三章3・たかが平和の終わりの話
ペンションに戻る途中、駐車場を横切る際に、朱花を見つけた。僕らのおんぼろボルボの助手席に座って、なにやらダッシュボードをごそごそと漁っている。暗闇の中、明かりも付けずにごそごそと怪しい動きを見せる朱花は、不器用な泥棒にしか見えなかった。
「何やってるんですか?」
と、声を掛ける。
「君の携帯を探してる」
言いながら、朱花は作業を止める気配が無かった。
「僕の?」
「君の両親に連絡を取ろうと思って」
「な、なんでまた」
「心配してるんじゃないか? 声でも聞かせてやればいい」
誘拐されてるけど、大丈夫です。とでも伝えれば良いのだろうか。この人実は何も考えてないんじゃないか? と、そうこう思っている内に、朱花は僕の携帯を手にとって、しかも僕の了承を得る事無く、勝手に携帯を開いていた。
「着信が七件」
「え、そんなに?」
「小西君と、君の父親、母親から一回ずつ。それから警察からも三回、それに」
妙に思わせ振りな間を作り、それから僕と銀哉を交互に見る。いつもの、悪魔の様な笑みを向けて、「見覚えのある番号があるな」と、一人、楽しそうに呟く。
朱花に携帯を渡され、開いてみる。朱花の言うとおり、七件もの着信があった。多分、この携帯が僕の手に渡ってから初めての大活躍だ。小西に、僕の両親。それから見知らぬ番号が三回連続で鳴っていて、これが多分警察からの電話なのだろう、という事はなんとなく判った。犯人である銀哉と連絡が付かなかった為、僕の携帯を使ったのだ。
そしてもう一件、これもまた、完全に見知らぬ番号だ。着信した時間を見ると、たかだか十分前に着信している。
「この、最後の一件も警察なのかな」
「いや」
朱花は、怪しい含み笑いをしている。秘密を知っているものが、秘密を知らない者を小ばかにする様な笑みだ。
「連絡を取ってみるか?」
朱花が、銀哉に向かってそう言った。それから、こう続けた。
「君のお父さんも、中々行動力があるよな。病院から抜け出したと思ったら、誘拐犯の息子とコンタクトを取ろうとするなんて」
え? と僕は間抜けな声を上げる。それから、銀哉を見る。
「この番号って、銀哉のお父さん?」
「そうだな。正に、俺が撃った親父だよ。思慮の浅い、馬鹿な男だ」
「どうやって僕の番号を知ったんだろう」
「方法なんていくらでもある」
言いながら、銀哉が爪を噛んだ。前にもこの仕草を見た。精神的に動揺すると、爪を噛む癖があるらしい。
そして次の瞬間、携帯電話が光を放った。着信だ。噂をすれば影、というか、それは正しく、銀哉の父親らしき番号だった。
そして、僕はどうしたか。何を思ったか、電話を取ってしまったのだ。反射だった。この電話を取らなければ良かった、と、僕は後々に後悔する。
「も、もしもし」
言いながら、何故、このタイミングで銀哉の父親が出てくるのだ。と考える。そもそも銀哉の父親はこの物語のどのポジションに居るのだ、と。
電話の奥から、くぐもった声が聞こえた。言葉にならない、呻き声だ。少しの沈黙の後に、ようやく、返事が返ってくる。
『……君が秋色君か?』
「え、ええ。えっと、始めまして」
何を普通に挨拶を返しているのだ、と僕は自分に呆れる。
『そうか。君が』
―――済まない。
と、
銀哉の父親は、まず最初にそう言った。
何を謝られたのか、僕には判らない。
『いや、話は後だ。今は時間が無い。銀哉も一緒なんだな? そうだろ?』
早口で、捲くし立ててくる。事情は何も判らないが、切迫感だけは伝わった。
『私は湖に居る。今すぐ、そこを移動するんだ。そして、湖に来てくれ』
「湖?」
『筑紫湖。直ぐ近くだ。―――警察がそこに殺到している。もう、時間は』
そこで、銀哉に電話を毟り取られた。
「―――父さん」
まるで温度を感じさせない、冷たい口調だった。正直、ゾっとした。
「近くに居るんだな?」
冷笑を浮かべ、
「むざむざ殺されに来たか。次は、頭を狙う。いや、心臓が良いか?―――
―――そこを動くんじゃねぇぞ」
辺りの温度が急激に冷えてくるのを、僕は感じている。
ここから、完結まで出来るだけ間を置かずに進めたいと思います。
お付き合い頂けると幸いです。