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二章2・拳銃を持って道を違いながら

 三種類の錠剤を呑む銀哉の姿は、神聖な儀式に挑む聖職者の様にも見えた。夜の帳の中、涼やかで心地よい風が撫でる様に、車内を駆け巡る。遂先程までの喧騒が嘘の様な静けさの中、銀哉はダッシュボードから取り出した三種類の錠剤を掌で転がすと、それをミネラルウォーターで流し込んだ。

 水が喉を流れる音が聞こえる。うっすらと汗を掻いているのが、判った。真剣なのだ。

その光景を見た瞬間だった。僕が瞬きをしている間に、銀哉が消えて、銀哉が座っていた助手席に春風が居た。口を手の甲で拭い、「ふぅ」と息を吐いている。

 「春風……」

 そう呟いた時には、春風は消えていた。代わりに、そこには銀哉が居る。

 「ん?」

 「い、いや。もしかして、身体が悪いのかなって」

 幻覚を振り払うかの様に、そして取り繕う様に、僕は慌てて言葉を紡ぎ、ミネラルウォーターを指差す。ミネラルウォーターがちゃぽんと音を立てた。

 「この薬の事か?」

 銀哉がニヤニヤ笑いながら、言う。まだ少し酔っ払っているのか、先程から常時笑顔だ。

 「もしかして、身体が悪いの?」

 「そういう訳じゃないんだがね」

 うーん、と呟いて。それから質問を跳ね飛ばすかの様に、「そんな事より」と手を叩いた。

 「そろそろお腹が減って来ないか?」

 ほぼ同時、僕のお腹が声を上げた。まるで銀哉の言葉に反応したかの様だった。悲しいかな、確かに、「そんな事より」も、空腹感の方が気に成ってしまった。

 「そうだね」

 「どこかで飯でも食おう。当然、おごるから」

 と、歯を見せて財布を取り出す。当然、僕はおごられるつもりで居た。

 逃亡中だろうが。ディズニーランドに向かう途中だろうが。誘拐されている途中だろうが。妹の死に打ちひしがれていようが、生きていれば、腹は空くらしい。


 逃亡中だろうが。ディズニーランドに向かう途中だろうが。誘拐されている途中だろうが。生きていれば、腹は空く。それは確かだ。ただ、それでも、大雑把な発砲、誘拐事件を起こして指名手配中の人間が、何一つ変装もしないまま大衆食堂に堂々と入れるものだとは、知らなかった。

 「堂々としてれば、ばれないって」

 銀哉は、そう言った。胸を張り、それから拳銃を腰に隠す。

 「本当に大丈夫なのかな」

 「大丈夫大丈夫。下手な変装なんて、逆に怪しまれるだろ?マスクとサングラスを掛けた男が飯屋に入ったら通報されるかもしれないけど。身一つの野郎が三人で飯屋に入っても、誰も通報しない。こいつら全員、恋人が居ないんだろうなって思われるだけだ」

 「そんなものなのかな」

 「そんなものだよ。皆忙しいんだから、指名手配者の顔なんて一々覚えてなんていられる訳が無いだろ」

 銀哉がそう言った後、僕は横目で朱花を盗み見た。真っ赤な髪は、何よりの個性に感じて、詰まる所、指名手配されている人間としては、これ以上の特徴も無いのでは、と考えた訳だ。

 「何か?」

 朱花は不機嫌そうに聞いてくる。「いや」と僕は言う。

 「本当に、大丈夫かと思って」

 「大丈夫だろう」

 朱花さんの「大丈夫」は、どこか信用成らないんです。そう口に出しかけたが、グッと堪えた。僕は高校生だが、その程度は大人だった訳だ。

 「というよりも、俺達が捕まったとして、君に何か問題が有るのかな?」

 嫌味たらしく、言う。いまさらそれは無いじゃないか。そんな事を思っている内に暖簾(のれん)を超えて、店内に入る。「いらっしゃいませ」と女性店員が近付いてきて、「何名様でしょうか」「お煙草はお吸いに成られますか?」といった質問を矢の様に放ってくる。

 女性店員に導かれ、僕らは入り口から離れた喫煙席に隔離された。店内を見渡す。仕事帰りなのか、スーツ姿の中年が数人、まばらに座っていて。デートで大衆食堂というチョイスをしたのか、それとも間違っただけなのか、カウンター席には若い男女が座っていた。

