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序章2・タンバリンを打ち鳴らす前の蛇足

 「ディズニーランドに行こうよ」

 「え?」

 「ディズニーランド。折角の夏休みなんだからさ、何かしなきゃ勿体無いじゃない」

 白い壁がやけに目に眩しい病室。妹の春風(はるかぜ)がベッドに座り込みながら、パンフレットを開いていた。覗き込むと、そこには例の、あの、ネズミの王様が笑顔を見せて、こちらに向かって手を振っている。

 「あんなの、行列ばっかで楽しくないってば」

 直接体験した訳ではないが、行列が酷い、という話なら、何度も聞いていた。

 「行列が楽しいんだよ、きっと」

 「大体、兄妹で行って楽しいか?友達と行けばいいじゃないか」

 人懐こく、活発で、兄の眼から見ても可愛らしい部類に入る春風は、男女問わず、数多くの友人が居る。もしや、夏休みだというのに何一つ予定も無く、友人の少ない兄を哀れんでいるのだろうか?そんな事を疑ってしまう。

 「たまには良いじゃん。兄妹水入らずで」

 まさかこの時、春風が自分の死期を察していたとは思えないので、ただ漠然と、夏休みに成し遂げる何かの何かに、ディズニーランドを選んだだけの事だろう。別に海でも、山でも良かった筈だ。深い意味も無ければ、特別な感傷も無かった筈なのだ。

 前日、春風は頭痛と関節痛を訴えていた。「夏休みに風邪なんてひいてられるかー」と喚き、「一晩で直してみせる」と豪語しながら九時頃にはベッドに入り、結局翌日に成っても調子は戻らず、念の為、病院で検査を受ける事に成った。

 「風邪ですね」

 医者は、そう言ったらしい。「念の為、一日だけ検査入院でもしておきますか」軽快で、若い、女性にもてそうな容姿の眼鏡の医者は、そう薦めてきた。らしい。

 僕は妹の寝巻きを取りに一度家に戻り、再び病室を訪れた時に、「ディズニーランドに行こうよ」と持ちかけられた訳だ。

 正直に言うと、「ディズニーランドに行こうよ」という妹の提言に対し、最終的に僕がどう答えたのかは、覚えていない。「行ってみるか」と軽快に答えた可能性も有るし、「夏休みはゲームだけで過ごすつもりなんだ」と答えた可能性すら、有る。

 そして夜、いつも厳ついしかめっ面の父が、いつも以上のしかめっ面を作りながら、こう言った。

 「行くぞ」

 「え?でぃ、ディズニーランド?」

 父の、これ以上は歪まないだろうと思っていた顔が、更に歪んだ。

 「春風の容態が悪化したらしい」



 「秋!」

 誰かの呼び声に、僕は不意に眼を覚まし、辺りを見渡す。アーケード街、映画館の正面にある、オープンカフェだった。珈琲の香ばしい香りが、鼻を撫でた。

 「もしもーし。秋色(あきいろ)君。聞いてますか?」

 「え。―――あ」

 前後不覚に陥った脳をなんとか整理しながら、正面を向く。正面には高校の友人、小西(こにし)の顔が有った。

 「どうしたんだよ。今、眼ぇ開けながら眠ってなかったか?」

 「いや、なんか、ボーっとしちゃって」

 妹の事を思い出していたのだ、とも言えず、そう適当に言い訳をする。しかし、一体何故、春風が死んでから二年も経った今、あの日の光景が頭を過ぎったのだろう。

 「それで、何の話だっけ」

 「もう一度説明しなきゃ駄目なのか?」

 「ごめん。本当に聞いてなかった」

 「ディズニーランドだよ、ディズニーランド。魔法の国っていうか、ネズミの国だけど」

そうだった。「ディズニーランド」という単語を聞いて、連鎖的に春風の事を思い出したのだった。

 「卒業旅行は、野郎ばっかでディズニーランドに決まりだ。キング・ミッキーと思い出作りだよ、最高だ」

 一週間前に、一年間付き合っていた恋人と別れて、半ばヤケクソ気味に「野郎だけで卒業旅行に行こうぜ!」と教室で叫んだ小西は、自嘲気味だった。ついでに言うと、「女は来るんじゃねぇぞ!」とも叫んでいた。一体どういう別れ方をしたのだろうか。いや、そもそもが、夏休みの段階で卒業旅行の計画とは、気が早いのではないか? と気になりもした。

