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終章後半・犬だって取引はする

 眼前。夜よりも濃い影を作り出す、巨大な城があった。人の街に唐突に降り立った巨人の様にも見えた。

 正直に言うと、僕は、僕らがディズニーランドに着いた暁には、ディズニーランドが諸手を上げて僕らを歓迎してくれる様な気がしていた。閉園したにも関わらず、僕らがディズニーランドの前に降り立った瞬間、点灯が始まり、メリーゴーランドが回り始め、陽気な音楽と人々の嬌声が響き渡って、アヒルの水兵やネズミの王様が僕らをエスコートしてくれるのではないか、と、淡い幻想を抱いていた。

 ディズニーランドは、眠っていた。寝息さえ聞こえてきそうな、静けさだった。

 おんぼろボルボを降りて、ディズニーランドに近付く。手前に、僕らを拒む様な門があった。当然、錠前が掛かっている。

 迷いは無かった。

 僕は、銃口を錠前に向け、そして、発砲する。タンバリンを打ち鳴らす。錠前が踊る様に跳ねて、落ちる。錠前に付いていた鎖が、錠前を追う蛇の様にうねり、地面に落ちていった。

門が、開く。

 「俺はここまでだ。今度こそお別れだな」

 朱花が、後ろから声を掛けてきた。

 「来ないんですか?」

 「俺はディズニーランドに入れないんだ」

 まるで、教会に入れない吸血鬼の様な言い分だな、と思っていたら、実際に朱花が「教会にも入れない」と、自らそう言った。どこまで嘘なのか、判断し難い。

 「何、縁があればまた会えるさ」

 朱花はおんぼろボルボを降りて、僕らに背を向けて歩き出した。

 「いい夜を」

 言い残しながら、朱花は今度こそ去る。闇に溶け込むかの様な退場だった。闇から闇を渡る彼が、次にどこに現れるか僕には判らない。ただ、なんとなしに、僕は彼と再会する事は無い様な気がした。


 「二度と会う事は無いだろうな」

 ディズニーランドを前に、銀哉がそんな事を言い出した。

 「朱花さん?」

 「朱花さんもそうだけど、俺達全員だよ。再会は、無い。そんな気がするんだ。これが終わったら、俺達は帰るべき場所に帰る。そこは、きっと、ものすごく遠い」

 「……そうかもね」

 かも、じゃない。絶対にそうだ。僕らの再会は、無い。移植手術を受けたものは、移植された臓器の遺族とは会えない。銀哉は限りなく例外的な形で移植手術を受けたのだが、そのルールはどこまで着いてくる様に思えた。僕らの出会いは、そもそもが特殊過ぎたのだ。

 「行こう」

 僕は歩き出す。銀哉は、躊躇う様な間を置いた少し後、意を決したのか、力強く足を踏み出す。「怖くなんて無いさ」自分に言い聞かす様に、銀哉が小さな声でそう呟いていたのが聞こえたが、聞こえなかったフリをする。


 深夜の三時。ディズニーランドは眠っている。夢の国は、夢を見るだろうか。連日連夜、この場所でお祭り騒ぎが起こっているとは信じがたい程、静かだ。

 歩いていると、一定間隔で、横から風がぶつかってきた。吹いたと思ったら止み、止んだと思ったら吹く、それを繰り返す。ディズニーランドの寝息の様だった。

 「初めて来た」

 「え?」

 「遊園地自体が、初めてだ」

 銀哉は言う。「賑やかで、綺麗だな」

 「……賑やか?」

 耳を澄ましても、風の音しかない。綺麗どころか、ライトの一つも無いディズニーランドは異様な雰囲気すらあったのだが、銀哉には別のものが見えているのかもしれない。

 正面に噴水があった。当然、水は抜かれている。噴水の前のベンチに、二人で並んで腰を置いた。掃除の見逃しなのか、赤い風船が一つだけ、正面の木に引っかかっているのが見える。それをジっと眺めている内に、銀哉が言う。

 「実を言うと、それでも少しは期待していたんだ」

 「何を?」

 「何かが、変わるかもしれないなんてな」

 それから、「何も変わらないな」と寂しそうに呟く。

 銀哉の言う通りだった。ディズニーランドに着いた所で、何も解決しなかった。七色の虹の様な魔法で、僕らが空を飛ぶ事も無ければ、春風が帰ってくる事も無い。当然と言えば当然なのだが、どこか裏切られた様な、寂しい気分になる。おい、僕らを救ってくれよ。とこっそり思う。ここは、夢の国なんだろ?

