代、40代ばかりである。 10代、20代の若い女の子に出会えると思ったら大間違いだ。 しかし今回、俺が来た街コンはどうやら趣旨が違うようだ。
「女性は10代から20代まで、男性は20代から30代まで」
「女性は年収問わず、男性は年収400万円以上」
という注意書きがある。
20代、30代の男性というのは働き盛りである。 また2つめの条件により、お金に余裕のある独身ばかりが集められた。 40代を入れなかったのは女性への配慮だろう。 あまり歳の差がありすぎるとあからさまな金銭目的の交際に発展しかねない。 女性側を10代、20代に限定したのは出産を危惧してのことだろう。 女性は30歳を境にして出産でのリスクが高くなるのだ。
すこし、ジェンダーフリーな方たちからは避難を浴びそうな内容ではある。 それでもコンセプトがあるのはいいことだ。 目的がはっきりしていた方が人というものは集まるものだ。 男は性欲を、女は金を、自治体は子供を… それぞれの目的を果たすには最適な形と言えよう。
「あのう… 」
さっそく若い女が声をかけてきた。 自己紹介が遅れたが俺は28歳の男で顔も男前だ。 しかもダンサーという特殊な職業がネームプレートに書かれている。 有名アーティストのバックダンサーも務めた俺の色香に女たちがたかるのも無理はない。
「初めまして、私はアリエルといいます」
アリエル? 変な名前だ。 まるで洗濯用洗剤のような名前だ。
そんな名前ありえーる? たしか洗濯用洗剤の名前はアリエール。 くだらねぇ… ふと胸元のネームプレートを見る
「山田 泡姫 OL(21)」
泡姫? 泡姫と言ったらソープ嬢のことじゃないか。 職業のところに書かれているOLとは、普通に考えればオフィスレディだがオールドレディかもしれない。 オールドレディということは熟女専門のソープランドに勤務しているのだろうか? いや… ソープを日本語にしたら洗剤だ。 やっぱり洗剤から来てる名前なのか? 当て字にしても強引すぎる…
「変な名前ですよね… 母がアニメ好きでして
デ○ズニーの人魚姫の名前から取ったんです」
なるほど… アニメのキャラクターの名前だったのか。 でも父親は気づくだろ… 風俗行ったことないのか父親! 母親の暴走を止めろよ。 将来しらんぞ? 風俗以外の就職先ないぞ。 あと絶対に変な彼氏できるぞ。
「お父さん… 娘さんを僕にください」
「君、名前はなんだね?」
「田中 凹です! 僕らの相性はバッチリなんです!」
とかいう状況になるぞ。
「あの… 私の顔に何かついてますか?」
「い… いや… あまりに変わった名前だと思ってしまって」
「やっぱり変ですよね! 私たち平成生まれは…」
「おしゃべりが過ぎるぜ…」
振り向くとそこには話し掛けてもいないのに会話に入ってきた男が立っていた。 胸元のネームプレートには「谷元 邪気眼使い (35)」とある。
もう嫌な予感しかしない。てかもう合コン会場を出たい。
「平成生まれは生まれつき変わった名前を持つものがいる。
そいつらはキラキラネームと呼ばれ、他の人間とは特異な存在として認識をされてきた…」
左目を抑えながら徐々に近づいてくる男は説明を始めた。 頼んでもいないのに何か語り出した。 それも時々「うずくッ」とか言いながら。
「ただ名前が変わっているだけで邪険に扱われた… キラキラネームは別名DQNネームとも呼ばれ、幼少期にそれが原因でイジメを受けたり、馬鹿にされたりする。 また、大人になってからも就職で不利になってきたのだ」
なんだか言い回しは気持ち悪いが言っていることはメッチャ普通のことだった。 時々「ぐおッ」、「鎮まれッ」とかやってたけど言うことは一般常識だった。
