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クライシス・ゾーン~翡翠の悪魔~  作者: 河野 る宇
◆第三章-ままならない旅路-
12/30

*言い訳していいですか

「だから──っ。だから、リュートは。あたしの言葉、信じてくれない」

 ベリルは黙って炎を見つめた。

 彼女が絞り出した言葉は、とても重たいものだろう。例え人間との混血だとしても、魔族の血が流れている事に変わりはない。

 リュートが服を脱ぎたがらなかった理由と結びつく。その身に、どれほどの苦しみを受けてきたのだろうか。

「あなたは辛い事とか、無かったの?」

 当然の問いかけだ。

「無いと言えば嘘になる」

 何度も捕らえられ、不死を得るためにと体をいじり回されもした。もちろんのこと、そんな生やさしいことでは終わらない場合も多くあった。

 これからも、それが続くことだろう。

「死なないからと、やりたい放題にされるのは勘弁したい」

 彼らに待っているのは、どうあがこうとも不死は得られないという結果だけだ。偶然か、必然か、私に与えられた不死は呪いにも似たものだろう。

 おそらくは、その一族を永遠に守り続ける者に与える、たった一度きりのものだと推測している。

 不死を与える力は受け継がれていき、本意ではなかったものの私に使う事で彼ら一族はようやく、この呪いから解放された。

 早々にこの世から引退出来るだろうと踏んで傭兵という道に進み、死ぬはずだった私が不死になるとは、なんとも皮肉がきいている。

「人間が憎くはないの?」

 酷い扱いを受けて、沢山の人間同士の戦場を見たんでしょう?

