即興小説詰め合わせパック
「せつない血」
お題:せつない血 制限時間:15分 文字数:537字
「ナア、お前。どうしてお前はそんなにも私を憎むというのか」
兵六は今にも泣きだしそうな声で言った。彼はもう何度も何度も、いや、もう数え切れぬほどに、許しを請い続けているのだ。しかし兵六の視線の先にある物は、黙して何も語らない。兵六は繰り返した。
「もう許しちゃあ、くれまいか。そう冷たくするでないよ。こんなにも頭を下げているではないか」
しかし相手は頑として頷きはしなかった。
「俺が悪かったよ。何とかお前を元に戻そうとしたのだ。悪気はなかったのだ。俺がお前を好き好んでそんな風にしたいと思っているなどと、よもや本気でそう考えているのではあるまいな。なあ、お願いだ、ウンでもイヤでもなんでもいい。俺に何か言っておくれ」
兵六は壁に向かって話しかけている気分になってきた。
「なあ、悪かったよ。俺のやり方が間違っていたのだ。お前の病んだものを取り除こうとしただけなのだ」
だが兵六は相手を愛しすぎていた。病巣すら、愛しいものの一部であったのだ。
「悪かったよ、悪かったよ。お前をそんな風にするつもりはなかったのだ。ただお前の病んだものを俺が引き受けようと思っただけなのだ」
一呼吸おいて、兵六が言った。
「だが引き受けて確信したよ。お前の血は皆、確かに病んでいたよ」
「ベーコン」
お題:臆病な使命 制限時間:15分 文字数:351字
恐れこそ最大の命題である。
私はただ息を潜めていた。太陽がじりじりと照りつける。雲は、多分ゆっくりと流れているだろう。毛穴からじんわりと、汗が生まれる感覚を、やけにはっきりと感じた。太陽のせいで、コンクリートの熱がまるで朝食のベーコンでも焼くかのような気楽さで、私を苛んでいる。
やけに狭まった視界の中で、私はそれがやってくるのをただ待った。どこか遠くの方で鳥が鳴いた。
そして、それはやって来た。
私の仕事は終わった。
視線を外すと、待っていたかのように、ちょうど目の上を汗が伝った。汗を拭わなければ。だが私はそうすることが出来なかった。なぜなら私の右こめかみから左顎を通過して、細長い弾丸が私の顔のすぐ横のコンクリートを抉っていたからだ。私は弾のもと来た道を辿ることも出来ずに絶命した。
「高貴な宴、但し」
お題:高貴な宴 制限時間:15分 文字数:527字
「ヤア、紳士淑女の諸君、今宵も我が晩餐の集いにご足労くださり、誠にありがたく思います」
「まあ、感謝などと。あなたのためでしたらたとえ地の果てにこの身があろうとも、すぐに馳せ参じますわ」
「彼女の言う通りじゃ。老体に鞭打ってでも参りますぞ」
「爺さん、あんたが鞭打つのはあんたの体じゃなくおいぼれ馬の方だろう」
「ね、お忘れでなくって。いの一番に駆け付けたのはこの私だということを」
「精確性を問うのでしたら、貴女ではなく貴女の手を取るために降りた小間使いのが先でしょう」
「アタシは、アナタの隣に座れるのだったら2番目だっていいワ。右でも左でも、前でも後ろでもネ」
「・・・下品」
「なアに、興味あるの? ホントは興味あるんでしょう。オボコみたいなカオしたってわかるわよオ。オネエサンがイチから教えて差し上げましょうか」
「お姉さんって年かい」
「お姉さんって性別じゃないだろう」
「何よお!」
「よしてよ、せっかくみんな集まったというのに」
「全くじゃ」
「まあまあ皆さん、今宵も楽しくやりましょう」
「彼が言うなら仕方がないわ」
「彼が言うなら仕方ない」
「お前さんが言うならそうするわい」
「アタシの意見は全部アナタと同じヨ」
ここまで全部俺。
「うつし身」
お題:暗黒の仕事 制限時間:15分 文字数:614字
始めはなかなかうまくいかないものです。誰もが皆、手探りでとっかかりを探すのだから仕方がありません。光で照らすのはルール違反です。だけど一度とっかかりを見つけてしまえば、あとは殆ど簡単です。おしまいが来るまでグルグルと同じことを繰り返していればよいのです。しかし同じような道といえど、時には外れてしまうこともあります。そんな時は、ほんのちょっとだけ戻って、またやり直せばよいのです。そうやってグルグルとレールの上を歩き続けていくと、とうとうおしまいがやってきます。これは決められた長さですから、きっちりここまでやらないといけませんし、続けたいなんてわがままも効きません。
