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願い蝶  作者: ねこじゃ・じぇねこ
EPISODE 3 【妖精】
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5.恐ろしい存在


〈5〉恐ろしい存在


 目覚めたわたしの頭は、まだぼんやりとしていた。

 何だか、不思議な夢を見た気がした。だが、あまりに身体が重かったので、その夢を思い出すのも疎かに、もう一度眠りに就いた。わたしが再び目覚めたのは、アランシアに起こされた時だった。体は本当に疲れていたらしくて、夢も見たのか見てないのかすら覚えていなかった。

 と、いうか、あっという間の睡眠だった。本当にちゃんと寝てたのかな、わたしは。なんて思ったけれど、アランシアによれば、「歌を三十曲歌えるくらいの間寝てたよ」と言う事だったので、それなりに寝たのかもしれない。ちなみにアランシアは好きな歌は、一曲十分以上続く歌ばかりなので、少なくとも二時間半は寝ているだろう。まあ、どのくらい寝たかはどうでもいい。

 問題は、どうして起こされたかだ。

 妖精喰いがいなくなったのかな? そう思ったけれど、それよりも具体的な要因だったらしくて、起きたばかりの私はアランシアに口うるさく急かされながら起き上った。何らや、木の下を覗いて見てと言っている。全くうるさい猫だ。そういえば、さっきからアランシアしか喋っていない。アプリコットは消えちゃったのかな。そうでもなかった。ちゃんと後ろにいて、目でわたしに「うるさいから早くそいつの言う通りにしてやれ」と言っていた。

 わたしは、アランシアの言うとおり、木の下を覗いてみた。妖精喰いがいるかもしれないので、ゆっくりと慎重に。

 枝の間から見えるのは、一つの影。シルエット。あのシルエットは……狼?

(やっと見付けた)

 いきなり声がして、わたしはびくりとした。今の声。誰の声だったっけ。女の人の声。

(よかった。怪我してないね)

 もう一人の声。ああ、分かった。ヴィアとシュマだ。と、言う事は、下に居るのは……グロウリーだ。グロウリーがこちらを見上げている。わたしの顔を見て、ふっと溜め息をついた。わたしはすぐ横に居るアランシアを見やった。アランシアは、わたしの顔を見上げると、長い尻尾をくねくねと動かして、グロウリーへと目を移した。

「知り合いであってる?」

 アランシアの問いに、わたしは頷いた。

「よかった。あの狼が突然来て、ここに願い蝶がいるだろうって脅すから妖精喰いの手下かと思ったよ」

「そう思ったのにわたしに見せたわけ?」

「うん。狼だし、どうせ登れないかなって思ってね。それに、妖精喰いの手下が、魔女に守られているわけないかなって思って」

(まったくだ)

 ヴィアが口を挟んだ。

(妖精喰いごときのために、わたし達魔女が動こうだなんて思うはずもないからね)

「蛇の姉さんみたいな味方が付いてるなんて、アイミーも恵まれてるんだね」

 アランシアが笑顔で言った。どうやら、アランシアにもヴィアの声が聞こえているらしい。きっとアプリコットもだろうけれど、彼は相変わらずだ。少しは笑えばいいのに。

「妖精喰いは余所へ行ってる」

 グロウリーが響かない声で言った。そういえば、彼の存在を忘れてた。

「今がチャンスだ。降りて来い」

 グロウリーの声に、真っ先に従ったのは、なんとアプリコットだった。先越されて焦ったのか、アランシアも慌てて飛び降りた。ちょっと待て。わたしはどうする。猫じゃないわたしは、彼らみたいに身軽に降りれない。しかも、意外に高い場所にわたしはいるようで、思っていたよりもアプリコットとアランシアが小さくなったので、わたしは足が竦んだ。まさか同じように飛び降りるわけにもいかず、丁度良く生えている枝に足をかけて、ゆっくりと降りていく。この枝が生えてなかったらどうなってただろう。そんな不吉な事を考えながら、ゆっくりと降りて行くわたしに、話しかける者がいた。

(来たわ)

 願い蝶の声だ。いや、それはいいとして、来たって何が? 何て訊き返す間もなく、願い蝶が更に声をかけてきた。

(逃げなさい。今度こそ食べられるわよ)

「何か来た!」

 願い蝶の声に重なって、アランシアの声がした。ああ、確かに来たらしい。願い蝶の言う通りだった。妖精喰いだ。けれど、それだけじゃない気がした。何だろう? 変な感じがする。

「早く降りろ! 物騒なのが来たぞ!」

 グロウリーの咆哮に身を竦めたわたしは、思わず手を放して、一気に滑り落ちてしまった。しかし、思いの外、地面とわたしの距離は短かったらしくて、わたしは腰を痛めた程度で地面に降り立つ事が出来た。腰が痛いのは結構きついんだけど。

(あなたの行きたい方向にいきなさい。そうすれば逃げられるでしょう)

 願い蝶の声がまた聞こえた。

 そう言えば、初めて聞いた時よりも、ずっとクリアに聞こえるような気がするのは気のせいかな。

(今度ばかりは願い蝶の言う通りだ。立て!)

 ヴィアの声が空かさずして、わたしはすぐに立ち上がった。辺りを見渡してみると、一方から絶対的な緊張感が漂ってきた。何だろうこれは。何だか危ない者が近付いて来ている。これは、妖精喰いではない。妖精喰いとは全く違う。だって、わたしを追っているらしいレダとラグの気配は反対側の方向から感じられる。……反対側!