 「卒業旅行に、野郎ばっかでディズニーランドってのはどうかと思うけど」

 僕はやんわりと、否定的な意見を出す。ディズニーランドと聞けば、どうしても春風の事を思い出してしまうので、正直な所、乗り気ではなかった。

 「あんなの、行列ばっかで楽しくないってば」

 「行列が楽しいんだ」

 小西は、妙に力強く断言した。

 「本当は行った事無いんだけどよ。秋、お前、ディズニーランドの人気の秘密を知ってるか?」

 「そんな秘密を知ってたら、僕らも直ぐ遊園地のオーナーに成れそうだね」

 「俺は知ってるんだ」

 まるで、真理の探求に成功した哲学者の様な口ぶりだった。

 「おめでとう。君は将来遊園地のオーナーだ。羨ましいよ」

 驚くべき事に、小西は「まぁな」と照れくさそうに頭を掻いた。いや、皮肉なんだってば。

 「良いか、秋。お前にだけ教えてやる」

 そこまで言われると、少しだけ興味が湧いた。「それで?」と身を乗り出す。小西も身を乗り出して、顔を近づけて、それから辺りの様子を伺った。スパイの様だった。

 「行列なんだよ」

 「行列」

 「そう、行列。遊園地最大の楽しみは行列なんだ。だから皆並ぶ。並べば並ぶほど人が増えて、更に立派な行列が生まれる。立派な行列を楽しむ為に更に人が並ぶんだ」

 「悪循環にしか聞こえないんだけど……」

 「人気の無い遊園地と、人気の有る遊園地を比べてみろよ。行列が少ないから人気が出ない。行列が多いから人気が出る。そうだろ?」

 「いや、それって……」

 なんとか宥めようと思ったが、この話は思ったより複雑で厄介な禅門答の様な形に成っている事に気付き、途端に面倒に成る。「ああ、そうかもしれない」と、折れる事にした。

 「だろ?」

 小西は、満足そうだった。「沢山並んで、沢山楽しもうじゃないか」と恐ろしい台詞も吐いた。

 「いやぁ、楽しみだなぁ」

 小西は両手を組んで、サンタクロースを信じている少年の眼をした。そんな眼を見せられた日には、「実は、妹の事が有るから、ディズニーランドには行きたくないんだ」とも言い出せない。

 代わりに、珈琲に口を付ける。友人の手前、格好付けて砂糖もミルクも入れなかった所為か、飲むのも一苦労だった。どうして大人はブラックを飲むのだろう。と疑問も湧いた。きっと、皆格好付けているに違いない。そう決め付けた。


 「フランケンシュタインだ」

 と、小西が突然呟いた。まるで、フランケンシュタインが道端を歩いている様な言い草だったので、慌てて通りを探してしまった。

 「え?」

 「ほら、あれ、映画館。『フランケンシュタイン』のリバイバル上映だってさ。フランケンシュタインって、確か、ネジが頭に刺さった、ディズニーのキャラクターだよな」

 全然違う。

 「ディズニーとは一切関係が無い筈だけど」

 親切心から、そう教えてあげると、小西は「なら良いや」と歴史的名作を丸投げにした。どうやら、今の彼の頭には、ディズニーしかないらしい。

 「それに、ネジが頭に刺さった、あの例の人造人間はフランケンシュタインじゃないよ」

 「はぁ?」

 「結構誤解されてるみたいだけど、あの人造人間には名前が無いんだ」

 「じゃあ、何を持ってフランケンシュタインなんだよ」

 小西が、不満そうに口を尖らせる。

 「人造人間を作った博士がフランケンシュタイン博士。で、例のあの人造人間はっちゃんは、フランケンシュタインの怪物」

 「怪しげな豆知識だな。うそくせー」

 「本当だってば」

 言った直後、僕の脳裏に再び春風の影が過ぎった。この話を教えてくれたのが、春風だったからだ。

 春風は何故か『フランケンシュタイン』が大好きだった。恋に破れて落ち込んだら『フランケンシュタイン』を観て回復して、両親に怒られたら『フランケンシュタイン』を観てストレスを発散させる。そんな具合だった。『フランケンシュタイン』を馬鹿にしようものなら、三日は口を聞いてくれない、そんな具合でも有った。

 「そういえば、ちゃんと観た事無いんだよなぁ」

 誰に、という訳でもなく、呟いた。春風が、『フランケンシュタイン』という作品のどこに、それほどの魅力を感じたのか、それが気に成った。

 そう言う訳で、僕はディズニーランドに向かう前に、『フランケンシュタイン』を観る事にしたのだ。結局の所、感傷だった。普段は滅多に思い出す事の無い春風の顔が、脳裏を過ぎる。

 小西が、「俺も俺も」

 と、映画館に付いてこようとしたが、断った。

 多分、映画を観たら、春風の事を思い出して、泣くだろうな。そんな事を思ったからだ。高校男児として、友人に涙を見せるなんて、恥ずべき事に思えた。


 ブザーの音が聞こえて、暗転が始まった。人々の囁き声が、暗闇に吸い込まれるかの様に急激に消えていく。来るぞ、来るぞ、という期待感が否応無く高まっていく。映画館自体が久しぶりな所為か、その雰囲気が堪らなく心地良かった。

 真っ暗闇に映し出される白黒の映像は新鮮だった。昨今の、CGばかりが派手で、カラフルな映画に対する警鐘の様に、白黒の映像は何かを訴えかけてくる様な迫力が有る。

 人造人間の顔に、思わず息を呑む。



 最初にその男の動きに気付いたのは、多分、僕だ。

 男は、拳銃を片手に、華麗に踊ってみせていた。

 一つ目の序章に比べると、やや平坦に成ってしまいました。まだ物語は始まっていません。次章以降から旅の始まりです。良ければお付き合いくださいな。

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