三章2・たかが星の終わりの話
「観光シーズンでもないのに、ようこそおいでくださいました」
突然の訪問に嫌な顔一つせず、ペンションのオーナーらしき中年の女性は、両手を広げて僕らを暖かく迎えてくれた。「ほらな?」と朱花が胸を張る。
小柄で、顔が小さく、目尻にあるシワですら可愛らしく見える様な、そんな女性だ「こんな時間に突然来るなんて、さては訳有りですね?」と、冗談交じりだが妙に察しの良い所も見せる。
銀哉と朱花は、例によって変装をしていない。ハラハラと成り行きを見守る。が、僕の不安を嘲笑うかの様に、事態はスムーズに進んだ。
「なんだか、突然ですみませんね」
部屋に案内される途中。申し訳なく思い、僕はそう言った。彼女は微笑む。
「良いんですよ。どうせ、部屋も余ってる所でしたし。というか、シーズン中でも空き部屋が出来ちゃう始末で。いつでも大歓迎です」
そんな苦労を微塵も感じさせない。穏やかな笑みだった。
「今も、お客様と言えば他に二組くらいで。これでも多い方なんですよ」
「それはそれは」
「ああ、そうだ。お食事はどうします?頼まれれば、おばさんが腕によりをかけて作っちゃいますけど」
食事は、少し前にとったばかりなのだが、オーナーの人柄の所為か断る事が出来なかった。銀哉も朱花も、その件に関しては何も言わなかった。
「お、これは。中々」
「美味いですね」
「美味い」
一様に、同じ意見だった。食堂の様な場所に集まり、三人でオーナーが作ってくれた料理に箸を伸ばす。お腹が減っている訳でも無かったにもかかわらず、食べている内に夢中になっていた。口数も減る程に、だ。
「作りがいがありますよ」
と、オーナーが微笑みながら、近付いてきた。悪意や、詐称とは無縁そうな、穏やかな雰囲気に安心する。当然の様に僕らが囲うテーブルの席に着いても、誰も何も言わなかった。むしろそこから、オーナーとの会話が弾んだ。
「旅行ですか?」
と、オーナーが僕らを見渡し、言う。男三人の旅行というものは、珍しいものなのだろうか、興味津々といった様子だった。少女の様に、好奇心で眼が輝いている。
「似た様なものです」
答えたのは、銀哉だ。「ディズニーランドへ」
「ディズニーランド!良いですね」
そう声を張り上げた途端、オーナーの顔を走る小ジワが消え失せ、本当に、十台の少女の様に見えた。夢の国は、人を子供に戻すのかもしれない。
「行った事あります?」
好奇心から、僕は聞いた。「ええ」とオーナーは頷く。「もう、大分前ですけど。主人と」
恥ずかしそうに頬を赤らめる様子は、可愛らしいとさえ言えた。
「ご兄弟で、ディズニーランドですかぁ」
どうやら、そこは勝手に勘違いした様だ。僕らは、兄弟に見えるらしい。まさか、誘拐されている最中だとは説明する訳にもいかず、そのまま勘違いさせる他無かった。
二人組みの男女が階段を下りてきたのは、その時だった。恋人同士なのか、身を寄せ合っている。こちらを見て、軽く頭を下げてから、外へ出て行く。それがキッカケとなったのか、オーナーが、
「この辺りは、星が綺麗ですよ」
言いながら、窓を眺める。釣られて僕も窓を見た。深海の様な暗さが、そこにはあった。
涼やかな風を浴びながら、乱立する木々の間で星を眺めるという行為は、有意義なのか、時間の浪費なのか、僕には判らない。ただ、確かに、爛々と光り輝く星が綺麗なのは確かだった。
「この間、流れ星を見たんだ」
星を眺めながら、銀哉が唐突に言う。
「綺麗だったけど、なんだか悲しくなった」
「悲しく?」
「星の最期だな、と思って。悲しくなったんだ」
だからこそ、流れ星は綺麗なのかもしれない。
「どこかに、宇宙人が居るとするだろ」
銀哉はやはり唐突だった。僕は、それがなんだか嬉しくもあった。
「どこかには、居るかも知れないね」
「いつかこの地球も流れて、宇宙人に、『綺麗だね』なんて言われるのかな」
「君は意外とロマンチストだ」
からかう様な口調で、言う。「まぁな」と銀哉が頭を掻いた。それから黙り込み、暫くの間は無言で星を眺めていた。
「綺麗だ」
それは、僕に向けて言った言葉ではなかった。横目で銀哉を見る。魂が抜かれた様な表情で、星を眺めている。溢れた水が零れる様に、言葉が漏れたのだろう。自分自身でも、声が出ているとは思っていないかもしれない。
「綺麗で、それに、強い」
言った後、何かを振り払うかの様に首を振る。それから、僕を見て、
「もう直ぐだ」
と、そう言った。
「ここまで付き合わせて、悪かった。本当は、俺」
「構わないさ」
僕は肩を上げる。ただ、それでも、銀哉は続けた。
「本当は、朱花さんが道に迷った訳じゃないんだ。俺が頼んだ。本当なら、とっくにディズニーランドに着いてたのに、怖くてさ」
「実は、朱花さんからその事は聞いちゃったんだ」
銀哉は苦笑する。
「また、あの人は」
「それに、途中からは本当に迷ってたらしいよ」
それを聞いて、銀哉は爆笑していた。「あの人って、意外と頼りにならないよな」と言って、涙ながらに、笑い続けた。釣られて、僕も笑う。
そして事は、思いがけぬ程、直ぐに起こった。まさに、「もう直ぐ」だったのだ。
失念していた。
姿の見えない「何か」。すなわち銀哉の敵は、足音すら響かせずに、僕らに忍び寄る事が出来るという事を。
旅の終わりは、僕が考えていたよりも、直ぐだった。
この物語はフィクションです。宇宙人は居るかもしれませんし、居ないかもしれません。