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クライシス・ゾーン~翡翠の悪魔~  作者: 河野 る宇
◆第五章-低迷-
19/30

*難事、そこはかとなく

 ──リュートは、目の前の黒い鉄格子を苦々しく見つめる。

 レンガと漆喰で固められた壁の室内は寒々とした空気をまとい、外界から隔離された空間に顔を歪めた。

 無意識に突いて出た舌打ちは、過去の記憶を呼び覚ました己へのものなのかは解らない。

 どうにかして出られないものかと何度も魔族化を試みるもそれは敵わず、格子に貼り付けられている文様のせいだと悔しげに拳を握りしめた。

 文様の周囲には鉄製の細かな透かしが施されており、手を伸ばしても届きそうにない。

「ティリス」

 無事でいるだろうか。俺としたことが、なんたる不覚だ。せめて、ティリスだけでも逃がしてやれなかったのか。

 ここは空に浮かぶ大陸だと言っていた。あいつ(ベリル)でも助けに来る事は出来ないだろう。

 リュートはその瞬間、自分の考えに酷く驚いた。

 俺は、何を期待している。助けになど来る訳がない。なのに、心のどこかではまだそれを意識している。

 それにリュートは余計に腹が立った。



 ──地下牢に向かうベリルは、マノサクスの指示を受け剣を隠すようにマントを羽織った。

 ここでは、リャシュカ族以外の種族は武器の携帯に許可が必要となっている。ウェサシスカは、あくまでもリャシュカ族のテリトリーなのだ。

「なるべく普通にしてれば、誰も気にしないと思うから」

 多くの種族が行き交うウェサシスカにおいて、人間を気に留める者は少ない。リャシュカ族にとって、人間は下級の種族だと認識されている。

「ようマノ。今日は人間がお供か?」

「あ、ああセノ。そうなんだ」

 声を掛けられ、ぎこちない笑顔で会話を交わす。

「うお。こいつはまた美人だな」

 セノと呼ばれた男はベリルを見下ろし思わず息を呑んだ。

 マノサクスがとりわけ長身という訳ではなく、彼らの平均が百九十センチと高めで人間は必然的に彼らを見上げる形になる。

「じゃあオレ、用事あるから」

 マノサクスは、しまったベリルの顔を隠すの忘れてたと焦りつつ、なるべく違和感が無いように普段通りに努めた。

「ん、ああ。またな」

 互いに手をあげ別れの挨拶を交わして遠ざかる。見えなくなった所でマノサクスは立ち止まり深い溜息を吐いた。

「心臓に悪いよまったく」

 今までに無い緊張にうなだれ、額の汗を拭って頭を上げるとベリルの背中が遠くに見えてギョッとする。

「ちょ──おい!」

 ここで人間が一人でいちゃだめだってば!

「待ってよ~」

 しばらく歩くと、やけに丁寧に造られている通路が目に留まる。

 ベリルは、なるほど城に続く道かと先にある建物をのぞみ、さらに西へと進むと右側に林が見えた。かがり火が一定の距離で通路に沿って設置されている。

 灯す数が多いのか、暗くなる前に点灯作業を始めているらしい。リャシュカ族も人間と同じく夜目が利かないようだ。

「ほら。あそこに見えるのが地下牢の入り口だよ」

 マノサクスが指を差す方向には鉄の柵があり、警備だろうか槍を手にした二人のリャシュカ族がレンガ造りの小さな建物を挟んで立っていた。

 あそこがどうやら地下牢の入り口らしい。ここは他の種族が入れられる牢で、リャシュカ族が入る牢はかなり離れた位置にある。

「ふむ」

 二枚扉は南京錠で施錠され、固く閉ざされている。見渡すと、取り囲む四角い柵の周囲には兵士が二人一組で巡回していた。

「夜まで待つ」

 言ってベリルは決行までのあいだ、荷物の確認をしつつ浮遊大陸についてマノサクスに聞いてみるかと生け垣の影に腰を落とした。

「うん?」

 ふと、荷物が何やら動いている事に気付き、ゆっくりとフラップを上げる。

「ぽよ!」

「ぬ──」

 なるほどお前かとベリルは顔からスライムを引っがした。

「え、ついてきちゃったの?」

「ぽよ! ぽよ!」

「解った。静かに」

 騒ぐスライムをなだめると、理解したのか大人しくなった。知能がどれほどなのか気にはなるがしかし、今はそんな場合でもない。



 ──その頃、コルコル族の集落では

「わ!? なんだ?」

 突如、レキナたちの目の前に厚手のローブを着た数十人が現れた。

 身長は百六十センチほどと小さく、フードを被っているため紫の瞳だけがギラついている。

 何かを探しているのか、コルコル族には見向きもしない。

「え、これって」

「魔導師だ」

 ラトナにステムは目を丸くして答えた。

 どうして彼らがここに? しかも、こんなにたくさん。半数ほど見られる紺藍こんあいのローブは、ウェサシスカの魔導師たちだ。

「勇者はどこだ!」

「え? 勇者? ウェサシスカに連れていかれました」

 囲まれて詰め寄られたレキナは、たじろぎつつも返答する。

 そして、初めて大勢の魔導師を見て怖がる事もなく楽しそうにはじゃいでいる子供たちの様子にほっとした。

「そうではない! 残りの一人だ」

「え? なぜです?」

 聞き返されると魔導師たちは互いに見合って黙り込んだ。勇者に何か用でもあるのだろうか。

「と、とにかく! 勇者はどこにいる」

「もしや、捕らえられた勇者を助けに──」

 魔導師の一人がハッとしてつぶやくと他の魔導師たちがどよめいた。

「そんな!」

「逆戻りか!」

「まさか助けに行くなんて!」

 その言動から、激しく動揺している事が見て取れる。コルコル族の人々は訳がわからず、魔導師たちの様子を眺めているしかなかった。

「戻るぞ!」

「まったく面倒なことをしてくれる」

「変に行動的だと苦労する」

 魔導師たちは悔しげにわめいて次々と消えていき、集落は一気に静けさを取り戻す。

「え、なに」

「いなくなったぞ」

「なんだったんだ?」

 卒然そつぜんに現れて訳がわからないまま過ぎ去った出来事に、コルコル族たちは思考が追いつかずしばらく呆けていた。

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