おしまいの証拠に、仕事をした分だけ残して、あとは切り取ってしまいます。そして今度は箱詰めにされて、ガタゴトと揺られます。何度もガタゴトと揺られます。ときどきは入れ替えがあって、休むことができますが、あんまり休まった気はしないかもしれません。それもやっぱり毎回の決まっただけのガタゴトがあって、やっと水浴びです。あんまり気持ちがいいからと言って、そのまま眠ってしまわないように。水浴びが終わったら、そこから出てドライヤーで隅々まで、ようく乾燥させます。きっちり乾燥しないと、眠る場所が水浸しになってしまいます。
さて、ようやく乾燥が済んだら、私の体を透かしてみてください。
今日一日の思い出が、光と闇が逆転して、透明の私に残されているのが判るでしょう。
「無題」 ※未完
お題:阿修羅火事 制限時間:15分 文字数:19字
阿修羅彼士 あゝ阿修羅火事 阿修羅鍛冶
「成り立ち ~私の場合~」
お題:つらい傘 制限時間:15分 文字数:539字
往往にして人生とは、思わぬことで苦心をすることの連続である。たとえば私の場合などは、ある雨の日がそうであった。
ろくな貯金もない私にとって、穴が開こうと、骨が折れようと、「差す」という一つの手続きさえできれば、それは他人がどう見ようと傘なのである。すなわち、その雨の日、私はいつものように破れ傘を差して街へ出た。
何をするでもなくぶらぶらとあたりを歩き回っていると、向こう方から私に手を振るものがあった。その男とは顔を見知っている程度だったにもかかわらず、相手は気軽に声をかけてきた。無下にする理由もなかったのでてきとうに会釈をすると、男は「一寸傘に入れてもらえまいか」と言ってきた。仕方なしに私はろくに知らぬ男と相傘をする羽目になった。
二人して肩を半分ずつぬらしながら歩いていると、こんどは迷子らしき双子に出くわした。周りは見向きもしておらぬし、見てしまったからには捨て置くわけにもいかぬので、私たちはそれぞれ一人ずつを肩に載せて親を探すことになった。
ほうぼう捜し歩いても結局見つからず、すっかり疲れきった私たちは、そのまま団子屋の軒に出しっぱなしになっていた長椅子に腰かけた。
さて皆様おわかりであろう。
これにて「傘」の出来上がり。
お粗末、お粗末。
「タコ!」
お題:8月の魔物 制限時間:15分 文字数:564字
蝉が鳴いている。空が青い。雲がでかい。
陽にさらされた畳から、イ草の香りがする。
八月というのは英語でOctoberというそうだ。
日本語で夏のでかい雲のことを入道雲という。
どちらも蛸っぽい。
扇風機がブアーンと音を立ててそっぽを向いた。
慌ててこちらに首を向けさせようとしたが、それはある人物の手によって阻まれてしまった。
「お兄ちゃん、宿題やったの?」
「うっせタコ」
「なによ、せっかく人が心配してあげてるのに、このダメ兄貴!」
うっせーなお前は俺の母ちゃんか。いや、似たようなものか。喋り方も口癖も好きなアイドルも、何もかもがそっくりだ。俺を見下ろす妹の頬から顎を伝って、ポタリと汗がしたたり落ちた。
「しょっぺ」
とたんにちび母ちゃんはさっきよりももっと俺を見下した表情になって(それは殆ど侮蔑といってもよかった)、それから真っ赤になって「タコ!」の言葉を残して走り去った。
「……何なんだよ」
悪態をつきながらのろのろと立ち上がると、今度は自分の汗が、方向を変えて流れ落ちてきた。小鼻の横を通ったためか、汗なんだか水っ鼻なんだかよくわからない感じがして、その塩っ辛さにえずいた。
廊下の向こうで、また彼女の「タコ!」が聞こえてきた。
「何なんだよ」
イ草の焼ける香りがした。
「水槽」
お題:同性愛の彼女 制限時間:15分 文字数:446字
私は彼女に溺れているのだわ。
彼女はあまりにも奔放で、美しく、しかし箱の中にとらわれていた。
派手なダンダラ模様のドレスを華麗に着こなして、彼女の肌を隠す半透明のショールは、その動きに合わせてなびく。
しかし彼女のランウェイは長くない。ほんの少し進んだところで彼女は折り返す。
何度も、何度も。
私は飽きもせず彼女の優雅な舞台を見続けた。
だが私と彼女はあまりにも遠く隔てられている。こんなに近くにいるというのに、その、ガラス一枚が何と分厚く感じることだろう。
私がこんなにもあなたに溺れているというのに、あなたは溺れてはくれないの。
私は酸素を、あなたは水を、その肺に入れているというのに、どうして私だけが溺れるの。
そんな私をあざ笑うかのように、彼女は、彼女と私を隔てるガラスに尾ひれを叩きつけるようにしてターンした。
そしてその勢いで、袖で待つ彼女の愛し魚の方へと泳いで行った。
ダンダラ模様のお揃いのドレスで、彼女らは水槽の中を優雅に泳ぎつづけた。