 「秋、お前は」

 銀哉も、赤い風船を眺めている様だった。

 「俺が憎くないか?」

 「判らない」

 正直に答える。

 「俺は憎いよ」

 銀哉はそう言った。「俺は、俺も、親父も、他の人間も、全て憎いよ」

 ブツ切れの詩を読むかの様に、銀哉が言う。

 「人は醜悪だ」

 「そうかな」

 「この星に住まう全ての生物で唯一、人間だけが不安定でグロテスクだよ」

 笑ってはいるが、冗談を言っている様子ではなかった。

 「俺は犬になりたい」

 「それならさ」

 と、僕は言う。

 「犬だって取引はする。という事にすればいいんじゃないか?」

 言ってから、これはかなり馬鹿らしいぞ、と思った。思ったが、後には引けなかった。

 銀哉は初め、眼を丸くして、それから暫くすると、大笑いをした。「それは」と腹を押さえる。目じりがキラリと光るが、見なかった事にした。

 「それは、何の解決になるんだ?」

 そんなに笑うなよ、と思いながらも、僕は続ける。

 「君がどんなに願っても、犬にはなれない。それなら、犬に人間に近付いてもらえば良い。そうだろ?」

 そうだろ? じゃないって。と、僕を冷やかす僕もいるのだけど、僕はそれを押しのける。

 「そんなものは、外れたアイスの棒に、後からアタリと書いた様なものだ」

 「それでもいいじゃないか。とにかく、僕が言いたいのは」

 僕は顔を上げて、辺りを見回す。ここはディズニーランドだ。

 「折角のディズニーランドなんだから、そんなにクヨクヨするなよって事だよ」


 先程からずっと気になっていた、風船が引っかかっている木の下まで移動する。

 「風船だ」

 「風船だね」

 風船は、比較的低い所に引っかかっているが、葉っぱの影になっていて見づらい。

 「遊園地といえば、風船だよな」

 言いながら、銀哉がジャンプする。風船を取ろうとしたのだろう。銀哉の手が風船をかすめて、その衝撃の所為か、風船は木から逃れて、ふわりと空に飛んでいった。

 「あー」

 と、銀哉が情けない声を上げる。風船は、こちらを嘲笑うかの様に、手の届きそうな、届かなそうな、じれったい距離をふわふわと浮く。銀哉がそれを取ろうと飛び跳ねる。その姿はやはり踊っている様だった。

 やがて、完全に届かなくなる。そのまま、空を飛べ、と心の中で叫ぶ。全部持っていってくれ。

 「あの風船には、神様になってもらうか」

 完全に諦めた銀哉は、座り込んでいた。

 「え?」

 その唐突な物言いは、まさに、銀哉らしい。

 「神様は、上から見てくれるんだろ。何もしないけど」

 僕は風船を眼で追う。ふわふわと、頼りなく浮かび上がる姿は、弱々しいが。それを眺めている内に、愉快な心地になった。もういいだろ。と。

 犬だって取引はするという事にする。

 あの風船を神様だという事にする。


 ディズニーランドに来て、何かが変わった事にする。




 ここまで読んでくださり、本当に有難うございます。「犬だって取引はする」これにて完結です。


 自分の未熟さを痛感しながらも書き続けてこれたのは、一重に読んでくださる方が居たからです。何度でも礼を言います。本当に有難うございました。


 銀哉と秋色の旅はこれで終わりですが、朱花の旅はまだまだ続きます。またあの不法入国者がどこかに現れた時には、是非ともよろしくお願いします。


 それでは。また。


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