5.魔女の潜入
〈5〉魔女の潜入
シュマがどこに居るのか。願い蝶のウィスがどこに居るのか。
わたし達は夜が明けると、すぐにアプリコットとグロウリーにその話をした。二人とも、シュマが囚われた事実に動揺していた。
グロウリーが言った。
「病どころではないな。すぐに助けるべきだろう」
そうだった。グロウリーはわたしに、石玉の病の原因を探ってほしいと願ったのだった。実は、色々あって忘れていた。でも、申し訳ないけれど、確かに今はシュマが大事だろう。それと、ウィス。昨夜聞いた彼女の悲鳴が、どうしても耳から離れない。
「今の話からすると、《春風》を捕らえたのが《無》だというのならば、《嘆き》とも対峙しなきゃならないだろう。《無》が《嘆き》を食べて生きているのならば、必ず《嘆き》の居る所に現れる筈だ」
何も言わなかったが、アプリコットも同じ考えらしかった。
つまり、《嘆き》から逃げるのでは無く、逆に《嘆き》の動きを把握することで、シュマを捕らえている《無》に近づけるだろうということだ。
それはとても怖い事ではあるが、シュマの身柄がかかっている以上、怖い等と言っていられない。解決策はある。わたし達は《春風》の奪還を誓って、勇みよく力んだ。
「……問題は、願い蝶のほうじゃない?」
そんなさなか、アランシアがぽつりと言った。
その言葉に、皆の表情が変わった。
わたし達は途方に暮れた。
願い蝶――ウィスが何処に居るか、わたしには分からない。ただ、断片的に、ウィスの置かれている状況が、脳裏に浮かぶだけ。冷たい眼差しの蜘蛛の女に捕らわれたウィスの助けを求める声。願い蝶の、渾身の願い。
だけどそれは、わたしに具体的な情報をくれるものではないみたいだった。
ウィスが誰に囚われ、何処に囚われ、何をされているのか、わたしには伝わってこない。伝わってこない以上、助けだすための解決策は浮かばない。
しばし重たい沈黙が訪れた。
願い蝶の置かれている状況は不気味だ。特に、わたしにとって、直接関わることなので尚更だ。だけど、わたしが分からない以上、わたしも、アランシアも、グロウリーも、アプリコットも、ヴィアすらも、何も提案できない。
ウィスは何処に居るのか。何処でどういう状況に居るのか。
想像しようとするたびに、わたしの脳裏に、ウィスの悲鳴が蘇る。断末魔の叫びにも似た、あの悲鳴。彼女はあの後、どうなってしまったのだろうか。彼女に何かあったら、わたしはどうなってしまうのだろうか。
得体の知れない恐ろしさに、わたしの体がびくりと震えた。
ただ、思い出せるのは、ウィスを愛おしげに絡め取っていた巣の主。
長い紫の髪を垂らした、蜘蛛の女。
「その願い蝶を捕らえている蜘蛛とやらを――」
ヴィアが沈黙を破った。
「私も見てみる必要がある……」
その場に居た皆が、ぼうっとヴィアの顔を見つめた。ヴィアは鋭い蛇の目を光らせて、渋い顔をした。
「《嘆き》や《無》が絡んでいるのか、全く別の事件なのか、まずは調べてみるしかないと思うんだ」
ヴィアの言葉に、アランシア達は顔を見合わせた。そして、アランシアは頷いて、ヴィアの方へと向き直った。
「うん、そうだね。そうだけど、どうやって――」
調べるの、とアランシアが言う前に、ヴィアはわたしの方をじろりと見つめた。
わたしはその瞳を見つめた途端、ぎくりとしてしまった。ヴィアは、初めて会った時こそ大蛇にしか見えなかったが、今となっては私と同じような姿に見える。けれども、やっぱり、彼女は大蛇の姿をしているのだと思い知らされた。この瞳に縛られたまま死ぬなんて、蛇に食べられる生き物が気の毒だ。
そんな感じで、ヴィアはまるで獲物を見つめるかの様にしばしわたしを見つめると、難しい顔をしたまま、話しだした。
「願い蝶の見せる幻覚に、私も入り込んでみる。少し、お前の心に忍び込ませてもらわなくてはならない。いいな?」
強い口調でヴィアに言われた。
答えがあらかじめ確定されている訊ね方だ。
断れるはずもない。
「分かった。わたしはどうしたらいいの?」
「今からまた願い蝶の見せる光景が見えると思う。だが、その間、私の体に触れたまま、決して離れることのないようにしてほしい」
「それだけ?」
わたしがやや怪訝そうに訊ねると、ヴィアは苦笑した。
「それだけの事が結構きついものだ」
その言葉に一抹の不安を覚えつつも、わたしは承諾した。
「いいわ。分かった。お願い」
ヴィアは一瞬だけ目元を緩めてわたしを見ると、すぐに鋭い表情に戻って、アランシア達へと目をやった。
「しばらく見張っていてくれ」