表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
願い蝶  作者: ねこじゃ・じぇねこ
EPISODE 3 【妖精】
13/38

4.夢交わし

〈4〉夢交わし


 わたしはまた夢を見た。あの夜の夢のように、星の埃が降っている。その中で、わたしは誰かと向かい合っている。ああ、願い蝶だ。願い蝶と向かい合っている。これは、あの夢の記憶なのだろうか。願い蝶は言う。

(あなたは何をくれるの?)

 わたしは何をあげるの?

 願い蝶の翅が、星の埃できらきらと輝いていた。その目も、同じように光っていた。美しい黒真珠の目。宝石そのものの目。花を捕まえるその手で、わたしを軽く抱き締める。わたしは、何を約束したのだろう。

(あなたは何をくれるの?)

 願い蝶の言葉が繰り返された。

 わたしは何をあげるの?

 どうしても思い出せない。ただ、思い出せるのは、あの夢との違いだった。わたしはあの夜よりも、もっともっと無力になっていた。願い蝶が、こんなにも美しくて、こんなにも強い存在だったなんて気付かなかった。きっと、今のわたしは願い蝶の虜だ。願い蝶が言う通りに動いてしまう。願い蝶の思惑通りに動いてしまう。

 願い蝶は目を細め、わたしの手に軽くキスをした。そのキスは、甘くもなく、酸っぱくもなく、ただ柔らかかった。願い蝶が口を離すと、体の奥に潜む見えない力が、ぐっと引き出されたような感覚に陥った。元に戻そうにも、もはやわたしの言う事なんて聞いてくれない。その力はこぞってわたしの身体を抜けだし、願い蝶に残らず捕まっていく。

(あなたは何をくれるの?)

 願い蝶の瞳の上が、少しずつ潤ってきた。美しい光を放つ涙を数滴落としながら、願い蝶はわたしに訊ねる。

(あなたは何をくれるの?)

 何度も、何度も、同じ言葉。

 わたしはじっと願い蝶を見つめた。花の蜜を吸う蝶々。花を押さえ込み、蜜を堪能する蝶々。わたしに願いを与え、代わりに蜜を貰おうとしている蝶々。美しい、その蝶々。

 あなたの名前は、何?

 わたしの問いは、夢の中で響き渡った。

 あなたの名前は何なの?

 星の埃が積もり始めた。辺りは黒く、そして白く輝いている。立ち竦むわたしと願い蝶は、頭から星の埃の銀色を被っている。肩にも積もっていき、足元も隠していく。星の埃はどんどん降って来て、止む事を知らないらしい。じっと見つめるわたしの目を、願い蝶は静かに見つめる。静かに、静かに。願い蝶の手が伸びてきた。そっとわたしの頬を触り、そっとわたしの涙を拭う。わたしは泣いている? でも、どうして?

(あなたはあたしの花。

 あたしに蜜をくれる花。

 でも、もっともっといい物を秘めている。

 あなたの体の奥に。

 あなたの魂の奥に。

 もっと素敵な物が息を顰めてる)

 願い蝶の手が、わたしを包み込んだ。動けずにいるわたしに追い打ちをかけるように、わたしの体に染み込ませるように、願い蝶は語りかける。ああ、もうどうなってもいい。願い蝶のためなら、どうなってもいい。わたしなんてちっぽけな存在。どうなってもいい。

(でも、あなたはまだ蕾なの。

 今から咲く蕾。

 今から咲かせなきゃならない蕾。

 さあ、もっと心を開いて。

 あたしの前で咲いてごらん)

 願い蝶の声が、わたしの体の奥に響き渡る。わたしを根底から動かそうとしている力。その願い蝶の魔術に、わたしの存在そのものが揺れる。お願い、もう止めて。わたしがわたしでなくなってしまう。これ以上は、止めて。

 あなた、誰なの?

 涙が溢れてくるわたしの目を、願い蝶はじっと見つめた。じっと見つめ、嬉しそうに笑い、わたしの涙を拭う。その笑みは、とても美しかった。わたしの息が止まってしまうかの様に、美しかった。もう何も考えたくない。どうなってもいい。どうなってしまってもいい。この願い蝶が求めているのなら、わたしなんてどうなってもいい。

(怖がらないで)

 願い蝶が言った。

(あなたは何も失ったりしないわ)

 願い蝶が言った。

 わたしを抱き締めて、心を揺さぶってくる。

(だから、ね、咲いてごらん)

 願い蝶の囁きに、わたしの心が震える。わたしの体が震える。自分の足が無くなってしまったかのように、立っていられない。もう止めて。わたしはそう叫びたかった。叫びたかったけれど、口から出たのは、違う言葉だった。全く違う言葉だった。願い蝶はその言葉を聞くと、目を細めた。星の埃は止んできた。今光っているのは、わたしと願い蝶にかかった星の埃達。わたし達を輝かせている。わたし達を包み込んでいる。

(ありがとう)

 願い蝶の声が聞こえる。

(きっと守るのよ、その約束)

 願い蝶が何か言っている。

(私の……)

 その小さな口が告げた、一つの名前。それは……その名前は……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