 カウンター席の上には、野球中継を映しているテレビがある。バッターが豪快な空振りをして、店内から嘆きとも悲鳴とも付かない声が上がった。

 「今日中には無理だな」

 朱花は椅子に座ったとほぼ同時、煙草に火を点けていた。紫煙が生き物の様にうねっている。

 「何が?」

 「今日中には、着かない。どこか泊まる場所を探そう」

 「なんだか修学旅行みたいでワクワクするね」

 自分でも、実際に修学旅行みたいだと思ったのかは判らないが、とにかくそう口に出していた。誘拐なのに。

 それから直ぐ後、先程の女性店員がメニューと水を持ってきた。全員の前に水が行き渡り、注文がまだ決まっていない事を察すると、「早めに決めてくださいね」的な事を言い残して去っていた。直後、銀哉が立ち上がる。

 「ちょっと、トイレに。俺の代わりに、魚的なものを頼んでおいてくれ」

 魚的なものって、具体的に何?そう聞く前に、銀哉はトイレに消えた。朱花と二人きりに成る。少し気まずく感じてしまうのは何故だろう。

 嘆きと悲鳴が混じった声が、また店内に響いた。野球の事は詳しくないが、この店に居るスーツ姿の中年達が一様に応援しているチームは負けているらしい。

 「実はな」

 朱花がそう切り出したのは、その時だった。

 「半分は、嘘なんだ」

 「え?」

 「俺はワザと遠回りをしてるんだよ。道には迷っていない。というより、行ったり来たりしてるだけだ」

 「ど、どうして?」

 「銀哉は、どうだ?」

 短い付き合いだが、朱花の性格は僕にもなんとなく掴めてきた。マイペースというか、主導権を握りたがるというか。主語が抜けているというか。

 「どうだ、って、何が?」

 僕はそう聞き返した。どうだ。と漠然と聞かれても困る。

 「お前の目に、アイツはどう映る?」

 本人の居ない所で、その人の話をするというのは、余り好きではない。ただ、朱花は逃がしてくれそうにも無かった。

 「妙な奴ですよね」

 と、曖昧に返事を返す。朱花さんも、かなり妙ですが。とは言わない。

 「妙な奴」と朱花が噛み締める様に、ぽつりと呟いた。

 「動じないというか、大雑把というか。突飛で、妙な奴ですね」

 根は善人なんだろうけど。といらないフォローも加えた。

 「動じない。いや、アイツは、震えてる。気付いているか?」

 「車内は、ちょっと冷えますから」

 「アイツは怯えてるんだ」

 「え?」

 「ディズニーランドに辿り着く事に、旅の終わりに、怯えている。だからワザと道に迷った振りをしてくれと俺に頼んできた」

 「ディズニーランドに、何があるんですか?」

 何度、この事を聞いただろうと思いながらも、僕はまたそう尋ねていた。案の定、朱花は「主にジェットコースター」と言っただけで、明確な答えを返してこない。

 「だから、悪いが、君にはもう少しだけ付き合って貰う事に成る。銀哉に時間を上げてくれ」

 「それはもう、構わないんですけど」

 どの道、僕も春風の話を聞くまで、降りるつもりは無い。

 「半分嘘、というのは、どういう事ですか?」

 「半分は、本当に迷ってしまったという事だな。大体、意図的に迷うなんて、無理があるだろ。―――そんな不満そうな顔をするなよ。砂漠で迷子に成った訳じゃないんだ」

 「都会で迷子も、中々寒々しいですよ」

 ワ、と声が上がった。テレビを見ると、四番を背負った男が、バットでボールを跳ね返している場面だった。テレビが、ボールを追う。ボールはどこまでも伸びて、「行け!」と客の一人が声を上げていた。が、ボールは外野のミットの中に納まり、そして再び落胆の声。「取るなよ」と誰かが言っていた。

 僕は視線を戻し、「他には?」と聞く。

 「他?」

 「他に何か言ってました?」

 「いや、それだけだ。いや、ああ、ああ。君には言うなとは言ってたな」

 世の中には、秘密を話してはいけない人間が居る。という事を僕は学んだ。


 更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。

 危うく、一教科足りずに卒業出来ない、なんて事態に陥りそうな羽目に成っていたのです。(無事でした)

 言い訳ですね。もう一度、申し訳ない。

 そんな俺ですが、これからもよろしくお願いします。

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