「俺の知り合いの女の子に皐月と書いてジュンという名前の子がいた… とても可愛い女の子だった… だがある日、『ジュンて6月じゃね? 皐月って5月のことだよね? 5月はメイだろ』、『あー ほんとだ!ウケる! 親の教養無さすぎバカスww テラワロww』と、みんなに馬鹿にされたことをきっかけに不登校になった。 そして家にこもってポテチ食いまくった挙句の果てにデブリ、彼女にジュンブライドは永遠に訪れなくなってしまった…」
そうか… ちょっとカッコつけて英語読みしたら誤解答して、一生その名前を子供に背負わせることになったのか。 不幸だ。 それは分かったが俺は合コンがしたい。 こっちに来るな、帰れ。
「なぁ!お前たちもそう思わないか!」
男はそう叫んだ。 すると「そうだ!そうだ!」と言いながら俺たちの元に男どもが駆け寄ってきた。 変な奴らを呼び寄せるんじゃねぇよ… 俺は泡姫と話してる最中なんだよ… ソープ嬢とこれから色々と交渉しないといけないんだよ。 大事な交渉をよ! 邪気眼使いの横一列に3人の男が整列した。 一応、ネームプレートを見る。
「伊藤 ζ 印刷業(22)」
「江藤 ξ 運送業(20)」
「後藤 γ 卸業 (20)」
なんて読むんだコイツら… なんだよその文字… 記号? もやは日本語ですら無いだろ。
「イトウ インモウだ!」
「エトウ インモウだ!」
「ゴトウ インモウだ!」
全員の名前が陰毛だった。 陰毛かよ… 親ヒドイな… 酷すぎて目も当てられないぞ。 大陸で言うところの不毛地帯だ。 いや、毛はあるけども。
「ただ財布を落としただけで『陰毛落としたぞ(笑)』とか言われたり…」
「ああ… 俺もあるよ…
小学生の運動会なんて悲惨だよ。
徒競走で追い抜かれるたびに
『大変だ! 陰毛が抜かれた!』とか言われてさ…」
「わかるわかる! 俺が頭にパーマあてた時なんて…」
陰毛たちの悲惨な過去自慢合戦が始まった。 そこへ参戦をしようともう一人の人物が近づいてきた。 彼のネームプレートには
「遠藤 ι IT関係(21)」とあった。
「き… 君も陰毛なのか… ?」
「俺たちの悲しみを理解できるのは同じ陰毛だけ… ということか」
「名前は? まぁ… 聞かなくてもわかるがな」
「えーと… エンドウ イオタです」
彼が名前の読み方を明かした瞬間、陰毛たちの目の色が変わった。
毛の色が違ったので許せなかったのだろう。
「貴様! なんで貴様だけ普通にギリシャ読みなんだよ!」
「ふざけんな! 何しにきやがった!」
「俺たちを馬鹿にしに来たのか!」
「い、いや… DQNネームの話をしていたから俺も…」
「うらやましいんだよ! 中二っぽくてカッコイイじゃねぇか!」
最後に邪気眼使いだけ別なベクトルを向いていたが、彼らの怒りは理不尽なものだった。 彼も同じように親にキラキラネームをつけられて苦しんでいた。 そんな彼に同じように陰毛を求めるのは間違っている。 俺は思わず口出ししてしまった。
「やめろ… お前らそんなことで争うなよ」
「すまなかった… 」
「あんたがそう言うなら… 」
「騒いで悪かったな… 」
思いのほか素直だった。 もっと反論してくると思ったのに。 こんなに簡単に言うことを聞くとは思っていなかったぞ…
「はやし立てた谷元さんも悪いんですよ?」
俺は問題の発端となった邪気眼使いを注意した。 そもそも奴がコイツらを招集しなければ騒ぎにもならなかったのだ。 それなのに邪気眼使いは不思議そうな顔で俺を見ている。 いやいや、お前に言ってるんだよ… お前に…
「ああ! もしかして今、タニモトって呼んだ?
違う違う! 俺、タニモトじゃないよ!」
「は? 」
全員が怪訝な顔つきで邪気眼使いを見た。
「ちゃんと俺もみんなと同じく"フルネーム"、"職業"、"年齢"になってるよ!