「ああ、挟まれてる!」

 わたしは思わず叫んだ。

 絶対に近づいちゃいけない気配とあの妖精喰い達の気配。この二つだと、思わず妖精喰いの方へと言ってしまいそうだけれど、よく考えれば命を自ら差し出しに行くようなものだ。考えている暇はない。気配のしない方向へ行くしかない。

「こっち!」

 わたしは直感で指差した。そっちなら、気配がしないし安心安全だろうとの魂胆だったけれど、吃驚するほど素直にアプリコットもアランシアもグロウリーも従って走り出したので、逆にわたしは竦んでしまった。

(自分で言っといて、なに竦んでんだ!)

 ヴィアの叱咤で、ようやくわたしの背が押された。そうだ、何しているんだ自分は、走らなきゃ捕まる。その思いでわたしは走った。だけど、アプリコットもアランシアもグロウリーも、本当に、誰が何から逃げる為に走っているのか分かっているのか、と問い質したくなるほど、わたしを無視した逃走を見せてくれた。なまじヒト姿の私にしてみれば、そんな根の下なんて通れないし、三角飛びなんて出来ない。仕方無く無難な道を潜ったり、飛び越したり、乗っかったりしなくてはいけないので、わたしは今に一人だけ捕まるんじゃないかとびくびくしながら逃げていた。

(こんな時の願いじゃない)

 くすりと笑う声がした。

 誰の声かなんて愚問だろう。

 確かに、と思いかけたわたしは、いかんいかんと頭を振った。いまもしもタイムスリップ出来るのなら、お人好しもいい加減にしなさい、と自分を叱るんじゃないかと思う。絶対に願いの力を使ってはいけないのは雰囲気で分かった。

(ケチ。ちょっとぐらい使っちゃいなさいよ)

 願い蝶の声が甘く感じた。何かが重症なんじゃないかと思うほど、わたしにはその声が可愛く感じたのだ。そうだ。真面目に逃げ遅れて捕まっちゃうなんて、とても滑稽だ。それよりも確実に捕まらないように願えばいいじゃない。

(願い蝶。この娘を誘惑するのはやめろ)

 ヴィアの鋭い声が割り込んできた。

 わたしは、はっとした。願い蝶の言葉に乗せられようとしていたわたしに気付いた。わたしはどうしたのだろう。願い蝶の言うままに願おうとしていた。

「おい、遅いぞ! 早く走れ!」

 アプリコットが乱暴に言った。いや、そんな場合じゃなくて、そうだ。願い蝶の誘いに惑わされているうちに、わたしを追う二種類の気配がそれぞれ近づいてきた。もう、一体何なの? 一つは確かにレダとラグだ。でも、もう一つは? レダとラグでさえもが避けてしまうあの気配はいったい何なの?

「この感じ……間違いない」

 ふと、グロウリーが気配のする方向を見ながら言った。

「近頃、石玉の病が流行り出した頃、この気配を度々感じるようになった」

「この気配、一体何なの?」

(《嘆き》だよ)

 アランシアの問いに答えたのは、シュマだった。

(《嘆き》は石玉で大切な人を亡くした者が生み出すの。命を奪った全てを憎み、それでも不変に続く世界を恨み、自分と同調した場所を広げようとする。そんな力)

「いつの間に、こんな事に?」

 グロウリーが顔を歪めた。狼が顔を歪めるとかなり怖く見える。というのはどうでもいいけれど、と言う事は、今追っているのは妖精喰いの二人と、誰彼の生み出した《嘆き》という事だ。

「どうして《嘆き》は追って来るの?」

 これは、わたしの問い。

(《嘆き》は他の生き物に憑いて、もっともっと自分を確かな生き物にしようとするの。その人をどっと疲れさせて、マイナス思考にして、新しい《嘆き》を吸い取っちゃうんだよ。あの《嘆き》はもう一杯他の《嘆き》を吸った奴だね。捕まったら大変な事になっちゃうかも)

「じゃあ、逃げないとだね。アイミ、早く走ってよ!」

 アランシアの無責任な言葉に、わたしは頭に血が昇る思いだったけれど、後ろから迫ってくる気配の濃さに、何も言い返せなかった。成程、だからラグとレダも避けているのか。なんて思っているうちに、またあの三人と、わたしとの間に距離が生まれた。ああ、わたし、背中に翅のあるタイプの妖精に生まれたかったんだけどな。

 その時だった。

 突然、気色悪い感覚がわたしを襲った。何と言うかそれは、糸が絡みつくような感じ。手や足にべったりとついて、動き難くする感じ。自分の体を見ても、別にそんなものは付いていたりしないのだけど、でも、絶対に何か付いている。何だろう、これ。

「おい、どうしたんだ?」

 グロウリーの声かけに、わたしは力を振り絞った。思いっきり動くと、その気持ち悪さは少し取れ、どうにか動けるようになった。だけど、何だったのだろう? 本当に、変な感覚だったのだけれど。

 迫ってくる気配に少しだけ我慢して、三人は待っていてくれた。その三人の元に間に合った時、アプリコットの瞳が、やや細められた。

「消えた」

(《嘆き》が方向を変えた)

 ヴィアの言葉も重なった。

 なるほど、わたし達を追っているのは、これで妖精喰いだけだ。それでも厄介で恐ろしいことには変わりないのだけれど。

(奴らだけならどうにか欺ける。皆、そのまま東に向って行け)

 ヴィアが命令口調で言った。

 わたし達はヴィアに従い、向っている方向にそのまま進みだした。


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