「それは私を造り出した者たちの望むものではない」

 柔らかだが、凛とした声がティリスの胸にこだまする。

「例え許されない存在であると認識していても、自分の存在が否であるとは感じていない。それは私を造り出し、私のために犠牲となった者たち自身までをも否となるからだ」

 その瞳には強い意志が感じられ、今まで見てきたベリルとは違っていた。これが、本来のベリルなのかもしれない。

 細かな色合いは異なるけれど、リュートと同じ癒しの色をした瞳──初めて見たとき、まずその瞳に意識が向いた。

「戦わなければ救えない命がある」

 どう否定しようとも、その事実は変わらない。私にその能力ちからがあるのなら、使わない手はない。

「だから、ベリルは戦士になった?」

「お前が奴のためにここにいるのなら。奴もまた、お前のためにここにいる。私はお前たちのために、ここに在る」

 静かに語るベリルからにじみ出る存在感に、ティリスは懐かしい感覚を覚えた。それは、遠い昔に注がれた条件などない全てを包み込む優しさの記憶だ。

 それを感じたティリスは、無意識に両手を広げベリルの体に腕を回していた。

「──っ!」

 唐突に抱きしめられたベリルは、どういう了見なのかと当惑する。

 振り払うのも気が引けるが、このままというのもどうにも居心地が悪い。

 しかし抱きつくティリスの口から、「お父さん」と小さく聞こえて、そういう事かと彼女の背中をぽんと二度、軽く叩いた。

 ティリスは、ベリルに亡き父を思い浮かべて静かに目を閉じる。

 どれだけ気丈でいても、彼女はまだ若い。思い出に浸る時間も必要だろう。そんなティリスの頭を撫でながら、ベリルもまた過去の記憶を辿っていた。

 ベリルにもかつて、少ない時間であったが共に過ごした者がいる。

 彼は悲惨な過去に向き合い、立派な傭兵となった。それはベリルの望む道ではなかったけれど、本人が決断した事ならば止める事など出来はしなかった。

 誰しも、それが大切な人ならば戦いに身を置く事を望んだりはしない。私のように死なない訳ではないというのに、それでも私の背中を追ってきた。

 私に何が出来るのか、何を望むのか──救える命があるのなら、私は持ちうる全ての力を振るうだけだ。

 けれども、遠くからの視線にはどうしていいものやらと困り果て眉を寄せる。ひしひしと背中に突き刺さる怒りのオーラにベリルは困惑していた。

 私が悪いのではない。心の中で叫んでも、リュートにそれが伝わるはずもなく夜は更けていく。



 ──朝、目覚めた一同は目的地に向かうべく旅支度を始めた。心なしか、リュートの視線が鋭くベリルに送られている。

「あの。ベリル」

「うん?」

「ごめんなさい。あたし、あのまま寝ちゃって」

 ティリスは遠慮がちに発してベリルを見上げる。

「ああ、構わんよ。同じ体勢で寝るのは慣れている」

 向けられる思慕の念に小さく笑い、遠ざかるティリスを見送りつつ目を据わらせる。

 だから。これは違うというのに──ベリルは背後からの激痛よろしくなリュートの視線に頭を抱えた。



 ──そうして森を二日で抜けて平原に出ると、一面に広がる背の低い草、点在する岩がベリルたちを迎えた。

 草を撫でつけながら風が走っていく。その乾いた音が耳に心地よく響いてくる。

「そろそろ飯にしよう」

「では、僕がウサギでも狩ってきます」

 ラトナは弓を持ち、兎がいそうな方向に駆けていった。

 キャンプを張るのは、大きい岩の近くだ。上から飛びかかられても、対処が可能な高さがある。

 前方は拓けていて、何かが襲ってきても目視で確認出来る。岩で風が遮られ、焚き火の炎も消えることがない。

 ベリルが食事の準備をしていると、リュートとティリスが何やら言い争っているのが見えた。

 何をしているのかと気配を殺して近づく。

「何よ! 何がいけないっていうの?」

「誰にでも懐くな。敵が出てきたらどうする。お前がよりかかっていたら動けない」

「ベリルなら、そういう時は気兼ねなんかしない」

 こいつはまずい。私が元で喧嘩をしているようだ。森での出来事から二日は経っているというのに、今頃どうしてそんな話になっている。

 ふとした会話からそちらに発展でもしたのだろうか。

「ベリル、なら?」

 ぴくりと眉を寄せる。

「お前は──。っ!?」

 声を張り上げた瞬間──足に何かがぶつかったと感じてすぐ膝が折れ、そのまま地面に倒れ込む。

 何が起きたと足に目を向けると、ベリルが笑顔で寝そべっていた。

「おや、足は弱いのか。まだ若いのに」

 リュートは、こっそり近づいて足払いをしたくせにと怒鳴りかけたが、おちょくられ続けている事もあって怒るのが馬鹿馬鹿しくなった。

 いちいち相手をしていられるか。

「まあ落ち着け。歳を考えれば私は父親のようなものだ」

 そんな事でリュートの気が晴れる訳もなく。

「父親じゃなくて、おじいちゃん(・・・・・)だろ」

「リュート!」

「確かに」

 乾いた笑いをあげてティリスに向き直る。

「シャノフの手伝いをしてやってくれないか」

「わかった」

 素直に駆けていく後ろ姿を見送り、ふてくされているリュートに顔を向ける。

「そう怒るな」

「あんたには関係ない」

「私が発端だろうに」

 言われてベリルを睨みつける。

 なんだってこいつのために、俺とティリスが言い合いをしなければならん。

「信用ないな」

「あると思うのか」

 よくもぬけぬけとそんな事が言える。

「もう少し笑うと良い」

「面白くもないのに笑えるか!」

 怒鳴った刹那、ベリルが素早く起き上がり、リュートの背後に回った。

「な!?」

「これならどうだ」

 脇の下に手を伸ばす。

「わはははっ!? ──くっ……。う、はっ──」

「む。思ったより我慢強い。ん?」

 ふと、ティリスが二人のやり取りを眺めている事に気がつく。その目は何故かキラキラと輝いていた。

 以前にも同じような顔を見た覚えがあるなと思考を巡らせる。そうして、腕の中にあるリュートを見下ろし、ああ……と理解した。

 なるほど、耐える男の姿というのは時に美しく映るものだ。ティリスはリュートにそれを見たのだろう。

 もうしばらく喜ばせてやりたいが、これ以上はリュートが気の毒だと手を離す。すると、ティリスは残念そうにシャノフの所に戻っていった。

 荒い息を整えながらベリルを睨み付けるリュートに薄笑いを浮かべる。

「少しは笑えたか」

「ふ、ふざけるな」

 私は彼に睨まれてばかりだな。これまでの行動を顧みずベリルは小さく唸る。

「まだ何か隠しているだろう」

 矢庭に切り出され、リュートは表情を険しくした。目だけが笑っていないベリルのその瞳に絡め取られ視線を外せない。

 体が強ばっているのが解る。こいつのこの威圧感はなんなんだ。

 しばしそうして向き合っていたが、ベリルが表情を緩めると緊迫した空気はかき消え一気に脱力した。

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