谷元って書いてタニ、ハジメって読むんだよ」
そして邪気眼使いは笑いはじめた。 えー まぎらわしかったかなー? よく間違われるんだよねー もしかして邪気眼使いが名前だと思ったー?
そんなわけないじゃーん! えへへー とか言いながら笑っている。 その笑顔に怒りを覚えたが、俺の怒りよりも先にコブシが一つ… いや三つ飛び出していた。 陰毛3兄弟がパンチを繰り出したのだ。 ちなみにこのパンチを繰り出した、というのはパンツからチン毛を繰り出した、の略ではない。 名前が陰毛だからと言っても彼らはそこまで非常識な行動を取るようなDQN人間ではない。 一応、勘違いをする人がいるかもしれないので言っておくぞ。 え? 勘違いする奴いねーよって? わかってるわそんなもん。 ただ言いたかっただけだ。
「貴様の名前ふつうじゃねぇかよ!」
「職業"邪気眼使い"ってなんだよ! フザケンな!」
「どうせ無職なんだろ! この野郎!」
ボコボコに殴られる邪気眼使い… 可哀そうに感じたのか、泡姫が止めに入る。 そういえば関係ないがカンジタという名前の性病があるな…
「やめなさいよ! 貴方たち浮いてるわよ!
まるで浴槽に浮いている陰毛のように浮いてるわよ!」
「うぅ… やめてくれ… 俺はアリエルと話したかっただけなんだよぅ」
陰毛たちの攻撃の毛が止まる。 失礼、手が止まる。
「殴ったのは悪かったけどさ…」
「ぜってーコイツが悪いよ…」
「だってコイツが…」
「しつこいわよ!
まるで排水溝にまとわりついた陰毛のようにネチッこいわ!
もういいでしょ!」
喧嘩は収まった。 だが少し気になる。 なんで泡姫の例えが全て風呂場限定なんだよ。 本当にソープ嬢なんじゃないのか? そういえば関係ないがトリコモナスという名前の性病があるな…
「本当の職業を言ったら嫌われると思ったんだよぅ…」
泣きながら邪気眼使い、改めハジメ君は語りだした。 彼は泡姫と話したくてDQNネームの話に混ざってきただけだと言う。 本業を知られたくないからと言って邪気眼使いは無いだろ。 その時点でドン引きだと思うのだが…
「本当の職業ってなんだよ!」
「どうせ無職なんだろ!」
「ほら! 答えろよ!」
陰毛たちは激しく問い詰めた。 彼らが怒るのは無理もない。 イオタ君はボーッと突っ立ていた。 というか存在を忘れていた。 そんなやついたか? くらいに記憶から消えていた。 そういえば関係ないがコーラで洗浄すると妊娠しないらしいな…
「その… 関東でヴァルハラというソープランドの経営を…」と、
ハジメ君が全てを語るよりも先に陰毛3兄弟がパンチを繰り出した。
「フザケんなよ!」
「引き抜きじゃねーか!」
「引き抜き目的の入店はお断りなんだよ!」
もういいや。 なんかもういいわ… 俺は泡姫の手を握って合コン会場を抜け出した。 走り去る俺たちに
「当店は出会いカフェではありません!」とか
「嬢のお持ち帰りは原則禁止されております!」とか
「持ち帰りできるのはテレクラと出会いカフェだけです!」
とかが後ろから聞こえたが、もうどうでも良かった。
そういえば関係ないがコーラで洗浄すると妊娠しないというのは嘘らしい…
みんな気をつけろよ?
「あのう…」
立ち止まると息を切らした泡姫が俺を見ている。 少し早く走りすぎたようだ。
「ご、ごめん」
「はぁはぁ… うん、いいの…
それより名前教えて…?
貴方の名前を聞いてなかったから」
名前? そういえば名乗っていなかった気がする。 俺の胸元のネームプレートには「徐音 土曜日 ダンサー(28)」と書いてある。
「ジョン ナイトフィーバーだ」
ドッキューン! 二人は恋に落ちた。
そういえば関係ないが僕は大のトラボルタファンです。